15 異世界で授業を受けよう
今日の午前の授業は選択科目であるゾルバダ語、午後は社会学である。
この学校では、必修科目はクラスルームで、選択科目は指定の講義室で受けることになる。
美波はマーガレットに教えてもらっていた校内の地図を思い出しながら、ゾルバダ語の講義が行われる教室へと向かった。
講義室は前方に黒板があり、生徒らが使う机は1列ごとに傾斜がつけられ、後方の席でも黒板が見やすくなっている。
(どの世界に行っても黒板に机は変わらない)
ひっそりと微笑みながら美波は目立たないように後ろの隅の方に座った。
(私も高校生くらいの時は、こんな隅の席に当たったら、授業中に寝たりひっそりマンガを読んだりしたなぁ。まぁこの歳になって授業中寝るってこともないし、というか寝れない。いつでも何時間でも寝られたあの頃は若かった)
ちょっと切なくなった。
「おはよう。マーガレット」
「1週間ぶりくらいか。もう体調は大丈夫なのか?」
黄緑の瞳に紫っぽい銀髪ショートヘアの女子生徒と、緑の瞳に黒っぽい赤髪ツンツン頭の男子生徒が話かけてきた。
(お嬢様の言っていた友人のマークとヘレンかな)
美波は頭をぺこっと下げる。声を出したら別人だと1発でバレるため、身ぶり手ぶりで対応するしかない。
「まだ治りきってないのか?」
マークが心配そうに美波の顔を覗き込む。
(わー! 顔をそんなに見ないで! さすがにバレるから!)
美波は思わず仰け反った。
「マーク、顔近づけすぎ。マーガレットが引いてる」
ヘレンが美波とマークの間に割って入り席に着いた。マークもその隣に腰掛ける。
「これが休んでいた間のノートだよ」
ヘレンが差し出したノートにはゾルバダ語で文章が書いてあり、文法や単語の解説も記してある。
美波は学生時代の英語の授業みたいだな、などと考えながら、そのノートをありがたく写させてもらった。文字はアルファベットに似た形だったので、なんとか書くことができそうだった。
校内のどこかにある鐘塔が時間を知らせ、それと同時に先生が教室に入り、授業が始まった。
「それではヘレン、35ページの例文を読んで」
ヘレンが立ち上がって音読をする。
「今日のうちに遠くへ行ってしまう私の妹よ。みぞれが降って、……えぇっと」
(おもては変に明るいのだ)
美波がノートに書いてヘレンに見せる。ヘレンは小声で礼を言って音読を続けた。
(なんでこの詩が教科書に……!?)
美波の脳内はパニックになった。そしてその疑問はすぐ解消されることになる。
「これは、300年前に別の世界からお越しになり、この国の国王となられたサブロー・タカハシさまが、側近や近しい者に伝えた詩をゾルバダ語にしたものです」
教壇に立つ教師が説明した。
(300年前に日本人がいた!)
美波は衝撃を受けて、漏れそうになる声を抑えるように手で口元を覆う。その手も震えていた。
召喚された日、美波は宰相から異世界から来た人間がいることは聞かされていたが、それが日本人だとまでは聞いていなかった。そして、騎士団での訓練や冒険者として慌ただしく日々を過ごしていたことで、過去の召喚者のことも記憶の彼方に忘れ去っていた。
過去にこの世界に日本人がいた。伝えた詩が残るほど立派に生きた。このことが美波に勇気を与えた。
「マーガレット、予習してたの? あの例文まだ習ってない文法があったのに」
「もしかして休んでる間も勉強してたのか?」
ヘレンとマークに詰め寄られた美波は無言で笑ってごまかし、そそくさと教室を出た。
(目立つのはまずい。あんまり行動しないようにしよう)
美波は作戦を『なにもするな』に切り替えた。
昼食を学食の端の方で食べ、次の授業の教室へと向かった。次は社会学である。
「現在、北のゾルバダでは内戦一歩手前の状態だ。理由は分かるか?」
先生が生徒に質問を投げる。
「魔石売買の利益が帝国貴族にしか行き渡らず、国民が反感を募らせ反帝国組織を作ったからです」
「そうだ。反帝国組織が攻撃を仕掛ければ一気に内戦状態となることが予想される。その時、我が国はどうなる?」
魔石の輸入が止まります。貿易に影響が出ます。避難民が押し寄せます。生徒らが次々と発言する。
「今年の生徒はよく勉強しているな。それでは内戦になった時、我が国はどう対応するべきか。1時間で小論文を書いて提出しなさい」
まじかよ。難しすぎる、無茶ぶり~!と生徒らは口々に嘆いた。
美波もそれが1時間で書けたら即王城で採用だろうなと苦笑した。
美波は宰相の超詰めこみ教育に複雑な気持ちで感謝しつつ、小論文を書き終え提出した。これで今日の授業は終わりかなと油断していると、教師が30分後に優秀作を発表すると言う。
まぁ読まれないだろうと美波は思っていたが、そんなことはなかった。
「皆よく書けていた。避難民への具体的な対応や、魔石の輸入先を探す、もしくは国内の産出を増やす、北方から陸路での貿易が減るため海運業者を優遇して海路貿易を増やす等々、私も興味深く読ませてもらった。その中でも興味深かったのは、マーガレット・リトルフォードの小論文だ」
教師の言葉に美波は死刑宣告を聞いた気分になった。
「リトルフォードの主張はこうだ。『ゾルバダで内戦が起た時、考え得る最悪の事態は、魔石を輸入している国が利権を求めて反帝国組織を援助し、そこに相反関係にある国が帝国軍に介入し泥沼化することである』周辺国が魔石を奪い合い、ゾルバダの各勢力に加勢するということだな。『そうなれば輸入再開の目処が立たず国内はインフラは維持できなくなり、また対応しきれないほどの避難民が押し寄せる可能性もある』そうだな、内戦が長期化すれば魔石を他国から輸入出来るかも怪しい。そうなれば文明レベルは魔石のなかった50年前まで遡ることになるだろう。ただ、我が国の政府は内戦になっても圧倒的戦力を持つ帝国軍が短期間で反帝国組織を制圧し終わると分析しているが。なかなか面白い分析だった」
教師が拍手をして締める。生徒らも「リトルフォードすげぇ」「こんな面白い論理展開するやつだっけ?」などとざわつきながらも拍手をした。
(あぁ、つい全力で書いてしまった……)
美波は課題に対して手を抜けない、真面目だが不器用な人間だった。




