44 親睦を深めよう
アラミサルの王城を出発したその日の夜。美波はフォスターを誘ってルークの部屋を訪れた。昼間の乗合馬車では他の乗客もおり、あまり話ができなかったため、今のうちに親睦を深めようという試みである。
「ルークー、あーけーてー」
「ったく、何の用だ」
ルークがドアを少し開けて不機嫌な顔で美波を見る。
「ちょっとお話でも__」
「帰れ」
「ちょっ、待って!」
美波は閉じられようとするドアに足を突っ込み、それを阻止する。
「お前……。相変わらず強引な。もういい入れ」
ルークは扉の前から退いて2人を入れる。
「ミナミ、足は大丈夫か?」
「うん、ルークはなんだかんだで優しいから」
経費節約のため高い宿には泊まっておらず、室内は簡素なシングルベッドと、反対側の壁に辛うじて机と椅子があるのみだ。椅子にはルークがフォスターが座るだろうと考え、美波はベッドに腰掛けた。ルークは突然の襲撃者2人にベッドを占拠されるのが癪で、美波の隣に座る。必然的にフォスターが椅子に座った。
「それで話ってなんだ?」
「しばらくこの3人で旅をするわけだから、お互いのことをもっと知ろう!」
「必要ねぇ」
ルークがバッサリ切って捨てる。
「私は任務の円滑な実行のためにも良い案だと思うよ」
日頃、師団長として部下とのコミュニケーションも大事にしているフォスターが美波を援護する。彼は若くして師団長の地位に就いたが、その実力と、親しい人以外には愛想がないながらも細やかな気配りで年上の部下らとも上手くやっている。
部の悪さを悟ったルークが舌打ちして、さっさと始めろと投げやりに言い放った。
「じゃあ私からまずは自己紹介でも。日本生まれ日本育ち、去年の4月にこの世界に来た29歳! 実は10月が誕生日だったんだけど、それどころじゃなくて気づいたら過ぎてた。小中高校は公立校、大学は私立で文系。卒業後は会社で事務をしてて、今は転職して国王やってます。身長は158センチ、体重は言えない、家族構成は両親と私。王城のシェフの料理で一番好きなのはオムレツ。趣味は読書と暇すぎて筋トレしながら歌ったりする。あとは城下に行って良さそうな店を開拓したり、舞台を見たり、馬で景色のいい場所を探すのも好き」
言い切って美波は満足そうに胸を張り、フォスターは軽く拍手をする。美波は乗り気じゃないルークを後回しにすることにして、じゃあ次はフォスター師団長と指名した。
いきなり指名されたフォスターは顎に手を当てて逡巡した後、口を開いた。
「私はフォスター伯爵家に長男として生まれて、家族は両親と弟妹がいる。貴族家は基本的に長子相続だが、5歳下の妹はとても優秀なので、私としては将来は妹に家を継いで欲しいと思っている。まぁ妹が望めばだが。あとはそうだな、学校は王都学院の騎士科を卒業している」
「なんで騎士科に?」
「私が進路を考えた14歳の時、妹は9歳だったけれど、その時からとても勉強が出来た。だから将来は王城の文官になって、両親が引退後は家を継いで領地運営をするルートかなと。まだ子供だった私は勝手に妹の将来を決めてしまったんだ。じゃあ自分はどうしようかと悩んでいたら、学院の騎士科から推薦の話がきて。初等学校での剣術の成績が良かったらしい。それで騎士も格好良いかと思ってその話を受けた」
「あはは! 騎士になったのはカッコいいからなんだ!」
フォスターの意外な動機に、美波は堪えきれず笑う。
「それで騎士になってからの活躍は国民みんなが知るところだよね。フォスターを騎士科に入れた学院は超英断」
美波は腕を組んで頷き、フォスターは顔を半分覆って照れ笑いだ。
「じゃあ最後はルークね」
「やらねぇぞ」
「じゃあ私が代わりに。ルークは私と同じ29歳で、あれ? 誕生日っていつだっけ? まぁいいか。シャーウッド家の次男で兄は宰相__」
「勝手に話すな」
ルークはイライラと足を揺らし美波の言葉を遮る。
「彼のことは私も知っています。単独でドラゴン3体を相手にした最強の冒険者、通称『黒の騎士』」
その説明にルークは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「どうせなら皆が知らない情報を引き出したいよねぇ」
「そうですね」
美波がニヤリとフォスターに笑いかけ、フォスターもちょっと悪い笑みになる。
「ここにUNOがありまーす」
美波は懐からカードの束を取り出す。
「……最悪だ」
ルークは何かを察した。
「1番に上がった人が他の2人に何でも1つ質問できます! 回答者は絶対になんでも答えないといけません」
「俺は降りる。勝手にやってろ」
立ち上がってドアに向かうルークの前に美波が立ちはだかる。後ろにはフォスターが塞いでいる。
「監禁じゃねーか」
「事情聴取だよ」
「俺は被疑者か! んなとこで騎士の職権使ってんじゃねぇ」
ルークは美波とフォスターに両腕を掴まれて、ベッドに座らされる。
強制UNO大会が幕を開けた。
1時間ほどが過ぎ、宿の店主から買ったワインはすでに3本ほどが空になっている。
「えぇっと、次は何聞こうかな。好きな女性のタイプは聞いたし……じゃあ今まで付き合った人数は?」
美波は好奇心のままに聞いた。
「お前なぁ……俺は2人だ」
「私は1人だけだよ」
「えー! どんな人!? どんくらい付き合ってたの!? どこまでいった!?」
「ヤメロ。次勝ってもぜってぇ聞くなよ」
「ミナミ、女性としてその質問はちょっと、ね?」
「俺か。人生やり直せるならどうする?」
人生に後悔などなさそうなルークが切り出した。
「政治経済とか法律をもっと勉強する。そしたらもっといい王様できるのに」
「陛下は十分やっている。私は違う人生を選ぶなら文官になりたい。そうしたら陛下の執務を助けられる」
「フォスターはミナミに入れ込みすぎじゃねぇ?」
「そういう君も大概だ」
「人生で1番つらかったことは?」
「親戚とか周りのやつらに、絶対に勝てない兄貴がいて可哀想って目で見られたとき」
「この世界に召喚されて、もう2度と帰れないって知った時かな」
「すみません、嫌なことを聞いた」
「いいよー、今はもうなんとも思わないから」
「あー、じゃあ理想の恋人でも言っとけ」
「やっぱり、優しい人かな?」
「愛する人に同じように気持ちを返して貰えたら幸せだろうね」
「次は私ですね。じゃあ異性の体で好きなパーツは?」
「胸、尻」
「腹筋かなぁ。いいよねぇ、引き締まって適度に筋肉のある体って。キツイ騎士団生活の癒しだったよ〜」
「う〜ん、頭回んなくなってきた。じゃあね、恋人ができたらしたいことは?」
「あ? そんなの決まってんだろ」
「ルークは夢がないな。どこかに出かけたり、家で一緒に料理をして食べたいとかあるだろう?」
「はっ! お綺麗なこと言ったって、お前も男だろうが」
「そこは否定しないけどね」
「あら、また勝っちゃった。じゃあね〜、必殺の口説き文句をどうぞ〜」
「寝たい」
「愛してる」
「イケメンは、何言っても、落とせるから……いいよね……はんそk__」
喋りながら美波がベッドに倒れ込んで寝落ちした。
「はー、やっと寝たか……」
ルークが大きくため息をついた。
「あんなに楽しそうにしているのは久しぶりに見た。君に会えて嬉しかったんだろう」
「かもな。あー、飲み過ぎだ」
「あぁ、陛下を早く寝かせようとしてハイペースでけっこう飲んだからな」
「いらんことまで喋らされた」
部屋に連れていくため、フォスターが美波を横抱きにしてドアへ向かう。
「手ェ出すなよ」
「寝てる女性に? ありえない」
ルークの釘刺しを鼻で笑いフォスターは部屋を出た。