32 隣国のトップが我が儘すぎる
3国の大公らと顔合わせを終えた美波は、晩餐会までにはまだ時間があるため、部屋でゆっくり本でも読んで過ごすことにする。
しかし、国王の間の近くにある客室を大公らが使っているため、うるさくはないものの廊下から落ち着かない雰囲気が伝わり、美波もリラックスしきれない。
美波は図書館にでも行くかとソファーから腰を浮かせかけて、この豪奢なドレスでは国王だと宣伝しながら歩くようなものだと気づき諦めた。
一方客室へ入ったダギー大公は荒れに荒れていた。
「何なのだあの女!!」
若く、いや中央大陸人から見ると若く見えるだけかもしれないが、女で異民族。彼は当然、美波がへりくだった態度を取ると思っていた。
しかしいざ対面すると美波は下手に出るどころか、ダギー大公に真正面から『頭を下げろ』と言い放った。その堂々たる姿には怒りを超え、もはや面白くなってくる。
「ふっ、ふはははっ!」
大公家の嫡男として生まれた彼には、周りにたくさんの侍従やメイド、大公家に付き従う貴族たちがいた。そして皆が、彼やその一家の機嫌を損わないよう常に顔色をうかがっていた。
そのような環境で育ち、数年前に前大公の崩御に伴い即位した彼は外交経験も浅い。だからこそ、彼は下に見られないようにと、今日はあえて尊大な態度を取っていた。
そして自分を言い負かす存在に今日初めて出会った彼は、美波に対し強く興味を引かれた。それは初めて対等な遊び相手を見つけたようでもあった。
彼はベルを鳴らしてメイドを呼び、彼の秘書官を連れてくるよう命じた。
来賓客用の建物にある客室で荷解きをしていた秘書官は、走ってやってきたらしく額にうっすら汗を浮かべていた。
「お呼びと伺い参りました」
「あぁ、お前はあのアラミサル国王についてどこまで知っている?」
秘書官は、大公が他人に興味を持つなんてと驚愕しながらも表情には出さず淡々と答えた。
「今回の会談のため出来る限り情報は集めましたが、異世界人であるせいかあまり情報を取れるルートがなく……。事前にお伝えしていた性別や外見的特徴以外の情報は、国王になる前の半年間は騎士をしていたとか冒険者をやっていたなどという荒唐無稽な話ばかりで……」
秘書官は弱りきった表情で目線を下げる。
「そうか、分かった。ならば直接この目で確かめてみるか」
「へっ陛下? 一体何を……」
秘書官は叱責を受けずにホッとしたのも束の間、大公から不穏な空気を感じ取った。
「ちょっと行ってくる」
彼は秘書官の静止も聞かず部屋を出た。
「国王は中にいるのだろう。通せ」
「お待ちください! お約束もない方をお通しするわけにはまいりません」
なにやら急に自室の扉の前が騒がしくなった。美波は出て行って対応しようかと一瞬考えたものの、こういう場面で国王が出て行ってしまっては近衛がいる意味がない。来訪者が害する意思のある人間だった場合、的がノコノコ現れるようなものだ。
「約束などなくとも相手が暇なら問題あるまい」
「そういう問題ではなく!」
「ダギーの公主がわざわざ来ているのだぞ」
(あー、あの大公か。近衛には荷が重すぎるかな)
扉の外の押し問答で相手が誰か分かった美波は放置しておくわけにはいかなくなり、重い腰を上げて扉を開けた。
「陛下! 出ていらっしゃってはいけません!」
「やはり部屋にいたか。少し話がしたい。中に入るぞ」
入らないでくださいという近衛の忠告も聞かず、ダギー大公は国王の間に踏み込んだ。
美波は話を聞かない相手に何を言っても無駄だと判断し、近衛も同室させて最低限安全を確保しつつ対応することにした。
ソファを勧めるまでもなくドカリと座った大公は美波に座らないのかとのたまった。美波は内心イラッとしながらも、メイドを呼んでお茶の用意を頼みソファに腰掛けた。
「それで大公、ご用件は?」
「お前、年齢は?」
美波の質問を完全に無視して、大公は唐突に会話を始める。
(話聞けよ! それに女性に年齢聞くのは失礼って概念ないの?)
もちろんこの世界にもそういう概念はある。大公にないのは気を使うという概念だ。
美波は理解できない相手に、もう考えるのをやめた。
「28」
そして気を使うこともやめた。
「異世界とはどんなところなのだ?」
「この世界から魔法がなくなって、200年後くらいを想像したらいいんじゃない?」
美波は元の世界とこの世界を平行世界のように考えていて、自分が異世界に来ただけではなく時間をも遡ったのではないかと仮定していた。なぜならば文化や建築物、服飾など近代ヨーロッパと似通った部分が多いからだ。それは過去に異世界から来た国王の影響だけではないだろう。
「ん? うーむ。難しいな、想像もつかない」
大公が思ったより素直に言うことに従ったため、美波は絆されて少し態度を軟化させる。
「馬車の10倍早く走る乗り物があって、遠く離れた人と会話できて、空を飛ぶ乗り物もあって、月にだって行ける」
美波の言葉に彼は目を見開いた。
「それは本当か。すごい世界だな。そんな世界から来たのでは、こちらの世界はさぞ不便だろう」
今度は美波が驚く番だった。素直に話を聞く姿勢になった大公は、意外にも相手の立場を察することのできる人間であった。直情的だが捻くれた人間でもないようだ。
「その代わり魔法が使えたし、魔石もあるからそこまで不便に感じたことはないかな」
美波は今までを振り返りながら言う。
「お前も魔法が使えるのか。ふむ……どんな魔法を使うのか見てみたい。よし今から手合わせしよう!」
大公はとんでもないことを言い出した。
「は!? いやいや! あと2時間くらいで晩餐会始まるし、準備もしないといけないから」
美波は仰け反って却下する。
「では晩餐会の後ならば問題あるまいな?」
大公は話は終わったとばかりに立ち上がり、美波がどう言って諦めてもらおうかと否定の言葉を探している間に部屋を出て行った。この大公、決断が早すぎる。
美波は面倒なことになったと頭を抱えた。
ダギー大公は客室に戻り、秘書官に美波との会話の内容をかいつまんで話す。
「アラミサルに異世界人の王が立つと国が発展すると、言い伝えのような話を聞いたことがあります。異世界がそのように発展しているのなら、本当かもしれませんね。……それより閣下! アラミサル国王と手合わせなどいけません!」
秘書官が慌てて止める。大公が怪我をすることも許容できないが、アラミサル国王に怪我でもさせようものなら両国の間に亀裂が入りかねない。しかもアラミサル国王は女性だ。4国の関係を深めるための会談なのに、外交問題を勃発させてどうすると秘書官は必死に説得する。
「怪我はしないし、させないように気をつける。これでいいか?」
「良いわけあるか! 大体、向こうの国王はこんな話を了承したんですか?」
秘書官の気弱な面はどこへやら、全力でツッコんで胡乱な目で大公を見る。
「あー駄目だとは言わなかったぞ」
正確にはそれを言われる前に出てきたのだが。
「言わせなかっただけですよね!? 我が儘通す時いつもそれやりますよね閣下!?」
詰る秘書官の声を聞き流して、大公は秘書官が机に置いておいた書類に目を通し執務を始めた。
晩餐会は何事もなく和やかに終わり、美波は宰相を伴って部屋へと下がった。
「どうしよう!? ダギー大公と手合わせなんてマズイよね!? でも晩餐会でもニコニコ笑いながらこっち見てたしさ、絶対期待してる。やっぱ駄目なんて言ったら暴れ始めるんじゃない!?」
美波だけでは今に至るまで打開策が見つからず宰相に泣きついた。困った時は『助けて宰相〜〜!』である。
「断って機嫌を損ねるくらいならば受けてしまいましょう。ただ、仲違いしているように見えるのは問題です。不仲説など流れては他国の付け入る隙になりかねません。きちんと場を整えて正式な試合にしてしまいましょう」
ダギー大公の思いつきで面倒なことになったと美波は顔を顰めた。