12 閑話 赤青黄緑の小憎いアイツ
時間軸は美波が冒険者登録をした日から始まります。
初のルーク視点です。
ミナミ・カイベ、全く常識の通じない女だ。
この日、気まぐれにギルドに行かなければ、多分関わり合いになることはなかっただろう。
そいつの試験官をやった、ギルド長でもあるデヴィッドに話を聞くと、どうにも素人ではないという話だ。
ライセンスを剥奪された元冒険者かと聞くと、登録されていた記録もないと言う。
ギルドで冒険者登録をする際、魔道具の水晶で個人を識別し登録されるため、ギルドを追い出された人間はどう誤魔化して再登録はできない。
つまり、あの女は冒険者をしていたことはない。ってことは従軍経験でもあるのか? デヴィッドは騎士の戦いを見たことがないため、そこまでは見抜けない。俺が見れば分かるだろうが。
「どの依頼にすんのか決めたのか?」
掲示板を睨むミナミに声をかける。持ってきた依頼書を見て思わず唸る。
一部の冒険者や商人しか知らない情報だが、セレゥでは疫病が流行っているという噂がある。
取引がある商人ならまだしも、わざわざ冒険者が行きたい場所ではない。
「今セレゥに行くのはやめとけ」
疫病が流行っていると忠告してやる。
「うーん、でも今、護衛依頼ってこれしかないし。早くお金欲しいし。セレゥには行こうと思ってたんです。やっぱりこれ受けたいです」
おい、人の話は聞け。まったく面倒なのとパーティ組まされた。
俺は内心でデヴィッドに散々悪態をつく。
さらに言葉を重ねたところで無駄だろうと判断し、依頼書を引ったくって受付へ持っていく。
受注処理を終え、ミナミの方へ目を向けると、見るもの全てが目新しいとばかりにキョロキョロと落ち着きなく視線を彷徨わせている。
落ち着きがねぇな、と呆れながら声をかけてやる。
「じゃあ旅の支度してから行商人のところに行くか」
「支度……って何がいるんでしょうか?」
不安そうな表情で素人らしい質問が返ってくる。
「魔法使うって話だからナイフ1本持っとけ。それがありゃ大抵事足りる。あとはセレゥまでの食糧、水筒、着替え、寝袋、怪我した時用の応急処置道具もあった方がいい」
俺が教えてやると、ミナミはむうと何やら考え込んだ。
「大体持ってきてますけど食糧がない……。買うお金もないので旅の途中で狩るのでいいですか?」
マジか。携帯食糧のない時代ならともかく、こいつ何時代の人間だ。仕方ないのでこいつの分の食糧も買ってやることにする。新人だからしょうがないと自分に言い聞かせて。
つーか、面倒ごとが嫌でずっとソロでやってきたのに、ここにきて特大の面倒を抱えさせられるって何なんだ。デヴィッドは後でしばく。
改めてミナミを観察する。アラミサルや周辺国でもあまり見ない顔立ちだ。船に乗って東の大陸から来る人間に近い。そっちの方の出身か? ついでによく見りゃそれなりに整った顔だ。身長は160ないくらいか。低いな。普通の女にしちゃ多少動けそうな体をしている。
それにしても全くどんな人間なのか掴めない。東方大陸から来たばかりなら金がないのは分かるが、王都にいる理由が分からない。攫われてきた? いや、初っ端からCランクになる実力のある奴がそう簡単には捕まらないし、簡単じゃない方法で捕まったのなら、今ここにはいないだろう。
それから言葉に訛りがない。外国から来た人間には大なり小なりあるもんだが、ミナミはアラミサルで生まれ育ったかのように喋る。ただ国内で育った人間が無一文で冒険者にはならない。実家がある奴でも孤児でも、郵便配達やどこかの屋敷の下働きで多少は金を貯めるもんだ。第一、ミナミからは孤児という感じはしない。貴族的とは言えないが裕福な家の出という感じはする。
全く正体不明だ。
……無駄に考えすぎた。まぁあいつが何者でもいい。俺に害がなければ。いやもう既にあいつのペースに巻き込まれてるあたり無害とは言えない。まぁしばらく我慢してやる。どうせ期間限定のパーティなんだから。
◇
護衛依頼の初日からあいつ(ミナミ)は色々やらかしてくれた。
まずはバファローを移動する荷馬車の上から仕留めたことだ。
魔法を当てるには、魔力を出すイメージ、距離を測り目標に座標を合わせて威力をコントロールして放つことが必要だ。1つの魔法を放つのに通常1分くらいかかる。
しかしあいつは目標と自分両方が動いているという状態で、2分以内に全てのバファローを倒した。しかも死体も残さない高火力で。
こんな芸当ができるのは、アラミサル騎士団でも一部だろう。冒険者だとAランク相当の能力はあるんじゃないか。
確かに足手まといではない。ではないが化け物すぎて扱いに困る。
次にやらかしたのは野営の準備だ。人の話も聞かず森に入っていったと思ったら、すぐウサギとタヌキを狩ってきた。
いや早すぎねぇ? 何をどうしたらそんな早く狩れるのかと聞くと『探索魔法です』とさも当たり前のように返ってきた。いやいや、探索魔法は普通人間くらいのサイズ以上のものにしか使えねぇから。
俺がそう指摘すると『ある場所で教えてもらった索敵魔法に更に魔力をガッと入れると小動物まで分かるようになります』とドヤ顔で言いやがる。
普通は高出力で索敵魔法を使ったら魔力が枯渇して最悪死ぬからな。もはやこいつ、人間かどうかも疑わしくなってきたな。
極めつけは深夜に商隊を襲った盗賊の制圧。
顔色も変えずに次々と火矢を放って盗賊たちを戦闘不能にしていく。
どう考えても対人戦闘に慣れすぎ。
普通、素人が抵抗なく人に対して魔法を撃つことはできない。できるとすれば快楽殺人鬼とかだろう。
15人の盗賊を半数ずつ倒し、商人に縄をもらって手足を縛る。その動作にもミナミに迷いはない。
その縛り方で俺は確信した。学校の騎士科か騎士団にいた人間だと確信する。
それが完全に俺と同じだったから。
騎士団を辞めて冒険者になるやつなんかまずいない。きつい・汚いは騎士も冒険者もそう変わらないが、給料や社会的地位が違う。騎士の所得はそれなりに多いし安定している。一方冒険者は不安定だし、まともな仕事に就けなかったやつが就く仕事というイメージが強い。それでも運良くレアな魔物を狩れたら一攫千金もあり得るのでそれなりに人気でもある。
珍しい人種に、滅多に見ないおそらく元騎士。しかも人間離れした魔力量とコントロール。個性が強すぎる。
もはや考えるのも面倒だ。1日一緒にいるだけでもうすでに情報過多で頭痛がしそう。これ以上は本人が喋りたくなったら聞いてやろう。俺の過去については話してやるか分からないが。
◇
ミナミは妙な歌をよく歌う。どれも知らない歌だ。しかもレパートリーも多い。どこで習ったんだか。王都からセレゥまで護衛依頼中や、セレゥからワゼンまでの道中でもしょっちゅう歌っていた。しかも妙に上手くて商人たちのウケもいい。何か1曲教えてくれと乞われて教えてもいた。
「もうすぐ夏だからこの曲」とか言って、なぜか夏が終わる情景を思い浮かばせる歌を教えていた。早いだろ。
セレゥではまさか疫学調査をすることになるとは。冒険者になって10年経つがやったことねぇよ、あんな依頼。なんであいつは普通の依頼を受けないんだ。
でもまぁ、なんだかんだで疫病には罹らずに済んだし、病も拡がらずに済んだ。依頼料は多くはなかったがいい仕事だったと言える。
疫病騒ぎは5年から10年に1回くらいは起こる。またかという気もしないではないが、王国全土に広がると病院がパンクして死者数が増えるから、今回の外出を禁止するという領主の判断は英断だっただろう。
ミナミが何やら決意した顔で出かけていった次の日に決まったことなのは偶然ではない気がするが。
外出禁止命令が出された日に、昨日どこ行ってたんだと聞いてみたら、『領主と会ってました』とサラッと答えやがった。
あのな、一般人は領主にアポなしでは会えねぇから。アポ取れるかすら怪しいわ。
あいつ絶対領主になんかしたろ。あいつは力づくで相手にいうことを聞かせることもできないではないからな。まぁ性格的にやってないだろうが。
それにしても、1カ月も宿に篭りきりというのは病に罹らないためとは言え、体は鈍るし、精神的にもけっこうキツい。
ミナミが宿の店主から木箱をもらって部屋に置き、商店で買い込んできた俺の分も含めた2人分の食料をそれに詰め込み、魔法で氷を作って入れていた。
冷蔵庫と言うらしい。なんてもん発明しやがる。超便利じゃねぇか。
ただ、氷を作るには水魔法の高度な応用が必要だから、冷蔵庫とやらが使えるのは騎士団の魔術師ぐらいだろうが。
1週間に1度で済むようになった買い物以外では一切外出しなかったせいで、暇を極めすぎたミナミがすごろくを自作しだした時は、もうこいつはダメだと思った。ただ俺の方も暇を極めていたんで付き合ってしまった。ありゃ末期だったな。
その末期の時から若干遡って、引きこもり生活が1週間を過ぎた頃。買い出しのついでに見つけたカードゲームをやたら喜んで買っていた。UNOだ。
宿に帰ったら『やろうやろう』とやたらと騒がれた。
いやUNOって2人でやるゲームじゃねぇから! スキップのカードは自分が2回カード出せるだけだし、ドロー2ドロー4はお互いに手札増えるだけだし、リバースに至ってはいらねぇ。
2人でやるゲームじゃねぇが、ちょっと付き合うくらいはやってもいい。だがな、1日3時間以上を外出禁止が終わるまでの3週間、延々付き合わされる身になってみろ。原色の赤青黄緑はもう見たくもねぇ。
あと疲れてUNOって言うの忘れんな、終わんねぇだろうが!
セレゥでの話は何度か書き換えも検討しましたが、あの展開じゃないと2人の距離が縮まなかったので、そのままにしました。