21 国王という仕事
舞台『王と5人の子』の物語は順調に進んでゆく。ダンスシーンの取り入れられた舞台を初めて見る観客たちは非常に興奮しているようだった。
劇は順調に進み、場面は第2王女と第4王女がクーデターを企てるところである。ついに美波が舞台に立つ時間となった。
舞台袖で進行を見守る。心臓が早鐘を打ち手が震える。手汗も止まらない。
(ここまできたらやるしかない! 美波、仮面を被るのよ! 第3王女として生まれ何不自由なく育ち、姉妹たちが王座をめぐって殺し合いをしようとしているのを必死で止めようとする第3王女メアリーになるの!)
『エリザベスお姉様、アレクサンドラ。姉妹で争うなんてやめてちょうだい』
美波が舞台袖から1歩ずつ真ん中へ歩く。観客の視線が一斉にこちらに向くことがわかる。
『メアリー、あなたはこのまま黙って見ているつもり? ヴィクトリアお姉様より私の方が王にふさわしい!! そうでしょう!?』
エリザベスが美波に詰め寄る。
『確かにお勉強はエリザベスお姉様の方ができたわ。でも貴族たちはみなヴィクトリアお姉様を支持しているの。彼らが決めたなら従うべきだわ』
美波が舞台前方に歩み出て、胸の前で手を組み、斜め下に目線を下げて悲しみを表現する。
『貴族たちがヴィクトリアお姉様を支持しているのはわたくしより御しやすいと思ったからよ。自分たちの利益ばかり考えて国のことなんて何も考えていないわ! わたくしはそれが許せない』
アレクサンドラが片腕を大きく振って怒りをあらわにした。
(ここで照明が落ちて場面転換。全員舞台袖にはける)
美波や第2王女らと舞台袖へ移動するのと入れ替わりに第1王女が舞台へ上がる。
『わたくしが王になったらきっと利益ばかりを追う貴族たちを抑えることはできない。けれども王座をめぐって争い、国が荒れるよりは良いと思ったのです。分かってください、エリザベス、アレクサンドラ…』
ヴィクトリアの独白を美波はじっと舞台袖で見守る。
(悲しいな。王女たちはそれぞれ国を思って行動しているのに勝手な貴族たちのせいで引き裂かれるんだ。それに比べるとアラミサルは王位継承問題がないからか国が安定してる)
舞台滞りなく進行し、物語は王国軍とクーデター軍が対決する場面となった。隣国に逃れていた第2王女と第4王女が殺され、王宮では怒り狂いなだれ込んできた市民により第1王女も殺されてしまう。市民はメアリーをも害そうとするが、お飾りの女王とするため市民、貴族からも捨て置かれる。
メアリーは王宮で軟禁され、世話をするのは1人の執事とメイドのみ。家族を失い、女王に仕立て上げられることが決まった彼女にはもう気力はなく、死んだように生きていた。
『姫様、こんな時こそ歌ってください!』
メイド役の女性が台詞を言ったとたん顔面が蒼白になった。
(笑ってを歌ってと言い違えた!!)
美波は焦る。ルークも間違いに気づいたがフォローする言葉が見つからない。
本来はここで執事もメアリーを元気づけようと、一緒にダンスを踊ろうと提案する流れだ。
(考えろ。メアリーの気持ちを。家族を失い、愛する王子とも引き離され、なりたくもない女王となるメアリーが何を考えるのか)
「私にはたくさんの夢があり__」
美波はとっさに有名なミュージカル曲に乗せてメアリーの心情を表現した。
「でも叶わない。希望は過去に……」
(メアリーは幸せだった過去を封印して、女王として生きていくんだ)
そして物語はメアリーの戴冠式の場面で幕を閉じる。美波は教皇役の持つ王冠を戴き、観客席を睨めつけた。
成すべきことを成す。強い決意を込めて。
美波は会場を揺らすほどの拍手を受けながら、ルークとともに舞台を下りた。
◇
舞台が終わり、美波はイングリッドら劇団員の激しい勧誘攻撃をかわして劇場を後にした。
すっかり暗くなった道をルークと歩く。
「屋台で何か買って公園で食べない?」
「あぁ。いいな」
ルークは美波の様子がいつもと違うことに気づいたが口にはしなかった。
2人は公園のベンチに腰掛け、噴水や美しく整えられた花壇を眺めながら、屋台で買ったサンドイッチを食べる。
「ダンスの練習、頑張ったのに披露できなかったね」
「お前が人前でそんなに披露したがってたとは知らなかったな」
ルークはクスクスと笑う。
「ルーク踊ろう!」
美波はルークの腕を引っ張って無理矢理立たせる。
ゆっくりとワルツのステップを踏みながら美波が話し出す。
「私、神様に召喚されたこの国の次期国王なんだ」
ルークははっとして美波を見るが俯いていて表情は見えない。
「両親とももう二度と会えなくなって、着るものも、町並みも、人種や法律も違う国で、国王になるために生まれて教育されたわけじゃない私が国王をやらないといけなくなって。頭ではいろいろ言い訳してたけど、結局全部嫌になって逃げたんだと思う」
でも、と震える声で続ける。
「私、この国も人も好きになっちゃったみたい」
美波顔を上げて、しっかりとルークと視線を合わせた。涙が1粒こぼれた。
「だから私、国王やるよ。何が出来るか分からないけど。でも、もう逃げない」
「いいんじゃねーの? 簡単に出来るような仕事じゃ面白くない。国王は最高に面白い仕事だろうよ」
ルークの軽口が美波の気負った心を軽くする。
「じゃあ俺も1つ告白。俺の本名はルーク・シャーウッド。今の宰相は兄だ」
「ええーーー!? いやなんか教養あるなって思ってたけどさ。なんでも答えてくれるしダンスできるし。でも宰相と兄弟!? 似てない!」
「うるせー」
ペシっと美波の頭を叩く。
「私、王都に戻るけどルークは?」
「無事王城に戻るとこまで見届けてやるよ。城を見たら怖気づくかも知れねぇし?」
「嫌なこと言う!」
2人はダンスやめ、自然と体を離す。
ルークは噴水を眺めながら遠くを見るような目をした。
「俺も同じだ。自分の可能性を試したくて、決められたレールの上を歩くのが嫌で家から逃げた」
ルークはぽつりぽつりと語り始めた。
「俺の家は領地を持つ貴族なんだが、代々王城の文官や宰相を輩出する家でもある。父や母も祖父母から領地経営を引き継ぐまでは城で文官をしてた。だからまぁ、王都王立学院を出て文官になるのは既定路線ってわけだ。実際兄もそうだ。でもそれじゃあつまんねぇ。そう思って学院を卒業した後勝手に家を出た。俺もガキだったしな。学院でも魔力は多くないわりに魔法の成績も悪くなかったし剣術もできた。冒険者やるのには向いてた。国外にも行って旅をして。で、気づいたらお前とパーティ組んで今に至る」
ルークは長い独白を終え、心なしかスッキリした顔をしている。
「いいとこの出って感じはたまにしたけど貴族だったんだ。どうりでダンスも踊れるはずだ。貴族はダンス必修だもんね。で、黒の騎士ってなに?」
美波は重い空気になりそうな場を壊すようにわざと明るく喋る。
「気になんのそこかよ。その呼称は忘れろ。……貴族から冒険者になるやつなんて滅多にいねぇから、出自を喋ったことはないが変に目立ったんだろ。誰かが勝手に言い出した」
「確かにルークって、どことなく所作が綺麗だもんね。立ってる時の姿勢とか食べ方とかお茶一つ飲むにしてもね」
美波がウンウンと一人で納得している一方、ルークは呆然としている。
「貴族っぽさはもう消したと思ってたんだが」
「そう思うならもうちょっと庶民を研究した方がいいよ」
美波はどんまいと言うように肩を叩いた。
お互いに言いたいことを言い合い、気が済んだ2人は宿へと歩き出す。
「じゃあさ、王都に戻るまでの間に剣術教えて」
「何がじゃあだ。ついでみたいに言うな」
「えー、毎夜UNOと剣術指導どっちがいい?」
「なんでお前が選択権握ってんだ」
最初は渋るものの、なんだかんだとお願いを聞いてくれることを美波はもう知っている。
そして2人は翌日、王都へ戻るためカムリバーグの街を発った。
歌詞は有名なミュージカル曲をイメージしつつ考えました。




