56 連続殺人の真相
『孔雀亭』でレアット名物の料理を堪能した4人は領城へ向かって歩いていた。
陽は完全に落ちているものの、食堂で夕飯にありつく者や酒場で1日の疲れを癒す者など、夜の街にもそれなりに活気があった。しかし孔雀亭の店主曰く、連続殺人騒ぎで夜の客入りは少し減っているらしい。
4人が橋の上を歩いていると、前方にある堤防の道を目的もなさそうにフラフラ歩く少年の姿が目に入った。
夜道は危ないから早く帰れ、と美波が声をかけるべく歩き出そうとしたところを、クライブは腕を掴んで引き止める。
「なに?」
「あの少年、なんだか気になります」
クライヴが鋭い目つきで少年の動きを追っている。それに気づいたジャックとロビンも警戒度を高める。
「職質かけますか?」
「薬物を持ってる感じじゃない。少し泳がせてみよう」
この世界では銃刀法違反で逮捕できない以上、薬物所持の疑いでなければ職質の有用性はあまり高くない。不審人物を見つけたら跡をつけて、動きを見張るのが犯罪抑止には効果的なのだ。
4人はひっそりと少年を後ろを歩き始めた。美波はもちろんだが、ジャックとロビンも最初から近衛配属のため、警らは他の隊のヘルプなどでしか経験がない。それに引き換えクライヴは慣れた様子だ。
「先輩、どうしてあの少年が怪しいと思ったんですか?」
ロビンが小声で疑問を口にする。
「私は近衛の前は第1師団にいたから警らもやっていたんだけど、何年かやってると自然とマークすべき人間が分かってくる」
何年かでコツを掴むあたり、国王付きはやっぱり伊達じゃないなと思いつつ、美波たちはクライヴの指示に従い尾行を続けた。
少年は角を曲がり裏通りへと入っていく。美波たちからは、少年は特に目的もなく歩いているように見えた。
ふらふらと歩く少年を15分ほど尾行していると、少年の前方にある酒場から中年の男が千鳥足で出てきた。男はこちらに向かって歩き始め、少年はそのまま直進する。そして2人がすれ違おうとした時、男が少年の声をかけた。
「おーうボウズ、こんな時間に何してんだ?」
「…………散歩」
「こんな時間にかぁー?」
「いいだろ別に」
なんでもない会話のようにも聞こえるが、美波たちは張り詰めた緊張感の中で、この会話を聞いていた。なぜだか分からないが、この少年は危険だと本能が告げる。
ただ話しかけられただけのわりには少年からは敵意が感じられた。しかし酒に酔った男にはそれが感じ取れていないようだった。
「おら、家に送っててやる。家どこだ?」
「いらない」
「いいから、ほら帰るぞ」
「いらないって言ってる!!」
急に激昂した少年がズボンからギラリと鈍く光る物体を出した瞬間、騎士3人は建物の陰から飛び出し、美波は魔法を放った。
「水銃!」
美波の魔法は狙い通り少年の右手に命中し、手にしていた物、ナイフを弾き飛ばす。そしてすぐに3人が少年を取り押さえ、男性を保護した。
美波は3人に近づこうとするが、クライヴに目で制される。危ないから近づくなということらしい。
そしてすぐに『勝手に護衛し隊』メンバーが走ってやってきて、少年の体を縄で縛った。
少年を怪しいと見抜いたクライヴの勘は当たりだった。
未遂になったものの刃物で人を殺傷しようとした以上、事件扱いである。少年が刃物を持ち街を歩いていた理由や犯行動機などを聞き、しかるべき刑罰を受けさせねばならない。
「憲兵を呼ばないとな」
クライヴが領兵の1人に声をかけた。
「はい。今1人が詰所まで走っています」
この国では殺人などの重大事件は王都では騎士団が、領地では領兵が取り調べを行い、それ以外の事件は憲兵の担当になっている。
「そうか……」
領兵とともに現場に近づいた美波は、その声色を聞いてクライヴの方を見上げる。彼は苦々しい顔で少年を見ていた。
「クライヴ、何か問題でもあるの?」
「いえ、なんでもありません」
しかし、彼の渋面の意味はすぐに分かることになった。この日の深夜に憲兵隊で行われた調査で、所持していたナイフと連続殺人の被害者の傷跡が一致。取り調べで少年がこれまでの犯行を自供した。
そして翌日の早朝、少年の身柄は領城へと移送されたのだった。
◇
客室で朝食を食べていた美波のところに、領主のレイミス公爵が訪ねてきた。
「公爵、何かありましたか?」
部屋に入ってきた公爵は挨拶もそこそこに本題を切り出した。
「えぇ、昨夜居合わせた現場で捕まった少年が連続殺人の犯人だったようで」
「あの子が!? あんな子供が……信じられない」
「まだ15歳だそうです。今から領兵が改めて取り調べをします」
本当にあの少年が犯人なのか、だとしたらなぜ連続殺人を犯したのか。知りたいことは後日、新聞記事を見れば分かるだろう。しかし、この事件が本当にアラミサルでも滅多にない少年による凶悪犯罪なのであれば、なぜ起こったのか、少年が何を考えているのか。美波はそれを自分の目で耳で確かめたかった。
「その取り調べ、私にも同席させてください」
領城内にある、領兵にあてがわれた石造りの塔には、取り調べ用の部屋がある。
部屋には小さい小窓が1つと、向かい合って置かれた椅子とその間に簡素な机、壁際にも椅子が数脚置いてある。
身柄を移送されてきた少年は、兵士に連れられてその部屋に入り、椅子に座らされた。手はロープで拘束され、その端は兵士が握っている。入り口の鉄の扉の外には被疑者が逃げ出すのを防ぐための見張りが1人立っていた。
兵士が少年の正面に座り、取り調べを始めようとした時、美波と護衛騎士としてクライヴ、そして公爵が入室して壁際の椅子に座った。兵士は驚き立ち上がろうとするのを、公爵は手で制して、取り調べを始めるように目で促す。
「昨夜も衛兵隊の取り調べと重複するところもあるだろうが、改めて答えて欲しい。まずは名前と年齢を」
「クリス・ローフォード。15歳」
「ローフォードというと、貧窮院で暮らしているのか?」
「そう」
この国には各地に貧窮院といって、児童養護施設のようなものが設置されている。そこに預けられた子供で家名が分からない者は施設の名称を家名として名乗る慣習になっている。
「お前の持っていたナイフと遺体の傷跡から、お前には5件の殺人および殺人未遂容疑がかけられている。昨夜はなぜ男性にナイフを向けた?」
「家に送っていくって言われたから」
「それでなぜ刺そうとした?」
「…………」
素直に答えていた少年はこの質問で初めて口を閉ざした。
兵士は質問を変える。
「3カ月前の6月6日に乗合馬車の御者を殺したのはお前か?」
「そう」
「なぜ殺した?」
「御者なら乗車賃を貰ってるから、金を持ってるだろうと思った」
兵士は質問を続けるが、お互いに面識はなく、強盗を思いついた時に、たまたま通りがかったのがその御者だったと少年は話した。金を何に使おうとしたのかという質問にはまた黙秘した。
「その3週間後の6月27日に教会でお婆さんを殺したのは覚えがあるか?」
「ある」
「なぜ刺した?」
「祈れば救われるって言われた。そんなのは嘘だ」
「そんなのは殺す理由になどならないだろう!?」
「…………」
詳しく聞くと、早朝に貧窮院を飛び出した少年は街を彷徨いていたが、歩き疲れて教会で休んでいたところに被害者の女性が来て、話しかけられたそうだ。金品を奪っていったのは『ついで』だと言う。
「3件目の事件、7月25日に男性の首を切って殺害したのは間違いないな?」
「そう」
「なぜだ?」
「歩いてたら、金よこせって絡まれたから」
少年はこの日も昨夜と同様に、あてもなく夜のレアットの街を彷徨っていたらしい。
「4件目の事件では衛兵を刺そうとしている。なぜだ?」
「貧窮院に戻そうとしたから」
「それの何に問題がある?」
「…………」
またしても黙秘である。
「答えろ」
「…………」
兵士はおもむろに立ち上がり、少年の顔を拳で殴った。
(嘘でしょ!?)
科学捜査のないこの世界では、犯罪の立証には自白が重要になってくる。そのため暴力により無理矢理自供させることも普通に行われていた。美波にはやはり野蛮な行為に思えたが、中近世のように拷問にかけられないだけマシだと思うことにしていた。
「答えろ。貧窮院に他人がついてくると何が問題だ?」
殴られた少年は表情は変えなかったが、何か諦念したような雰囲気になる。
「奴隷になんてなりたくない」
この場にいる大人全員がその言葉に疑問を抱いた。
この国にも周辺国にも奴隷制を敷いている国はない。奴隷とは何かの暗喩なのだろうか、と当然の疑問が浮かぶ。
「奴隷とは何だ?」
「奴隷は奴隷だ。人に買われて死ぬまで働かされる」
「質問を変えよう。貧窮院とその奴隷とはどう繋がっている?」
「貧窮院の子供は売られる」
まさかと言いながら公爵は立ち上がり、少年の方へと歩み寄った。兵士は座っていた椅子を公爵に譲り、彼女が少年の前に腰掛けた。
「誰がそんなことを言っていたんだ?」
「院に暮らしてる奴は皆知ってる。月に1回、男がやってきて子供が連れて行かれる」
「どこかの家の子になっただけだろう?」
「違う。金のやり取りをしてた。普通の里子ならそんなことしないだろ!?」
信じたくないような現実が少年の口から語られる。
公爵が険しい顔で問う。
「これは詳しく調べる必要がありそうだ。君、ローフォード貧窮院を今すぐ捜査するように領兵長に伝えてくれ」
公爵が隣に立っていた兵士に指示を飛ばす。
これはもしかすると、ただの連続殺人だけではないのかもしれない。この場の全員が思い始めていた。
「クリス、君は貧窮院が人身売買をしていると、いつ知った?」
「3カ月前。ずっと一緒にいたアンナが連れて行かれる時」
「きっかけは? 何があった?」
「連れて行かれたアンナの跡をつけた。彼女は娼館に入って行った。でもこの領内にいるだけマシだ。院長は大抵外国に行くって言ってた」
少年の言うことはあまりに衝撃的で、全員が言葉を失った。それでもまだ謎は多く残っている。
「被害者から奪った金は何に使おうとしたんだ?」
「アンナを連れ戻して、2人で暮らしたかった」
これまで全く表情を変えなかった少年の顔が歪み、涙が溢れた。
こんなに酷いことがあっていいのか。今は少年の自供だけで話の裏付けはされていない。つまり全ては嘘かもしれない。しかし、ここにいる全員がそうは思っていなかった。
「それでも人を殺していい理由にはならないよ。それで、4件目の事件と昨日の事件で君は『送っていく』という男性の言葉に反応して犯行を行っているみたいだ。それはどうしてだ?」
少年はまた元の無表情に戻り、淡々と答え続ける。
「俺が貧窮院の子供だと知られると連れて行かれるかもしれないだろ」
伯爵は驚き目を瞬かせる。少年の目には、大人の男が全て人買いに見えているようだった。
(クリスの目には、この世界はどんな風に見えているんだろう……どんな残酷な世界に……)
美波はこの現実に打ちのめされそうになる。
この国を好きになって、この1年公務に励んだ。国民の方を向いて、ベストを尽くし働いていると思っていた。それなのに実際はどうだ。目の前の少年1人救えない。知らなかった、見えていなかった。
取り調べ室は静まり返り、誰も口を開けなかった。
2日後、美波は公爵に呼ばれてムーアとともに貴賓室へ向かった。
部屋にはすでに公爵がおり、2人もソファーに腰掛けた。
「この2日間で捜査も進みまして、クリス・ローフォードの証言の裏付けも取れてきました」
領兵はローフォード貧窮院の院長を逮捕し尋問した。最初は口を割らなかったものの、貧窮院の院長室からは大金が見つかり、周辺住民は子供を連れて貧窮院から出てくる人物を見ていた。しかし住民らは養い親が見つかったにだろうとしか考えていなかった。
貧窮院からは人身売買があったことを証明する書類などの証拠は出なかったものの、院にいた子供らは、自分がいつ売られるのかと怯えており、クリスの証言に信憑性を持たせた。
状況的にクロで間違いないと判断した領兵は、院長をさらに厳しく尋問し、人身売買を行ったことを認めさせた。そして子供たちが逃げたり反抗しないよう日常的に暴力によって支配していたことも自供した。
そして貧窮院にいた子供と、アンナを含む行方が分かった子供らは領兵により保護された。
「あの少年は2件目の殺人について『嘘を吐いたから殺した』と言っていた。あれは彼も院長からそう言われながら暴力を振るわれていたんだろう」
美波は少年に対してどうにも同情心を止めることが出来そうになかった。それでも少年は4人もの人を殺している。話題は自然と量刑へと移った。
「あの少年はどうなるんですか?」
「彼にも同情の余地はあります。ですが、4人もの人を殺している。……裁判所も量刑を決めるのは非常に頭を悩ませるでしょうが、私はやはり極刑は免れないだろうと考えています」
捜査が終わり、憲兵か領兵、もしくは騎士団で取り調べを受けた被疑者は、王都か中規模以上の領地にある裁判所で裁判を受けることになる。現代日本のように三審制ではないため控訴も上告もない。新たな証拠等が見つかった場合にのみ再審請求は行われるが滅多に通ることはない。その代わり、裁判官はどの事件に対しても真剣に話し合い判決を下す。
少年の判決が出るまでには、長い時間を要するだろうと思われた。
事件の大枠が判明したこの日、美波たち視察団は王都へ戻る日だった。
美波もレアットでの公務は全て終わっており、領城の牢に入れられ、裁判を待つクリスのことは気掛かりだったが出来ることは何もない。
美波は後ろ髪を引かれながらも東部都市レアットを発った。




