22 観光してから帰ろう
王都へ戻る道すがら観光がしたいと美波が言い出し、2人は観光地を巡りながら王都を目指すことになった。どこへ行くかはルークに一任されている。
そして2人は、カムリバーグから乗合馬車で南へ1日のところにあるトワイニーという場所にやってきた。
馬車を降りて目的地へと向かうルークに美波もついて行く。
「そろそろどこ行くのか教えてくれないの?」
美波はここに至るまで目的地を教えてもらっていなかった。
「もう着く。……ここだ。アラミサル大聖堂」
周囲の建物より一等高く、石造りのそれは荘厳さがある。
ルークに導かれるまま美波は中へ踏み行った。
柱が立ち並び、柱と柱を繋ぐアーチが特徴的で明るい雰囲気でありながら神聖な雰囲気である。
「教会……この世界に来て初めて見た。王城の礼拝堂は知ってるけど」
「この大聖堂は建国当初に作られた国内で一番古い教会だ。お前には見せておいた方がいいだろうと思って。お前はここにいる神に喚ばれたんだ」
ルークが教会の最奥の壁を見ながら静かに言う。
「ここって……ほんとにここにいるの?」
「そうだ」
いると言われても何も感じない。だがこの世界には本当に神がいて美波はそれに喚ばれた。
「この世界の神様って一体何?」
「初代国王のチャールズ・スペンサーが火山が噴火し荒れ狂っていた川を鎮めるのに神が手助けしたと言われている。そして初代国王が崩御した後の2代目以降の国王は全員神に選ばれている」
「直接干渉してるんだ。実体がありそうなのに、やってることは超常のことだよね」
美波は大聖堂の隅々まで目を凝らす。しかし何かが見えるということはなかった。
(私はあなたに喚ばれて来ました海部美波です。ご存じでしょうか。ご存じですよね? 私は1カ月後に国王になります。ご期待に添えるかはわかりませんが精一杯やります)
見えない神に向かって心の中で挨拶をする。目に見えない何かに対してでも宣言することで、美波は国王になる決意を固めた。
トワイニーから東へ乗合馬車で半日。次はカムデンという街にやってきた。
「うわぁすごい……!」
馬車を降りた美波は目前に広がる運河が作る美しい景色に見惚れた。
「ここは国内で人気の観光地の一つだ」
運河はたくさんの船が行き交い、船上で商品を売る者、それを買う者、観光でそれを見る者でごった返している。運河の上に建てられた住居や店はどれもカラフルで景観をより華やかにしている。
美波はここまで来て小舟に乗ることを渋っているルークを引きずって乗り込む。
花を売る舟が通り過ぎ、果物を売る舟を呼び止める。
美波はオレンジを2つ買い、ルークに1つ渡す。
美波はそれを雑に手で剥き、ルークはナイフを使って皮を剥く。
「手ぇベタベタになってんじゃねぇか」
「魔法で洗うから。ほら」
美波は舟の外に手を出して上から魔法で水を出して洗う。
「雑すぎんだろ」
あまりのいい加減さにルークは若干引いた。
美波がオレンジを咀嚼しながら、品物が並ぶ舟を物色していると、突然どこからか衝撃音が響いた。
「きゃあ!!」
「おい大丈夫か!?」
「やばい1人落ちたぞ!!!」
美波たちが前方を見ると、舟同士がすれ違う時に接触事故が起き人が転落したらしいと分かった。
「浮いてこない。溺れてない!?」
飛び出そうとする美波を腕を掴んで引き留め、ルークが川に飛び込む。
ルークは事故が起きた舟の近くまで泳いで行き、要救助者を捜索するために川底へ潜った。
美波もルークを助けるために舟を接近させる。
1分もせずルークが意識のない男性とともに水面へと上がってくる。
「ルークこっち!」
ルークが男性を水面から押し上げ、美波が舟に引っ張り上げる。
口に手を当てて呼吸を確認し胸の動きも確認するが、息をしていない。
「息してない! えぇと人工呼吸!」
美波はワタワタしながらも確実に人命救助の手順を踏んでいく。ルークもすぐに舟に上がり美波を手伝う。
「こんな不安定な場所じゃ心肺蘇生なんてできない!」
「ミナミこっち来い!」
ルークが要救助者を左肩に担ぎ美波に右腕を差し出す。美波は訳がわからないまま言われたとおりルークの側に寄る。ルークは差し出した右腕で美波を抱き抱え、脚に魔法を纏わせると岸まで30メートルを一気に飛んだ。
「うぎゃあ!」
いきなり宙を浮く感覚に美波はルークにしがみつく。
ルークは軽やかに着地すると美波の体から腕を離すが、美波はルークの首に腕を回したまま離れない。
「動けねぇから離せ」
言われて岸に着地していたことに気づいた美波は慌ててルークから離れる。
ルークは男性を地面に寝かせ、気道確保をする。
「ミナミ、胸骨圧迫始めてくれ」
「了解! たららららーら! たららららーら!」
「1、2、3、4、5、おい妙な歌歌いながらやるな!」
「心肺蘇生はこの歌のリズムでやるのがいいの! はい30回!」
ルークは意識のない男の額に当てた手で鼻を押さえ、あご先を持ち上げ息を吹き込む。
(こんなこと考えてる場合はないけど、イケメンのキスシーンは目の毒すぎる! 人工呼吸だけど!!)
「ごふっゴホッゲホッ!」
2回息を吹き込んだところで運良く男性の意識が戻った。
「よかった〜〜〜!!!」
美波はほっとしてその場にへたり込む。緊張の糸が切れたルークも脚を投げ出して座り込んだ。
男性と一緒に舟に乗っていた彼の妻と思われる女性が岸に辿り着き男性に抱きつく。彼も弱々しいながらも女性の背中をさする。
弛緩した空気の中、パチパチと拍手が響いた。
その音でようやく周りの様子が目に入った美波とルークは、3人を中心に人だかりができていたことに気づいた。
「兄ちゃんらすげーなー!」
「助かってよかったわね! もうどうなるかとヒヤヒヤしたわ!!」
「素敵なカップルだこと。息ぴったりねぇ!」
衆人に囃し立てられ美波は居た堪れなくなり、一刻も早くこの場を去ろうと決めた。
「ルーク、宿行こっか。服も濡れちゃったし」
「あぁ」
立ち去ろうとする2人に女性は平身低頭して感謝した。何かお礼をとカバンの中から財布を出そうとする女性を『出来ることをしただけですから!』『困っている人を助けるのは冒険者の掟だから』と押しとどめて半ば逃げるようにその場を後にした。