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58 建国祭

 窓から差し込む日差しが、少しずつ眩しくなってきた早春。

 美波は朝食を食べて、8時の始業に間に合うように執務室に向かう。部屋に入るとすでに宰相が仕事の準備を始めていた。

 朝の挨拶を交わして、今日の仕事をスケジュールを頭の中で思い浮かべながら机に向かおうとする美波に宰相が声をかける。


 「文部から建国祭に関する書類が届き始めました。今日からはその処理を進めていきましょう」


 アラミサルでは毎年8月の第1週に建国祭が催される。王城では記念式典にパーティ、城下では様々な出店やイベントが行われるのだと宰相が説明する。

 ちなみに、戴冠式がある年は開催されないため、今年は2年ぶりの開催である。


 「イベントって何をやるの? 坂の上からチーズと一緒に人が転がり落ちるとか?」

 「それは陛下の故郷の祭ですか? 我が国の建国祭では、初日に式典とパーティ、2日目は騎士団のパレードがあり、3日目と4日目には色のついた水をかけ合う水祭り、7日目の最終日には花火が打ち上がります」


 美波は誰と見に行こうかと早くも考え始めた。警備の都合などお構いなしに、すでに脳内では勝手に城下へ行くことが決定事項になっていた。


 「楽しそうだね」

 「1年で1番盛り上がるイベントです。今回は陛下がご即位してから初の建国祭ですし、気合を入れなくては」

 「私が出て行かないといけないのは、記念式典とパーティかな?」

 「えぇ、その通りです」

 「了解ー」


 そして2カ月間を書類仕事に忙殺されながら過ごし、建国祭を迎えた。




 美波はその日、朝早くから起きてケリーたち侍女らによって磨き上げられ、着飾らされた。

 高く結い上げられた髪は式典の格式高さを、夏の空色の煌びやかなドレスはこの国の勢いを感じさせた。


 「よーし、準備は万全! 行きますか!」


 衣装室のドレッサーに座っていた美波が立ち上がる。侍女らはスッと壁際に控えた。

 動きにくいドレスで歩くことにも慣れ、ズボンを履いている時のようなスピードで進んでいく。

 私室の扉を開けて、控えていた騎士に挨拶し、騎士とともに大股で歩いて式典の会場へ向かう。


 「陛下はいつも歩くのが早いですよね」

 「習慣ってなかなかなくならないもので、故郷では電車っていう辻馬車みたいな乗り物が分単位で走ってて、皆時間を気にして動いてたかな。これでも平均的な速さだけど。アラミサルと比べると生活は便利だけど忙しなかったせいかもね」

 「なんだか大変そうですねぇ」

 「どっちがいいって単純には比べられないね」


 今の国王の生活も暇ではないが、午前の執務、昼食、午後の執務、と大まかな時間の区切りしかなく、電話やファックス、インターネットなどないこの世界では仕事が進むスピードも緩やかで、1日に処理できる仕事には限りがある。だから市井の人々の生活もお金はあまりないがゆとりはある、といった感じだ。



 建国祭の式典は王城の中庭で行われる。中庭の会場は王城本館を正面に作られており、椅子はそちらに向かって並べてある。すでに貴族らは集まっており、着席して美波の登場を待っている。椅子の間には等間隔で白いパラソルが立てられ、か弱い貴族のご令嬢でも安心だ。

 美波は足早に会場へと足を踏み入れる。国王のお出ましに気づいた貴族から立ち上がろうとするのを手で制して、正面に立つ。


 「小難しいことも、校長先生みたいに長い話もなし。今日はアラミサル王国の506回目の建国記念日です。私が願うのは1つだけ。この国が100年先も1000年先も存在するように。そして国民が幸せに暮らしてること。あれ? これって願いは2つ? まぁいいや」


 美波は穏やかな表情で微笑んで、並んでいる貴族らを見渡す。


 「ここにいる皆さんは、そのために努力してください。それが私たち為政者の責務だと私は思います」


 最後に軽くお辞儀をして話を終えた。

 貴族らはスピーチらしくない言葉選びと短すぎる挨拶に呆気に取られながらも拍手をした。それを受けながら、美波が会場の端に控えていたメイドらに目配せをすると、並んだ座席の後ろにテーブルと軽食が用意された。これから立食パーティーが始まるのだ。

 貴族たちは立ち上がり、会場の後ろへと移動する。美波も一緒に向かった。その途中で知り合いを見つけて声をかけた。


 「マーガレット! とそちらのお嬢様は……アメリア・アンダーソン、だったよね」


 先にマーガレットが振り返り、続いて特徴的なクルクルした金髪を靡かせてアメリアが振り返った。

 アメリアは突然国王に声をかけられたことに目を瞬かせたが、すぐにカーテシーをした。


 「国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう__」

 「あれ? 私のこと覚えてない?」


 その言葉にアメリアが顔を上げて美波の顔を見た。


 「あなた! 学院で魔法勝負をして、わたくしを負かした人ね! はっえっ……国王陛下?」

 「良かったー。忘れられたのかと思った」


 美波は胸を押さえてニコリと笑う。


 「久しぶりね、ミナミ」

 「えぇ!? どうしてそんなに親しげなの!?」


 いきなり友達みたいに話し出すマーガレットにアメリアが驚く。


 「いろいろあってね。さっ、あっちで何か食べながら話そう。私が食べないと他の人たちも手を出しにくそうだし」


 3人の様子を、主に美波をだが、貴族たちは注目して見ていた。

 美波はケーキの置いてあるテーブルの方へ歩いた。


 「ほら、ケーキもあるよ。私が立食パーティーにケーキも欲しいなって言ったら、城の料理人たちが頑張って作ってくれたの」


 美波が皿を取り、その上に小さなケーキをいくつか乗せて、フォークですくって食べた。


 「ミナミったら、本当に美味しそうに食べるわね。あっ、モンブラン好きなんでしょう? 前に3人でカフェに行った時も食べていたわ!」

 「確かに好きだけど、前も食べてた? よく覚えてるね」

 「だからなぜ2人はそんなに仲が良いんですの!?」


 美波はマーガレットがとある事件に巻き込まれて学校に行けなくなったため、自分の顔に認識阻害の魔法をかけて、身代わりで1週間ほど通っていたことを話した。


 「そんな魔法聞いたことありませんわ。陛下のオリジナル魔法ですの?」


 彼女は自分の知らない魔法に興味津々だ。


 「陛下だなんて水くさいなぁ。美波って呼んでよ。それと悪いけど認識阻害魔法は誰にも教えないことにしてるの。悪用されるのが怖いからね」

 「畏れ多くて無理ですわよ!!」


 美波は自分に喧嘩を吹っかけてきたアメリアを憎からず思っているが、その反応が面白くておちょくっている節もあった。


 「なんだか思っていた陛下像とは似ても似つきませんわ……。それに国王陛下がこんなふうに一定の者と親しくしていてもいいんですの?」

 「いーのいーの。私が特定の誰かに肩入れしてたって、それが政治に反映されるほどチョロアマな体制じゃないからね」


 そうなんですのね、と納得して勢いを緩めたアメリアを見て、マーガレットが話題を切り出した。


 「そうだ、ふたりは明後日の夜は予定があるのかしら?」

 「ううん、ないよ」

 「わたくしもありませんわ」

 「その日はブラウン子爵のタウンハウスで仮面舞踏会があるんですって。行ってみませんこと?」


 仮面舞踏会では仮装で参加して、その場限りの恋愛をしたりもする、ちょっとオトナな場所である。

 マーガレットとアメリアは19歳。ちょっと刺激的な場所にも行ってみたいお年頃だ。


 「いいわね!」

 「仮面舞踏会……あんまり気は進まないけど、2人だけで行かせたくないから行くよ」


 決まりね、とマーガレットが手を叩き、アメリアが何を着て行こうかとはしゃいでいる。

 美波は2人から一旦離れて、他の貴族にも挨拶をして回った。国王としてきちんとすべき職務はこなすのだ。

 しかし頭の中は、仮面舞踏会に着ていく服のことを考えていた。


まだ完結まで書けていませんが時間がかかりそうなので、不定期で更新していきます。

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