52 酔っ払いに絡まれた
冒険者や行商人は最短ルートで街から街へ移動するためや、旅費を浮かせるために野営をするが、それ以外の一般人は基本的に野営はしない。
しかし宰相は美波を最短で帰城させるため、行程に野営も組み込んでいた。
「んーー! 馬車に乗ってるだけだけど疲れたー」
何度か休憩を挟みつつ馬車は予定通り進み、もうすぐ日暮れという時間で停車した。
美波は馬車を降りて伸びをする。
「でも馬に乗るよりは楽だろ?」
ジャックは疲れを感じさせない顔で降りてくる。
「そうなんですか? 私は馬車移動でもきついです……」
2人は鍛え方の違いか年齢のせいか、と失礼なことを考えたが、口には出さなかった。
美波は野営の準備をするために、荷物の積んであるケリーたちの馬車に近づく。
「ケリー、ドロシー、2人とも大丈夫?」
「えぇ、少し疲れましたが大丈夫ですよ」
美波はサッと2人の顔色を確認するが、悪くはなさそうだった。陽もだいぶ落ちているため、きちんとは見えないが。
美波は馬車の荷物から3人のテントを出してきて設営を始める。
「陛下っ、そのようなことは私たちにお任せください」
ケリーが止めようとするが、美波はむしろ旅慣れていないケリーたちを気遣い休んでいるように言う。さすが元新米騎士団員の元冒険者は一味違う。
手早く設営を終えた美波は、次に料理担当の近衛騎士に近づく。
「今日は何を作るんですか?」
「材料の都合もあるので、そんな豪勢なものは作れません。今日の夕食は携帯食料とジャガイモと玉ねぎのスープです」
50人分の肉を現地調達するには骨が折れるため、今回の旅では携帯食料で腹を満たす。騎士は地面に座り数人で食材の下処理をしていた。美波も騎士に混ざってジャガイモを手に取って皮を剥いていく。
近衛騎士の面々は美波の国王らしくない行動に慣れたため、テントを立てようが料理をしようが、危険な行い以外は止めはしない。
「陛下、手慣れてますね」
美波の隣にいる騎士が、危なげないその手つきに感心する。
「冒険者をやってた時に上達しました。特にセレゥにいた時は1カ月外に出られなかったから、自分で作るしかなくて。夕食はルーク……パーティ仲間と交代で作ることにしてたのですが、彼の料理がまた美味しいんですよ。あの人なんでも出来ちゃうんです、勉強も、剣の腕はフォスター師団長と互角にやりあえてたし、もう羨ましいやら悲しいやら」
美波は一心不乱に皮を剥きながら愚痴を吐き出す。騎士らは『あの師団長と互角!?』とそこについて是非とも詳しく話を聞きたいと思ったが、美波は愚痴とも仲間自慢とも取れる話を続け、聞きそびれてしまった。
野営で必ずぶち当たるのは水問題だ。
美波にとって、いや日本人にとって風呂に入れるか否かは非常に重大な事柄だ。
近くに川がないため馬には魔法で水をやったが、視察隊一行の入浴はできないと思われた。美波ならそれくらいの量の水を用意することはできるが、その水を貯める場所がない。以前美波は川底を隆起させて簡易浴槽を作ったが、あれは1人用サイズだったため可能だった。今回は50人いるため、入浴するには大浴場サイズの浴槽を作る必要があるが、それを作る場所もなかった。山の地形を大きく変化させることを避けたのだ。
そこで美波は泣く泣く、妥協として、自分に洗浄魔法をかけ、ついでに視察隊全員にかけて回った。
洗浄魔法を初めて見た団員は、魔法で綺麗にするという新しい概念に驚き、また全員がその便利な魔法に感謝した。
1パーティに1人、いると便利な美波であった。
◇
次の日も馬車は順調に進み、この日も宰相の行程表通り、日暮れ前に大きめの街へと到着した。
2日目以降は近衛騎士らは一般の騎士と同じ制服を着用している。近衛の制服のままでは、馬車の中身が要人であると喧伝しているようなものだからだ。そして警備上の問題で、全行程でパレードをするわけにはいかない。国王の顔見せは王都と南部都市のみと決めていた。美波も用意していた服をラフに着崩して、ジャケットは腕捲りしている。
小規模な街ゆえに、一行が全員宿泊できる宿はない。よって今日宿泊する宿は、美波と侍女2人、近衛隊長らは1番ランクの高い宿に、そこから階級が下がるにつれて宿のランクも下がった。
夜はそれぞれ宿で夕食を取ったり、酒場に繰り出す団員もいた。とはいえ、各都市に着くまでの道中は、不測の事態に備えて常に任務中扱いになっているため羽目を外す者はいない。
美波も宿で食事を取り、することもないので部屋で本でも読もうかと食堂を出ようとしたところに、宿の扉を開けて私服姿のジャックとロビンが入ってきた。
「あっミナミいた! ねぇ僕たち今から酒場に行くんだけど、暇だったら来ない?」
どうしても読書がしたいわけではなかったため、美波はその誘いに乗ることにした。
酒場には2人と仲の良い先輩が先に行っているらしい。美波は『私が行ったら驚くんじゃ……?』と思いながら、まぁいいかと流した。
美波の泊まっている宿から歩いて10分ほどのところにあったその酒場は、テーブル席が15席、カウンター席が5席ある中規模の店だった。
ジャックを先頭にロビンが続き、美波が最後に入店する。
「よう、来たか……って、どうして陛下がここに!?」
ジャックとロビンが仲の良い先輩騎士とは、以前美波の部屋の床を一緒に掃除してくれた彼、クライヴだった。
美波とは同年代で、一緒に掃除をしてくれたこともあり、勝手に親しみを持っていた。
「この2人に誘われて。お邪魔だったらカウンターにでも座るけど?」
美波は茶化すようにクライヴに笑いかける。
「いえいえいえ! とんでもない! どうぞ!」
気の優しいこの騎士は、たとえ邪魔であっても『邪魔だから帰れ』とは言えない。
「ジャック、ロビン。気を使わせてる」
「先輩、すみません」
2人は揃って頭を下げる。
「私も誰かと喋りながら飲みたかったから来ちゃった。ごめんね」
美波も一緒に頭を下げた。
「うわっ頭を上げてください! もう心臓に悪い……」
クライヴに許しをもらった3人は席に座って酒を注文した。
『カンパーイ!!』
美波はワイン、ジャックとロビンはエール、クライヴはウイスキーを注文し、ツマミも何種類かテーブルに並んでいる。
「先輩はミナミの護衛をしてるから面識があることは知ってたんですけど、けっこう仲良くないですか?」
「仲が良いって、陛下に対してそれはどうなんだ?」
軽い調子で言うジャックに、クライヴは苦言を呈す。
「クライヴは近衛の中ではけっこう仲いい方だよ。歳も近そうだし」
美波はあえて自分から距離を詰める。そうしないと立場上誰とも親しくなることなどできない。
「光栄です。ですが陛下、あまり歳は近くないと思うのですが……」
「先輩、ミナミは今年で30なので同い年のはずですよ」
ロビンが勝手に美波の年齢をバラす。
「え? なんの冗談……本当なのか」
相変わらず美波はこの世界では年齢不詳である。
「近衛の中では、むしろクライヴとあと5、6人くらいしか喋ったことないんだよね。何か話すきっかけでもないと話さないし。そういえば大体メンバーが決まってる気がするんだけど、国王の警備につく人って決まってたりするの?」
「国王付きになれる人は実力はもちろん必要なんだけど、性格的適正とか色々と条件があるから、シフトには限られた人しか入ってないんだ」
ロビンが自らでは説明しにくいクライヴの代わりをする。
「へー。知らなかった」
他愛もない話をしながら、美波以外の3人はどんどん酒を空けていく。さすが鍛えられた騎士は違うなと横目で見ながら、美波はちびちびとワインを味わう。
「お前も明日はとうとう結婚か」
「ようこそ、既婚者の世界へ」
唐突に隣のテーブルの声が美波の耳に入った。隣はだいぶアルコールが回っているらしく声が大きい。
「こういう日は仲間内で宿でも取って商売女呼ぶんじゃないのかよ〜。俺期待してたのによ〜」
「んな金ねーのよ」
「あー! 明日からは気安く可愛い女の子と仲良くも出来ねぇのかよー!」
隣のテーブルはどうやらバチェラーパーティをしているらしい。美波はまだ遊びたいなら結婚なんかしなければいいのに、と思いつつ意識を隣から引き剥がす。
「結婚かー。俺はまだ実感湧かねぇな」
「右に同じ」
あれだけ大きな声だと、こちらのテーブルのメンバーも意識を持っていかれていたらしい。
「お前らは若くていいよなぁ。俺も24、5の頃は結婚なんて考えてなかったけど、今は切実に結婚したい……」
クライヴは精神的ダメージを受けて机に突っ伏す。
「ちょっ、先輩! ここで寝ないでくださいよ?」
「そもそも先輩、彼女いましたっけ?」
「……いない」
ジャックがトドメを刺した。
「ねぇ、そこのお姉さん、俺らと一緒に飲まない?」
隣のテーブルで騒いでいた1人が美波の方にフラフラ近づいてきた。
「いーえ、他を当たってください」
美波は手をひらひら振ってすげなく断る。他の3人は美波に男が近づいたことで少し警戒している。
「さっき別の女の子グループにも声かけたんだけど帰っちゃった」
この男はもうすでに他の客に迷惑をかけていたらしい。さらに他の客に迷惑をかける前に酔いを覚まして欲しいところだが、美波とてそんな魔法のような魔法は使えない。しかし騎士だと身分を明かして事を大きくすることも、できれば避けたかった。
「女の子と喋りたいならそういう店に行け」
「ジャック、酔っ払いを正面から相手するな」
強い口調で追い払おうとするジャックをクライヴが諌める。
「お? 彼氏か?」
「違う。こいつは誰かと簡単に付き合えるような身分じゃない」
国王の恋人ともなれば、国中から注目され、マスコミにも追いかけられるようになるだろう。それゆえに、美波と付き合うのは心理的ハードルが高い、ということを言いたいらしい。
クライヴが真面目に相手をするなとジャックをもう一度諭す。
「酔っ払いが他の客に迷惑をかけるのを防止する法律か迷惑かけたら逮捕できる法律が欲しいね」
「防ぐのはどう考えても難しいと思うけど。迷惑をかけたらっていうのも基準が難しいしムリじゃない?」
美波とロビンは聞いちゃいない。
「へー貴族のご令嬢か。この町で暮らしてりゃ知り合う機会もに。ますます一緒に飲んで欲しくなった」
酔っ払いが美波の腕を掴んだ。
「明日無事に結婚式に行きたければ、その手を離したほうがいいですよ」
美波が言い終わる前に、酔っ払いは血の気が引き、背筋に冷たいものが走り、体が震え出した。
「う……あ……」
騎士3人の殺気をもろに浴びた酔っ払いは掴んでいた腕を離し、一歩ずつ後退する。
解放された美波は、おぉ怖いと言いながら緊張した空気を和ませた。
「私は誰かと付き合って結婚出来ることが羨ましいですよ。どうぞ末永くお幸せに」
そして先程までの酔っ払いの態度は水に流して、美波は微笑んだ。




