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40 年の瀬の風物詩

 「わぁーー! 人がいっぱい! 店も売ってるものも、すっごい多い!」

 「そうだな」


 美波のはしゃぎぶりにフォスターは苦笑しながらも付き合ってくれる。この人混みに馬は連れて歩けないため、近くの厩に預かってもらっている。

 梟マーケットは、『行けば買えないものはない』と言われるほどの店や商品が集まっている。新年を迎える喜びを反映したような、リボンや花、ベルで装飾された店々は華やかだ。


 「あー、お腹減った! お昼まだ食べてないもんね。何か食べよ!」


 美波は店を一つずつ見ていく。ホットドッグやパニーニ、ソーセージにパエリア、魚介のフリットにトマトスープ……。食事の屋台だけでも食の博覧会の様相である。

 美波はホットドッグにコーンスープ、フォスターはケバブにソーセージ、オニオンスープを買って食事スペースに座った。美波は冷えた体を温めるため、まずはスープを口に運ぶ。


 「美味しいー、あったまる」

 「ミナミ、寒さで鼻の頭が真っ赤だ」

 「ほんと? 夕方になってどんどん気温下がってきてるもんね。これ、夜は雪でも降るかな?」


 美波は空を見上げる。今のところ雪が降る気配はない。


 「これ美味しいな。ミナミも食べる?」


 フォスターが1つ食べたソーセージをフォークに刺して美波に差し出す。美波はそれにかじりついた。


 「ほんとだ。スパイスが効いてる」


 2人は気に入った料理を分け合いつつ堪能した。




 食べ終わった2人は引き続き、店を見て回ることにした。


 「あっ、こっちは冒険者用の服だ。珍しいよ、ワイバーン革のジャケットとズボンだって。ワイバーンだから耐久力はもちろん、冷感素材で暑さに強い」

 「さすが、詳しいな」


 対魔物に関しては冒険者の専売特許である。騎士団でも魔物との戦闘訓練は定期的に行なうものの、騎士は対人戦闘に重きを置いているため魔物にはそれほど詳しくはない。


 「魔物に関する知識やこの世界のこと、いろんなことをパーティの仲間に教えてもらったんだ」

 「高ランクのベテランと組んでいたのか?」

 「うん、Aランカーのルーク。『黒の騎士』って通り名でそこそこ有名みたいだけど」


 美波が服をあれこれ物色しながら何気なく出した名前に、フォスターは驚く。


 「あの『黒の騎士』と! そこそこどころか、1人でドラゴンを屠る強さは国民の憧れだ」


 知らなかった情報に今度は美波が驚いた。


 (ダニエルは国民の英雄で、ルークは国民の憧れ。私の仲良い人が強すぎる!)


 どうしてこうなったと美波は首を傾けた。




 大きく開けた広場に、アラミサルの伝統衣装を着た大勢の若い男女が集まっていた。


 「これは今から何が始まるの?」

 「恋人のいない男女が集まって踊るんだ」


 婚活の場になってるのねと言いながら、美波は衣装をまじまじと眺める。

 男性は黒、女性は白を基調とした厚手のモコモコした長衣は美しい模様に彩られている。

 男女がペアとなり自然と大きな輪が作られ、音楽が鳴り始めた。

 ペアが手を取って向かい合い、時計回りに3歩進み、右足左足とステップを踏む。そして片手を繋いだまま女性が男性の周りを1周回ってハイタッチ。これが一連の流れのようだ。


 「フォークダンスだね。覚えやすい」


 5分ほど経ったところで、周りで見ていたカップルが輪の中へと入っていった。


 「へー、飛び入り参加オッケーなんだ。……うん、覚えた。せっかくだからやってみよう」

 「えっ、ちょっ、ミナミ!?」


 美波はフォスターの手を引いて話の中へと飛び込んだ。


 「ダニエルは踊ったことある?」

 「いや、今日が初めてだよ」


 巻き込まれたフォスターは苦笑しながらも問題なく踊っている。


 「でも普通に踊れてるよ?」

 「それはミナミもだろう。ワルツを踊るより簡単だ」

 「ワルツが数分で踊れたら苦労しなかったよ……」


 美波は地獄のマナーレッスンの一環であるダンスレッスンを思い出し苦い顔をした。


 「まぁ、貴族は全員通る道だ」


 フォスターが慰める。

 しばらく踊っていると左右にいた男女の雰囲気がどことなく親密になり始める。


 「もっとよく顔を見せて? あぁ、こんなに可愛らしい人を見たのは初めてだ」

 「ふふっお上手ね。あなたもけっこうイケてるわよ?」


 右の男女はカップル成立だろうか。


 「今日、この後予定ある?」

 「ないけど。どこか連れてってくれるの?」

 「あぁ、イイトコロにな」


 (ちょっと待って! この人たちさっき出会ったばっかだよね!? 展開早くない!? この世界の恋愛って思ってたより奔放かも……?)


 美波は自分の顔が赤くなっている気がして、これをフォスターに見られるわけにはいかないとダンスの輪を出た。




 2人はもう少しだけマーケットを見て行くことにして、まだ行っていないエリアに向かって歩く。

 小さな観覧車やメリーゴーランドのある広場では催し物も行われ、マーケットの活気をさらに盛り上げていた。


 「『集え力自慢』……すごい、日本の相撲みたいなのしてる! ダニエル出てみる?」

 「本職の騎士が出るのは、いかがなものかと」

 「じゃああっちの『早食い対決』は?」

 「ホットドッグを10分間で20本が最高記録か。勝てる気がしないな。……ミナミ、なぜ私を出させようとするんだ?」

 「面白そうだから?」

 「なかなかいい性格をしているな」



 「あっ、このネックレス可愛い」


 シンプルなデザインが美しいアクセサリーショップが美波の目を引いた。


 「ミナミは装飾品の類は持っていなかったか?」


 フォスターがさっと美波の耳や首元に視線を向ける。


 「公務の時用の物凄く豪華なのは持ってる。ちゃんと高いの着けないとケリーが怒るからね。でも公費で買ってるから国の所有。だから自分の給料でプライベート用が買いたいな、と」

 「国王は給料制だったのか……」

 「王室費に規定がなかったから、今年の予算編成の時に給料制に変更したの。金額は宰相に決めてもらったから、師団長より給料少ない可能性すらある!」


 店の前で腰に手を当てて堂々と給料少ない宣言をする美波に、フォスターは口に手を当てて笑いを堪える。


 「それっておねだり?」

 「えぇっ!? 違う違う!! 自分で買うから!!」

 「いいよ、買ってあげる。どれがいい? どれが似合うかな。これとかどう?」


 フォスターがネックレスやイヤリングを手に取り、美波に合わせてみて吟味する。その真剣な目に、水を差すようで美波はもう自分で買うとは言えなくなった。


 「使うのは執務の時か、休みの日かな。どんな服にも合わせやすいイヤリングとかがいいかも」


 美波は買うものの方向性を決めて絞り込んでいく。


 「これも可愛いし、これもいい。……迷う!」


 決めかねている美波にフォスターが助け舟を出す。


 「その2つなら、こちらのほうが似合う」


 フォスターがイヤリングを美波の耳につけて鏡を見せる。その桜色のイヤリングは花弁をモチーフにしており、中心に天然石があしらわれた上品で可愛いデザインだ。


 「すっごくいい。やっぱり子供の頃から良い物に触れてるからかな、センスいいね」


 美波のにこやかな笑みに、フォスターも好相を崩す。


 「じゃあ行こうか」

 「えっお会計は!?」

 「もう済んだ」

 「早業!? ありがとう、ダニエル」

 「どういたしまして。そろそろ帰ろうか」


 マーケットを十分に楽しみ、とうに陽は落ちて夜になっていた。




 2人は馬を走らせ王城の門をくぐる。そのまま厩へ行こうとしていると門衛に呼び止められた。


 「陛下、ケリーさんたちが探してましたよ!」


 美波の顔色がサッと青くなる。


 「まずい、誰にも言わずに外出しちゃった」

 「いつもそうじゃなかったですか?」

 「実は違う。夜までに帰る時は何も言わずに出るけど、そうじゃない時は置き手紙をするか、近衛隊長か副隊長には話してある」

 「パターン色々ですね」

 「すぐ謝りに行かなくちゃ!」


 美波が馬から飛び降りる。


 「それなら私も一緒に怒られましょう。君、馬を返しておいてくれ」


 フォスターもヒラリと降りて美波を追いかけた。




 「陛下! どこに行っていたんですか!」


 王城本館の入り口でケリーに捕まった(捕まりに行った?)美波とフォスターは、現在、国王の間で正座してソフィーの説教を受けている。


 「この姿勢は一体……? 脚が死にそうです」

 「これは説教を受ける時の正しい姿勢」


 ソフィーの説教はなおも続く。


 「陛下、聞いているんですか!! 一人で出歩いてはいけませんと、何度申し上げたらお分かりになるんですか! 大切な御身なのですから何かあってからでは遅いんです。それに行方不明になる度に捜索に出される近衛騎士のこともお考えくださいとも何度も申し上げております。それに__」

 「今日は30分以上コースかな」

 「こんなに説教されたのは初めてです」

 「コソコソなにを喋っておられるのですか!」

 『ごめんなさい!!』


 説教はまだまだ終わりそうにない。


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