33 魔法勝負からの……
ダギー大公との勝負を公式試合にするには、準備に時間がかかる。試合は翌日に行われることになった。
しかし、元々予定されていた4カ国会談のスケジュールはずらせないため、それが終わった夕方に試合が行われることになった。
アラミサルとダギーのトップ同士が練習試合をすることを他の2カ国の関係者にも伝え、自由に観覧できるよう、騎士の訓練場に場所を整えた。
美波は一番早く会場に入り、どのような設営がされたのか確認した。訓練場には天幕が張られ、椅子が並べられている。さながら運動会のようでもあった。
3国の受け入れと会談の準備だけでも忙しいため、手の空いている文官と武官が手分けして設営したらしく、設営が終わった現在は次々と持ち場に戻ってゆく。しかし試合の時刻となれば仕事を放り出してでも見学に来るだろう。
美波が会場に入って30分後、ダギー大公が秘書官や護衛を引き連れてやってきた。
大公は軍服の正装で、赤を基調に黒の差し色が入り、金の飾緒や袖章が華やかさを足している。
(黙ってりゃ綺麗な顔だから、腹立つくらいに似合ってるね)
大公の我が儘に振り回されている美波は内心毒づいた。
「アラミサル国王、来ていたか。……お前それはこの国の騎士団の制服ではないか?」
「そうだよ。やっぱりドレスよりこの服の方が体に馴染む気がする」
美波が体を動かす時に着る服は、国王になってからは新調する必要性もなく、今でもこれしかない。しかし着慣れているためそれなりにサマになっている。
「まぁ似合ってなくはないが、女性なのだし、もう少し華やかにしても良かったのではないか?」
確かに、一般騎士の制服で装飾はなくもなくヘアスタイルも簡単にまとめただけだ。しかし……
「なんでも急には用意できないんだよ」
この状況のことも含めて皮肉った。大公の後ろにいる秘書官がしきりに頭を下げている。
大公が姿を見せたことで、いよいよ試合が始めると、会場の熱気が高まる。ネデクとムクの大公も従者を連れて訓練場に姿を現した。彼らをアラミサルの文官がテントの下へ誘導する。仕事を放り出してきたアラミサルの文官や武官も集まってきた。
「あのダギー大公と喋ってるの誰だ? 騎士服着てるし騎士だろ?」
「あんな騎士いたか? あんな可愛らしい顔の子いたら絶対目ぇつけてるって!」
「あの子、今年の1班の訓練にいたよ!」
「どういうことだよ!?」
「陛下の騎士姿は初めて見たな。冒険者をされていたそうだが大丈夫だろうか」
「陛下!? こっちの文官があの子のこと陛下って言ったぞ!」
「嘘だろ!? 俺、新兵訓練であの子のこと散々しごいたぞ!!?」
「お前あれだわ、死ぬわ」
(バレた。これから城内フラフラ歩きにくくなるじゃん!!)
まだ即位してから時間が経っていないため、王城で働く者全員が美波を知っているわけではなかった。そのため気兼ねなく城内を歩くことも出来ていたのだ。
美波は舌打ちしたくなった。そして顔には全部出ていた。
「なっ何か都合が悪かったようだな。すまない」
大公が思わず謝るくらいには人相が悪かった。
「さぁ……やりますか?」
「これは……女性のしていい顔なのだろうか……こわっ」
2人はお互いの体に魔法攻撃でのダメージを防ぐ防御層を張り、距離を取り向かい合った。
勝敗は囲われた円の中から出るか、相手にどれだけ魔法を当てられたかで決まる。
スタートの合図をするものはいない。お互いのタイミングで始まる。
「木の精霊よ。我に応えよ」
大公が呟くと美波の足元の地面が割れズルズルとツタが這い上がる。美波は後ろに飛び避けるがその地面からもツタが生える。
「うわっ」
右脚に絡まりつくのを、筋力強化で無理やり引きちぎり避ける。右に左に避け続けるが無限に湧いてきてキリがない。美波は手のひらから炎を噴き出させ、火炎放射器のように目の前の20本はあるツタを全て焼き払う。
「なっ!? なんだその馬鹿みたいな魔力量は!」
驚きながらも大公は楽しそうに笑っている。そして次は氷の妖精を喚び出す。
大公は次に氷の妖精を使役し氷柱を作り、それを機関銃のように次から次へと打ち出す。
「うわっ! その攻撃は反則級!!」
美波は魔法で地面を隆起させ攻撃を防ぐ。しかし土の壁はもって30秒。なにか策を考えねばならない。
(大公は精霊魔法使いだったか。初めて見たけど魔力効率が良すぎる)
精霊魔法は使役した精霊に魔力を分け与えることで魔法を使う。そのため消費魔力が少なくて済み、高火力の魔法も連発して使うことができる。
(使役できる精霊は最大でも3体だったっけ? それよりも、どうやって氷の銃を止める? 氷を瞬時に溶かすほどの火球を大量に作るのは無理そうだし、水球や土魔法で土弾を作っても氷柱に当たって崩れるだけだろうし、風魔法は風を起こすことしか出来ないし……)
騎士団で魔法を習ったとはいえ、まだまだ初心者の域を出ない美波の使える魔法はそう多くない。今まではその初心者用魔法を高火力で使うことで乗り切ってきたが、今回はそうもいかなさそうだ。
(使えるのは火、水、土、風と闇魔法と治癒の初等魔法。なんかないか!? なんかないか!!?)
頭の中の4次元ポケットをひっくり返す。その間にも土壁に氷柱が刺さり削られていく。美波は壁をもう1つ作り時間を稼ぐ。
(こんだけ魔力使ってて魔力切れしないなんて精霊魔法ってチートっぽい。その代わり使える人ほとんどいないわけだけど。っていうか氷魔法使いすぎ! 寒いわ! って、これ利用できるかな)
美波は土壁から出て高火力の火球を地面スレスレに20発ほど撃つ。大公はそれを吹雪を起こし相殺しようとするが消しきれず、右に飛んで避ける。火球と吹雪が衝突し爆風が訓練場の砂を巻き上げる。
美波はそこに風魔法を撃ち、火球により温めらた空気が上昇気流となり、そこに風魔法が合わさり円の中央に小さな竜巻が発生する。巻き込むような強風が吹き荒れ砂埃が舞う。
それを見ると美波はすぐさま枠線の端まで離れ、竜巻に目を奪われていた騎士の剣を拝借する。防御層で物理攻撃は防げないため、大公や観客らも顔を覆い竜巻離れるように退避する。それでも大公は枠線のギリギリ内側で踏みとどまっていた。対して美波は腕で顔を覆いながら下を向いて線に沿って時計回りに大公に向かって走った。
次第に弱まる嵐の中で大公の視界の端にギラリと光る物を見て、彼は反射的にそれを避ける。
「チッ」
ここで勝負をつけようと思っていた美波は舌打ちする。
「お前荒々しすぎるだろう!? そもそも剣はどこから出てきた!?」
大公は剣から逃れるために氷柱で攻撃を加えながら距離を取る。美波はそれを土壁で防ぐ。状況は振り出しに戻った。しかし若干の変化が起こる。
(連射数が落ちて間隔が開くようになってる?)
今までは弾切れのないマシンガンのような掃射だったが、拳銃のような10発の連射がありリロードするような時間の間が僅かに発生している。
(イチかバチか、やってみるか。大公が奥の手で3体目の精霊を持ってたら負けかな)
ルークが魔物と戦う時を思い出してそれを真似て、美波は剣に魔力を纏わせる。ぶっつけ本番である。
連撃が途切れた瞬間、美波は土壁から飛び出る。
「一体何を!?」
大公は驚くも攻撃を緩めることはない。すぐに氷柱の連射を始める。
美波は目の前に迫る1つ目氷柱を剣で切り落とす。
「なっ!? そんな無茶苦茶な!!」
すぐさま2本目3本目が足下と胸の辺りに迫る。美波は剣を振りながら飛び上がって避け、追撃の4、5を斜め上から振り切り落とす。着地した美波は大公に向かって地面を蹴る。
「あぁぁぁ6本目!!」
下げた切っ先を振り上げ切り捨て、7本目は火球を打ち軌道を曲げる。
「嘘だろう!?」
「次!!」
美波は足を止めることなく振り上げた剣を大上段から振り下ろし8本目を砕くが、足元に迫る氷柱には対応できず太腿に当たり砕ける。大公の驚愕に目を見開く顔がすぐそばに迫る。
「10本目ぇぇぇ!!」
剣を持った右腕を後ろに大きく捻りそれを避け、大公の首を目がけて腕を振り切る。
剣が大公の首に迫る。
「閣下!!」
「陛下!!」
観客席のテントから秘書官らの叫ぶ。
大公にもこれを防ぐ手立てはない。武器に防御層は意味がない。誰もが彼の首が落ちる様を想像した。
「くっ!!」
大公は思わず目を瞑る。
剣がは首に届く僅か数センチ手前でピタリと止まった。
「っ! はぁぁ、危なかった。これ、私が勝ちってことでいい?」
大公は目を開け首に手を当てて怪我もなく繋がっていることを確認する。
「……あぁ、お前の勝ちだ。それより今の剣技は何だ?」
美波は剣を鞘に収めながら答える。
「元パーティメンバーの技なんだけどね。剣に魔力を纏わせるとドラゴンも切れるらしいよ?」
「この世で最も硬いと言われるドラゴンの鱗を切るだと……? あれは500人程度の大隊を単位を編成し少しずつ鱗を削り、魔法で攻撃し弱らせ倒すものだぞ!?」
やはりルークは化け物じみた強さのようだ。美波は、あれを基準にするべきではないなと認識を改めた。
「とにかく、最後は魔法勝負かどうかは怪しかったが私の負けだ」
大公は右手を差し出す。美波は目を見張り、それから笑って彼の手を握った。
「3体目の精霊が出てこないことに賭けた暴挙だったよ」
「私の3体目の精霊は花を司る。戦いには向かないのだ」
大公は花の妖精を喚び出す。手のサイズくらいしかない花の精霊は頭から足先まで小さな花で覆われていて隙間から羽と顔を出している。その顔はビスクドールのように愛らしく美波はまじまじと精霊を見つめた。
大公は花の精霊に魔力を与え大きな花束を作り美波に渡す。美波は勝者へのプレゼントだろうと思い受け取る。
「ミナミ、結婚しよう!」
「は?」
何かの聞き間違えだろうかと思い美波は聞き返す。
「何するって?」
「結婚だ!」
「誰が?」
「私が! お前とだ!」
訓練場に響き渡る大公の声に観客席が騒然とする。
「閣下! 何を仰っているのです!?」
「陛下! 今すぐお断りしてください!」
「うちの国王様プロポーズされてんだけど!?」
「あの子は騎士団の癒しだ! 嫁になどやらん!」
「いやだああああどこにもいかないでえぇぇ」
「ああぁん!? あの男叩き切るか」
「陛下のためならダギーと戦になっても構わないよね?」
騒然を通り越して殺意のこもった視線も大公に突き刺さる。
美波は暴動が起きそうな空気を疑問に感じつつ大公の頭を心配する。
「急にそんなこと言い出してどうした? 頭打った?」
「打ってなどいない。本気だ」
「いや、デ○ズニーじゃないんだから。そんな軽率に結婚しようとすんな」
「お前の強さに惚れた」
「何なの!? 負かした女と結婚する風習がある民族とかなの!? あなた王! 私も王! 結婚ムリ!!」
美波はヤケクソになって叫ぶ。
「では大公を辞そう」
「辞すな!! ダギーの秘書官!」
「はいぃぃぃぃ!」
秘書官が全力疾走で飛んでくる。
「この人部屋に連れて帰って! なんならダギーまで連れて帰って!」
「申し訳ございません! 大変失礼いたしました! あとで言って聞かせておきますので!!」
秘書官は上半身がとれるのではないかと思うほど激しく何度も頭を下げ、大公を引きずって訓練場をあとにした。
こうして色々な意味で嵐の起こった試合は幕を閉じた。




