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57 芽生えた恋心

 西部都市レアットから王都へと戻る帰りの馬車の中でも美波の言葉数は少なく、常に物思いに耽っているようだった。ジャックたちの飲みの誘いも断り、度々遭遇する魔物との戦いでも精彩を欠く始末。騎士団の新兵訓練の時でさえ今ほどつらそうな顔はしておらず、ここまで意気消沈している美波はジャックたちも見たことがなかった。




 今日は王都まであと2日の距離にあるこの町で宿を取る予定になっていた。

 馬車を降りた美波は誰と会話をするでもなく、宿へとさっさと歩いて行ってしまう。

 ジャックは美波の後ろ姿を見送って、厩に愛馬を預け同じく厩舎に入ってきたロビンに話しかけた。


 「なぁ、ミナミの様子、アレやばくないか?」

 「そうだね、日に日にやつれている気がするよ」


 2人して美波が泊まっている宿の方を見ながら眉根を寄せる。


 「飲みに誘っても来ないし、励まそうにも話しかけられるのも拒絶してる感じがする」

 「そうだね。レアットでの事件がよっぽど堪えたんだよ」

 「あの事件な……やりきれないよなぁ。俺だってなんとかならなかったのかって罪悪感を覚えるんだ。ミナミはもっとだろ」


 苦いものを飲み込むようにジャックが渋面を作る。


 「僕だってそうだし、あの事件の真相が報道されたら国民全員がそう思うだろうね。あの事件の責任は中央だけじゃなくて、貧窮院の中で行われていたことに気付けなかった行政、憲兵、周辺住民、色々なところに問題があった。むしろミナミに出来ることなんて多くないんだよ」


 ロビンが重いため息を吐く。


 「でも俺らが何言っても今は届く気がしないんだよなぁ」

 「そうだね……でもあのままじゃいつか倒れるよ」

 「なんとしてやりたいが……」

 「僕らにできることあるかな……?」

 「俺らは話聞いてやることしか……。でも話したくなさそうなんだよなぁ。……そうだ、思いついた! あの人ならなんとかできんじゃないか!?」


 ジャックがパッと顔を紅潮させ、ロビンにアイデアを話して聞かせた。


 「それしかないかもね。そうしよう」


 2人は頷き合った。



 視察隊一行は王城の文官や武官、宰相らの出迎えを受けてその旅を終えた。

 馬車から降りた美波は笑顔の仮面を貼り付け、手を降り出迎えに感謝を示していたが、その顔色は宰相ら近しい人間には明らかに青褪めて見えていた。

 美波に近寄った宰相は、馬車酔いか体調不良かを確かめるように美波の顔を覗き込んだ。


 「陛下、お加減が悪そうですが大丈夫ですか?」

 「あぁ、うん。大丈夫。宰相には視察の報告をしないとね。今からしようか」


 美波は笑顔を貼り付けたまま執務室に向かおうとするのを宰相が引き止めた。


 「その前に、陛下がお呼びになった人を国王の間に待たせています。先にそちらに行ってください」

 「呼んだ人?」


 美波には覚えがなかった。しかし宰相や警備の騎士が、王城の最もセキュリティレベルの高い美波の私室に通すのだから知り合いが会いにでも来たのだろうと深く考えなかった。

 美波はレアットを発ってからの1週間、あまり眠れていなかった。それゆえに、呼んでもいない人間が部屋にいるという怪しい状況にも危機感を覚えなかった。

 執務に戻るという宰相と別れて、美波は約1ヶ月半ぶりの王宮をぼんやりしながら、護衛の騎士とともに私室まで歩いた。

 部屋には客人がいるため、騎士が扉をノックして先に入り、室内の安全を確かめてから美波を通す。

 リビングルームには不機嫌そうな顔でソファーに腰掛け紅茶を飲む、冒険者を装い切れていない男が1人。


 「あれ? ルーク、なんでここに?」

 「なんでって、お前が呼んだんだろうが」


 一体どういうことだろうと美波は訝しみながらルークの対面に座った。どうにも体も頭も重くて、この不可思議な状況の原因を探るのも億劫に感じる。


 「俺は王城からの指名依頼で来たんだ。どうせまたお前の厄介事だろうと思って来たんだが、お前じゃないのか?」

 「違うー」

 「じゃあ誰だよ……ってなんか顔赤くないか?」


 ルークは眉を寄せて美波の顔を覗き込み、それから立ち上がってそばに寄り、美波の顔を両手で挟んで上を向かせた。


 「やっぱ顔赤い。熱あんだろ」

 「そういえば馬車降りた時よりぼんやりするかも」


 ルークは美波の額に手を当てて分かんねぇなと呟き、美波の前髪を左右に分けて自分の額をつけた。意識がふわふわしている美波はされるがままだ。


 「熱いな。今すぐ寝ろ、医者も呼んでくる」

 「寝るならお風呂……」

 「アホか、いいから寝ろ」

 「じゃあ浄化魔法………ダメだ、集中できなくて使えない」


 美波はグズグズ言いながらソファーから立ち上がる気配がない。痺れを切らしたルークは右腕を美波の足裏に腕を入れ、左手を背中から脇に回し持ち上げた。頭の回っていなかった美波もこれにはさすがに驚いた。


 「ルーク、歩けるから下ろして」

 「今更」


 ルークはスタスタと寝室へ入り、ベッドに美波を寝かせ掛け布団も首まで引っ張り上げてやる。


 「医者呼んでくる」


 そう言ってルークは寝室を出て行った。


 (この世界に来て初めて風邪引いちゃった。地獄の新兵訓練中でも風邪なんか引かなかったのに)


 原因は分かっている。ずっとクリス・ローフォードのことが頭から離れない。

 国王になって1年。手を打つ時間はあった。何か出来ていればあの事件は防げていたかもしれない。

 昨年の予算編成の時に、貧窮院の視察について確認はしていた。あの時に1年に1回の視察に変更して、すぐに視察隊を派遣していれば。今年のレアット領内の貧窮院視察は10月に予定されていたが、他の領より先に回っていれば、もっと貧窮院に目を向けていれば__。たらればばかり考えてしまう。そして眠れなくなるのだ。




 しばらくするとルークが医者を連れて寝室に戻ってきた。宰相もついてきており、美波に心配そうな目を向ける。

 美波に専属の侍医はいない。ゆえに連れてきた医者は王城内にある診療所に勤めている者だ。美波も新兵訓練の時には怪我や筋肉痛が絶えず、よく世話になった顔見知りである。しかし国王になってからはご無沙汰していた。

 医者は美波の腕をとって脈を測り、喉を見て、聴診器を当て、2つ3つ尋ねて問診した。

 宰相は診察が始まると席を外したが、ルークはベッドから少し離れたところに椅子を持ってきて座り、診察の様子を見守った。

 医者はカルテを書き診断結果を話す。


 「風邪でしょう。今日視察から帰られたということなので疲れが出たのでしょう。薬をお出ししますので、ゆっくり休んでください」


 風邪は休んで治すしかない。休む気分にはなれなかったが、この体調では仕事など出来ない。気ばかり急いでしまう。

 医者の言葉に緩く頷き、美波は深くため息を吐いた。


 「陛下、具合はどうですか?」

 「風邪だって」


 医者と入れ替わりで部屋に入ってきた宰相に答える。


 「俺、ミナミに呼ばれて王城に来たんだけど、呼んでねぇらしい。兄さん、誰が呼んだか調べてくれねぇ?」

 「そうなのか? それは気になるな、すぐに調べよう。それよりルーク、いつまで陛下の寝室にいるつもりだ?」

 「こいつが寝たら出てくよ」


 (この兄弟の会話、初めて聞いた)


 美波はベッドに横たわりながら顔だけを2人の方に向ける。ルークも宰相もいつもと口調が違い、家族に見せる顔になっていた。


 「お前がいたら陛下が眠れないだろう」

 「ハッ! こいつとは宿で同じ部屋に寝たこともあるんだ。その時もグースカ寝てたよ」

 「同じ部屋に!? 何を考えているんだ!」

 「俺が知りてぇ」


 病人の寝室で兄弟喧嘩が勃発しそうになっている。


 「宰相」

 「はい陛下、なんでしょう? 水ですか? 薬は侍女に持って来させますから__」

 「誰がルークを呼んだのか調べてきて」

 「はっはい、分かりました……」


 ルーク1人を寝室に残すことに釈然としない顔をしつつ、宰相は美波の指示に従い部屋を出た。


 「それで? 俺に何か話したいことあんだろ? とっとと話して寝ちまえ」


 ベッド脇に腰掛けていたルークが美波の顔を覗き込む。


 「……ルークはレアットであった連続殺人の話は知ってる?」

 「あぁ、犯人は15歳だってな。貧窮院で人身売買が行われてたってことも新聞に載ってた。今は街中でその話がされてる」

 「皆なんて言ってる?」

 「……加害者の少年に同情的な人間も多い。それから『行政はなんとか出来なかったのか』と……」


 美波は両手で顔を覆って、声を震わせながら大きく息を吐いた。


 「私ならなんとか出来たはずなのに。それだけの力は持ってるのに防げなかった。……私は、最低だ……っ!」


 美波は声を押し殺しながら泣いた。

 お前は十分頑張ってる、国王だって万能じゃない、そんな言葉は何の慰めにもならないだろう。

 ルークはかけるべき言葉が見つからず、痛ましげに見つめ、宥めるようにゆっくり頭を撫でた。


 「少なくともお前だけの責任じゃない。貧窮院院長の悪事に気づかなかった全員の罪だ」


 この事件を知った国民全員がやりきれない気持ちを抱えている。


 「それでも、そのせいで何の罪もない4人の命が失われてしまったんだよ……」

 「あぁ」

 「売られてしまった少女と、ただ一緒に暮らしたかったって、泣いたあの少年の顔が忘れられない」

 「そうか……」

 「15歳の子供の死刑執行命令書に、どんな顔でサインしろっていうの……!!」


 割り切れない気持ちが涙となって溢れ出す。

 国王とはどれほどつらい仕事だろう、とルークはこの時痛感した。重すぎる責任に対して見返りなどないにも等しい。それなのに与えられた役割を全うしようとして、悩み苦しんでいる。

 ルークは助けてやりたいと心底思った。心を軽くしてやりたい、そしてもっと頼って欲しいとも。

 ルークは顔を覆っている美波の手を握り込んで、自分の頬へと寄せる。美波の涙に濡れた顔を半分が露わになる。ルークの手は冒険者らしく、力強く、固く、そして優しかった。


 「ミナミ、お前は神様か?」


 美波は目だけを動かしてルークを睨む。


 「神様だったらこんなことにはなってない」

 「あぁ、お前はただの人間だ。国民全員を幸せにしてやることなんか出来ない」

 「そんなの分かってる」

 「いいや、分かってない。俺ら国民には幸せになる自由も不幸になる自由もあるんだ。その選択は自分のものでお前は関係ない」


 美波はルークに向けていた目を大きく見開いた。


 「犯人のクリス・ローフォードは確かにつらい境遇だったが、世の中にはどんなに苦しくても犯罪を犯さず生きる人間がほとんどだ。そして自分の行動の責任を取るのも自分しかいない」


 静かに語り聞かせるルークの声に、波立っていた心が凪いでいくのを感じる。そしてこの事件に関して自分に出来ることは、もう二度と同じような事件が起きないように対応するしかないという決意と諦めと感傷。

 美波は目を閉じて、消化しきれていなかったもの全てをゆっくり飲み込んでいった。




 話が終わったタイミングで、ケリーが薬を持って寝室に入ってきた。ケリーはベッドサイドのテーブルに薬湯の入った器と水差しの乗ったトレーを置く。

 美波は体を億劫そうに体を起こそうとするのをケリーが助けようとするが、その前にルークがその背を支える。そして薬湯を手渡すが、その手に力が入っていないのを見て、溢さないように手を添えて口元まで運ぶ。


 「ありがと。……うぅ、苦っ」

 「ほら水」


 すぐさま水差しも手渡された。

 今までの彼からは考えられない甲斐甲斐しさに、美波は真意を探るようにじっとルークを見つめた。


 「なんか妙に優しくない? 病人だから?」

 「いいから寝ろ」


 背を支えていた手をどけて、優しく肩を押して美波を寝かせる。


 「おやすみ」

 「おやすみ、ルークを呼んだのが誰か早く分かるといいけど……」


 言いながらもまぶたは降りていき、美波はすぐに寝息を立て始めた。




 薬を片付けにケリーも部屋を出て、寝室は2人きりになっていた。

 ルークはケリーが置いて行った濡れたタオルで、美波の汗ばんだ額を拭い、手の甲でさらりと撫でる。熱はベッドに入る前よりも上がっているようだった。

 美波は真面目な人間だ。普段の言動からはそう見えないこともあるが、思えば冒険者になったのもこの国を知るためだったし、国王になってからも公務に励んでいる。

 パーティを組んだ当初は、魔法がバカみたいに強いくせにアラミサルのことは驚くほど何も知らない謎の女だとしか思っていなかった。それなのに、次第に目が離せなくなり、知らない一面を知るたびに興味を引かれ、この国が好きだと濡れた瞳で呟いた姿は今でも目に焼きついている。

 その真面目さも、芯の強さも、猪突猛進でとぼけたところや少し自己中心的なところでさえ、今では全てが愛おしい。

 ルークは寝苦しげな美波の頬を撫でた。そして早く熱が引くようにと願いながら額に唇を落とした。



 美波は途中何度か目を覚ましたが、二度寝三度寝を繰り返し、ようやく意識を浮上させた。

 室内は美波が寝やすいようにカーテンが引かれており薄暗く、何時なのか判然としない。美波は時計を見ようとサイドテーブルの方に顔を向けると、すぐ側でルークが脚を組み、静か目を閉じていた。

 美波は絶好のチャンスとばかりに、まじまじと観察した。スッと通った鼻梁に薄い唇、美しい形を描く輪郭と男性的な首筋。憎らしいほどに完成された造形をしている。


 「ルーク?」


 美波は寝ているのかどうか確かめるように声をかけた。

 その声でルークの瞼が持ち上がり、吸い込まれそうな青い瞳と視線が重なる。


 「……あぁ、起きたのか」


 ルークは冒険らしい寝起きの良さで、すぐに美波の額に手を当てて体温を確かめた。


 「今何時?」


 美波の問いに、ルークはズボンから懐中時計を取り出して答える。


 「8時過ぎだな」


 ルークが代わりにサイドテーブルの時計を確認して答える。


 「え、もう朝!? ずっと寝てたの私!? それにルークは何でここに? もしかして、ついていてくれたの?」


 美波は体を起こして、怠さが残っていないことを確認しつつ、ルークと目線を合わせた。


 「起きた時、誰かいた方がいいだろ」


 ルークは美波を気遣って、ほぼ丸一日そばを離れなかった。


 「ありがとう。ずっと椅子に座ってて、しんどかったんじゃない?」

 「荷馬車の上よかマシだ。それより頼んだらそっちのベッドに入れてくれんのか?」

 「えぇ!? いや、ちょっと、えぇっと」


 美波はドキリとして視線を泳がせる。照れ隠しに髪を触ろうと腕を上げた時、来ていた服が昨日と変わっていることに気づいた。そして無言で夜着とルークを交互に見る。


 「俺じゃねぇよ。お前がちょっと起きた時に侍女が来て、着替えさせるからって俺は部屋追い出された。覚えてねぇのか」

 「そうだったような……?」

 「熱もだいぶ下がったみてぇだし、食欲あんなら何か食って薬飲め」

 「お母さーん、私お粥食べたい。卵も入れて?」


 美波がニッと口角を上げて、小首を傾げてみる。


 「誰がお母さんだ。ここぞとばかりに甘えやがって」


 嫌がらせ半分で美波の髪をクシャクシャとかき乱す。


 「オカユが何かは分かんねぇけど、城の料理長に作れるか聞いてくるから待ってろ」


 ルークがやっぱり妙に優しい、と思いながらその背を見送った。




 20分後、ベッドテーブルにお粥の入った深皿を乗せたルークが寝室に戻ってきた。しかしベッドに美波の姿がない。

 あいつはどこに行ったんだ、とルークはベッドサイドにトレーを置きながらため息を吐く。すると、すぐに寝室の奥の扉からタオルで髪を拭きながら美波が出てきた。ルークがいない間に風呂に入っていたようだ。


 「ホント、お前って風呂入らないと気が済まないよな」


 ルークは美波との旅の中で、護衛任務中でも川に簡易風呂を作ったり、宿も浴槽のある場所を選んでいたことを思い出す。


 「日本人は皆こんな感じなの」


 ルークは胡乱な目をしながら、美波にベッドへ戻るよう、枕と掛け布団を整えて促す。

 美波が大人しくベッドに入ると、ルークがお粥の乗ったベッドテーブルを置いた。


 「お粥だ! まさか作れるなんて。ありがとう!」


 美波はパッと笑顔になって、すぐに食べ始めた。

 ルークは、美波のまだ水分の含んだ髪が首筋に張りついているのを見て、薄い夜着があまりにも無防備なことに気付き、妙な欲求が出てこないよう視線を逸らした。


 「まだ髪濡れてんじゃねぇか。ドライヤーどこだ?」

 「洗面室の棚のとこ」


 ルークはドライヤーを取ってきて美波の髪を乾かし始めた。魔石で動くためコードレスの便利な代物だ。


 「えっ、ホントにどうしたの!? 優しさが天井知らずじゃない!?」

 「いいから食ってろ」

 「……うん。なんかお姫様気分?」

 「そりゃよかったな」


 いつもなら『王様だろ』と言いそうなのに、と美波は調子が狂う気がしながらお粥をもぐもぐと食べ進める。


 「そういえば、ルークに依頼を出した人って見つかったの?」

 「あぁ、すぐに分かったよ。近衛所属のお前の友達だ」


 美波が目を丸くする。


 「ジャックとロビンが!? どうして?」

 「レアットの事件で、お前があまりにも元気がなかったから心配して、俺だったらなんとか出来んじゃないかって、呼び出すために依頼したらしい」


 国内にいるかも分からない冒険者を捕まえようと思ったら、ギルドに依頼を出すのが1番確実で早い。だから2人はその手を使ったのだろう。

 心の奥がほわりと温かくなるのを感じる。多分その2人だけじゃなく、皆心配してくれていたのだろう、おそらく近衛隊長の許可を得て、政府の名義でルークに依頼を出したのだ。


 「ちなみに依頼料は税金使うわけにもいかねぇっつって、身銭切ったらしい。2人礼言っとけよ、俺への指名依頼は安くねぇんだから」


 拘束日数をどれくらいで見積もって依頼を出したかによるが、最低でも騎士の給料の半月分は必要だったはずだ。


 「そうだよね……うわぁ、私のせいで大金払わせちゃった! お礼言うだけじゃ釣り合わないでしょ!」

 「だとしても、金返されんのも嫌だろ。元気に笑ってる姿でも見せてやれ」


 美波は釈然としないものの、それ以上にいいアイデアも出なかったため、ルークのアドバイスに従うことにした。


 「私はもう大丈夫だから。依頼完了報告は出しとくよ。ありがとう」

 「なんかあったら、ギルド通していつでも呼べ。ギルドの魔法道具使えば、どこにてもすぐ連絡がつくから」


 今日はなんだか驚きっぱなしな気がする。


 「やっぱり妙に優しいよね? 今までだって、なんだかんだで優しかったけど、こんなあからさまじゃなかったのに」

 「なんだよ。優しくない方が好みか?」


 ルークが唇の端を上げて笑う。


 「そういうわけじゃないけど。っていうかその言い方なんかヤラシイ」

 「ナニ考えてんだか」


 そして2人は顔を見合わせて吹き出すように笑った。




 次の日、美波は執務室に向かう前に、王城本館にある近衛隊の執務室を訪ねた。

 日勤シフトの業務開始前を狙って来たため、部屋には近衛隊長ら見知った顔も多くいた。


 「まずは夜勤の引き継ぎ……おっ? ミナミちゃんじゃん。元気になったみたいでなによりだね」


 ミーティングだったらしく、部屋に入ってきた美波は全員の注目を浴びてしまう。相変わらずキャラいマクティアが、なんとなく要件を察しつつも、話やすいようにと水を向けた。


 「えっと、皆さんにはご心配おかけしました。もう大丈夫です。ジャックとロビンもありがとね」


 にこりと笑った美波に、ジャックやロビン、他の騎士たちもホッとした顔で微笑んだ。


 「たまには落ち込む時もあるだろうけど、あんまり頻繁だと俺の財布が死ぬからやめてくれ」

 「やっぱり、あの人は美波の力になったんだね。僕らじゃ出来なかったから、ちょっと嫉妬しちゃうけど」


 美波は皆の優しさにも元気をもらって、公務に復帰した。

 クリス・ローフォードの判決が出るのは当分先だろう。だがその時がきたら、どんな結果でも受け入れようと美波は覚悟を決めた。


今回で一旦週一更新を止めて、最後まで書き切ってからまた更新を始めます。どうぞよろしくお願いします。

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