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2 騎士団の訓練が厳しすぎる

 美波は昨夜、風呂に入り国王の部屋の寝室で泥のように眠った。風呂にはシャワーとバスタブも存在していた。シャワーの横には魔石が埋め込まれており、それに手をかざし魔力を流すことでお湯が出る仕組みであった。トイレも水洗で、生活水準を落とさなくてすんだことにはありがたさを感じていた。




 召喚されて一夜明けたこの日、美波は昼まで寝ていたかったがスマホのアラームが生きていて、平日にいつも起きる時間、つまり6時半に起こされてしまった。


 (寝て起きてもまだ異世界にいる)


 何かの拍子に元の世界で目覚められるんじゃないかと、美波はまだ希望を捨てられずにいた。

 ベッドの上でしばらくゴロゴロしつつ、スマホを確認する。電波は案の定圏外。充電はいつまで保つだろうかと不安になる。

 しばらくして、コンコンと寝室のドアがノックされた。

 「ミナミ様、起きておられますか?」


 ケリーが起こしに来たらしい。普段の休日なら起きてませんよーと美波は思いつつ、起きていると答える。


 「おはようございます。ミナミ様」


 寝室へ入ってきたケリーはテキパキと動き回り、カーテンを開け、リビングルームのテーブルに紅茶を用意する。


 「昨夜の夜着はわたくしのもので我慢していただき、申し訳ございませんでした」

 「いえ! むしろ、いろいろと準備して頂いてありがとうございます」


 ケリーが頭を下げたことに慌ててフォローを入れる。


 「新しい国王陛下がいらっしゃることは神託で分かっていたのですが、急なことでしたし、性別も身長も分からなかったものですから、ご衣装は用意できなかったのです。今日中には全て揃えさせていただきますので、ご安心ください」


 ケリーはテーブルセッティングしながらにっこり微笑む。

 美波はちょっと良いホテルで出てくるような朝食を食べて、昨日着ていた仕事着であるジャケットとスカートを着て(着替えの手伝いは固辞した。昨夜入浴の手伝いも全力で辞退している)ケリーに連れられ賓客室に移動した。




 賓客室では宰相が待ち構えていた。


 「今この国は前国王の喪に服しています。喪は通常1年間で、あと半年あります。ミナミ様には半年この世界のことを勉強していただき、喪が明ける9月に国王にご就任いただきます」


 国王として召喚されてしまった美波に拒否権などあろうはずもなく、この日から勉強漬けの日々が始まった。

 日本史、ではなくアラミサル王国史と世界史の授業は、宰相自ら公務のない日曜日に授業を行った。

 宰相が行う授業は一回あたりの内容も膨大で、この国の成り立ちからアラミサルを代表する東西南北の都市。50ある領地とそこを治める貴族家とその家の始まり。そして現在に至るまでの歴史や領都や特産品、山河の名前から気候。アラミサルの周辺国家の位置と国名、首都、歴史やこの国との関わりに至るまで、覚えなければならないことが山のように、という表現ではぬるいほどあった。


 (北にあるゾルバダは内戦の兆しがあるのか……怖いな)


 情勢不安のある国の国王にならねばならないことに不安を覚えながら、美波はこの世界の情勢を少しずつ学んでいった。

 こうして美波の日曜は、早朝から夜までほぼ休憩なしで延々と続く講義に、必死になって食らいつきノートを取って終わる。


 そして美波の苦難はさらに積み重なる。

 この国に来てから2週間が経った頃、美波は騎士団にぶち込まれ4月採用の新入団員とともに月曜から金曜は『新兵訓練』に参加することになってしまった。

 『国王にもある程度、自衛できる程度の能力がないと困る』という宰相の命令である。かの男は次代の国王を心身共に鍛え上げることに血道を上げているようだった。


 (いやいやいや! 騎士になる訓練なんて耐えられるわけないから!)

 しかしこれに関しても美波は宰相に文句を言うことは出来なかった。




 この国では毎年春に18歳から25歳までの男女を採用している。今期の新人は1000人。50人ずつ20班に分けられ、美波は1班所属となった。教官によると、同期(と言えるかは微妙だが)には女性が150人ほどいるという話だったが、同じ班にはならなかった。そしてあとになって美波は知ることになるが、1班は近衛隊や精鋭を集めた特別隊の配属希望者が集められており、特別に訓練が厳しいため女性の希望者は例年少ないということだった。

 次期国王だとバレると訓練に支障が出るとのことで、居室も国王の部屋から新団員用の部屋に移った。

 こうして美波は一般人として騎士団に紛れ込んだ。

 訓練は腕立て伏せなどの体力錬成、走り込みや行軍、剣の練習に格闘訓練(街での殺人・強盗犯などの制圧を想定している)それから魔法訓練に入る前の座学。そして実践練習。これを繰り返す。


 美波は毎日根性で耐えた。2日に1回は泣いた。しかし泣いてたのは美波だけではないので、恥ずかしくはなかった。志望して入団した大人の男でさえも、つらすぎて泣き出すような訓練だった。


 平日の夜は、朝から晩までしごかれて疲れ果てた体を気合いで机に座らせ、宰相の講義の予習復習を行い、土曜は礼儀作法とマナーのレッスンを受ける。

 毎日毎日休む間もなく動き、夜は気絶するように眠る日々は元の世界を考えなくて済み好都合だと、美波は自分に言い聞かせ続けた。



 

 1カ月、2カ月と耐え難いような日々が繰り返される。

 宰相は多岐に渡る授業内容を一度の説明で全て覚えるよう美波に要求し、できなければ溜め息とともに失望感満載の目を向けた。

 訓練には最初の1週間は全くついていけず、同期から侮蔑のこもった視線が飛んできた。そもそも28歳事務職の運動習慣がない女が軍隊の訓練についていけるはずがない。


 ただ教官の一人である第1師団長によると、美波には魔力が非常識なほどあり、魔法訓練を進めるうちに、身体に魔力をまとわせて筋力を強化する身体強化魔法を使えるようになり、それを常時使用することで徐々に10キロ行軍や走り込みなどの訓練に耐えられるようになった。

 魔力がある一般的な人間の魔力総量であれば、身体強化は数分使えれば良い方らしいが、美波には『非常識な量』があるので、一日中使っても問題はなかった。しかも寝れば満タン回復する。これは神からの特殊能力(ギフト)だと思われた。

 ただし、10キロ走で使うことは許されても体力錬成の筋トレで使うようなズルは許されなかった。


28歳のOLをいきなり従軍させる宰相は鬼。

美波は根性でついていきます。

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