35 幕間 図書館友達の正体は
二幕では最初で最後の脇役視点。時系列は西の3国との会談前です。
俺の名前はジョン。王城で騎士をしている。18で入団して先月20歳になったばかり。まだまだ下っ端だ。
最近、城の図書館に行くと、よく会う人がいる。考えてみると、土曜か日曜に会うことが多いから文官だろうか。侍女やメイドだとシフトだからな。
今日も俺は図書館に向かう。騎士団員は非常時に備えるためにも城下への頻繁な外出は許可されない。そうなると休みの娯楽は限られてくる。友達と喋って過ごすか、本を読むか、たまに絵を描くやつや大工仕事をするやつもいるが。
俺は絵は描けないし、工作をするよりは本を読む方が好きだ。だから今日も足は自然と図書館に向かう。
俺は王城で発行される身分証を見せて図書館に入った。
大陸で最も発展しているアラミサルの王城図書館の蔵書量は膨大だ。1階と2階が吹き抜けになっていて、左右には50メートルほどにわたって本棚がずらりと並んでいる。その本棚も背の高さの3倍はあり、まさしく圧巻って感じだ。
図書館中央に置かれている閲覧スペースに、今日も彼女が座っているのが見えた。
「今日はなに読んでんの?」
俺は彼女の後ろに立ち、横から本を覗き込む。
「うぉっ! びっくりした。ジョンか」
彼女は本から顔を上げて振り返る。
「今日はねー、『アラミサルの海賊』って本を読んでる」
彼女はふふっと笑って俺に表紙を見せる。どうやら今日も小説の類いではなく、歴史書や経済関係の難しい本を読んでいるらしい。仕事熱心な人だ。
そもそもアラミサルでは外国人は珍しい。南部都市のセレゥ辺りだと見ること自体は珍しくないが、アラミサルに定住することはあまりない。この国は他国より発展しているから移住希望者も多いが、仕事を得るにはアラミサル国民の保証人か推薦状が必要だからハードルが高い。逆にそれをクリアして、アラミサルの公用語である大陸西方語を習得し、王城の登用試験をクリアしてここにいる彼女は相当優秀なのだろう。フワッとした見た目からそうは見えないが。
「どういう内容?」
「アラミサルの周辺海域に出没する海賊からの、近年の被害額と有効な対策、どこの国籍の船が多いかっていう内容」
「俺はそういう難しそうなのはパスー」
「ふふっそっか。ジョンはなに読むの?」
「どうしよっかな。同期が面白いって言ってた『ハワード氏物語』でも読もうかな」
俺は取ってくると声をかけて、一旦彼女の側を離れた。階段を上がり2階の奥の方にある小説コーナーに向かう。タイトル順に並んだ書棚から『ハ』行を探し見つける。手の届く範囲に置いてあり助かった。これが見上げるほど高い位置にあったら見つけるのも取るのも非常に面倒だ。
俺は彼女のところに戻って隣に座る。1ページ目から読み進めて数十分。俺は慌てて本を閉じた。
あいつ、からかいやがったのか!? こんな公共の場で読むことが憚られる本が王城の図書館に置いてあるなんて!!
「あれ? その本面白くなかった?」
彼女が読むのをやめた俺に気づき不思議そうにしている。
「いや、なんとなく今の気分じゃないかなって」
こんな本、彼女の隣で読めるか!
「あーあるよね、そういう時」
よかった。変に思われなかったようだ。
「ミナミのおすすめの本教えて。次はそれ読むよ」
俺の言葉に彼女は考え込む。
「こっちに来てから忙しくて小説はほとんど読んでないんだよねぇ」
俺の趣味に合わせて提案してくれようとするが、彼女は困った顔で小首をかしげる。
くっ! その表情にその仕草は反則だ!
「歴史書でも面白く読めたのは『タカハシ国王側近の手記』かな。側近の手記を通して当時の国王が何を考え何をしたのか、臨場感もあって面白いよ」
彼女の説明が上手いのもあるが、ニコニコと笑う顔に、それを読まないとは言えない。
「歴史書コーナーのどこにある?」
「一番入り口に近い方の本棚のけっこう上の方」
俺は移動式の階段を押しながら言われた通り場所へ行く。確かに相当上の方だ。彼女はどうやって見つけたのだろうか。
階段を使って本を取り、また席に戻る。
彼女に薦められた本は確かに面白かった。側近の視点を通して1人の人物の人生を読者も追体験している気になる。
俺が読書に熱中になっていると、誰かが彼女に話しかけた。
「ミナミ。久しぶり」
俺が声の主を確かめると騎士の後輩であるナイジェル・ディヴィスだった。
「ナイジェル、久しぶりだね。戴冠式の時は会えなかったし、なんだかんだで3カ月ぶり?」
俺とディヴィスは所属が違うから、どんなやつかはほとんど知らない。たまに訓練で一緒になるくらいだ。
「先輩、お疲れ様です」
顔を上げた俺に気づいたディヴィスが礼をする。俺も軽く挨拶する。
「ミナミとディヴィスは知り合い?」
俺が2人の顔を交互に見ると彼女の方が説明してくれた。
「新兵訓練の時に一緒の班だったんだ」
あれ? 彼女は文官じゃなかったか? しかも特別隊所属のディヴィスと一緒って1班じゃないのか? えっ、この子にあの訓練はムリだろ。
「えっと、文官だけど宰相命令で強制的に参加させられて」
俺が混乱しているのが伝わったのだろう。そう補足してくれた。それでも色々と疑問は尽きないが。
「ナイジェルは仕事慣れた?」
「そうだな、配属から4ヶ月くらい経ったし。ちょっと前に城下の警ら中に通報があって、刺殺事件の現場に急行してそのまま捜査に入ったんだが、無事に犯人を捕まえられた。それより、ジャックやロビンから色々話は聞いてる。戴冠式お疲れ様。あと、おめでとうございます」
ディヴィスがフッと笑う。俺、こいつの笑う顔って初めて見たかも。
「ありがとう。頑張るよ」
彼女も満面の笑みだ。くっ、そんな笑顔を向けられるなんて羨ましい!
2人で積もる話もあるらしく会話が続いていたが、俺は再び本に視線を戻す。
少し話したあとディヴィスは立ち去り、俺と彼女はまた本の世界に戻る。
しばらくするとまた彼女に声をかける人物が現れた。彼女はなかなか顔が広いらしい。
「今日はお休みでしたか」
「フォスター師団長。私、土日は休みにしてるから。師団長も今日は休み?」
隣で普通に会話する2人を見て驚く。いやそれよりもまず挨拶だ。
「師団長! お疲れ様です!」
俺は勢いよく立ち上がって挨拶する。騎士団では上下関係は絶対である。しかもフォスター師団長は俺の所属する第1師団の団長で、5師団と近衛を統括する騎士団長の次に偉い。とにかく下っ端の俺からしたら雲の上の人で喋ったことなんてもちろんない。同じ空間にいるのも畏れ多いくらいである。
「あぁ、ニーズか。お互い今日は非番だろう。楽にしていい。……2人はどういった関係だ?」
「よく図書館で会うんだよ。だから図書館友達?」
彼女は俺の方を見て『ねっ』っと話を振る。
「えぇそうです。っていうかミナミ! 師団長に対してタメ口はマズイだろ!」
俺は慌てて指摘する。
「ジョンが言うならそうしようかな。師団長の手に持ってる本はなんですか?」
お気楽か!? 組織に所属する人間としてそれでいいのかミナミ! そして師団長もなぜ叱らない!
「これは何かの遊びですか? 私も敬語をやめた方がいいのかな?」
師団長はくちびるの端を吊り上げて笑う。
俺はその表情に驚いた。師団長も笑うことあるんだ。師団長は見た目も厳しそうな感じがあって、笑うところなんか想像も出来なかったけど、この人も人間なんだな。
そもそもフォスター師団長は王都学院の騎士学科を主席で卒業して、騎士団に入団後は特別隊に所属。
今では不戦協定が結ばれているが、この10年程前に2回起こった、西の3国ネデク・ムク・ダギーとの小競り合いでは圧倒的な力でねじ伏せ、相手国を一瞬で追い返してしまった英雄的な存在でもある。王国民の憧れの存在と言ってもいい。その功績を認められて最年少の29歳で師団長になった現在32歳独身! ってなんで俺、脳内で解説したんだ?
「遊びといえば遊びですかね。いつまでバレないでいられるかっていう」
「ははっ、なるほど? 前、座っていいかな?」
師団長の言葉に、俺はもちろんどうぞと受け入れる。
「今日は『地形から考える戦略』を読もうと思って来たんだ。これは王都学院の教授が書いた論文をまとめたもので、最近ここの図書館に寄贈されたと聞いてな。内容が軍事戦略に関わるから本になっているのはここにしかないんだ」
よく見ると書籍というより紙の束に近い。図書館にはこういった論文も大量に置いてあり自由に読める。
「参考になりそうなら私も読みますね。そういえば、師団長の私服って初めて見たかも」
ミナミがまじまじと師団長を見つめる。
「そんなに見つめられると照れるな。カイベも普段あまり見ない服を着ている。可愛い、よく似合っている」
美形が笑顔で服褒めるなんて反則だろ!? 誰がこれに勝てんだよ! 力でも勝てなけりゃ顔でも声でも身長でも全部勝てねぇよ!
「ありがとうございます。休みの日に着る服は侍女に選んでもらうことが多いんです。あとで褒められたって言おう〜」
嘘だろ。どんな女でも落とせるだろう美形の口説きを完全にスルーしたぞ。おいおいおい難攻不落か? どんなのがタイプなんだ?
「カイベは休みの日はなにをしているんだ?」
俺は突っ込みたい。師団長、本読まないの?
「なにせ故郷より娯楽が少ないですからねー。テレビも無ェ、ラジオも無ェ、車もそれほどどころか全く走って無ェですからね。休みの日にやることと言ったら本読むか、ジャックたちかアンと城内のどっかで喋るか、たまに城下に遊びに行くか……」
前半の内容はよく分からなかったけど、どうやら退屈しているらしいことは伝わってきた。
「へぇ、城下に。たまにいなくなって捜索されていることは聞いていたが、城下? 1人で勝手に行っては駄目じゃないのか?」
あれ、にこやかに笑っているけど一瞬目が怖かったような。あと1人で勝手に行ったらダメってどういうことだ? 子供か?
「えー、あははー。それより師団長は休みの日なにするんですか?」
彼女、愛想笑いで思いっきり誤魔化したぞ。
「デート?」
「あー師団長モテそうですもんね」
「いや、明らかな嘘にはツッコんで欲しかったんだが。私は女性受けはあまり良くない。女性から声をかけて貰うこともないな」
いやそうじゃなく。この人、普段から今みたいに喜怒哀楽出してたらもっとモテると思う。城の侍女やメイドも仕事中のイカツイ顔しか見てないから近寄りがたいんだろうな。
「んー、女性はやっぱり押しに弱いとこありますから、もっと積極的にいったらどうですか?」
さっきアプローチ(?)受けてた人が言うか!? あえてか? もっと来いって意味か!?
「分かった。参考にしよう」
すんのかい! ……俺疲れてきちゃったよ。しかもさっきから脳内では散々騒いでるけどいっこも会話に参加出来てないし。
そこにまた1人近づく人影が。
「あぁ、ここにいらっしゃったんですね」
えぇぇーー! この人、宰相閣下だよね!? なんでこんな人まで彼女に話しかけるんだ!?
「あれ? 何かあった?」
「戴冠式の時に陛下が着られた衣装をデザインした者が、新しいデザインを描いたから是非見て欲しいと王城に来ておりまして」
ん? 陛下? 誰が陛下?
「あのドレスのデザイナー? 見たい見たい! すぐ行くよ!」
彼女は本を持って立ち上がる。
「陛下、お遊びはもうおしまいですか?」
師団長が意地の悪い笑みを彼女に向ける。
「人聞きの悪い言い方だなぁ。わざわざ言うことないじゃんって話だよ。じゃあジョン、私用事できちゃったから行くね。じゃあまた!」
彼女はヒラヒラと手を振って俺に背を向ける。宰相閣下が彼女から本を受け取り、代わりに貸し出し手続きをしている。
「師団長……彼女は一体……?」
俺は呆然と師団長の方を見た。
「君の図書館友達だろう?」
えっいや、陛下って呼ばれて……
えええぇぇぇぇぇ!?
彼女って国王陛下だったの!!???




