6 3カ月の訓練成果を披露
こうして勉強と訓練漬けの日々は流れるように過ぎてゆき、3カ月の新兵訓練の総仕上げ、山中行軍が始まった。
1週間分の食糧と着替えが入った10キロ以上ある背嚢を背負い、いつものTシャツとズボンの訓練服ではなく、騎士隊の制服であるナポレオンジャケットのような上着と、同素材のズボンを着用している。この上下はこの世界に存在する魔物の素材で作られており、鉄の鎧と同程度の防御力がある。
美波がいる1班は腰に帯剣し、山の中の道なき道を地図とコンパスを頼りに歩く。背の高さまである草をかき分け、山の急斜面を登ってゆく。
「出たぞ! カトブレパスだ! 1班総員配置につけ!!」
班を引率している教官が声を上げ、一気に緊張が走る。
(山の中には魔物がいるとは聞いていたけど、これが魔物……!!)
剣が得意な前衛の団員40人が魔物に向かって走り出す。黒い水牛に似た魔物であるカトブレパスは毒の吐息を吐き出すため、特に前衛の危険度が高い。カトブレパスは次々と姿を現し、団員らは5体と対峙することになった。
訓練の成果を遺憾なく発揮し、前衛が首や脚、目など急所に剣撃を入れ、後衛は魔法で援護する。
「炎よ」
美波も魔法で炎の矢を作り前衛の合間を縫ってカトブレパスに命中させる。しかし思ったよりも威力が出ず、魔物の攻撃を止めきれなかった。
「ぐああぁぁ!!」
「クソッ! 痛ってぇ!」
団員の1人が魔物の突進に吹き飛ばされ、数人が毒の吐息に巻かれ戦線が崩れた。前線の間から後衛に向かってカトブレパスが突進してくる。
(火力出して1撃で仕留めないと吹っ飛ばされる!)
「炎よ!!」
美波が高火力の火球を放って倒す。その間に前線が立て直し残り4体を屠った。
負傷した団員を治癒担当者とともに治療し、魔物の死体を埋めて後処理をし、今日はこのままここで野営することになった。
背嚢に入れていたパンと森で調達したウサギの肉で夕飯を用意する。
全員荷物を下ろし、それぞれ水を汲んできたり焚き火の用意をしていく。
「ミナミ、手が足りないからこっちのウサギの解体やってくれ」
薪を用意しようと歩き出したところでジャックから呼び止められた。
「ごめん、やったことない」
「だったら今のうちに覚えとけ。今後も野営の時には必要だろ」
ジャックは美波にナイフを握らせ、その上に手を重ね説明しながら解体していく。
「ありがとう。おかげで覚えられそう」
日本では愛玩動物だったものを捌いて食べることに若干の抵抗はあったものの、できるようにならないとここではやっていけないと自分を奮い立たせた。
パンと焼いたウサギ肉の夕食を終え、見張り以外は就寝となった。4グループで2時間ずつ見張りをする。
「ミナミ、今日はお手柄だったよな」
「そーそー! 後衛なのに1人でカトブレパス倒しちゃうなんてさ!」
「あの火力はあり得なくないか?」
同じ見張りグループのジャック、ロビン、ナイジェルが焚き火を囲みながら美波を問い詰めた。
「まあ皆、大怪我しなくてよかったよね」
日本人的にはなかなか自ら成果を誇るのは難しい。
「でもさ、ミナミのことって未だによくわかんねぇ。そもそもこの国じゃめったに見ない容貌なのもあるけど、バカみたいな魔力量なのに騎士志望じゃないし、秘書官採用だけあって賢いなと思うことも多いけど、魔法のことだったり、子供でも知ってるようなこと知らなかったり」
ジャックが探るような目で美波を見る。
「やっ山奥育ちだから……?」
苦しい言い訳である。
「山奥育ちがウサギの解体したことないわけないだろ」
美波はうぐっと視線を泳がせる。ジャックはため息をついて話したくないならいいけど、と会話を切った。
(外国人という設定もボロが出るだろうし、新兵訓練中は次期国王だとバラすなって宰相には言われてるし……)
「あーーー眠い! 最初の見張りだからこれ終わったらぶっ続けで寝られるからいいけど、今日は魔物との戦闘もあったし疲れた! 眠い!」
ロビンが周りで寝袋に入って寝ている団員を起こさないよう静かに騒ぐ。器用だ。
「確かに。じゃあロビン、歌でも歌って」
ナイジェルがニヤッと笑いながら振る。
「おーいいよ! でもお前らも歌うんだからな!」
トゥルースの葉が茂る季節 2人は出会った
鳥も唄い飛び回り 鮮やかに花は咲き乱れる
ふたりは見つめ合い笑い合い 満たされていた
トゥルースの葉が色づく季節 2人は恋をした
太陽は輝き さわやかな風がただ吹き抜ける
ふたりは将来を語り合い 輝く未来を見た
トゥルースの葉が落ちて
トゥルースの葉はまた生い茂る
トゥルースの木はふたりをずっと見守った
「素敵な歌だね。なんで曲名?」
「『トゥルースの葉』だよ。ちなみにこの国の人だったら子供からお年寄りまで歌える曲だ」
ロビンが苦笑しながら答えた。
それからジャックとナイジェルもこの国の有名な歌謡曲を歌って教えてくれた。
「次、ミナミの番」
ナイジェルが興味を隠しきれない目で促す。
私はどんな歌を歌おうかと考え、この世界に来てからその歌詞に自分を重ね、何度もひとりで歌った曲を自然と選んでいた。
(帰れない故郷……この曲がこんなに胸に迫るなんて)
悲しい歌声に、3人は言葉を発することができなかった。
山の中を歩き、遭遇する魔物を倒し、また歩き続ける。目的地があるのかないのか、もしかしたら同じ場所を歩いているのかも知れないが、それは地図とコンパスを持つ教官のみぞ知る。
そして1班の面々が疲労困憊の中で迎えた山中行軍最終日。今日も朝から山の斜面を登り降り、倒れた木々を跨ぎくぐり、進んでいくと、急に視界が開けて目の前には湖が広がっていた。周囲を森に囲まれた端が見えないほどの大きさの湖だ。
団員たちは思わず声を上げたくなるのを抑え(無駄口を叩くとすぐさま教官に怒鳴られるからだ)教官の後をついていく。
今日の気温は体感で25度近くあった。しかもこの1週間は水浴びさえ出来ていない。団員らは皆、何か言いたげにウズウズしていた。
湖の畔まで歩みを進め、教官が止まれと指示する。
「今日はここでしばらく休憩とする。お前ら1週間よく頑張ったな。水浴びも出来なかったお前らに褒美だ! さあ行ってこい!!!」
教官のゴーサインに団員たちが荷物を下ろし、ジャケットとシャツを脱ぎ捨て湖に走り出した。
美波は皆には内緒で、自分と団員たちに美波オリジナルの浄化魔法をかけて体の汚れを落としてやっていたが、それとこれとは別である。
美波も久しぶりの遊びの時間に心を躍らせて、ジャケットを脱ぎ湖に走り出す。
「おりゃっ!」
美波は水を脚で蹴り上げて、班の仲間を無差別に攻撃する。
「やりやがったな!」
「水をかけていいのはかけられる覚悟のあるやつだけだ!」
最初の頃は美波に冷たい視線を向けていた団員たちも、1カ月を過ぎる頃には美波の頑張りを認めて班の一員として受け入れていた。
全員ムキになって水をかけ合う。体力が尽きるまで遊んで我にかえり、どこからともなく笑いが起きとまらなくなった。
「あはははは! あぁ、ハイになってこの歳で全力で遊んじゃった」
美波が独りごちた。
「ちょっミナミ! 上着着ろ上着!!」
ジャックが美波の脱ぎ捨ててあった上着を拾ってきて肩にかけた。
「ミナミ、シャツ透けてるから」
ナイジェルは呆れたような顔をした。
存分に遊んだ団員たちは、美波の風魔法で服を乾かし、疲れた身体を引きずって城へと帰路についた。
美波は元いた世界のことはまだ吹っ切れてはいないけど、なんだかんだ楽しそうでよかった。
ロビンの歌はこんなにガッツリ書く必要なかったな。