41 隣国カディス帝国との会談
カディス帝国は人口1500万人、国土はアラミサル王国の3分の2程度の内陸国である。貿易では、アラミサルからは塩や綿製品、ここ数年は鉄製製品が多く輸出され、肥沃で広大な土地を活かした農業大国であるカディスからは絹や農作物を輸入している。貿易バランスとしては対等の関係である。
「毎年、カディス皇帝とは会談をしておりますが、我が国とは考え方で相容れないことが多く、毎回非常に疲れるんですよねぇ」
宰相が珍しく弱り切った表情で力なく首を振る。
「そんなに……? 考え方の違いってどういうこと?」
「少しでも話せば分かりますよ」
宰相の不吉な予言は的中した。
今回はアラミサル側にカディス帝国ご一行を迎えての会談であった。ご一行はこの日の昼に到着し、城内は慌ただしい雰囲気に包まれている。
美波は出迎えの挨拶で皇帝と当たり障りのない会話を2、3言交わし、あとは今夜の晩餐会でということになった。
夜までやることがなくなった美波は城内の慌ただしさから逃れるため、城内の外れにある池にやってきた。一人でゆっくりしたいという理由で、近衛兵を私室の扉前に残しベランダから抜け出してきている。
畔にある四阿のベンチに寝転がり、途中で寄った図書館から持ち出した本を読む。吹き抜ける風、鳥のさえずりをBGMにしながら読書を楽しんでいた。
「おや?」
突如聞こえた人の声に、美波は瞬時に警戒し素早く身を起こす。
「すみません。お邪魔をするつもりはなかったのですが」
声の主であるプラチナブロンドに金色の目の優男が、四阿の入り口に立っていた。
(王城勤務者はカディスご一行が滞在中はゆっくり休憩も取れないだろうから、この人はカディスの関係者か)
美波は変な対応はできないなと思いながら相手の出方を見る。
「なんの本を読んでいたんですか?」
男は美波の対面に腰掛けて尋ねる。
「『アラミサル貿易の歴史』という本です」
表紙を見せて答える。
「難しい本を読んでいらっしゃるんですね。そういう本がお好きなんですか?」
「好き……? とかではないですよ。仕事で必要なので読んでます」
変なことを聞くなぁと思いつつ、美波は男の質問の意図が分からないまま答える。
「あなたは侍女やメイドではなく、この王城の文官なのでしょうか?」
「えぇ、そうですが……? あぁ分かった。頭悪そうに見えるのに大層な本読んでたから気になる感じですか?」
「頭が悪そうなどと滅相もない!! すみません。我が国カディスでは女性が上職に就くことは稀なもので色々と聞いてしまいました」
カディス人の男は慌てて謝罪する。
「なぜ上職に就く女性が少ないんですか?」
カディス特有の問題があるのだろうかと美波は訝しむ。
「アラミサルの方からしたらそれを不思議に思うんですね。カディスでは女性は家で夫を支え、子供を産み育てることが良いとされているからです」
いわゆる伝統的な家族観というやつだ。美波は途端に興味をなくし、そうなんですねーと、いい加減な相槌を打った。
(カディスと予定している会談内容もそうだけど、文化レベルがアラミサルより遅れてるんだろうな。というかアラミサルが特定の部分だけ進みすぎてるのか)
交通手段や建築、衣服などのハード面は周辺国と変わらない。しかし児童労働もなく、教育環境が整備されていたり、性別で不当な扱いのをされたりといったソフト面は非常に先進的だ。それは過去に異世界から召喚された国王たちの影響である。
「えぇと、それでなんの話でしたっけ?」
目の前の男は何を話したいんだろうか。美波は思い切って聞いてみた。
「どうすれば女性も働く社会になるのか考えていたんです」
簡単には解決できそうにない問題を男は思い悩んでいるようだった。
(国民の考え方を変えるにはすごく時間がかかるものだよね。頑張って自分たちで解決してくれ)
美波に他国のことまで嘴を突っ込む気はない。話を適当なところで話を切り上げて四阿を出た。
夜になり晩餐会の準備に取りかかる。
戴冠式と同じくらいのグレードのドレスで完全武装である。
衣装の選び方に関して細かいところまでは分かっていない美波は、重要な場で着用する衣装の選定はいつもソフィーに任せている。
「陛下、今日も完璧です」
ソフィーのお墨付きをもらって晩餐会会場へ赴いた。
「ようこそお越しくださいました。今夜は国をあげて皇帝陛下をおもてなしいたします」
先に入室し待っていた美波が声をかける。
「おーおー! アラミサルの料理は旨いから楽しみにしておったよ!」
カディス皇帝は快活に笑う。カディス王家は血筋で継がれるため、皇帝は生粋の貴族であり王族である。どんな人物かと美波は身構えていたが存外話しやすそうな男であった。美波はさりげなく皇帝や、後ろに控えている側近と思しき人物にも目を向けると、その中の1人が昼間に四阿で会った男だった。驚きはしたが表情には出さず皇帝とともに席に着いた。
「道中は問題なくお過ごしになれましたか?」
本格的な会談は明日行われるため、込み入った話はしない。美波は相手に失礼にならない程度に会話を振る。
「あぁ、アラミサル方面は治安もいいからな。安心して馬車に乗っていられる。今度あなたも来たらいい。歓迎しますぞ。しかし女性に長旅は厳しいですかな」
美波は皇帝の言葉に若干の引っかかりを覚えたが聞き流した。
両国のトップ同士が親密であることは外交上重要であるため、美波は距離を詰めようと互いの国の話や趣味の話で対話を試みた。
食事も進み、皇帝は特にワインが気に入ったようで豪快にあおっている。
「ところでミナミさんは結婚しておらんと聞いているが恋人はいるのかね?」
アルコールで顔を少し赤らめた皇帝がぶっ込んできた。途端にアラミサル国側の空気が凍りつく。
「おりませんよ」
美波はさらっと答えた。美波とともに食事の席についていた宰相や政府高官らは『なんてこと聞くんだ』と視線が鋭くなる。
「そりゃいかん! 結婚は早いほうがいい。子供だって欲しかろう? そうだ、ワシの側近のアランなんかどうだ? 年の頃も丁度良いぞ? アランはどうだ? 着飾ったミナミさんはなかなかに美しいぞ?」
話を振られたのは昼間の男である。
「私などが女王陛下となどと、恐れ多いことでございます」
アランはそつなく返答をする。
(めんどくせー! ってか1国の王に対して部下紹介するってナメてんの? ナメてんだろうなぁ。平民出身で若くて女。ナメられ要素が役満だもんな)
「これでも国王なので、そう簡単には決められませんね」
さすがにナメてんの?とは言えず遠回しに皮肉った。
皇帝はそうかそうかとガハハと笑って会話を切り替えた。
こいつ分かってないなと、美波は内心で溜息をついた。
晩餐会が終わり、美波は宰相や高官らと一旦国王執務室へ下がり、明日の会談へ向けて最終確認を行う。
「カディス皇帝はやっかいだなぁ」
美波はソファに深くもたれて膝掛けに肘をつき脚を組んで怠そうに座る。
「陛下を侮るなど許せぬ」
司法部長官のアトキンは怒り心頭の様子である。
「私、なんでそんなにアトキン長官に気に入られてるんでしょう? 賄賂でも渡しましたっけ?」
美波は笑いながら聞いてみた。
「陛下が即位されてから作られた法律はどれも素晴らしい。そのような方が侮られて良いはずがありません!」
長官らはウンウンと頷いている。
「博識でおられるし」
「日本の教育に感謝ですね」
「予算要求の件も手伝っていただきました」
「あれは私もいい勉強になりました」
「魔力も膨大で魔物も討伐なされるし」
「訓練兵だけど3カ月だけ騎士やってた元冒険者ですから。っていうかみんな褒めすぎじゃない? どうした? そんなにさっきの晩餐会でイラついた? でも確かにあんまり舐められてると国益を損なうかもしれないし良くないねぇ」
しかし悪意をもって口撃されているわけではないため対処は難しい。どうしたものかと思案しつつ夜は更ける。
◇
一夜明け、会談の日。
貴賓室の無駄に長い机に、美波は皇帝と向かい合い座る。美波の背後には宰相が控えており、皇帝の補佐には昨夜アランと呼ばれていた男が立っていた。
会談の内容は、緊迫するゾルバダ帝国への対応や輸出入品目の増加などあらかじめ決まっている。この会談を迎えるまでに仕事の8割は完了しており、今日は両国が持ってきた答えを突き合わせる場となる。
「まずは両国の懸念材料である、ゾルバダへの対応についてですが」
ホスト国の代表として美波がリードする。
「現時点で我が国はゾルバダに対し介入するつもりはありません」
「我がカディスもそうだ。現時点で首を突っ込んでも旨みはないからな」
カディス皇帝は喋りながら、美波の後ろにいる宰相へ目線を送る。
「内戦が起こった場合の避難民の受け入れですが、我が国では10万人程度であれば受け入れ可能だと考えておりますが、貴国はどうでしょう?」
ゾルバダ帝国は周辺国から武器を買っており軍備を増強している。内乱が起こることはほぼ間違いないと両国とも認識している。
「受け入れるだと? 国に入られれば食料や金品を略奪する。カディスは国境を閉じるぞ」
皇帝はしっしっと虫でも払うような仕草をする。
「それではアラミサル側に避難民が押し寄せます。我が国のみでは対応しきれません。なんとか5万人くらいはお願いできませんか」
「受け入れてなんの利がある」
「受け入れ体制を整えておくことで、避難民が暴徒化したり略奪するのを防ぎ、治安の維持ができます。言い方は悪いですが避難民のためではなく自国民のためです」
今までにない試みに皇帝は唸る。
「避難民を国の中に入れてどうやって略奪を防ぐのだ」
「簡素でも家を用意して食料を配給します」
「他国民にそこまでしてやるのか!?」
皇帝はありえんと一蹴した。そしてなぜそこまでやる必要があるのか問うた。
皇帝に人道的観点からの説得は無意味だ。それは21世紀の人間にとっては守るべきものであっても、この世界の特にアラミサル以外の国では人権や人命保護の意識は低い。
「経済的メリットを言えば、治安維持の他にも、長期的には労働力の確保や内需の増加、新しい産業や雇用が生まれることが期待できます」
皇帝が僅かに興味を示した。
「すごいな。避難民など厄介なだけかと思っておったが良いこともあるのか。それはそちらの宰相のアイデアか?」
「いえ私が決めて、宰相以下文官たちに動いてもらっています」
それを聞いて皇帝はあからさまにトーンダウンした。
「そんな上手くいくものかね?」
「正直なところ、この国では前例のない試みですからやってみなければ分かりません」
「それでは国は動かせん」
(それは一理ある。しかしカディスに動いてもらわなければこちらが困る)
「貴国が避難民保護を行わない場合、我が国の輸出を大幅に減らします」
美波は思い切って揺さぶりをかけた。実際これらの商品は輸出量を下げても、避難民が入ってくることにより増加する内需で消費できる。
「そっ、卑怯な! おい、貴国の王が暴走しておるぞ! いいのか!?」
皇帝が美波を抑えるよう宰相を詰る。しかし宰相は『我々は陛下のご決定に従います』と取り合わない。
(皇帝は私に決定権があるとは思っていないみたい。なーんか腹立つなぁ)
「卑怯でもなんでもありません。我が国だけで対応しなければならないなら当然の対応です」
美波は今までの友好的な態度から一変し突き放す。対等であったはずの両国のパワーバランスが崩れた。
「どうしますか? 避難民の受け入れか、貿易縮小か」
皇帝に決断を迫る。カディス側の輸出品は農作物が主なので輸出を止めるという策は取れない。国内で在庫がダブつき価格崩壊が起こるからだ。
美波はちらりと皇帝の後ろに控えるアランを視界の端に入れる。彼は口を挟むつもりはないらしく姿勢を正して正面を見ていた。
「偉そうに言うが、こちらが避難民を受け入れなければ困るのはアラミサルの方だろう。貴国は乞い願う立場だ」
(確かにコストが莫大になりすぎるし、多すぎる避難民は治安悪化や受け入れ場所とかの問題が出てくる。だからこそ分担したいんだけど……)
「しかしアラミサル側の輸入量を減らされれば困るのも確かでしょう?」
お互いに一歩も譲らない。トップ同士が親密になるどころか一触即発である。
埒があかないと思った美波は切り口を変えてみた。
「じゃあどうしたら難民を受け入れてもらえますか?」
「アラミサルが今までの2倍の量の茶や絹を輸入するなら考えよう」
皇帝は無茶な要求を突きつけた。今までの倍量の茶や絹をアラミサルが輸入したところで消費しきれないことくらいはカディス側も知っている。
そしてこの世界は貨幣の価値を金で裏付ける金本位制で成り立っており、保有する金の量に応じて発行できる紙幣が決まる。輸入額を増やすと生じた差額分の金が流出することとなりデフレが起こる。
(なんで皇帝はこんな無茶なことを言い出したのか。何が狙い?)




