59 騎士団のパレード
2日目の正午からは、騎士団のパレードが行われる。パレードの隊列は王城から城下へ向かい、大通りを通ってまた王城へと戻ってくる予定だ。
美波は城下でも溶け込めるようなワンピースに着替えて、それを観に行くつもりにしていた。
問題はこの日の国王警備を誰がするかであった。このパレードには騎士団団員全員が参加する。近衛も例外ではない。しかし例年は国王付きの近衛兵は参加できていなかった。しかし毎年あるとはいえ、晴れの場に出られない騎士が出ることを不憫に思った美波は、全員参加の方向で近衛隊長を説得した。
その結果、パレード中は国王の間から出ないことを条件に全員参加が叶えられた。とはいえ、隊長とて美波が大人しくしているとは思っていない。要は外に対して国王が部屋の中にいると偽装すればいい、と考えた。
そんなに緩くていいのだろうかと美波も疑問に思ったが、アラミサルの政治体制では王国民が国王を暗殺するメリットがない。暗殺したとして国王になれる保証もなければ、次の王が自分に利する人間であるかも分からないからだ。ゆえに過去500年で暗殺が起こった例は数回しかない。その数回は貴族や国民の恨みを買ったために起こった。
他国からの見ても国王暗殺は戦時でもない限りメリットはほぼない。よって、日頃から国王付き騎士も1人しかいない。それも不測の事態に備えてという意味合いだ。
美波は非番の侍女をアルバイト代を出して雇い、今日1日部屋にいてもらうことにした。そして自分は茶色のウィッグを被り、顔に認識阻害魔法をかける。これで国王は部屋の中にいるという雑な偽装工作は完了だ。
「これで完璧!」
こうして意気揚々と部屋を出て行った。
城下の大通りには、騎士団のパレードを一目見ようと多くの人が集まっていた。
美波は人並みをかき分けながら、見られる場所を探して歩く。
沿道にはすでに多くの人が並んでいるため、背の低い美波では見られそうにない。通り沿いにある建物の2階3階のカフェも見上げるが、やはりどの店も客で埋まっているようだった。
(失敗した。もっと早く城を出るんだった)
群衆の後ろの隙間から覗き見ようと諦めかけた時、頭上から美波を呼ぶ声が聞こえた。
「ミナミちゃん! あんたもパレードを見に来たのかい?」
見上げると、建物の2階の窓から、ジャックたちとよく行く酒場の女将が窓から顔を出していた。
「そうだよ! でも人が多すぎる!」
「じゃあウチの家で飲みながら見るかい? 他にも常連さんがいるから、ちょいと狭いけどね」
自宅を提供する代わりに、上手く商売もしているらしい。美波は誘いに乗って、女将の家に入った。
「いらっしゃい。そういえばミナミちゃんは騎士様じゃなかったのかい? 前に酔客をやり込めたこともあったじゃないか」
「私はちょっと動ける文官ってところだよ」
美波の中では王様業は広義で文官ということになっている。
女将には果実酒を注文し、他の常連客らと談笑をしながらパレードが始まるのを待った。
窓の外からラッパや太鼓の音が聞こえ、美波は窓から外を見た。遠くの方にパレードの先頭が見え始めた。
騎士たちは沿道に並ぶ観衆に手を振りながら進んでいく。隊列は先頭に騎士団長、その後ろに音楽隊、そして近衛隊、第1師団と続いている。
「パレードは毎年見てるけど、いつ見ても格好いいねぇ!」
「おぉ……これはカッコ良すぎる」
各隊でデザインの違う式典服は美しく、国民の憧れの的というのも頷けるものだった。
普段から騎士が身近にいる美波でさえ、今は遠い存在ように感じた。
「騎士団長だ!」
「きゃあ! 近衛騎士様よ!」
美波の耳にも子供や若い女性の歓声が届く。
(確かに、騎士団の中でも近衛はイケメン揃いなんだよね。若い女性のファンも多そう)
美波のいる建物のすぐそばまで進んできた近衛隊に、手を振ってみる。
「あっ、美波だ!」
ジャックが建物の2階からパレードを見学しているらしい美波を目ざとく見つけた。笑顔で手を振っているのを見て、彼もニッカリと笑顔になって手を振り返した。
ジャックは隣を歩いているロビンの肩を叩き、美波の方を指差す。
「絶対見物に来てると思ってたけど、まさかあんなところにいるなんてね」
ロビンも笑いながら美波に手を振る。
「いつも行く酒場の上みたいだな。女将の自宅に入れてもらったのか」
「お前ら、さっきからどこ見て……ってあそこにいるの陛下か!」
2人の後ろを歩いていた別の騎士も美波に気づく。
「あのお姿は陛下! 手を振っておられる。皆、手を振り返せ!」
「おーい、陛下ー! ……変装してるのか。可愛いなぁ」
近衛全員が美波の方を見て手を振った。
第1師団の先頭を歩いていたフォスターが、前を歩く近衛隊の全員が同じ方向を向いて手を振っているのを見て、その視線の先を追う。
(あぁ、ミナミがいるのか)
フォスターはクスリと笑って、隊が近づいたタイミングで美波に手を振った。
アラミサルの英雄で美丈夫であるフォスターの微笑に、黄色い歓声が上がる。
「近衛隊の全員があんたの方見て手を振ってるよ」
女将が唖然としながら美波と近衛を交互に見やる。
「ちょっ! 全員がこっち見たら変に注目集めちゃう!」
美波はこっちを見ないようにと身振り手振りで伝え、近衛の視線を逸らすことに成功した。しかしホッとしたのも束の間、大きな歓声が上がった。
「おいおい! あのフォスター師団長もこっち見て手ェ上げてるぞ!」
「しかもあんな表情見たことねぇぞ! 氷の騎士と名高いあの方が!」
部屋にいた常連客もざわつく。
(そんな異名が!? 知らなかった)
美波は内心で驚くが、すぐに納得した。新兵訓練の時など、最初はとっつきにくく、苦手に思っていたのだった。
「はぁー! やっぱりフォスター師団長様のお顔は一際美しいわぁ!」
ここにもファンがいた。女将の推しはフォスターだったらしい。
「ダニエルは人気者だねぇ」
美波は呟きながら手を振った。
ナイジェルとアンの勇姿もしっかり目に焼きつけて、美波はパレードが終わった街を歩いた。
辺りは早くも様相を変え、路地裏に避けてあったであろう出店が、次々と出店準備をして商売を始める。
美波は少し空腹を感じて、出店で何か買うことにした。
巨大なプレッツェルにパスタ、フィッシュアンドチップスにカレー。美波はアラミサルの豊かな食文化に感謝した。
美波は食べ歩きしやすそうな物に絞って屋台を選び、小さなドーナツを袋売りしている店を見つけ、それを買った。
まだほんのりと暖かいそれを堪能しながら、出店を物色する。
国内の工芸品から東大陸のものと思われる食器や絵、鳥や猫など小型の動物まで売られていて、この国には世界中から物や金が集まっていることを改めて感じさせる。
美波は出店の中から、珍しい衣装を扱っているところを目に留めた。
(これ、仮面舞踏会で使えるかも)
着方が分かる人がいないということで、破格の安さで買えたそれをホクホク顔で手にして城に戻った。




