55 西部都市を観光しよう
西部都市レアットは他の3都市と比べて歴史の古い街である。建国当時の王都はこの街にあり、今でも当時の賑わいをうかがい知ることができる。街には古い建物が多くの残り、アラミサル伝統の民族衣装を着る人の姿も見られる。
以前、年末のフクロウマーケットで冬バージョンは見たが、今は夏仕様である。
女性はブラウスの上に刺繍が鮮やかな黒の胴着、スカートは決まった色がないらしくカラフルだ。男性はシャツと女性のものより丈の長い胴衣とズボンだ。
美波と、私服に着替え剣を下げたジャック、ロビン、クライヴの3人は、観光客丸出しで物珍しそうに街を眺めながら歩く。
「今まで行った3都市ともそれぞれ特色があって面白かったけど、レアットはそれともまた違った雰囲気だね。歴史を感じさせる街並みはゾルバダがそうだったけど、それとも違ってる」
「ミナミって実はこの中で一番旅慣れてる?」
本当に国王らしくないとロビンが笑う。
「陛下が今まで行った場所で一番気に入った所はどこです?」
「えーどこだろ? 決められないなぁ。全部好き。だって私の国だもん」
3人は目を丸くして美波を見る。しかし美波は気負った風でもなく、なんでもない顔をして前を見ている。
この街は川が多い。領城の左右も川の挟まれ、どこに行くにも橋を渡らねばならないようになっている。
(戦争の絶えなかった時代には土地を守るのに向いていたけど、けど雨が多いと氾濫して大変だったって宰相が授業で言ってたっけ)
3人は大きな時計塔の前を通り、大通りを歩き、当てもなくブラブラ美波の気の向くままに進んでいく。すると気づけばレアット名産の衣服を扱う服飾工房が軒を連ねる地域へと踏み入っていた。
通りに直営店を構えている工房も多く、4人は店によって特色の違う衣服を手に取り、体に当ててみたりして楽しむ。
「このデザインカッコ良くねー?」
「似合う似合う!」
センスの良さげな洋服店を覗き、次は魔物素材を使った店へ入る。
「この服、リザードドラゴンの素材だって。防水・速乾・断熱って性能良すぎ……高っ!! 僕の給料何ヶ月分!?」
服を持つロビンの手が震えている。
「私の給料の3カ月分だわ……。冒険者時代の仲間がその性能にプラスで破れない汚れない防御力強化の付いた服着てた」
「陛下、給料額がバレてしまいます。それとお仲間の服の性能がおかしいです」
美波が給料をさりげなく暴露し、クライヴが至極真面目にツッコミを入れた。
「自分で倒したドラゴンの素材で作ったらしいんだけど、どこの工房で作ったんだろ? よっぽど腕のある職人さんじゃないと作れなさそう」
「やっぱりここの工房のどこかじゃない? あとドラゴン倒した冒険者ってあの『黒の騎士』!?」
「あれ言ってなかったっけ?」
「『黒の騎士』とミナミのパーティって過剰戦力すぎるだろ!」
どこか考えがずれている美波に、ロビンとジャックは『黒の騎士』というワードに反応する。冒険者のみならず騎士の中でもルークの人気は高い。
「実際、陛下たちはゾルバダで盛大にやってきたと隊長から聞いてます。あの人『国王1人で行かせるなんて近衛いる意味ないだろ!』って宰相にキレてました」
「それはごめん」
素直に謝った。
荷物を増やすわけにはいかない騎士3人は、見るだけで買うつもりはなかったが、美波が増えた荷物は馬車に乗せると請け合った結果、それぞれ気に入った服を購入した。
◇
4人は再びあてもなく歩き始め、美味しそうな焼き鳥を見つけた美波がフラフラと屋台に近づき全員分の串を買い、歩きながら食べようとするのをクライヴがベンチに座らせ、食べ終わるとまたフラフラとアクセサリーショップを覗き、次は魔石を使った発明品が置いてある魔法道具屋に入り、気が済むとまたどこかへ歩き出す。
(((疲れる)))
騎士ら全員の気持ちが一致した。そしてこれに付き合っていた『黒の騎士』を崇めたい気持ちになった。
4人が適当に歩いていると、領内で1番大きな河川に出た。美波は上の道路から見下ろすと、河原には老若男女たくさんの人がおり、水着姿で川に入っていた。川遊びをしているのだろうかと、その様子をしばらく眺めながら離していると、地元住民と思われる女性が美波に声をかけた。
「あそこはね、川底から温泉が出るのよ」
「温泉!」
途端に美波の目が輝く。旅の間にもバスタブのある部屋に泊まれれば必ず入浴し、領城の客室にもそこそこ大きな風呂が置かれており、毎日使用しているが、日本人的に風呂と温泉は別物である。
「あら、興味があるみたいね。だったらこの道を真っ直ぐ行ったところに水着を貸してくれるお店があるから、そこで着替えられるわよ」
楽しんでねと言って女性は去っていった。美波は入りたそうな顔で3人を見つめる。ジャックとロビンは、なるべく希望は叶えてやりたいけどと思いつつ、先輩であるクライヴの判断を待つ。
「いいですよ、入りましょうか」
クライヴは、護衛のためにひっそり後をついてきていた近衛10人と、領兵の『勝手に護衛し隊』メンバー10人がついてきているのを確認し許可を出した。クライヴたち3人が武装を解いたところで関係ないほどの過剰戦力である。
「ありがとう! じゃあ早速水着借りに行こう」
美波は早歩きで店に向かう。元々、現代日本人である美波はこの世界の女性より歩くのが速い。それに訓練と旅で鍛えた足腰が加われば、ちょっと注目を集めるほど異常に速い早歩きになる。もちろん騎士たちは余裕でついていけるが。
美波は店に入り、この世界の水着とはどんな物だろうと心を躍らせながら水着を物色する。
女性用の水着は全てワンピースタイプで、ピッタリとした物から、ゆったりしたタイプ、ほぼ洋服に近いものまで用意されている。しかしビキニといった見方によっては下着にも見えそうな露出の多いデザインのものはない。
やはり文化的にまだ人前で女性が肌を多く見せることは敬遠されるらしい。それは今年30になる美波も同じであった。
美波はその中から、体の線を拾わない紺色に大きな花柄が特徴的なものを選ぶ。他の3人もそれぞれ選び、店にレンタル料を払って更衣室で着替えた。
美波も更衣室でいそいそと服を脱ぎ。水着を着る。
(思ったより胸元開いてる。まぁいっか。それよりも、この腕……)
美波は更衣室の鏡を睨みながら上腕をさする。固い。腕に力を入れると力瘤もできる。それに水着に隠れて見えないが、新兵訓練が終わった時から縦に腹筋も割れている。美波は女性にしては逞しすぎる体に、私はどこに向かっているんだろうと遠い目になった。
美波が更衣室で力瘤を作っている間に、ジャックたち3人はとっくに着替えを終えて美波を待っていた。
「ごめん! お待たせしました」
出てきた美波は3人の姿を見る。3人とも水着は膝上くらいのズボンタイプで、鍛えられた体を惜しげもなく晒している。そして改めて3人とも美形であることを再認識した美波は、ちょっと近づきたくなくなった。
「わぁミナミ、よく似合ってるね」
「えぇ、可愛らしいです」
ロビンとクライヴはニコニコと手放しで褒める。
「へへっ、ありがと」
一方、ジャックは視線を逸らして何も言わず、行くぞと言って我先にと店を出た。
「あれは照れてるね」
「え? なんで?」
「だって美波の水着、丈も結構短いし胸元も空いてるからね。僕もちょっとドキッとしちゃったし」
ロビンがさらりと言う。
(ううっ、これは恥ずかしい!)
美波は赤くなった顔を見られないように、足早にジャックの後を追いかけた。
荷物も水着店に預け、店のすぐ前の階段で河原に下り、ゴツゴツした石の上を歩いて川を目指す。
先頭を歩くジャックに、美波とすぐ後ろにロビンとクライヴという、謎の美形集団は人々の視線を集める。
「めちゃくちゃ注目されてる……」
「最近、陛下は普通の服で歩いていても人目を引いていますからね」
だから近衛と歩くのは嫌なんだと言う美波に、クライヴが思わぬ一言を発する。
「私が? そんなわけないじゃん」
「いえ本当です。歩く姿勢が庶民っぽくないですし、纏う雰囲気が普通の人とは違います」
「うそ、私いつの間にカタギじゃなくなってたの!?」
「その言い方はどうなの」
人は属する組織や立場で顔立ちや雰囲気は変わるものである。美波も元々の親しみやすさは残しつつ、少しずつ人の上に立つ人間らしくなっている。
話しながら、温泉から上がってきた女性2人組と美波がすれ違う瞬間、女性の1人が転がっていた石で足を捻り体勢を崩した。
「きゃ!」
「危ないっ」
美波が咄嗟に筋力強化をかけて左腕を背中に回し、右手で女性の腕を掴み助ける。
「あっ、ありがとうございます……!」
女性は自分より小柄な美波に支えられたことに目を白黒させつつ礼を言う。
「いえいえ」
美波はにっこり笑って再び歩を進める。後ろでは『今の凄くない!?』『カッコいい……』と言いながら、2人組が美波の背中を見つめた。
「本当に筋力強化上手いよね。一瞬で発動させるんだもん」
「隊長の言葉じゃないですけど、近衛がいる意味を一瞬見失いました」
褒めらてるんだか何なのか分からないなと思いつつ、川縁にいたジャックの隣に並んだ美波は、急かされて川の中に足を入れた。
「あったかい!」
「ホントだ。川なのに不思議な感じ」
「もしかして国王を実験台にして先陣切らせた?」
「転ばないように気をつけて」
「ちょっと、ジャック、ロビン、左右から腕掴まないで。介護されてるみたいじゃん」
「あはは! 介護って!」
温泉に入るだけでも騒がしい3人をクライヴは苦笑しながら見ていた。
沈みゆく夕日を眺めながら4人は温泉を堪能する。
イケメン3人に囲まれている美波に、時折嫉妬や羨望、疑問の眼差しを向ける女性客もいたが、考えないようにした。
(ただの護衛に嫉妬されてもねぇ)
それを不自由に思うほど自分の行動を制限してもいないが、全力で勝手をできるほど気楽な身分でもない。自分の一挙手一投足が他人を振り回すのだ。気ままに動いているようで、多少は気も使っている。
「この後、ご飯食べて帰るのでいいかな?」
「いーんじゃね? だったらレアット名産の酒飲みたい」
「さすがに護衛中に酒はダメだよ」
「そうだった。じゃあ名物の飯食いたい」
「私もそれに賛成!」
近くで目立つ4人組の話を聞いていた男性が、それだったらおすすめの店があると会話に入る。
「そこの階段を上がって真っ直ぐ行った裏通りにある『千鳥亭』っていう店が地元料理も置いてあって美味いよ」
「わぁありがとうございます!」
美波の笑顔に男性の頬が一瞬朱に染まる。感謝されたことを光栄に思わせるような存在感だった。周囲も何者だろうと遠巻きにうかがっている。
「ミナミ、人たらし力が上がってる」
ロビンがそう評する。自分では分からないが、この世界に来たばかりの時から知っている彼が言うなら、そうなのだろう。
「皆は今、何か目標とかってあるの?」
美波はなんとなく気になって聞いてみた。
「俺はもっと強くなって、国王付きを目指す」
「僕もね」
想像もしていなかった言葉に美波は驚く。
「だって別に世界からこの国の都合で連れてこられて、それでも歯食いしばって立派に国王やってんじゃん。騎士として何が出来るか分からないけど助けてやりたいって思うよ、友達だからさ」
「僕たちだけじゃなくて、ミナミが頑張ってるのは皆知ってるよ」
「1回逃げ出したのに?」
それは城を飛び出して冒険者をしていたことだ。2人の優しい言葉に、美波の心の弱い部分を刺激し、つい口をついて出てしまった。
「その全ての経験があって今の陛下があるのではないですか?」
クライヴが優しく諭す。
確かにそうだ。国内を自分の目で見て回ったからこそ、予算編成でも、ただの漠然と承認するのではなく、自分の頭で考えて書類にサインできた。
「でも私は大人で、仕事なんだし頑張るのは当たり前。でも皆が応援してくれるならもっと頑張れる。だって国王って国民のためにいるんだもん。でしょ?」
美波は微笑みながら、同意を求めるように首を傾げる。
クライヴは肯首しながら、陛下の目標は、と聞く。
「もっと生活とか医療、いろんなものが豊かになればいいなとは思うけど……」
そこで美波は一旦言葉を区切り、少し考えてから口を開いた。
「何百年経っても、この国の国境線が変わることなく存在し続けるようにしたい、かな」
それはあまりに壮大で、途方のない目標だ。
美波は戦争はどうやっても避けられないだろうと考えている。それが自分の在位期間中なのか、その後の時代なのかは分からないが、世界に対して、戦争を抑止するような仕組みはないからだ。
だからこそ美波は、打てる手は全て打って、希望を次代に繋げようとしている。
「ミナミってどこまで先のことまで見えてるんだろうって、俺時々思うよ」
「未来が見えたら、こんなに思い悩んだりしないよ。多分ね」