23 決して良い雰囲気にはならない
人命救助の結果、濡れ鼠になったルークと美波は、彼おすすめの宿屋へと向かう。
なにがおすすめなのかと美波が問うと、部屋に風呂があって飯が美味いと答えた。
美波は確かに今すぐ風呂が必要だもんねと納得してルークについて行く。
素朴な印象の木造3階建ての店に入ると、優しそうな老爺がびしょ濡れのルークに驚きつつも笑顔で出迎えた。
「いらっしゃい。泊まりかい?」
この店も1階は食堂、2、3階が客室となっているらしい。
「シングル2部屋空いてるか?」
ルークの言葉に老爺は眉を下げて困り顔になる。
「今は夏休みシーズンだからツインルーム1部屋しか空いてないんだよ」
今の暦は8月。美波たちはすっかり失念していたが、アラミサルでは8月に1週間から人によっては3週間ほど夏休みを取る。観光地であるカムデンは今の時期どの宿屋も満室だろうと思われた。
「どうしたもんかな」
他の宿もあたってみるかと店を出ようとするルークを引き留めて美波は老爺に声をかけた。
「ツインルーム、1泊で」
「おいミナミっ」
珍しく動揺するルークを差し置いて、美波は料金を払い、老爺から部屋の鍵を受け取り階段を上げっていく。
美波はささっと3階へ上がり、中程にある扉の鍵を開けた。
「おぉーいい感じ。思ったより広いかも」
美波は内装や設えを確認しながら部屋に入った。すぐに追いかけてきたルークも部屋に入る。
「お前なぁ。恋人でもない男と同じ部屋に泊まるって何考えてんだ」
髪をワシャワシャとかき乱しながらルークが睨む。
「1日だけだし我慢して! それより早くお風呂入ったら? 風邪引くよ」
美波は勝手に窓側のベッドを使うことに決めて荷物を床に放って布団にダイブする。
「んなこと言ってんじゃねぇの分かってんだろ。はぁー、もういい風呂入る」
ルークはベッドサイドに荷物を置き、着替えを持って浴室へ向かった。
入浴を終えたルークが髪をタオルで拭きながら浴室から出てくる。
ルークがいない間に、ゆったりとしたトップスとワイドシルエットのパンツに着替えた美波はベッドにうつ伏せで寝転びながらスマホを見ていた。
「何してんだ?」
ルークが近づき、美波が見ているスマホを上から覗き込む。
「スマホで日本にいた頃にダウンロードしてた本読んでたの」
ルークに見せながらスマホとは何かを説明する。今まで一緒に旅をしてきたが、美波は宿の自室でしかスマホを出さなかったためルークは初見である。
「ざっくり言うと、インターネットっていう謎空間に接続して、そこにある世界中の本や情報が見られるもの、かな。あと遠く離れた人とも喋れる」
インターネットとは何かとか、なぜかこの世界に来てから充電が切れない魔法道具になっていることなどは説明しない。
「説明されてもいまいちピンと来ねぇ」
ルークはスマホが何でできているのか、どういう原理で本が読めるのか、なぜ遠くの人と会話ができるのか、やってみてくれと探究心のままに質問するが美波に答えられるはずもなく、ルークは不満気な顔をした。
彼はベッドに腰掛け、スマホを見る美波を観察する。
「それで本が読めるのか?」
「うん。今読んでる本はすごく文章量が多いから、いつか読もう、でも読まないだろうなと思いつつこの中に入れておいたんだけど、セレゥで外に出られなかった時とか、暇な時に読み進めてる」
美波は寝返りを打ってルークの方を向く。
「どんな内容だ?」
ルークの顔をよく見れば、若干目が輝いていた。親しい人間にしか分からない程度だが。もっとも、親しくない人間にはそんな表情を見せもしないが。そして意外にも、家を飛び出して冒険者になるくらいには好奇心がある。
「人類がどのように発展して、なぜここまで繁栄したのかっていう話。人間は虚構を信じられるから、神話だけじゃなくて国家や法制度も生み出せるんだって。私がやる王様っていうのも、皆が王様って呼ぶから王様なだけで、王様って生物がいるわけじゃないもんね。面白いよね。それにこの本読んでさ、元の世界とココと、人類の歴史のどこが一緒でどこが違うんだろう。どんな未来を辿るんだろうって考えるわけ」
「そんなこと考えて面白いのか?」
「おもしろ……どうだろ? じゃあUNOやr」
「やらない」
食い気味に拒否したルークに美波は口をとがらせてふてくされた。
「そういえば、ルークは実家に帰ったりしないの?」
美波はせっかくの同室だから普段聞けないことを聞いてみることにした。
「……帰りづれぇ」
ルークが思い切り顔をしかめる。
「シャーウッド伯爵領ってそんな辺鄙なとこにあったっけ? あれ? このカムデンの近くじゃなかった?」
美波が宰相の詰め込み教育の成果を披露する。
「無駄に記憶力を発揮すんな」
あなたのお兄さんのおかげでね、とからかう調子で言うとしかめっ面をさらに歪ませた。
「じゃあついでに実家帰ったら? 会える時に会っといた方がいいよ」
実際に会えなくなった人間の言葉は非常に重い。
「それ言われると行きたくないとは言えねぇー……。すげぇ子供な気がしてくる」
「じゃあ決定!」
2人は翌日、ルークの実家へ向かうことにした。




