48 ゾルバダ城攻略戦
美波たちはお嬢様らしいヒラヒラした服と従者服のまま、帝国軍と遭遇したベルガー領から帝都へ全力で馬を走らせた。皇帝の説得は革命軍が到着するまでに完了させねばならない。ここからは時間との勝負になる。
3人は馬で夜通し駆け、早朝に美波たちは1週間ぶりに帝都へと戻ってきた。
3人は皇城の前で馬を降り、石造りの城壁と大きな城門を見上げる。外からは王宮を望むことは出来なかった。
「行こう!」
「おう」
「はい」
美波が先陣を切って城門へと近づく。それに気づいた見張りの騎士2人が、腰の剣に手をかけ警告する。
「お前ら、ここで何をしている」
「失礼、ちょっと皇帝陛下に会いに。……水銃」
美波の前に突き出した手のひらから水の塊が生まれ、騎士らに向けて放たれる。彼らは剣を抜くも間に合わず、それに飲み込まれた。
「お前、殺さないんじゃ……」
「大丈夫、ちょっと水に溺れて気絶してもらうだけで死にはしないから」
「さすがの魔力量とコントロールだな」
容赦ない攻撃に引くルークと感動するフォスター。2人の反応は対照的だった。
「城内には何人くらいいるんだろう?」
「ゾルバダ軍は総勢5万。だがそれは各地の駐屯兵も含めた数だ。この皇城にいるのはざっと5千人くらいだろう」
その数を聞いて美波はここに来たことを一瞬後悔し、ルークは多いなと呟いた。
「この服のままだと完全に悪目立ちするね」
気絶した騎士を一瞥して、さて中に入ろうかと足を踏み出しかけた美波が、着ている服が少々目立つことに気づき、スカートをつまみ上げて苦笑する。
「とりあえずこいつらの制服を奪うか。剣も持ってねぇし丁度いい。持って行こう」
ルークは素早い判断を下して、城門の端まで男らを引きずってから躊躇いなく騎士の服に手をかける。
「この季節に薄着は最悪死ぬから、今着ている服でも着せておこう」
フォスターもアドバイスはするものの止めはしない。
2人は手早く服を脱がせ、自らの服に手をかけた。美波は慌てて後ろを向いて見ないようにする。
ルークたちが着替えている間に、美波は2人が着ていた服を騎士に着せようとしたが、意識のない人間を相手に悪戦苦闘している間に着替え終わった2人よって難なく行われてしまった。
それから持っていたロープで騎士を縛り上げて、城壁の死角になるようなところに寝かせておく。
ロープなどの道具は従者役のフォスターが鞄に入れて持ち運んでいたが、騎士に変装した今はそれを持っているのも不自然になるため置いていく。
準備が整った3人は再び城内を歩き出した。
「皇帝ってどこにいるんだろ? やっぱり奥の方に見える宮殿かな? それにしても見応えある綺麗なお城だねー」
「そうなんじゃねーの? なんつーか、市民から税金搾り取って贅沢してるって感じ」
「警備の配置を見れば見当はつくだろう。城を一般でも見られるようにしたら観光客が結構来そうだな」
騎士の服を奪い、帝国を崩壊させんと歩を進める3人だが、雰囲気は近所を散歩しているかのように楽しげでさえある。
「あとは、ミナミの服を調達しなきゃなんねぇな」
ルークが獲物を探すように今いる中庭から見回すが、日の出すぐの時間のためか人と出会わない。
「いっそ私が服脱いで、どっか人が通りそうなところで肌着姿で震えてたら、親切な人が通りがかって服を貸してくれて、で『あら美しい人』って言われて皇帝の前に連れて行かれるって展開ない?」
美波が身振り手振りで演技たっぷりに妄想す
を始めた。
「ツッコミどころしかねぇ」
「肌着姿……絶対に駄目だ」
「じゃあ、私は王様だぞって顔して歩いてたら案外皇帝の前まで案内してくれたりして」
「国王ってツラじゃねぇだろ」
「私だって正真正銘国王なんですけど! 酷くない!?」
2人が言い合って騒いでいたら警備の騎士数人が走ってきたため、美波が水銃を撃ち無力化し、ルークとフォスターが流れる連携で縛り上げる。
「私もその服着るべき?」
「ゾルバダに女の騎士はいねぇからむしろ目立つ。それにサイズ合わねぇだろ」
「男が着ていた服を着るなんて駄目だ」
「でも女性の服を剥くのも嫌だよ」
美波の服をどうしたものかと思案しながら、気絶した騎士を物陰に隠して何事もなかったかのように奥へ向かって歩き続ける。
敷地の奥に近づくにつれて、外の通路や建物の中から3人を見つけた騎士らが走って向かってくることが増えたが、美波の魔法とルークとフォスターは素手で対応することで事足りてしまった。
「なんか簡単すぎない?」
「お前の魔法が規格外すぎんだろ」
「君もだろう。全て一撃で相手を昏倒させている」
「それはダニエルもだけどね。でもさ、皇帝がいる城がたった3人に制圧されつつあるってやばくない? ウチの城は大丈夫?」
「我が国は騎士の練度が違う。日々訓練で鍛え上げているし、定期的に魔物との戦闘を通して実戦にも対応できるようにしている」
美波は安心すると同時にその中に放り込まれたのかと遠い目になる。
その時、突然城内に鐘の音がけたたましく鳴り響いた。どうやらようやく城が攻め込まれていることに気づいたらしい。
「走んぞ!」
「オーケー! ってこれじゃあ2人は変装した意味なかったんじゃ」
「ちょっとは誤魔化せたと信じよう」
3人は全力で走り出した。全力といっても一番足が遅い美波に合わせて他の2人は走ることになるが、それでも遅くはない。
鐘の音で一気に戦時体制になった城内は、侍女や侍従ら非戦闘職は決められた場所に避難し、騎士や兵士は城内最奥に見える建物の前にある広場に次々と集結してゆく。
「侵入者だ!!」
「奴らに騎士が何人もやられた!!」
「殺してないからね!?」
騎士から上がる声に美波が反論する。そこは譲れないポイントだ。
「警備は何をしていた!?」
「捕えろ!! たった3人に遅れを取るな!!」
「クソっ!! バカみたいに強い!! 殺しても構わん!! 皇帝陛下に近づけるな!!」
「まずは魔法使いを倒すのが定石だろう! 何をしている!?」
「前衛の2人が強すぎて届きません!!」
あちこちから指示が飛び、それに従い剣を抜いた騎士らがこちらに向かって走ってくる。3人は人の壁となった前方を魔法や力技で押し退ける。
「水銃! 水銃!! あー、もうめんどくさい! プールで溺れてろ!!」
騎士の数が多すぎて水銃では対応しきれなくなり、長辺25メートルの水塊を出現させて一気に100人以上を巻き込む。
「何だあの魔法は!? 化け物だ!!」
「失礼な!! これは! 訓練の!! 成果!!!」
美波が一言喋るごとに水塊を出して騎士を沈めていく。
「訓練で! それが出来たら! 最強の! 軍隊の! 出来上がりだ!!」
ルークも拳を騎士の顔や腹に決めて吹っ飛ばしていく。
「訓練では! 魔法の! 発動と! 時間短縮しか! 教えていない!!」
フォスターは逮捕術の要領で、騎士を投げ飛ばしていく。
しかし数が多く次第に3人は囲まれ始める。いくら人類最強の3人であっても(人類最強かは分からないが)城内に待機していた5千の騎士を相手に、殺さないというハンデの中、無傷で突破とはいかなかった。
「痛っ!!」
美波は素早く身を翻し致命傷は避けたが、腕に剣の攻撃を受ける。ルークとフォスター2人の前衛が善処しているものの、囲まれ始めたため3人の横や後ろからも騎士が向かってくる。
「……くっ!」
「クソ! さすがにキツイなぁオイ!!」
ルークやフォスターの体にも傷が増えていく。
(どうしよう! 私のせいで2人に怪我が!)
それを見て美波は無意識にかけていた魔力のストッパーを外した。
「そこを……どけぇぇぇぇ!!!!」
美波は最大出力で魔法を使い、地面を大きく陥没させた。
「ここにきて落とし穴かよ!?」
「さすがだ! 大半が穴に落ちた。今のうちに宮殿の中へ!」
3人は残りの騎士を振り切って、城内最奥の建物に滑り込み、美波が魔法を使ってドアや窓を凍らせて封鎖する。
「皇帝陛下! お前は包囲されている! もう逃げられないぞ!」
「包囲されてんのは俺らだ。何言ってんだ」
ルークが美波の頭を叩く。
「皇帝は自室にいるはずだ。行こう」
フォスターが迷いなく歩き始める。
「えっ!? 場所知ってるの!?」
「建物の一番上で警備がしやすく日当たりの良いところだ。多分な」
「さすが軍部のお偉いさん」
美波とルークはフォスターの後に続き走る。
複雑な王宮内を歩き回り、階段を上がって3階に辿り着く。
「侵入者が来たぞ!!」
「外の騎士は何をしている!?」
3階を見回っていた外の騎士とは制服の違う、近衛と思われる騎士10人が、抜刀して美波たちの方に向かって来る。
さすがの3人も相当な疲労感を覚えながら一人一人潰していく。しかし美波が6発目の魔法を放とうとした時に異変が起こった。
「水じゅ__」
慣れた要領で体内の魔力を集めようと動かすと、突然強烈な眩暈に襲われた。
「ミナミ!?」
倒れかけた美波を、とっさにフォスターが支える。
「あんな非常識な魔力の使い方するからだ! 魔力切れだ!!」
ルークが怒鳴りながら、目の前の4人の騎士を殴り蹴って失神させ道を開ける。美波はふらつきながらも体勢を立て直してルークの後を追った。そしてフロアの一番奥に大きく豪華絢爛な扉と、そこを守る騎士を発見する。
「貴様ら! ここを通れると思うなよ!!」
「ゾルバダ騎士の意地を見せてやる」
3人の前に更に5人の騎士が立ちはだかる。
美波が魔力切れの今、美波は魔法攻撃も筋力強化を使った剣術で押し切ることもできない。
「お前は下がってろ!」
ルークとフォスターがとうとう抜刀して5人を相手にする。しかし精鋭である近衛5人に対し、これまでに受けた傷や疲労に加え、足手まといになった美波を守りながらの戦いは分が悪かった。
ルークとフォスターは騎士らと一旦距離を取り、美波のいる後方まで下がる。
「ミナミ、私たちが隙を作るから、扉の中に入るんだ」
「おい、中にも騎士がいたら終わりだぞ!?」
「皇帝はプライベートゾーンに騎士などの身分の低い人間は入れたがらないはずだ」
「どこ情報だよ?」
「国内情勢を鑑みた推測だ」
貴族が富を独占する厳格な身分制度のゾルバダでは、国の要職には身分の高い者が就くのが常だった。その中で騎士や侍女は出身階級が低い者が就く。そういう人間を皇帝は私室には入れないのではないかというのがフォスターの意見だ。
「確かにこのままミナミを守り戦っていても、いずれやられるだけだ。フォスターの案に賭けるしかない」
「合図をしたら全員で走り出す。私があの5人を引きつけるから、ルークがあの扉を蹴破ってミナミを中に押し込め」
2人は短く了承の返事をして騎士らに向き直る。
「3、2、1……行くぞ!!」
3人は扉に向かって駆け出した。
フォスターが騎士3人を風魔法で吹き飛ばし、残り2人と剣撃を繰り広げる。
「ダニエル魔法使えたの!?」
「まぁそれなりにね! さぁ早く行って!」
余裕ぶっては見せても、実際彼の魔力量はそう多くない。何発も打てるものではなかった。
「ミナミついてこい!」
ルークが作った間隙を突いて、その勢いのまま堅く守られていた皇帝がいると思われる部屋の扉を蹴破った。美波は部屋に入りすぐさま扉を閉める。そして振り返って室内を見ると、ソファーに腰掛けじっと美波を見る50歳前後くらいの男がいた。