46 戦争を止める
乗合馬車で昼過ぎにはガイスラー領へと到着した。領の中心部でさえ店数は多くなく、少し歩けば田園風景が広がるような田舎町だった。
3人はまず荷物を置くためにも、目に入った食堂兼宿屋になっている素朴な木造2階建ての宿屋へと入る。
「いらっしゃい」
「シングル3部屋空いてますか?」
出迎えた宿屋の店主に、美波が3人を代表して尋ねた。
「あぁ悪いね。シングルは2部屋しか空いてないよ。うちの宿は大きくなくて、まぁ他の2軒も同じようなもんだが、そこに他所から人が来るようになってどこもいっぱいなんだよ」
周辺国から集まっている義勇兵はどこに泊まっているんだろうと美波は疑問に思ったが、一旦棚に上げてここで部屋を取ることにした。
「ルークとダニエル。悪いけど一緒のベッドに寝てくれる?」
「無理だろ」
「寝られないだろうね」
2人は即座に拒否した。普通に考えて長身の2人が並んで横たわるのでさえギリギリといったところだろう。
「お客さん、4人部屋のベッドが1つ空いてたはずだから部屋に入れてあげるよ」
美波の無茶振りを受けた2人を気の毒そうに見ながら店主が提案した。
「頼む」
ルークとフォスターは助かったと胸を撫で下ろした。
3人は部屋に荷物を置いてすぐに食堂へと出てきた。美波たちはここで昼食を取ってから、情報を集めに外へと出ることに決めていた。
2種類あるランチメニューからそれぞれ選び、店主に注文を伝える。席に座って待ち、しばらくすると店主の妻だろう、女将が3人分の料理を持って出てきた。
『おや可愛い女の子と男前2人なんてどんな関係だい?』
話好きらしい女将の方から会話のきっかけを作ってくれた。美波はこのチャンスに食いつく。
『私たちアラミサルからここに来る道中で知り合ったんです。ここの領主様が人を集めてるって聞いてきたんですけど、どうやったら会えるかご存じですか?』
『あぁ! あんたらもアレに参加してくれるのかい! だったらこの領唯一の学校に行ったらいい。革命軍のリーダーがいるはずさ』
「おいなんて言ってんだ? 早すぎて聞き取れねぇ」
美波は女将の情報を2人に伝える。
思わぬ有益な情報に3人は顔を見合わせ頷いた。
領の中心部から出て田園地帯を歩き、しばらくすると森が見えてきた。女将の話では森の中に学校があるらしい。美波たちは躊躇いなくその中へと分け入っていく。
少し歩くと拓けた場所に出て、木造平家のこぢんまりとした校舎が見えた。校舎の周りには多くのテントが張られており、そこでは50人ほどが寝泊まりしているようだった。
「これは……?」
思いがけない光景に美波が立ちすくむ。
「集まった義勇兵がここで寝泊まりしているんだろう」
ここが反帝国組織、ゾルバダ国民からは革命軍と呼ばれる組織の本拠地らしいことが見てとれた。
表立った場所に他所の国の人間が集まっていれば目立つ。そうすれば皇帝が軍を差し向けかねない。森の中に隠れるようにある学校の校庭は義勇兵とガイスラー公爵に取って都合が良かった。
「思ったより少ない?」
「別の場所にもいるのかもな」
テントの数を数えて呟く美波に、ルークが言った。
「さて、どうすれば革命軍の仲間入りができるのかな?」
「ともかく情報を集めよう」
3人は効率よく情報を仕入れるため、別々に行動を始めた。
美波はまず、校舎のどこかにカディスから流れた武器がないか探るため建物の中へと入った。
校舎に入ってすぐ、生徒用の机が並ぶ教室があり、その隣は教員が待機するためと思われる小さな部屋があった。美波は廊下をざっと歩いてみたが部屋はその2つのみだった。
美波は郷愁や懐かしさを感じながら、気づけば教室へと足を向けていた。開け放たれていた扉をくぐると右側に黒板があり、日本の学校を思い出させた。美波は黒板をそっと指で触れる。通った学校、授業や友達、先生の顔が浮かんでは消えた。
『ここで何をしている』
美波は教室に近づく気配に気づいていたので驚くことはなく、ゆっくり振り返る。
そこにはオレンジの髪を肩まで伸ばし、それを無造作に束ねた簡素な身なりの男が立っていた。年齢は美波と同じくらいか少し上かもしれない。
『地方にある学校を初めてみたもので。珍しくて探索してしまいました』
美波はにっこりと笑い答える。この世界の学校はアラミサルの都市部にあるワゼン王立学院しか知らないので嘘ではない。
『お前、義勇兵か? この中には入るなと言ってあったはずだが?』
彼は警戒心を剥き出しにして美波を睨む。
『そうなんですか。今日来たばっかりで知りませんでした』
美波は頭を下げて教室を出ようとして、ふと男が気になり観察した。
(私は筋肉のつき方とか歩き方で剣を使う人がどうか判断できないけど、口ぶりからして革命軍のリーダーかそれに近い立場の人じゃない?)
これはうまく取り入った方が良さそうだと美波の野生のカンが囁いた。
『そうだ、せっかくだから授業でもしますか? 私が先生、あなたが生徒で授業テーマは“市民革命の未来”なんてどうですか?』
美波は男の興味を引こうと、咄嗟にそんな言葉を口にしていた。それは成功し、男は面白そうに片眉を器用に吊り上げる。
『へぇ、聞かせてみろよ』
美波は教壇に立って教卓に両肘をつき、もたれかかる。
『まずこの革命は成功しない』
『なに……?』
男の視線が射殺さんばかりに鋭くなった。
『外にあったテントは45。たかだか50人程度で何ができるんです?』
『はっ! ここにいる義勇兵は革命軍には参加させねぇ。市民を扇動する役割を担ってもらう。残念、的外れだ』
『市民を扇動して、帝国軍5万に抵抗できるとでも?』
『それはさすがにねぇ。けど、帝国軍より強力な武器があったらどうだ?』
男はニヤリと笑う。
(食いついた!)
美波はその武器が何かと、すぐに問い質したい気持ちを抑え話を続ける。
『どんな武器がどれだけあるか。あと練度にもよりますよね』
『案外マトモなことを言う。が、これ以上は教えらんねぇな』
男は美波の話に乗って簡単に機密を喋るような人間ではなかった。
(それが何かが重要なんだけど! でも怪しまれないように聞かないと)
内心の焦りを隠し、美波はさらに情報を引き出そうとする。
『でも、よく革命軍なんて作れるほどに人を集められましたよね』
『あぁ他所から来たから知らねぇのか。革命軍とは名乗ってるが、実際はほとんど領主の私兵だ。元々領主様が抱えておられた5千の兵に傭兵を加えただけだ』
(傭兵なんてそう数を集められるもんじゃないだろうから、総数は1万にも届かないはず)
美波は頭の中でそう当たりをつける。
『それで勝てるとなぜ思えるのか私には分かりません。……新型銃でも持ってるならまだしも』
これ以上情報を引き出せないと踏んだ美波は攻勢出ることにした。
『お前、なんでそれを!』
革命軍の肝を暴かれた男は一気に余裕をなくし、機密を口走っていた。
『あぁ、やっぱり。予想は外れてなかったみたい。それじゃあ、公爵はどこから銃を手に入れたんでしょう? もちろん国内産ではないはず』
国内産であれば帝国軍が装備しているはずであり出し抜けはしない。美波は人差し指を立てて顎に添え、考えるそぶりを見せる。
『考えれば答えは1つ。その銃は他国から流れてきている』
男はだから何だと苛立ち怒鳴る。
『革命が成った後はどうなりますか? 多分、公爵は自らが皇帝になるつもりでいるでしょう? その時、公爵は銃を融通してもらって恩がある国に頭が上がらない。それで国民の生活が良くなると思いますか? 革命は成功しないと言ったのはそういう意味です』
男はハッとした表情をし、それから怪訝な顔をして美波を見る。
『俺はマルクス・ミューエ。普段はガイスラーの私兵だが、今は領主様の命で義勇軍とともに市民を扇動する役割を頂いている。お前、何か策があるのか?』
『ミナミ・カイベです』
美波は教卓から離れ、マルクスの方へ歩み寄り手を差し出した。彼は察して握り返し握手を交わす。
もったいぶって一体どんな奇想天外な作戦が出てくるのかとマルクスは身構えたが、美波が続けた言葉は拍子抜けだった。
『ご期待頂いたところで申し訳ないんですが、今はノープランです!』
『おい! 期待させといてなんだよ!』
美波が手を離しおどけて肩をすくめると、マルクスはなんだこいつとでも言うように侮蔑のこもった視線を投げた。
『待って待って! 明日には作戦立てるから1日ちょうだい!』
『お前マジでなんなの。まぁ俺ら別働隊の私兵はまだ動かねぇから、この状況変えられる策があんなら聞いてやる』
マルクスは鼻を鳴らした。
『それには革命軍がどう動くか知っておきたいんですが、教えてもらえますか?』
『お前が敵じゃないという証拠は?』
確かに敵か味方かも分からない人間に、簡単に革命軍の作戦など教えられるわけがない。美波は何が証拠になるような物を持っていただろうかと、着ていたコートのポケットやズボンの中を探してみる。するとズボンの右ポケットを探っていた指先に冷たい金属が触れた。
『証拠になるか微妙ですが、これとかどうですか?』
美波はポケットから懐中時計を取り出して、蓋を開け彫られている紋章を見せた。
『アラミサル王国の紋章……』
『はい、少なくともゾルバダの人間ではありません』
マルクスは考え込むように目を閉じた。アラミサルの紋章が描かれた物はすべからく官給品で部外者が手にする事はない。しかし他国の人間であるマルクスは知る由もない。証拠としては弱かった。
彼は髪と同じ色の瞳を光らせて美波を見返した。
『お前に賭ける。計画を話そう』
◇
テントに戻るとルークとフォスターはすでに戻っていた。話を聞かれたくない3人は、校舎から少し離れ森の中へ入った。
一際大きな樹の下に美波とフォスターは座り、ルークは脚を組みもたれて立つ。
「2人とも何か分かった?」
「俺は領城に入り込んでみた」
ルークはこの数時間で驚きの成果を上げていた。
「えっ!? セキュリティガバガバすぎない!?」
「ここんとこ出入りが多すぎて監視しきれないって感じだったな。それでだ。領城で兵士が銃の訓練をしてんのを見た。ありゃ射程も威力も今までのモンとは全く別物だ」
これでマルクスが言っていたことの裏付けが取れた。美波は領主の私兵に会ったことを伝え、会話の内容を話す。
「ミナミの話からも、カディスから銃が流れているのは状況的に間違いなさそうだな。私は領民から話が聞けないかと街を歩いていたんだが、そこで男らが住民にビラを配っているのを見た。それには『国民の声を聞け』と書いてあった。配っていた男にどういう意味だと尋ねたら『これを合言葉に、皇帝を廃位するためガイスラーを3日後に出発し、帝都まで市民を集めながら歩いていく』と言っていた」
事態はいよいよ動き出した。
「それ、皇帝に動きがバレた時点で帝国軍を差し向けられて即終了じゃねぇか」
「あぁ、だから集めた市民の集団を帝国軍にぶつけて足止めしている間に、公爵率いる革命軍が帝都に上るつもりだろう」
ルークの指摘にフォスターが分析する。
「その通り! 私がさっきガイスラーの私兵に聞いた『革命軍の作戦』もそうだった。ただアラミサルとしては公爵に出張って来て欲しくない。なんかいい案ない?」
公爵がカディスの新型銃を手に入れていることが判明した今、公爵に皇帝の座を奪われるのも避けなくてはならなくなった。新皇帝がカディスの傀儡になった場合、アラミサルが魔石を安定的に輸入できる保証がなくなる。そして、帝国軍と革命軍が衝突し内戦になることも避けなければならない。カディスは漁夫の利を狙って侵攻してくるだろうからだ。
帝国軍と公爵率いる革命軍。両方抑える方法を3人ツノを突き合わせて考え込む。
「1番簡単で確実なのは、俺ら3人で帝国軍を足止めしつつ、革命軍は殲滅する。普通の人間なら出来ねぇが、残念ながらこの3人は普通じゃねぇ」
ルークの瞳が鋭くなる。美波はそれを受け止めてそして首を振った。
「それはできない。いくらアラミサルの国益のためとはいえ、何の罪もない兵士を殺すのは大義がないよ」
国益のため、もしくは私益のために他者を犠牲にする状況はありふれている。それでも美波はその道は選ばない。
「国王として甘すぎんじゃねぇのか」
「非情な判断ができることだけが、国王としての資質でもない」
お互いに一歩も引かない。数秒睨み合ったところでルークがフッと表情を緩める。ルークは美波がどんな道を選ぶのか試したのだ。
「だったら、それ押し通せるように必死で考えろ」
「うん。ありがとう。それでさ、対帝国軍にはちょっと良いかなってアイデアがあるんだけど__」
美波がニヤニヤしながら2人に明かす。
「カディスの侵攻に備えて帝国軍の損耗は避けたいっていう条件には合ってるが。すげぇ間抜けな作戦だな」
「騎士としては正々堂々と戦いたいところではあるが、そうも言っていられないからな。足止めにはちょうどいい」
「じゃあこの作戦でいこう」
3人は顔を見合わせて頷いた。
ゾルバダ帝国軍、革命軍、カディス帝国の思惑が複雑に絡んで、この状況を武力行使せずに打開する方法がなかなか思いつかず、3週間くらい悩みました。




