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25 永遠の別れ

 ルークとその両親をドローイングルームに残してきた美波は、やることもないので広い庭を散策することにする。季節は8月。夏の盛りに緑が青々と生い茂る。花壇には蜜が吸えそうな赤い花や毛のついた針金みたいな花、白い花びらが攻撃的な形をしている花などさまざまな種類の花々が咲き誇り美波の目を楽しませた。気温はそれなりに高いものの吹き抜ける爽やかな風が体感温度を下げる。



 すると、ふと花壇を眺める美波の視界に人影がよぎった。花壇から目を離し人影を探すと、庭の端に白いワンピースを着た10歳くらいの銀髪に金色の瞳の美少女が佇んでいる。少女はゆっくりと美波に近づいてくる。

 音もなくニコリともせず滑るように近づいてくる少女に美波は少し怖くなった。少女は美波のすぐ正面まで近づく。少女はずっと正面を向いているせいで、身長差によってもう美波から顔は見えない。少女はすっと手を上げて美波のボトムスのポケットに触れ、また音もなく美波の脇を通り歩き去る。一瞬呆けていた美波が振り返るとそこにはもう少女はいなかった。


 すると静寂を切り裂くように突然音が鳴り響く。音はポケットの少女が触れた方から聞こえている。美波はポケットを探った。


 (スマホ!!??)


 昨日宿でスマホを使い本を読んでいた美波は、片付けるのが面倒で脱ぎ散らかしていた服のポケットにスマホを入れていた。

 慌ててスマホを取り出すと画面には「母」と表示されていた。


 (お母さんから電話!?)


 すぐさま通話ボタンをタップする。


 「美波!? 美波なの!?」


 電話の向こうで叫ぶ母の声がする。


 「お母さん!!」


 もう2度と会えないと思っていた母の声に涙があふれる。


 「美波! どこにいるの!? 無事なの!?」

 「うん無事だよ! あのね私、知らない世界に来ちゃったの」


 泣きながら必死に声を絞り出し、異世界に召喚されてしまったこと、この世界で国王をやらなければならないこと、多分帰れないこと、偶然繋がった電話もいつ切れるか分からないことを伝えた。


 「帰れないの!? ……どうしてっ!!」


 泣き崩れる母に美波も泣くばかりで答えられない。


 「美波?」

 「お父さん!!」

 「お母さんの隣で美波の話は聞いていた。病気はしてないか? つらいことはないか?」


 泣いたところなど見たことのない父も声を振るわせ電話の向こうで泣いているようだった。


 「元気。ここに来てまだ風邪も引いてない。分かんないことだらけでしんどいこともあったけど、今は楽しくしてる。そうだ、こっちの世界では魔法が使えるの! それでね、冒険者っていう仕事もしてみて、国中を回って魔物を魔法で倒したり、ちょっと学校にも通ったし、演劇にも出たよ。楽しかった。友達もできたよ」

 「すごいな。マンガみたいだ」


 泣いていた父が少し笑う。美波もつられて少し笑う。


 「ふふっ、うん。私ね、もうすぐアラミサル国王になるんだよ? 国王って言っても現代みたいに象徴として外交したりするだけじゃなくって、総理大臣みたいに政治もしなくちゃいけないんだよ」

 「そうか。すごく大変だろう。国民を背負うんだから生半可なことじゃない。でも自分なりに一生懸命やるしかない。頑張れ美波」


 父の叱咤激励にうんうんと頷きながら答える。


 「美波、魔物と戦うなんて危ないんじゃないの?」


 電話が父から母へ返される。


 「大丈夫だって。山で猟銃持って鹿とか狩るようなものだよ」


 美波は母を安心させるために少し嘘をついた。冒険者の死亡率は他の職種に比べるとやはり高い。しかし膨大な魔力とそれをコントロールする能力がある美波には大体の魔物が鹿程度だとも言える。


 「でも……」

 「大丈夫だから。お母さんたちはどう?」

 「元気よ。いとこのマルちゃんのとこに子供が産まれたのよ。それから__で____あって__」

 「なに? 聞こえない!」


 通話に雑音が混ざり始める。


 「お母さん! 電話もうダメかも!」

 「美波!! 愛し_病気しな___」

 「お母さん! お父さん! 元気でね!!」


 そして通話は遮断され何も聞こえなくなった。


 「お母さん……お父さん……!! うぅぅふっ……ぁぁぁっ!!」


 美波はうずくまりただただ泣いた。悲しさと寂しさで次から次へと涙が出てとまらない。美波はしばらくその場で動けずにいた。




 「ミナミ? おい、どうした!?」


 出ていったきり戻らない美波を探していたルークが、うずくまる美波を発見する。

 泣きじゃくる美波は首を振るばかりで答えない。


 「どっか痛むのか?」


 首を振る。


 「じゃあ嫌なことでもあったか?」


 フルフルと否定する。

 弱りきったルークはどうしようもなく、美波の背中をさすって宥める。

 その手が優しくて、美波はルークの服を掴み胸元に顔を寄せてまた泣いた。



 そうしているうちに十数分が過ぎ、ようやく美波の涙が収まり話ができる状態となった。

 美波は掴んでいたルークのシャツを離しシワを広げる、2人は並んで座り込む。

 美波はスマホで両親と会話できたと伝えた。


 「今までずっと繋がらなかったし、繋がるはずもないんだけど……」


 美波は不思議に思い理由を考える。


 「そういえば……幽霊的なものを見たかもしれない」

 「幽霊?」


 美波の呟くような声にルークが片眉を器用に上げて反応する。


 「それって10歳くらいの銀髪の女の子か……?」


 美波はハッとして振り向く。


 「そうその子! 知ってるってことはこの屋敷の子か。なーんだ」

 「マジかよ……。ほんとにいんのか」


 安心して笑う美波とは対照的にルークは呆然としている。


 「え? なに? どした?」


 ルークの顔を見て美波の笑顔も引きつる。


 「シャーウッド伯爵家がここに屋敷を構えた300年前からたびたび目撃される、幽霊だ」


 美波の顔がサーっと青ざめる。


 「まままままマジ?」

 「あぁ。その子を見た人間は出世するとかその時最も願っていることが叶うとか言われてる」


 ルークは美波の顔色の悪さに大丈夫だろうかと心配する。


 「な〜に〜そ〜れ〜。ひぃぃぃ怖いーー! 怖いけどありがたいーー!! けどさ、私出世するとか言われても出世決まってんだけど! 次期国王よ!? あっでも願いは叶えてくれた」

 「家族と話すことか?」

 「うん。ルークとルークの両親を見てたら、やっぱり家族が無性に恋しくなって。はーー! なんで神様は親も一緒に連れてきてくれなかったんだろ!」


 後ろに手をついて空を見上げる。空はオレンジ色に染まりもうすぐ日暮れだ。


 「うーん、親は向こうでやるべきことがあったんじゃないか? 神様がそう判断して連れてこなかった、とか」


 ルークは夕陽に染まる美波の横顔を眺めて言う。


 「そっか、それじゃしょうがないね」

 美波は見る者全ての心を掴むような綺麗な笑顔だった。


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