29 戴冠式
王城に戻ってからの2週間は瞬く間に過ぎていった。
「ミナミさまおはようございます! 今日はお天気も良く絶好の戴冠式日和ですね!」
ケリーが美波を起こしに国王の間の寝室へと入る。
「戴冠式も舞踏会も室内だけどね」
2人して笑い合う。
朝食をとってお茶を飲んでいると、ケリーや侍女たちが今日着るドレスや身につける装飾品を運んできた。
「さぁ、ドレスにお着替えくださいな」
オフショルダーの純白のドレスには宝石が縫いつけられ、裾から腰まで花や蔓の模様が細かく刺繍された素晴らしい衣装だ。
美波はケリーに説明しながらシニヨンヘアを作ってもらい、侍女たちの手を借りてドレスを着る。そして値段を考えると恐ろしいようなダイヤやパールで作られたネックレスをつけ、耳は大粒のサファイアが彩る。
『とっても素敵です! お綺麗です!』
侍女らが次々と褒め称える。
「さぁ、そろそろ開演時間かな『この世は舞台。人はみな役者だ』」
今度は主役の、美波一世一代の大舞台が始まる。
私室を出て、近衛兵を伴って礼拝堂へ向かう。
「緊張されてますか?」
「まぁそりゃね。元々人前が得意ってわけでも注目を浴びて快感を得るタイプでもないので」
場を和ませながら美波も肩の力を抜く。
(今日だけはただの海部美波ではいられない。人の上に立つにふさわしいと思わせる姿を見せないと。それが国王だ)
美波は礼拝堂の大扉の前に立つ。参列者は全員中に入っており、扉の外からでもざわめきが聞こえる。
「新国王陛下の入場です!!」
近衛兵が左右の扉を押し開けた。
正面には召喚された日に見た美しい絵画が見える。左右には1メートルほど高くなった席に座っていた貴族たちが一斉に美波の方を向く。
驚き、尊敬、崇拝、幻滅……。さまざまな視線を受けながら美波は余裕の笑みで返す。左右を一瞥してあとは一切視線を向けず正面にいる教皇を見た。
視線を全身に受けて一歩ずつ進む。美波が歩くと手前に座る貴族から順に立ち上がる。美波は真っ赤なマントを翻しながら、美しく見えるよう頭の先から爪先まで神経を通わせる。そして教皇の隣まで歩き右を向き、教皇と対面する。
「この日をもって、神より選ばれし者が神の名の下にアラミサル王国の栄光を引き継ぐ」
宰相によって運ばれた王冠が教皇の手に渡り、今美波の頭上に輝いた。
「国王陛下からの御言葉である」
宰相が宣言する。
「地方領主も土地を持たぬ貴族も王城や領主に仕えるものも、みな国民に仕える僕である。それは国王である私も同じだ。みな国にとって最も良いと思うことを自ら考え行動してほしい」
貴族たちに衝撃が走った。美波は国王の神格化を否定し下僕だと言い切った。
そして地方領主への分権を示唆した。
美波はセレゥでの疫病対応を見てから、地方分権が必要なのではと考えていた。そうして地方で起こった問題はその土地の領主に解決させることで効率的に統治する。中央は領主が正しく統治しているかを監視する政治体制へ変える。
しかし地方に力を持たせるということは、国王への不信感が高まった場合反乱へと繋がる危険がある。
美波は難しい舵取りを迫られる道を歩み始めた。
「ミナミさま! いえ陛下。どうしてあのような発言をされたのですか!?」
戴冠式を終え部屋に戻った途端、宰相に詰め寄られた。
「絶対言われると思ってた。私が何をしようと思ってるのかはここに書いておいたから、貴族たちに説明しておいて」
美波は机の上に置いてあった文書を手渡した。そこには美波の考えがまとめてあった。
宰相は瞬時に目を通し、なるほどと呟く。
「しかし前例のないことです。上手くいくかどうか……」
「確かに失敗したらと思うと怖い。でも成功すれば真に国民の求める政治ができる。まぁ試しにやってみよう。上手くいかなかったらやめる」
「そっ……! 無茶苦茶な……」
宰相は遠い目をした。
少しの休憩を挟み、夕方からは舞踏会へ向かう準備を始める。
シニヨンから編んだ髪を下ろして飾りをつける。ドレスも着替える。
「ドレスの色も迷ったけど。うん、やっぱりこれが1番いいね」
「陛下の威厳が感じられ、みな視線を奪われますわ」
「顔に威厳ないからね。衣装で補強しないと」
美波はケリーと全身鏡で衣装を確認しながら苦笑いした。
舞踏会会場へも近衛兵と共に向かう。その中にはジャックもいた。
美波が現れた瞬間、近衛兵たちは一瞬動きを止め、美波の姿に見入った。
「あれ? みんな似合うって言ってくれたんだけど微妙?」
「いや……なんというか。ドレスの形も斬新だけど、そんな色のドレスって見たことなくて驚いた。なんか国王っぽいな」
「それならイメージ戦略大成功。色彩効果を考えて選んだからね」
舞踏会の会場へと歩きながらジャックの評価を聞く。
「ジャック! お前陛下になんて口の利き方を……!」
不敬だぞと先輩騎士が怒鳴る。
「失礼いたしました、陛下」
ジャックが40度に腰を折る。
「うむ、皆のもの。くるしゅうないぞ」
時代がかった意味の通らないセリフに騎士たちは肩を震わせて笑いを堪えた。
豪華なシャンデリアが輝く大広間。貴族たちは全員会場に入り顔見知りと挨拶を交わしつつ、新しい国王に関する話題でもちきりである。
「新しい国王陛下は大丈夫なのか」
「まだ20歳そこそこじゃない?」
「宰相から説明があったが、地方にも権力を持たせるなんてこの国はどうなるんだ」
「異世界から来た方らしいけれど、どんなお人柄なんでしょう」
「新しい国王陛下はなかなか大胆なようだね」
「可愛らしい感じの方でしたわね」
「国王陛下のイメージとは少し違っていましたわね」
「恋人いるのかな? いないなら俺が立候補しちゃおうかな〜」
喧騒を切り裂いて近衛騎士の声が響く。
「国王陛下のご入場です!!」
王族専用の2階扉が開き、美波が姿を表す。
貴族たちはその姿に息を呑んだ。
大胆なノースリーブドレス。色は黒。
圧倒的な存在感で会場を呑み込む。
大量に縫い付けられた小粒のダイヤが、美波が歩くたびにきらめく。
美波は2階から貴族たちを、戴冠式とは違いニコリともせず睥睨する。
異世界に召喚され、孤独に叩き落とされ、周囲の勝手な期待を背負わされ、国王の重責に対して真正面で向き合った。だからこその存在感だった。
この方が国王陛下だ。この会場にいる全ての者にそう思わせた。
美波は1段ずつ階段を降りる。
貴族たちは一人また一人と腰を折った。
美波が階段を降り切ると顔を上げているものは誰もいなかった。
「みな面を上げよ」
宰相の静かな声が響く。
「今宵は月も星も綺麗ですね。私はこの世界に来るまでこんなに綺麗な夜空は見たことがなかった。この世界に来たばかりの頃は人も建物も見慣れない物ばかりでしたが、今では全て愛おしい。今宵は皆さんとこの舞踏会を楽しみたいと思います」
美波はうっすら微笑んで開会の挨拶を終えた。会場は拍手に包まれる。そして人々は国王の次の行動に注目した。
国王主催の舞踏会は王族のダンスから始まるのが慣例である。未婚の国王が誰と踊るのか全員が関心を寄せていた。
「今夜は私がこの世界に来てお世話になった人たちと踊ります」
音楽が始まる。美波は隣にいた宰相の手を取って大広間の真ん中へと進み出る。
2人は向かい合って礼をして手を取り合う。
美波のダンスは会場を釘づけにした。恋人候補が見られるかもしれないという期待は霧散させて。
「陛下はダンスがお上手ですね」
宰相が周囲には聞こえない音量で喋る。
「小学校の…6歳から12歳までバレエというダンスをやっていたので。宰相はなんでもソツなくこなしますね」
「ダンスは苦手で死ぬほど練習しました」
「あら、意外」
1曲目が終わり、次は護衛のために近くに立っていたジャックを中央へ引っ張ってくる。
「こんな場で踊らせるなんでひどい拷問だな!?」
小声で非難する声を美波は聞き流して踊り始める。
「新兵訓練の時、ダンスも一緒に練習したよね」
「あぁ、基礎教養にダンスはいらないだろと思ってたが、今日のためだったか」
2曲目も終わり次はロビンを引っ張ってくる。
「陛下、とってもお綺麗です」
「ふふっありがと。舞踏会用のドレスは2週間前から作り始めてもらったから無理させちゃた。この生地、魔物素材なんだよ」
「聞いたよ。冒険者やってたんだって? らしいチョイスだね。黒なのに重苦しくなくて、むしろ軽やかだ」
ロビンとも小声の会話を楽しんで3曲目を終えた。ナイジェルやアンは別任務でこの場にいないため別の人物を探す。
「ハワード公爵、1曲お相手いただけますか?」
「ワシか……? えぇ喜んで」
南部領主のエドワード・ハワードと踊り始める。
「あなたは疫病が流行ったとき領城に来た方だな?」
「はい。『時の気』が早く収まってよかったです」
「あなたのおかげで被害は最小限に留まった。感謝申し上げます」
曲が終わるとハワードは膝をついて頭を下げた。貴族たちはその光景にざわめいた。
「いいえ、動くと決めてからの公爵の行動はさすがでした。それに私からも感謝を。あなたには政治について考えるきっかけをもらいました」
感謝を示して美波も頭を下げた。
次にダンスに誘ったのは護衛依頼で仲良くなったマーガレットだ。この国でも18歳が成人年齢のため参加していた。
「ミナミ、女性同士でどう踊るのかしら?」
「友人の練習に付き合ってたら男性パートも踊れるようになったんだ。お嬢様、お手をどうぞ」
クスクスと笑い合って2人は舞い踊る。マーガレットのあとは男爵やマークとヘレンとも踊った。
(さすがに疲れてきた。最後は……)
人波の中から1人を見つける。
「ルーク」
彼を見つけて手招きする。ルークは眉間にシワを寄せつつ歩み出た。
「こんな大舞台に出るような依頼は受けてねぇぞ」
「じゃあ今依頼する。でもカサブランカ劇場よりは観客少ないよ?」
阿吽の呼吸でステップを踏み始める。
「Aランカーへの指名依頼は高けぇぞ」
「お金は出せない。国民の血税だからね」
「俺をアゴで使うなんて偉くなったもんだな」
「国王様だからね」
ルークの黒の礼服と美波のドレスは揃いであつらえたかのように、並ぶと収まりがよかった。
2人のダンスは通常のワルツとは少し違った演劇用の振り付けで会場をロマンチックに彩り、後世まで語られる一幕となった。
宰相に紹介され、王城の高官や地方領主らと挨拶を交わしたのち、美波は舞踏会を中座した。宴会では早く上司が退散した方が部下は羽を伸ばせるものである。
会場を出て、近衛らと渡り廊下を歩く。
美波はふと中庭に咲く花壇の花に目が止まり立ち止まった。
日本でもポピュラーな花に似ていたからだ。
その花はしっかり根を生やし美しく咲き誇っている。
美波はそれをしばらく眺め、また歩き出した。




