47 間抜けな作戦
ガイスラー領の森での作戦会議から3日後の夜。ガイスラー公爵の動きを察知した皇帝により討伐軍5千人が編成され、現在は帝都の隣にあるベルガー領内で野営をしていた。
そこに森の中から3人の村人らしき人物が現れた。
3人のうち1人は、ゾルバダの裕福な家の人間と思われる服装をした女で、男2人は従者に見えた。2人の従者は背中に大きな樽を背負っていた。
それは変装をした美波、ルーク、フォスターである。東方大陸系の顔である美波がここに現れるのは不自然なため、顔には認識阻害の魔法をかけている。よって騎士たちには妹や女性の友人、恋人など彼らが見たい顔に近い人物として見えていた。
『誰だ!? ……あぁ近くの村人か。こんな夜に一体何用だ?』
野営地で見張りをしていた帝国軍人が3人を見咎める。
『皆様は今から戦に行かれるのでしょう? ワタクシ騎士様たちのお役に立ちたいと思って差し入れを持って来ましたの。エールなのですが、いかがですか?』
美波は鬼のマナー講師により叩き込まれた「お嬢様の振る舞い」を遺憾なく発揮する。
『そりゃありがたい!! おい、お前ら! こちらのお嬢さんが酒を持ってきてくれたぞ!!』
見張りの騎士の声に、男たちの歓声が湧き上がる。
『でも1人1杯で千人分くらいしかありませんの。足りますかしら?』
見張りの騎士に対して、美波が頬に手を当てて首を傾げる。それを見た騎士は顔を赤くしながら問題ないと答えた。
『展開している隊が大きいので野営地は数カ所に分けている。ここには1200人ほどしかいないから大丈夫だ』
美波は都合がいいと内心ガッツポーズして、騎士たちに酒を振る舞って回る。
『お嬢ちゃん、こっち来て一緒に飲もうぜ!』
『いえ、皆さんで楽しんでくださいませ。ワタクシあまりお酒は強くなくて』
焚き火を囲む騎士のグループの1つに声をかけられるが、美波はやんわりと断る。
『ツレないねぇ。ちょっとくらい一緒に飲んでくれや』
美波は腕を引かれ、騎士たちの輪の中に座らされ、コップを持たされた。
(まずい。けどここで拒否しすぎて不審に思われても困る)
『じゃあ少しだけいただきますわね』
『おいっ、ミナっ、お嬢様!』
後ろに控えていたフォスターが顔色を変え、ルークが静止するが、美波はコップの中身を3分の1ほど呷った。
『ご馳走様です』
にっこり笑いコップを騎士に返す。彼らはそれで満足したらしく、他にも注いで回ってくれと美波を解放した。
樽の中が空になるまで騎士らに酒を注いで回り、彼らに感謝され惜しまれつつ野営地を後にした。騎士たちからこちらが見えなくなる場所まで歩き、ルークが美波に詰め寄る。
「ミナミ! お前どんだけ飲んだ!?」
「3分の1くらい。どうしよう!」
美波も口を押さえてオロオロしている。
「吐け!」
「吐き気なんてないよ! 無理!」
「ミナミ、ここにしゃがんで口開けて」
美波は言われた通り、道の端に寄って膝をついた。
「下を向いて」
フォスターは美波の口に指を差し入れ吐かせた。
「……っ!! げほっ、ごほっ!!」
美波はフォスターに背中をさすられながら飲んだエールを吐き出す。
「はぁ……、ダニエルありがとう。まさか飲まされるとはね。ここで私が戦線離脱するわけにはいかないのに」
「まぁ、飲んだって死にゃしねぇけどな。腹下すだけだ」
そう、騎士たちに振る舞ったエールには下剤が混ぜられている。これが美波の作戦だった。
「すっごい間抜けな作戦だけど、誰も死なないし足止めできる。薬屋で下剤買い占めたのは恥ずかしかったけどね」
誰も行きたがらなかったため、発案者である美波が責任を持って買いに行った。劇薬や毒物ではなかったため不審がられながらも売ってもらえたが、きっとひどい便秘症だとは思われただろう。それか不審者か。
しかしそれでも千人分には到底足りなかったため、王都学院で薬物の授業を取っていたルークがガイスラー領の森で薬草を採り調薬した。
「ミナミ、動けそうか」
美波は頷き、手の甲で口元をグイッと擦り立ち上がった。
◇
美波の間抜けな作戦はこうして3日後に実行された。
帝国軍の足止めの方法を決めた美波たちだが、革命軍の対処についても考えねばならなかった。
「でっかい落とし穴でも作るか?」
ルークが喉の奥で笑って茶化す。
「先頭の集団はやれるだろうが、隊の大部分は避けて通るか、他の罠を警戒して別の道に行くだろうな。……カディスが攻めてくるという情報でも流して信じさせることができれば良かったが……」
ルークの冗談にフォスターは至ってまじめに答える。
「普通に一旦検討すんな。……情報操作がやれるほどの時間はねぇし、来るかも分からねぇカディスの侵攻も備えなきゃなんねぇ。それからカディスの武器を持った革命軍に手柄を立たせるわけにもいかねぇ。条件が厳しすぎんだよ」
ルークとフォスターはお手上げといった顔で、木々の隙間から見える空を見上げた。
美波は一つ一つ情報を整理し、ただ一つの答えに辿り着こうとしていた。
「帝国軍と市民の集団が戦闘になってもダメ、革命軍が皇城を制圧してもダメって条件下じゃ、その2つの戦闘が始まる前に、私たちが皇城を制圧するしかないんじゃない?」
ルークは目を瞑り、フォスターも脚を組み直して思考を巡らせる。
「それ以外思いつかねぇ」
「私もそれしかないとは思う。しかし制圧してどうするんだ? ミナミがゾルバダの皇帝も兼任するというのか?」
何があっても美波を助けると決めたフォスターに否はない。一方ルークは美波を胡乱な目で見る。
「いやそれは無理! 体が保たない。っていうか皇帝には生きててもらわないと。国内を混乱させるわけにはいかない」
「確かにゾルバダ国内が混乱したらそれこそカディスの思う壺だ」
フォスターの言う通り、漁夫の利を狙いカディスが侵攻してくる可能性があるからだ。
「そもそもゾルバダの政治体制はアラミサルとも違う。皇帝と権力を握る貴族による絶対王政。だけど、皇帝を廃位させようと国民が団結しちゃってる時点で、皇帝が変わった程度じゃもう集まった国民は大人しくならないと思う。つまり戦闘は避けられない」
今の政治制度はこの国で限界を迎えている。そして国民は新しい国を作らんと動き出していた。
「『国民の言葉を聞け』のスローガンは、国民を政治に参加させろって意味だろうし」
「アラミサルのような官僚制度になるんだろうか?」
「平民と貴族で教育の不平等があるこの国で上手くいくかな……? うーん、それよりも手っ取り早く市民に政治参加させるなら議会を作る方がいいかなぁ」
頭を悩ませるフォスターと美波に、ルークが何かを思い出したように声を上げる。
「あぁ、カディスの北にあるウェルバ共和国のようにか。確かそんな政治体制だったな。学院じゃ騎士科でも座学はやんねぇといけねぇから、政治学の授業も取ってたんだよ」
「前例があるなら話は早い! ゾルバダもそれに倣って、まずは貴族で構成される貴族院と平民で構成される庶民院の二院制を成立させる。最初は選挙で代表を選ぶんじゃなくて、地域の有力者とか豪商が庶民院のメンバーになるとは思うけど」
美波が喋りながら思考をまとめていく。
「それが皇城を制圧することと、どう繋がんだよ」
「つまり、帝国軍も革命軍も市民も戦わずに済んで、なおかつカディスに横槍を入れられないためには、帝国をぶっ壊してしまおう! ってこと」
美波は腕を高く突き上げて、歯を見せて笑った。
「マジか」
「この3人で帝国を崩壊させると言うのか。面白い」
3人は顔を見合って森を立ち去った。
◇
翌日、3人は出発の準備を整えた。美波は革命軍リーダーのマルクスに挨拶してから行こうと思い校舎へと入った。
教室にはマルクスとその仲間らしき数人が何やら話しているようだった。
『誰だ。……ってお前か』
マルクスや教室にいた男らが美波の方を向く。
『私たちは今からこの領を出ます』
『何をする気だ?』
美波はマルクスにこれからの行動を話した。
『そんなことが可能なのか……? いや出来なかったとしても俺たちの動きは今更変えられない。なるようになれ、だ』
『私たちはやるからには成功させる』
市民を扇動して帝都に向かうマルクスに、それじゃあまた会おうと言って美波は教室を後にした。




