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42 カディス帝国の思惑

 美波はカディス皇帝の狙いを、視点を変え彼の立場になって考えてみる。輸出額を増やす。つまりお金が欲しい、必要な理由。金=貨幣の量……


 (他国との貿易で結構な額の赤字を出してる……?)


 美波は一つの可能性に行き着いた。


 (その分の赤字をアラミサルから金を奪うことで帳尻を合わせようということ? いやでもこんな要求をアラミサル呑むはずはないことくらい分かっているはず。となればそもそも話し合う気がない……?)


 美波は宰相により頭に叩き込まれたカディスの情報を引きずり出す。地理、産業、人口、周辺国との関係、文化から最近の流行まで情報の山からヒントを探す。


 (アラミサル含め各国がこぞって輸入しているのはゾルバダの魔石。カディスももちろん大量に輸入している。もしもゾルバダに対して売るものがなければ。その赤字が膨らんでいるとしたら。その赤字を武力によって解消しようとしてる……?)


 美波はその想像に、アラミサルからの鉄製品の輸入は戦争の準備ではないかと関連づけた。


 (確かに宰相は『カディス皇帝とは考え方が合わない』って言ってたけど、この推測が当たってたら合わないとかいうレベルじゃないな。野蛮すぎる。そういえば戦争っていえば、カディスは10年前にアラミサルに侵攻してる。あれはなんでだろう?)


 侵攻されたのは騎士団の同期であるナイジェルの故郷。その土地の特徴を思い出す。


 (確か観光地で温泉が有名……。硫黄!?)


 その考えに至り美波は血の気が引くような感覚を覚えた。

 しかし物的証拠は何もなく、想像の域を出ない。しかし美波には確信に近い何かがあった。


 美波は一旦思考をこの会談に戻す。カディス側が協力関係を作ろうとしていない以上、協定締結には至らないだろうと考え、まずはこの会談を終わらせることにした。


 (カディスにとってこの会談は『ゾルバダと戦争する気はない』っていうポーズを取るためのものだったんだろうね。それとアラミサルがゾルバダに介入しないことの確認と、カディスが戦争準備をしていることに、こちらが気づいているか探るため。だから気づかなさそうな私ではなく宰相の方をずっと気にしていたのかな? あわよくばアラミサル側を油断させといて、ゾルバダの魔石を掻っ攫うっていうわけ? なーにが『現時点で介入しない』だ。後々首突っ込む気マンマンじゃん)


 内心で悪態をついた。


 「アラミサルとしましても、その条件は呑めません。残念ですがゾルバダからの避難民受け入れに関しては他の国々にも協力を要請してみます」


 美波はあえて大げさに残念がった。


 「それで輸出の方ですが、アラミサルからは塩と鉄製品の輸出を止めます」


 カディス側からだけでなく宰相からも動揺が伝わってくる。


 「それは困る!」


 皇帝が声を荒げる。場の雰囲気が一気に険悪なものとなった。内陸国のカディスでは塩の輸入は死活問題である。

 平時であれば、どちらかの国が強硬姿勢を取り続けた場合武力に訴えて解決、つまり戦争に発展しかねないが、カディスがゾルバダと事を構えるのならアラミサルまで敵に回す余裕はない。美波はそう踏んで強気で攻める。


 「でしたら、カディス国から小麦の輸出を増やしていただけるのであれば塩は輸出いたします」


 アラミサルから流れた鉄がカディスで美波の想像している『あるもの』に作り替えられているのであれば、鉄製品だけは絶対に輸出できない。

 美波は妥協しているように見せかけて、主食である小麦を輸入し少しでも戦力を削ろうと画策する。


 「ふむ……。それなら良かろう」

 「宰相、用意を」


 皇帝の同意を受けて、美波は宰相に調印式用の文書を用意させる。宰相は短く返事をして用意するために貴賓室を出た。

 残すところは文書へのサインのみとなったものの、貴賓室は依然として張り詰めた空気が漂う。


 「ミナミ殿。やはり鉄製品の輸出はしてもらえんのか?」


 美波が1人になったところを見計らい、皇帝が話を持ちかけた。


 「できかねます」

 「そうだ。我が国は少量だが美しい宝石が採れるのだ。ミナミ殿にはそうだな、ガーネットが似合うか? アクアマリンはどうだ? そうだそれらを使ったネックレスを送らせていただこう。女性は美しいものが好きだろう?」


 (よほど鉄製品が欲しいの?)


 皇帝は一切表情を動かさない美波を懐柔せんと必死にアピールする。


 「結構です」

 「くっ、ワシがここまで言っておるのにその態度は何だ!?」


 カディスはなまじ大きい国であるがゆえに、今まで外交でも全て思い通りにやってきた。それだけに、屈辱感に支配された皇帝は、椅子を引き倒しながら立ち上がり机に拳を叩きつける。それでも美波は動じない。


 「あなたが皇帝なら私は国王です。アラミサル国民3000万人を背負っている!」

 「何が国王だ女の分際で! どうせ宰相どもがいなければ何もできはしまい!」


 皇帝はズカズカと美波に近づいて腕を思い切り掴む。

 その痛みが瞬時に怒りに変わり、理性を飛ばした美波は腕を掴んでいる皇帝の手を掴み後ろに捻り上げ、ついでに膝裏を思い切り蹴って体勢を崩させ机に押しつけた。


 「ぐあっ! はっ離せ!!」

 「宰相がいないと何も出来ないかどうか、ご自分で確かめてみる?」


 美波は左手で皇帝の左腕を拘束しつつ彼の体に体重をかけ、右手で頭を押さえつけた。皇帝は物理的にも反論を封じられ、カディス補佐官のアランは美波の殺気に動けずにいた。(訓練ではあるが)従軍経験があり、冒険者として魔物と渡り合ってきた美波は相当荒事に慣れてしまっていた。


 「外に誰かいる!?」


 美波は扉の外にいるであろう近衛騎士を呼ぶ。その声にすぐさま反応した騎士2人が貴賓室に飛び込んできた。


 「カディス皇帝はお帰りです。お見送りを」


 美波は拘束を解いて騎士へ引き渡す。呆然とした皇帝はアランとともに騎士に連れられて部屋を出る。入れ違いに宰相が調印するはずであった文書を持って戻ってきた。


 「ごめん宰相。皇帝ボコっちゃった」

 カッとなってやってしまったと美波は蹲って頭を抱えた。


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