17 可愛い高飛車お嬢様
ナンのカレーに舌鼓を打っていた美波に、1人の女子生徒が割り込んできた。
「そこはわたくしたちの席なのだけれども? 退いてくださる?」
やたらと高飛車お嬢様っぽい声が聞こえたと、ナンから手を離して顔を上げると、学校カーストの頂点にいそうな少女と取り巻き3人がいた。
このお嬢様たちとマーガレットは喋ったことがなさそうだと判断して美波は反論する。
「予約席なんて書いてなかったよ?」
反論されるとは思わなかったらしいお嬢様は目を吊り上げる。
「違うわ! この席はいつもわたくしたちが使ってるの! だから退いてちょうだい!」
10も歳下の女の子をどうあしらおうかと美波は逡巡する。
「予約席じゃないのなら、空いてる席にどうぞ?」
ここで大人しく席を譲るような人間だったら多分この世界に召喚されていない。美波は筋の通らないことがどうにも許せない性質だった。
「生意気だわ! あなた誰よ! ……何の特徴もない顔ね」
やはり、このお嬢様とマーガレットは知り合いではなかった。マーガレットを知らない人間には認識阻害魔法で、美波の印象を反映しつつ見たい顔に見えている。
「早くどっか座って食べないと昼休み終わるよ?」
お嬢様に忠告してやる。美波がここまで抵抗するとは思ってなかったのか、取り巻きがお嬢様の後ろでオロオロしている。
「あなた、わたくしを知らないの? アメリア・アンダーソンよ?」
「知らんがな」
口に出すつもりはなかったのだがポロリしてしまった。
「あなた……! わたくしがお父様に頼めばあなたを退学にすることだってできるのよ!?」
(あー、だからこの子は学院で王様みたいに振る舞ってるわけね。こんな典型的な脅しする子がいるなんて1周回って面白い。けど脅迫までするのはさすがに放っておいていいものじゃないな。子供のすることだけどちょっとタチが悪い)
「それを言うなら、私が誰かに頼んであなたを退学させたり、あなたの父親は貴族なんだろうけど、爵位を剥奪させられるとしたらどうする?」
美波は苦笑いから一転、鋭い目つきでアメリアを見据える。突き刺すような視線にアメリアがたじろぐも態度は変えない。
「そんなことできるわけないわ!」
「あなたの父親がどれだけ偉いか知らないけど、国王じゃないんだから上には上がいるんだよ」
美波は言い含めるように話す。
なにせここに学生に混じって授業を受けている次期国王がここにいるわけで。そもそも次期国王が学生に混じって授業を受けているという状態自体おかしいが。
「あなたがわたくしより上だとでも言いたいの!?」
プライドを刺激されたアメリアがわめく。
(父親の身分が高いだけじゃなくて、この子も多分他の子よりできることが多いから天狗になってるんだろうね。地元じゃ負け知らずってか)
「試してみる?」
ここは大人の教育的指導によってアメリアの鼻っ柱をへし折ることにした。
アメリアお嬢様はお勉強も得意らしいが魔法の方がさらに得意らしく、美波に対決を持ちかけてきた。
魔法で対決となると対人戦闘となる。美波は『昼ごはん食べなくてもいいのかな』と思いつつ、連れられて運動場へ行く。
取り巻きが土魔法で、直径100メートルほどを囲う円状の縁を作る。大きすぎる土俵のようなものが完成した。対人戦闘ではその円の中で魔法をぶつけ合い、枠から出た方が負けとなる。
美波とアメリアはお互いに防御層を張り、円の中で向かい合う。
(高火力で火球を当てたら一瞬で勝負はつくだろうけど、それじゃ教育にはならないかな)
教え導くというのはなかなか難しい。頭に新兵訓練の時の教官らの顔が浮かぶ。絶対に仲良くはなれないと思っていたのに、今は教えることについて語り合いたい気分だ。
「用意……始め!!」
取り巻きの声で戦いの火蓋が落とされる。
アメリアは水系魔法が得意なのか、水でオオカミのような動物を2体作り美波に差し向ける。
(発動時間も威力も悪くはない。ただ、魔法を動物形にするのは見栄えはいいけど実用的じゃない。お嬢様は魔法にも見た目を重視したのかな)
頭で別のことを考えながら、アメリアの魔法を打ち消すために、ちょうどいい火球を作り相殺する。
アメリアは打ち消されたことに驚き、今度は水を矢のようにして続けて5回打ち出す。美波はそれも炎で壁を作り届かせない。
アメリアは焦り、水の矢や水球を魔力の限りめちゃくちゃに打ち出す。美波は今度は丁寧にそれぞれの攻撃を火球で潰していく。
どんな攻撃も通じないと感じたアメリアは叫ぶ。
「あなた、なんなのよ!!」
「(異世界人ですとも言えないし)なにと言われると困るけど」
「違う勝負をしましょう!」
アメリアは腰に手を当てて美波をズビシッと指差す。
「マジか」
「次は古代アラミサル語の翻訳勝負よ! 早く出来た方が勝ち!」
アメリアの教室である3年Bクラスに連行された。そして取り巻きの一人に教科書と紙を渡され、誰かの席に座らされる。
「やめた方がいいと思うけど……」
美波の言葉にアメリアは鼻で笑う。
「自信がないのね? 逃げるなんて許さないわ」
アメリアが勝利を確信して高笑いした。
「用意……始め!」
「なによその異常な速さ!!」
アメリアが数行訳す間に美波は1ページ全てを訳し終えていた。
「言語関係は誰も勝てないと思うなぁ」
アメリアのしつこさに、参ったなぁとばかりに美波は頭をかく。
「なにだったら勝てるのよ!?」
(それ相手に聞いちゃう!? ちょっと可愛いな)
しかし勝負しろと言われても思いつかずタジタジである。
「なっなんだろう……? 魔法と剣術、体術はそれなりにできるから……。勉強方面だと地理関係は頭に入れたけど各領地の風土史とかまでは頭に入れてないし、アラミサル史も重要なところは大体覚えられたかなって感じだけど細かいところまでは全然だし、政治経済にも明るいとは言えないし他にも出来てないことは多いけど……」
「そんなの今勝負できるものじゃないじゃない!」
ごもっともである。
「そもそも勝負をして負けた方が勝った方に従わなきゃいけないというのは間違ってない? たとえ勝負になに一つ勝てない人がいても、どんな人でも尊重されるべきだよ」
美波の言葉にアメリアはハッとした顔をする。しかしすぐに顔を赤くして言い返す。
「わたくしに説教なんて何様よ!?」
「可愛いお嬢さんに怒り顔は似合わないよ。あなたはその優秀さを誰かを助けるために使えるはず」
アメリアに対して普通に叱るのでは反発されるだけだと感じた美波は変化球で籠絡することにした。
策に嵌ったアメリアはさらに顔を赤くして口をハクハクと開け閉めして声も出せない。
美波はじゃあねと言って教室を出た。
それから美波がマーガレットとして学院にいる間、アメリアが休み時間のたびに美波の周りをちょろちょろしていたのをマークとヘレンは不思議そうに見ていた。