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31 初めての外交

 戴冠式の数日後。美波は政府高官らとの会食の場を設けた。

 いつもは会議室として使っている広間を会食用にセッティングしてもらう。

 美波は開始時刻よりも早く広間に入り、参加者を出迎えた。

 広間に入った高官らは『陛下に出迎えていただくなど畏れ多い』と驚きつつ挨拶を交わし、美波に勧められ席に着く。

 全員が集まると美波も席に着いた。

 集まったのは財務部長官のハリス、人事部のニコルス、文部のウェスト、司法部のアトキン。全員50〜60代のおじさんたちである。


 「お集まりいただきありがとうございます。これから私は国王として公務を行なうにあたって、皆さんと一緒に仕事をすることになります。なので今日は親睦を深めようと食事の席を設けました。これからどうぞよろしくお願いします」


 美波は立ち上がって頭を下げた。

 高官らは慌てて頭を上げさせる。


 「国王が簡単に頭を下げてはなりません!」


 最年長のハリスが叱責というより悲鳴に近い声を出す。


 「私が頭を下げたら嫌?」

 「嫌とか、そういう問題では……」

 「私思うんですけどね、いきなりやってきた異世界の若いやつが、国王らしくするために偉そうにするのって違うと思うんです。やっぱり嫌な気持ちになる人もいるだろうから。だから私はあえて『王様』はやりません。必要な時は演じますけどね」

 「……そうですか」


 ハリスは不承不承ながら納得したらしく、なるほどと呟き目を閉じた。他の高官らもそれぞれ何か考えているようだった。



 美波は食事を楽しみつつ長官らと意見を交わす。


 「陛下は戴冠式の場で、領主たちに権力を持たせるという発表をなさいましたよね。確かに権限を委譲すると国内の隅々まで統治が行き届きやすくなるとは思いますが、本当に必要なのでしょうか?」


 法務部長官のアトキンが意を決したように発言した。


 「私が冒険者をやってた時に、南部セレゥにも行ったっていうのはさっき話しましたけど、それって疫病騒ぎがあった時なんです」


 アトキンが目を丸くする。

 美波は冒険者として原因の調査に関わったこと、対応を領主に進言したが、中央の返答待ちで対応が遅かったことを話した。


 「あの時は領主の資質の問題だけだと思ってたけど、絶対的な国王がいるせいで、この国全体の体制がトップダウンに寄りすぎてるんじゃないかと私は感じました」


 どの都市に行っても領主の存在感が薄い気がして、パーティの仲間に聞いてみて確信したと説明する。


 「疫病の時みたいに急を要する何かが起きた時に、領主が対応できるようにしておかないと、取り返しのつかない事態になるかもしれない。だから今まで予算は一旦地方から中央に全部集めて、中央が額と用途を決めて領主に渡してたけど、今後は一部予算は用途を決めずに配分します。法律も領内でのみ適用されるものを『条例』として施行できるようにするつもりです。そしたら万が一、中央の政治が腐敗するようなことがあっても被害が最小限にできる」


 高官らははっとした。神に選ばれた国王を信頼しすぎて、その国王が暴君である(もしくはなってしまう)可能性を考えていなかった。過去に全く例がないわけではなかったにも関わらず。

 美波の『国の安寧を願う思い』と『自分の目で見て考え実行する』姿勢に高官らは心を動かされた。


 「それに国王の仕事を分散させないと過労死しちゃいそうで」


 週休2日は必須です、とキリッとした顔で言う美波に高官らは声を立てて笑った。



 戴冠式から1カ月半。

 もうすぐ美波が即位して初の大舞台、アラミサルの西にある3公国、ネデク・ムク・ダギーとの会談の日がやってくる。

 この3国は元々同じ1つの国であった歴史があること、周囲をアラミサルやゾルバダといった大国に囲まれているため繋がりは強固で、今回の会談も3国の連名でアラミサルに対し会談の申し込みがあった。

 その大舞台に向けて、美波は宰相と執務室で最終確認を行う。


 「貴賓室の準備は完了しています。ドレスも完成しました。晩餐会の食材の手配も完了。各国国王ら要人の対応をする文官の選定も終わっています。警備体制の再編も終わりました」


 宰相が美波の執務机の前で書類を捲りながら報告する。


 「つまり準備は万全ってこと?」

 「全て完了しております」


 美波はふっと息を吐いて、さすが宰相と持ち上げる。実際、美波した準備といえばドレスのデザインを確認してちょっと口出しし、サイズ調整の試着をして、晩餐会のメニューを確認して試食をしたくらいだ。

 今回、アラミサルとしては新国王となって初の会談であるため気合いが入る。宰相のアドバイスもあり、美波は晩餐会のメニューに少し和食も取り入れてもらい、自然と権力の移譲を感じられるように工夫した。




 そして、会談の前日。この日に3国の公主や要人らが、次々と王城に集結する予定となっている。

 美波はドレスに着替えて、公主が乗った馬車が到着すると、出迎えに王城本館の正面入り口に出る。

 馬車の行列が次々と入城し、城の正面の庭を埋め尽くしていく。

 まず最初に到着したのはネデク大公だった。馬車から降りてきたネデク大公は60歳を過ぎたくらいの波打つ金髪が美しい女性だった。

 美波はマリーアントワネットがこのくらいの年齢まで生きていたらこんな感じだったんだろうかと、頭の片隅で考えた。

 しかし着ているドレスはアラミサルとは違った文化を感じさせる、黒をベースに複雑な模様が美しく刺繍されたデザインだ。


 「あら、新しいアラミサル国王は女性なのね。しかも可愛らしいわぁ」

 「初めましてネデク大公。私がアラミサル国王のミナミ・カイベです」


 美波から手を差し出し握手を交わす。


 (この人がネデク大公。彼女は私のことを知らないみたい。戴冠式から1カ月以上は経ってるから、性別とか年齢くらいは知っててもおかしくないけど。西の3国には情報が回ってないのかな……?)


 ネデク大公らの客室への案内は担当の文官に任せ、美波は一旦部屋に戻ろうとするが、宰相からもう少しでムク大公が到着するとのことでそのまま待機する。


 「宰相、西の国ってアラミサルの情報あんまり入らないの?」

 「あの3国は元々閉鎖的というのもありますが、積極的に外交をしなくてもある程度内需で経済が回るので、他国に積極的に関わる姿勢ではないですね」


 隣の国とはいえアラミサルとは文化や政治方針など違う面が多いようだ。


 次に到着したムク大公は白髪に長い髭の老爺であった。人当たりは良いが、話しながら美波を観察するさまは抜け目のなさを感じさせた。


 それから数時間遅れて、最後に到着したのはダギー大公だった。馬車から降り姿を見せたその男は、色素の薄い癖のある金髪にブルーの瞳の美しい容貌をしていた。王城の前にごった返す馬車や人の中から美波を見つけた男は鋭い視線を寄越す。そして優雅な歩みで近づき美波を見下ろした。


 「遠路はるばるようこそ、ダギー大公。国王のミナミ・カイベです」


 握手をしようと手を差し出した美波を彼は鼻で笑う。


 「新しい女王はカーテシーも知らんのか」


 ダギー大公は形の良い唇を歪めて笑う。


 (そういえばアラミサルでは私より身分が上の人がいなかったからカーテシーをしなければならない場面がなかった。そして同じ国王同士なら必要なわけではない。どういう意図? カーテシー見るのが趣味なフェチってわけじゃないよね? もしかして馬鹿にされてる感じ?)


 美波はまぁ見せてもいいかと判断し、スカートを軽く持ち上げ膝を折る。


 「いかがですか? 大公」


 美波は挑戦的に笑い、叩き込まれた完璧なカーテシーを披露した。

 美波は気づいていないが、美波の容姿から東方大陸人だと思い馬鹿にしたダギー大公は面白くなさげに鼻を鳴らし立ち去ろうとする。


 「大公こそ」


 美波はそれを引きとめてニコリと笑う。


 「国王にはお辞儀するの、知らない?」


 握手を拒否されカーテシーを強要された美波は少しイラついていて、つい喧嘩を売ってしまった。

 この世界に来る以前では、嫌な目にあっても笑って流すような一般的な女子だったが、この世界で冒険者になりその気風に当てられた美波は少し気が短くなっていた。

 ダギー大公は眉を寄せ、美波を睨めつけながらも完璧なお辞儀をして見せた。そして不機嫌を全身で表現しながら館内へと入っていく。それをアラミサルの担当文官が慌てて後を追った。文官はとばっちりである。

 ダギー大公の姿が見えなくなってから美波は口を開いた。


 「何あれ?」

 「ダギー公爵家は長い歴史があり、生粋の貴族であることに誇りを持っています。ゆえに平民や異民族を下に見るところがあります」


 背後に控えていた宰相が美波の隣に立ち説明する。


 「それ前もって言っといてよ。ねぇ、この会談大丈夫?」

 「アラミサルとしては現状のまま不戦協定を維持できれば問題ありません。貿易品目を増やすなどの交渉の必要もありませんし」


 つまりこの会談は本当に単なる顔合わせと、各国同士の腹の探り合いに専念すればいい。


 「要するに、舐められなきゃいいんだね」

 「陛下、たまに血の気多いです」


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