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34 王都に新観光名所が完成

 ダギー大公との試合の翌日、美波はネデク、ムクの大公らを伴い馬車で城下へと来ていた。当初はダギー大公も参加予定だったが、プロポーズ騒動を起こしたため、ダギー側が今日の視察は遠慮するという判断を下した。

 美波はその判断に内心感謝した。


 (あんなことがあった後で、どんな顔して街を案内すればいいのか分からなかったし、助かった)


 「さすがアラミサル。城下の活気がやっぱり他の国とは違うわね」


 ネデク大公が窓の外を眺めながら微笑む。


 「このように他国に先んじて国を発展させる秘訣はどこにあるんじゃろうの?」


 ニヤリと笑うムク大公に美波は真剣に考えながら言葉を紡ぐ。


 「私はこの世界に来て半年くらいですし、国王になってからはまだ1カ月なので大したことは分かりませんが、私は教育制度が充実しているのも大きな要因かなと思っています」

 「どういうことかしら?」


 ネデク大公も会話に加わる。


 「教育制度が充実していると国民の所得が底上げできて、結果的に所得格差も縮小して経済成長に繋がる、というような話を聞いたことがあります」


 美波の話にネデク大公は『そうなの』とそれほど興味を示さず、一方ムク大公は詳しく聞きたがった。


 「それは陛下の故郷での通説じゃろうか?」

 「そうだったと思います。私は専門家でもないし深く勉強したこともないので詳しくはないですが」


 もっと話を聞きたそうなムク大公の様子に、それ以上話せることはないと美波は縮こまる。



 話しているうちに馬車は目的地へと到着した。3人は馬車を降り、今回の視察の目的である『王都展望台』を見上げる。

 展望台は1カ月ほど前に完成した煉瓦と木と鉄筋を組み合わせて作られた、高さ80メートルの23階建てで、ビル型建造物としてはこの世界で最も高い建築物である。そして世界初のエレベーターも設置されている。

 3人は護衛の騎士らを伴い、視察のために貸し切られた展望台へと入った。1フロアあたりはそれほど広くはなく、1階から22階までは土産物店や洋服店、冒険者用の装備を売る店や魔物素材を売買する店など多様な店が出店している。

 貸し切りにしている都合上、長時間滞在することはできず、国王ご一行は1階からエレベーターで最上階の展望フロアへと上がる段取りだ。10人乗りのエレベーターに乗り込み、同乗した騎士が格子状の扉を手で閉める。そして扉の右側に並んでいる回数表示のボタンの『展望台』を押し、その下にあるレバーを上げる。するとエレベーターはゆっくりと上昇を始めた。扉の向こうに見える各フロアを眺めながら美波は内心ビクビクしていた。


 (このエレベーター落ちたりしないよね!?)


 なにせ世界初である。実は顔には出さないがこの場にいる全員が不安を覚えていた。なぜならエレベーターに乗るということ自体が、美波と、プライベートで訪れていた一部騎士を除き、初めてなのである。初めての人間にとって、床が動いているという不安定感と浮遊感は恐怖を誘う。


 チンという音が目的の階に着いたことを知らせた。実際より長く感じる時間を過ごした面々は、格子の扉を開けると、そこにはアラミサル王都が一望できる景色が広がっていた。屋根はなく、360度を柵で囲われただけの展望台だが、その景色はただ圧巻だった。

 美波は心惹かれるままに柵に近寄る。景色を遮る高い建物はなく、城壁に囲まれて立つ民家や公園、教会や学校、馴染みのあるギルドの建物や、たまに立ち寄る酒場、城郭の外に広がる街まで一望できる。


 (これがアラミサル、私の国……。ここにある全てを私が守っていかなくちゃいけない)


 美波は景色を眺めながら柵に沿って歩く。そしてここに生きる人々やこれから生まれてくる子供、10年後、20年後、100年後の景色はどのように変わるのだろうかと思いを馳せた。


 (昔、お城の天守閣から街を見たことがあった。その時は特別高くも低くもない景色だとしか思わなかったけど、あのお城に住んでた殿様も天守閣から城下を見て人々の暮らしに思いを巡らせたのかな)


 「カイベ国王はこんなに高い場所でも怖くはないのかしら?」


 中央にあるエレベーター付近から動けずにいるネデク大公が問いかける。


 「柵から顔を出して真下を見たら普通に怖いですよ?」

 「ここからの風景だって足が竦むのに真下を見るだなんて!」


 ネデク大公は身を震わせて自らを抱きしめる。


 「国王陛下は異世界人じゃからこのような景色にも慣れておるのじゃろう」


 ムク大公がよく見ると僅かに震える足で柵に近づく。


 「それにしても、こんなに高い建物を建ててしまえるとは、アラミサルはやはり進んでおりますなぁ」


 ムク大公が憧憬と嫉妬の混じった目で美波を見る。美波はそれを曖昧に笑って流すしかできない。


 (私は過去の国王と国民の努力の結晶を享受しているだけ。これから先は私が頑張らないと)


 美波は眼前に広がる街を見ながら、自分には何が出来るだろうかと少し感傷に浸った。



 予定していた会談や交流会は全て終わり、当初の目標であった4国間の不戦協定も締結することができた。3国の大公らは今日にも帰国の途につく。

 ネデク、ムク両大公は早朝のうちにすでにアラミサルを発ち、残るはダギー大公のみとなっていた。

 自室にいた美波のところに侍女が来て、ダギー側の帰国準備ができたと知らせた。


 (このままハイサヨウナラとはいかないんだろうなぁ)


 美波は内心このまま顔を合わせず帰ってほしいと願いながらも、そうもいかず、大公らを見送るため王城の前庭に出た。


 「やあ、国王陛下」


 すでに前庭にいたダギー大公が、この腕の中に飛び込んで来いとばかりに両腕を広げて美波を出迎える。


 「おはようございます、大公」


 美波はそれを笑顔でスルーする。


 「くっ、ミナミはツレないな。だがそこもいい」


 大公は顔面を緩ませながら言う。


 (最初に会った時のあの傲慢貴族っぷりはどこいった!? しかも名前呼び!)


 大公の豹変に驚きながら、美波は大公に帰国を促す。


 「もうそろそろ出発しなくては帰国日程が狂いますよ」

 「しかしまだプロポーズの返事を聞いていない」

 「いや、秒で断ったよね?」

 「受けてくれるまで帰らんぞ!」

 「帰れ! 大体、大公なら結婚相手の候補なんか私じゃなくても腐るほどいるでしょ?」


 美波は呆れた目で大公を見ると、彼は拗ねたように唇を尖らせる。


 「そいつらは私が好きなのではなく太公妃になりたいだけだ」


 その気持ちは美波にも分からないではない。美波に直接声がかかることはないが、王配を座を狙う貴族家が見合い話を宰相に持ちかけているという話は聞いている。

 ただ、国王や宰相、そして平民・貴族両方から採用される文官らによって行われるこの国の政治体制では、家から王配を輩出したからといって影響力が強まるということは考えにくいのだが。

 少し同情するが、それでも美波がプロポーズを受ける理由にはなり得ない。


 「いつか真実の愛が見つかるといいね」


 バッサリと切り捨てた美波に、大公はようやく諦めがついたようで仕方ないと肩をすくめた。


 「今回はこのまま帰ろう。プロポーズを受けたくなったらいつでも来い」


 それは国王を辞めたくなったら逃げて来いという言外の意味も含んでいた。現実的には不可能だが、気持ちは嬉しい。美波はクスクス笑いながら、考えておくと答えた。

 大公にとって初めて見た美波の笑みに、彼は満足そうに頷き、美波の額にキスを落とす。

 突然のことに二の句を継げない美波を尻目に、大公は馬車へと乗り込み旅立っていった。


 「……え?」


 呆然とする美波に対し周囲は殺気立つ。


 「あんのクソ大公!! 次会ったら切る!!」

 「あいつ! 俺たちの陛下にーー!!」

 「ダギーへの関税、引き上げてもいいですかねぇ?」

 「いいえ温いわ、輸出停止よ」


 物騒な文官や武官らをよそに、悪い人ではなかったなと笑った。


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