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30 国王の間を大掃除

 戴冠式を無事に終えて2日後。式の疲労を癒すため、美波は昨日今日と休みを貰っていた。

 1日の休みで体力の充電が完了した美波は、前から不満に思っていた国王の間をどうにかできないかと考えていた。


 「いくら文化とはいえ、自室が土足なのは許せん!」


 日本人的に自室、特に寝室が土足ではくつろげない。美波の国王になって最初の仕事は、部屋を土足禁止に劇的ビフォーアフターすることとなった。



 土足の部屋を裸足でも歩けるようにするには、なんといっても床を綺麗にしなくては始まらない。


 (さて、掃除用具はどこにあるんだろう?)


 なにせ国王の間がある王城の本館での生活は、まだ2週間程度である。しかもその2週間は戴冠式の準備のため記憶が飛ぶほどに忙しく、王城の各部屋の配置など全く覚えられていない。

 しかし国王となった美波は城内を彷徨うようなことにはならない。

 美波は動きやすい服、つまりいつものシャツとパンツに着替える。そして部屋を出て、国王の間の前に控えていた近衛騎士に話しかける。


 「掃除用具ってどこにあるかな?」

 「そっ掃除用具ですか!? 部屋に何か問題がありましたか? メイドを呼んできましょうか?」


 近衛騎士は突然部屋から出てきた美波に驚きつつ答える。


 「いやいや! 掃除に不備があったとかではなく、ちょっとやりたいことがあって。そういう物置いてる場所分かる?」

 「私が取って来ましょうか?」


 騎士が気を利かせて言ったが、美波は首を振る。


 「ううん、どこに何があるか知っておきたいし一緒に行くよ」


 騎士は萎縮しつつも美波を先導して歩き出した。

 国王の間の隣の配偶者用の部屋を通り過ぎ、会議でよく使われる広間や、礼拝堂の前も通り西階段を降りる。調理室の前を通りランドリールームの隣の部屋に入る。

 そこはまさしく物置きといった部屋で、洗剤やモップ、ホウキや布巾などが整頓され置いてあった。


 「陛下をこんなところに連れてきたと知られたら絶対隊長に怒られる……」


 騎士は近衛隊長に怒られる自分を想像し震えている。


 「2人とも誰にも言わなきゃバレないよ。それより頑固な汚れとかを落とす洗剤ってどれかな?」


 部屋には数種類の洗剤が置いてあり、食器洗い用や洗濯用、ハンドソープも含まれていそうだった。


 「実家で台所の油汚れに、この洗剤を使っていた気がします」


 騎士が棚から緑の容器を手に取る。


 「このサイズだと床一面に使うには足りないな。大きいのないかな」

 「床一面!? 陛下、一体何を」


 騎士は驚き、棚の方に見ていた目を美波へ向ける。美波は故郷と同じように室内では靴を脱いで歩けるようにしたいと話す。


 「なるほど。確かに陛下の洗浄魔法でも積み重なった汚れは落としきれませんからね。でしたら、この洗剤の一斗缶を探しましょう。王城だと洗剤なんかの大量に使うものは一斗缶で購入していますから」


 棚の下部に大量に置かれていた一斗缶を2人で1つずつ確認し目当ての物を探す。


 「あった! これだよね?」


 美波が棚の奥の方から引っ張り出し騎士に見せる。


 「それです!」


 宝探しに成功した顔で2人はニッと笑う。


 「あと仕上げ用のワックスも欲しいんだけど……」


 美波がキョロキョロと辺りを探す。


 「それならさっき見ました!」


 騎士が探していた方の棚からワックスと書かれた一斗缶を出す。


 「あとはブラシとモップとバケツを持っていこう」


 騎士が一斗缶2つを持ち、美波はバケツやブラシを持って自室に戻った。




 「それで何から始めたらいいんでしょうか?」


 美波の部屋の洗剤とワックスの一斗缶を置いた騎士が自然と手順を確認する。


 「手伝ってくれるの?」


 美波は驚き騎士を見ると、彼は当然だと言うような顔をしている。


 「それはすごく助かる。じゃあまずは家具を廊下に出そう」


 床に洗剤を撒きあとでワックスをかけるためには家具を移動させておかねばならない。


 「それ最初から1人じゃできなかったんじゃ……」


 騎士の呟きを美波は華麗にスルーして、まずは椅子などの1人で運べるものから外に出していく。

 机や書棚は2人でどっこいしょと持ち上げて廊下に出した。美波も騎士も身体強化を使えるため、おおよそ2人では持ち上がらないような大きな棚も運んでしまえる。

 家具を全て運び出すと国王の間の前の廊下一帯が家具で埋め尽くされた。

 次に美波は一斗缶を持ち上げて、リビングと寝室に洗剤を撒いていく。もう1つある衣装部屋は土足でも構わないかと思いそのままにする。

 美波と騎士は靴と靴下を脱ぎそれを廊下に置いて、美波はブラシ、騎士はモップを手に持ちひたすら床を磨く作業に入った。


 「なんだろう。この地味な作業、なにかを思い出すような気がします」

 「騎士団の訓練かなぁ。掃除の訓練はなかったけど」


 2人とも床に視線を落としながら会話する。


 「陛下は騎士団の訓練をご存じなのですか?」

 「新兵訓練の3カ月だけね。しかも宰相が私を1班に入れやがって」


 その件に関して美波は宰相を許しているが、根には持っている。


 「それは……エゲツないですね。1班は近衛兵と特別隊への所属希望者が集まる班ですからめちゃくちゃ訓練ハードで、内容に男女差もないですし」


 思わず騎士は床から顔を上げて美波に同情的な視線を向ける。


 「そっか、近衛の人たちは皆あの訓練を潜り抜けて、しかもずっと厳しい鍛錬を重ねてるんだよねぇ。すごいなぁ尊敬する。ってことは皆先輩になるのかな? 先輩に部屋の掃除手伝わせてしまってすみません」

 「へっ陛下!? やめてください恐れ多い!!」


 掃除する手を止めず、へへっと笑う美波に騎士が狼狽える。


 「そんなに敬われるほど私、別に偉くもなんともないんだけど」


 王城に戻ってきてから様々な人に『国王』として扱われることへの本音が思わず溢れた。


 「でも私には、疫病の拡大を食い止めたり、新しい法案の提案をしたり、それに戴冠式や舞踏会という大舞台で主役として大勢の前に立つなんて絶対出来ません。私は陛下のあの姿を見て、お考えを聞いて、胸が震えました」


 騎士は手を止め、真摯な目で美波を見つめる。美波もその真剣な声色に引かれて手を止めて騎士を見る。そしてジワジワと気持ちが高揚する。

 美波の国王としての覚悟は確かに届いていたのだ。


 「えっ冒険者やってたことバレてんの……?いやそれはいいけど」


 騎士の言葉に少し瞠目してそれから花が綻ぶように笑った。


 「皆が期待してくれてるなら応えたいね」




 満足するまで床を擦った後、綺麗に洗ったモップと雑巾で洗剤を拭き取っていく。

 すると開け放していた扉のところから声が聞こえた。


 「これは一体何が起きている……?」


 国王の間の前を通りがかったフォスターが家具に阻まれて立ち尽くしていた。


 「あっ教官! じゃなかったフォスター師団長、お疲れ様です」


 美波はつい訓練兵気分で挨拶してしまう。


 「カイベ、いや失礼しました陛下。これは一体何をしていらっしゃるのですか?」


 フォスターは裸足でもモップを持つ美波たちを扉の外からうかがう。

 美波は自室の土足厳禁計画を話した。


 「それはメイドに頼むべきでは……?」

 「師団長も貴族出身だから人を使うことに慣れてますよね。私はやっぱ自分で出来ることは自分でやっちゃうなー。って言いながら手伝ってもらっちゃったけど」


 苦笑しながら騎士の方を見ると、彼は床に手をついて全力で雑巾がけしている。


 「私も何か手伝います」

 「師団長、用事があったのでは!? 悪いからいいよ!」


 美波の言葉は聞かず、フォスターは騎士団の上着を脱ぎ、裸足になってズボンの裾を捲る。


 「雑巾がけすればいいですか?」

 「えっと、うん。じゃあお願い」


 その言葉に頷き、濡らしてしっかり水分を絞った雑巾で水拭きしていく。


 「あれ? 意外とサマになってますね?」

 「騎士団では掃除は新人の仕事ですから。私も先輩に厳しく仕込まれました」


 フォスターのどことなく美しささえ感じる動きに、美波はつい目で追いながら『やっぱり騎士団は大変だ』とひとりごちた。




 「よし! 大体いいんじゃない? 仕上げのクリーン魔法使う前に足を綺麗にしちゃおう」


 美波と騎士は水拭き前に雑巾で足裏を拭いたものの、また汚れてしまっている。この足で室内を歩いてしまっては、せっかく綺麗にしたのに意味がない。


 「では私とこいつは一旦寮の風呂に行ってきます」


 クリーン魔法は美波が編み出した魔法で他の人は使えない。国王にそれを頼むわけにもいかないので一旦下がろうとする2人を美波は引き止める。


 「部屋は洗えないけど、足ならお風呂で洗った方がスッキリするもんね。この部屋にもお風呂あるから使ってよ」


 ここは国王の間。そこについているのは国王専用の浴室である。


 「いやいやいや! 入れません!」

 「そのようなわけにはまいりません」


 2人は全力で辞退する。国王の浴室を使ったなどと知られたら変な噂になりかねない。

 しかし美波はそのことに全く気がついていない。2人の背を押して浴室に押し込む。

 国王専用の浴室はちょっとした銭湯くらいの広さがあるため3人で入っても狭さを感じない。

 美波はズボンが濡れないように裾を膝上まで捲り上げる。この状況をどうするべきかと立ちすくんでいた騎士とフォスターは、露わになった美波の白い脚にどきりとして慌てて視線を逸らした。

 美波はシャワーで軽く足を濡らしボディーソープで足を丁寧に洗う。

 騎士とフォスターは諦めて、さっさと洗いさっさと出ようと、目線を交わし無言で意思疎通した。


 「うわっ!」


 片足を上げて汚れを落としていた美波が足を滑らせた。


 「危ないっ」


 とっさに隣にいたフォスターが抱きとめる。普段は身長差がある2人の顔が、お互いの息遣いが聞こえるほどに近づく。


 「あっ危なかったー。ありがと」

 「いえ……お怪我がなくてなにより」


 2人はゆっくりと体を離す。


 早鐘を打つ心臓を落ち着かせながら、フォスターは腕の中に抱いて初めて、美波が普通の、もっといえば普通より小柄な女性だったのだと気づいた。




 浴室から出た美波は2部屋の全面に洗浄魔法をかけ、表面に残っている汚れや洗剤を除去して殺菌もしておく。


 「洗浄魔法はどういうイメージで行使しているのですか?」


 (出た! 教官の質問タイム!)


 「魔法を界面活性剤、洗剤の元みたいなものをイメージして、そこに汚れをくっつける感覚で使っています。ついでに、殺菌のためにもう一度魔法を重ねがけしています」

 「殺菌とは?」


 フォスターもすっかり教官時代に戻っている。


 「殺菌は菌という目に見えない病気の元みたいなのを殺すことです。殺菌するには加熱や次亜塩素酸という物質を使ってもいいのですがそれは難しいので、紫外線という太陽光の一種を外の光から取り込み魔法で増幅、調整して使っています」


 簡単に使っているようで、美波は自分なりに考えて魔法を行使している。


 「なるほど。洗剤はまだイメージしやすいが、紫外線というのはなかなか理解が難しい」

 「定期的に布団を外に干すとカビにくいことから考えるとイメージしやすいかもしれません」

 「あぁ少しわかりやすい。さすが陛下ですね。以前にも思いましたが物事の理解が深い」


 元教官のフォスターに手放しで褒められ、美波は舞い上がってしまいそうな気持ちを抑える。


 「じゃあ仕上げにワックスをかけて終わらせよう!」




 『終わった!!!』 


 3人で手分けしてワックスを塗り、乾いたことを確認して家具を再び部屋に戻しようやく全ての作業が終了した。


 「床すっごい綺麗になった! 2人とも本当にありがとうございました!」


 美波がガバッと頭を下げる。


 「お役に立てて何よりです!」

 「陛下がこれで快適に過ごせるならば」


 2人は一礼して美波の前を辞した。


 (今度2人は何かお礼しないと。あと今度の休みにはどこかでスリッパ買ってこよう)


 美波は大満足で裸足のままソファーに寝転び本を読み出す。

 数時間後、事情を知らない宰相が部屋を訪れ、土足のまま室内を数歩歩き、キレた美波によって床を拭かされることになった。


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