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20 冒険者、王女になる

 馬車に乗り悠々自適な旅をして1週間。美波たちは北部都市カムリバーグに到着した。


 「やってきました! カムリバーグ!」


 美波はハイテンションで馬車の中で両手を広げる。対面に座っているルークはそれを鬱陶しそうに見る。


 「領に入った時、いつもやってるけど、なんだそれ」

 「いやー、世界の果てまで来たなーと思って」

 「アラミサルが中央大陸の真ん中くらいにあんだから果てとは言わねぇ」


 軽口を交わしている間にカムリバーグのギルドに着いていた。

 馬車から降りた2人は、そこにいた冒険者や通行人から一斉に注目されるが構うことなく建物へと入っていった。


 今は依頼達成報告の必要もないので、そのまま掲示板へと向かう。


 「今回はどんなのにしましょうかねー」

 「絶対変なの選ぶだろ、この『演劇の出演者募集』みたいな」


 ルンルンで依頼を物色する美波にルークが揶揄うように出演者募集の依頼書を見せる。


 「演劇かー。やったことないけどやってみようかな」

 「マジか」


 完全に薮蛇である。




 領都の中心地にあるカサブランカ劇場は収容人数2000人の、人気のある中規模劇場である。そこでは劇団ワーナーが3日後『王と5人の子』という演劇の上演を予定している。

 ルークが演劇への出演はかなり渋ったため、別々に依頼を受けるかと美波は提案したが、ルークは『監視しておかないと恐ろしすぎる』と言って、結局2人で同じ依頼を受けることになった。2人はさっそく劇団ワーナーの稽古場へと向かう。

 稽古場は中心部から少し外れた3階建ての建物にあった。最上階を買い取って壁をとっぱらい、フロア全てが稽古場となっていた。


 「依頼を受けて来ました。冒険者のミナミとルークです」

 「よかった! なかなか受けてくれる人がいなくて公演を諦めるしかないと思ってたんだよ!」


 美波が入り口で声をかけると30代半ばと思われる女性が駆け寄ってきた。


 「私が座長兼脚本家兼演出家のイングリッドだ」


 イングリッドは劇団員たちを集めて、改めて自己紹介を交わす。


 「女性が来てくれて助かった。早速だけどミナミさんには王の3番目の子供で、のちに女王となるメアリーを、ルークさんにはメアリーの従者の役をお願いします」


 メアリー役と従者役の子がダンスシーンの練習中に一緒に足をくじいてしまって……とイングリッドが弱り顔で言う。


 「演劇に踊りを取り入れた誰も見たことがない作品を作りたかったんだけど、劇団員たちは血反吐吐くような稽古をすることになっちゃて、ケガも続出するしでさぁ。ってなわけで、ミナミさんたち本格的なダンス経験は……って貴族でもない人間がそんな経験あるわけないんだよなぁ」

 「私は一応経験ありますが……ルークは?」

 「ないこともない」

 「ダンスができる冒険者ってどういうこと!? 何者!?」


 諦めきっていたイングリッドの顔が一気に明るくなる。


 「でも公演、3日後ですよね? それまでに台詞とダンスを覚えるなんて無理なんじゃ……」

 「大丈夫、今から台本渡してストーリーをざっくり説明するけど、メアリーと従者の出番は最後の方にちょっとあるだけだから」


 イングリッドが台本を手渡し開きながら大まかなストーリーを説明した。



 『王と5人の子』は架空の国を舞台に、5人の王子王女らが王座をめぐって争う群像劇だ。

 物語は国王が吐血し、もう長くないと判明する場面から始まる。国王は末の第1王子を後継者とすることを決め崩御。継承はつつがなく行われ第1王子が王位についた。しかし新しい国王はたった1年で病に罹り崩御してしまう。

 残ったのは4人の王女。長子であり第1王女のヴィクトリアが多数の貴族の支持を得て王位についたが、仲の悪かった第2王女エリザベスと第4王女アレクサンドラがそれに反発し、王位簒奪を目論み隣国の支援をとりつけてクーデターを起こす。

 クーデターを察知した第1王女は王国軍を動かし反乱軍を排除。第2、第4王女は王国軍に捕らえられ処刑される。

 これで王国に平穏が訪れると思われたが、クーデターによって田畑は焼け、国は乱れた。怒った民衆は王城に集結し女王は民衆によって殺されてしまう。残った唯一の王女が王冠を戴き物語が終わる。


 「女王となったメアリーは刺繍をしたり歌を歌ったりして過ごすのが好きな普通の女性だったんだ。好き合った隣国の王子とも結婚を約束していた。でも権力闘争に巻き込まれて王位につくことになってしまった悲しい人なんだ。ミナミにはそれを踏まえて演じてほしい」


 イングリッドが役を解説する。


 「さあ台本を一通り読んだら稽古を始めるよ!」



 公演までの3日間はイングリッドにより眠ることも許されず、ひたすら台本とダンスを覚え込み立ち稽古を繰り返した。美波たちの練習に付き合う団員もみるみるうちに疲弊していった。

 そして公演数時間前。いまだ稽古を続けられていたのは第1王女役のイングリッドと美波、ルークのみとなっていた。他の団員たちは休憩で座った状態まま意識を飛ばしていた。


 (これは体力勝負すぎる。体力重視で冒険者に依頼出したんじゃ……)


 思わず邪推するほど過酷な3日間だった。





 夏の盛り。カサブランカ劇場は今日の公演を楽しみにしていたファンによって満員となった。水の魔石によって冷やされてるはずのホールも熱気で暑くなっている。

 舞台裏では衣装に着替えた美波とルークが開演までセリフやダンスの確認をしていた。美波は刺繍やレースが豪奢なドレスに身を包み、ルークは執事の定番である燕尾服を着て髪もきっちりセットしている。


 「あぁー! どうしよう緊張してきた」

 「Aランクの魔物討伐依頼よりこの依頼のがよっぽどキツい」


 ぼやきながらも2人はギリギリまでセリフや動きを確認する。そこに自身も準備を終え、大道具や照明などのチェックをして戻ってきたイングリッドが劇団員全員に聞こえるように声を張り上げた。


 「さぁ、始まるよ! 気合入れな!」


 オーケストラが演奏を始め、舞台の幕が上がった。



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