11 南部都市を封鎖せよ
この回は病気の話が出てきます。詳しい描写はしていませんが、読むのきついなって方は後書きまで読み飛ばしてください。あらすじを載せておきます。
南部都市セレゥは国内唯一の港湾都市であり、世界の貿易の中心地である。港には帆船が所狭しと並び、人足が荷揚げや船に荷を積んだりと忙しく動き回っている。
王国は茶や砂糖、農作物や香辛料などを輸入し、他国へは魔石を動力とし大量生産された綿織物や毛織物、魔物素材で作られた最先端の衣服や道具が主に輸出されている。
この都市で1日に取引される金額は王都をもしのぐ、王国の基幹都市である。
「お嬢さんたち、本当にありがとう! 魔物だけじゃなくて盗賊にまで遭っちまったが、こうして無事にここまで来られたのはあんたらにおかげだ!」
商隊長の男が満面の笑みで美波たちに感謝を示す。
「けどあんたたち、着いたばかりだけど今すぐこの街を出たほうがいい。ここは疫病が流行ってるって噂だからな。俺たちは街に食料を届けるために来なきゃならなかったが、商品を渡したらすぐ引き返すつもりだ」
男は真剣な顔をして言った。
ギルドには依頼完了報告と盗賊が出たから依頼ランクをBに訂正しておくと言い、手を振って去っていった。
商隊長の言葉を裏付けるように街には活気がなく、出歩いている人も王都より少ないようだった。
「ギルドに依頼達成報告をして、王都に戻りがてら出来る依頼があれば受けるか」
美波もそれに同意して、2人はギルドへ向かった。
ギルドの作りはどの街でも大して変わらない。美波は見慣れたドアをくぐる。
美波とルークは受付で依頼完了報告をした後、掲示板の依頼書を確認していく。
「疫学調査の手伝いに、病院の看護補助……。疫病が流行ってるってのは本当だったみたいだな。冒険者は病気を恐れる。だからこんな依頼ばっか残ってやがる」
冒険者は体が資本の日雇い労働者に近い。それゆえに病気に罹り働けなくなることは避けたいと考えている。
「私、この依頼受けます」
美波が疫学調査の依頼書を剥がして言う。
「なんでこれなんだ。他にも依頼はあんだろ」
「だって、今はセレゥだけで流行ってる病気かも知れないですが、原因が分からないと他の都市とか国内に広がるかも知れないじゃないですか」
呆れ顔のルークに対して美波は真剣な顔をする。まだ国王ではないものの、為政者としてこの国に喚ばれた人間として放置するという選択肢は選べなかった。
美波たちは先に宿を取ってから、『俺だけ行かないのも気分が悪い』と言ってついてきたルークとともに、そこから10分ほど歩き、依頼主となっている私立病院に着いた。
病院に入ると、中は患者でごった返しており、医師や看護師が慌ただしく走り回っていた。
美波は院内の廊下で疲労の色が見て取れる看護師をつかまえて、疫学調査の依頼を受けて来た冒険者だと名乗る。看護師はほっとした顔をして、調査班リーダーの元へと連れて行った。
「私が疫学調査班リーダーのジョアン・サンズです」
ジョアンは紺色の髪を頭の後ろで1つに結わえた知的美人だ。
「私は普段ここで医師として病理学研究をしております。現在病院では医師や看護師、治癒魔術師も全員不眠不休で働いているため、調査は私ともう1人の事務職の女性が行なっている状況です」
ジョアンが疲れた顔を滲ませる。
「患者はこの1週間ほどで爆発的に増え、ここ数日は聞き取りが調査ができておりません。そこでお二人は患者に名前、性別、年齢、症状、住んでいるところや職場もしくは学校、食べたものやここ2週間の行動に至るまで細かく確認してください」
「王立病院は何してんだ」
ルークが訊ねた王立病院とはセレゥで1番大きな病院だ。王立病院は各都市にあり、どこも都市最大の病床数を誇る。
「全員が患者の治療に当たっているため、調査はできていないと回答がありました」
急激な患者の増加により、セレゥの医療は混乱していることが伺えた。
原因が分からないため、患者との接触には気をつけながら、ジョアンの指揮のもと100人以上に調査を行った。
症状は大半に発熱や喉の痛み、まれに鼻水症状。身体の表面に表れる症状はなく、患者の年齢、性別、自宅や職場や学校に偏りはない。都市は魔石による上下水道が整備されているため水の汚染も考えにくい。ただ、行動履歴から2週間ほど前にセレゥで行なわれたチャリティーイベントの参加者や関係者が多いことが分かった。
1日かけて患者の情報を集めた調査班メンバーは、集まった情報を分析した。
(私は完全に素人だけど、症状的にペストや天然痘、風疹や麻疹でもなさそう。ペストや天然痘なんて見たこともないけど、怖いイメージしかないから違ってて欲しい。ってもう希望的観測でしかないな。あとは消化器の症状が出てる人がほぼいないから毒物や食中毒とかでもなさそう。寄生虫の類でもないよね? 領外から来た旅行者も患者に含まれるから、セレゥの住民しか罹らないというのでもない。うーんなんだろう)
「私は『時の気』だと診断します」
美波が結論の出ない脳内会議をしている間にジョアンがそう結論づけた。
『時の気』とはアラミサル国内外で数年に一度流行する感染力の強い風邪で、ジョアン曰く症状が一致するのだそうだ。
「夏に流行するのは珍しい気がするのですが。蚊が媒介する病気という可能性はないのでしょうか?」
美波が疑問に思い問う。
「蚊、ですか。私は聞いたことがありません。あなたはどこでそのような知識を?」
ジョアンが怪訝な顔をする。
「いえ! 夏だし、ノミが媒介する病気があるなら蚊もあるかもと思っただけで!」
美波は慌てて誤魔化した。
(マラリアとかデング熱は知られてないのか。あれは熱帯地域の病気だし、地球と同じであればこの国で流行る可能性は低いかな……?)
ジョアンは『時の気』だと仮定して対策を取ると決めた。細菌感染かウイルス感染かも検査する術がないうえに、細菌感染だったとしても抗生物質などがあるわけではない。
患者には、高い熱が続いて体力が消耗していたら治癒魔法を使って回復させ、喉の痛みや鼻水には薬草を煎じて与えるしかない。そしてこれ以上感染を拡げないために、中世ヨーロッパでペストが流行したときに行われたように、患者の隔離と移動制限をするのがベストだと思われた。
ジョアンは王立病院に調査結果を伝えた。そして王立病院からは「住人の外出禁止命令」と「セレゥへの出入りを制限する命令」を出すよう領主に進言した。
こうして美波たちは依頼を完了させた。
依頼を終えて2日。美波たちは病気を領外へ持ち出す危険を考え、未だセレゥの宿にいた。美波は病気の流行が収まるまでセレゥを出られない覚悟をしつつあった。2人は食事も宿で取り、出来るだけ外出しないようにする。
「外出制限が出てる感じがしねぇ。新聞も疫病が流行ってるから注意しろ、としか書いてねぇし」
様子見のため午前中に少しの間だけ外出していたルークが美波の部屋に来て報告する。
依頼達成から2日経っている。美波は領主が何をしているのか気になり探ってみることにした。
「とりあえずジョアンさんのところに行ってみましょう」
「王立病院から領主様へ進言はしたみたいなの。でも領主様が『方針は王城に仰がねばならない』と言って王城からの指示を待っているみたい」
病院で治療にあたっていたジョアンに話を聞くと、弱りきった表情で首を振った。
アラミサル国民の、国王や中央政府に対する絶対的信頼があるがゆえに起きた事態だった。
美波は病院を出て、宿に帰りながら考える。セレゥから王城まで不眠不休で使者を走らせたとして、そこから王城の宰相に話が伝わり、政府高官らで会議を開き方針を決め、その回答を使者が持って帰ってくるまでの時間を。
(遅すぎる……!)
俯きそうになる顔を上げて街を歩く美波の目に、セレゥの日常が映る。
市場に並ぶ多種多様な食材。買い物をする女性、楽しそうに歩いていく父子に、学校帰りの子供たち……。
(誰も死なせたくない、苦しませたくない。そのために自分に出来ることがあるのなら、すべきだ)
美波は宿の机で手紙をしたため封蝋をする。そして席を立ちルークの部屋の前へとやってきた。
「ルーク、ちょっといいですか?」
「あぁ入ってこい」
美波はルークの部屋に入り促されて椅子に座る。ルークはベッドに腰掛け美波を静かに見た。
「どうした? なんか腹くくったような顔してんじゃねぇか」
「そうですね。今から1人で出かけます。もしかしたら、しばらく帰れないかもしれません」
ルークは目を眇める。
「何するつもりだ」
「領主に会ってきます。それでこの病気が広がるのを食い止める」
美波は真っ直ぐルークを見つめた。
「これ以上は言わねぇって顔だな。別に俺はお前の保護者でもなんでもねぇ。行くなら行け」
美波はきっちり30度の礼をして部屋をあとにした。
◇
夕方のセレゥ領城の門前。
美波は騎士団のシャツにスボン、ブーツを身につけ、ずっと背嚢に入れたままにしていた剣を帯び、馬に乗って現れた。ジャケットがないため、すぐには騎士団員とは分からない格好になっている。
「領城に何の用だ」
城門に詰めていた2人の門衛が美波の前に立ちはだかる。
「騎士団所属のミナミ・カイベだ。宰相閣下からの文書を預かっている。領主のもとへ案内を」
美波は毅然とした態度で言い放ち、ズボンに入れていた懐中時計を取り出し蓋を開けて見せる。そこにはアラミサル王国の紋章が描かれており、騎士の身分を表す査証となる。
「しっ失礼しました! ご案内いたします!」
衛兵が姿勢を正し敬礼する。騎士団と地方領主の雇った兵士とは立場は騎士団の方が上である。有事の際の命令系統を明確にするためも序列は叩き込まれており、この2人も美波の言葉を疑うことはない。美波は1人に馬を預け、もう1人の門衛の案内で城内へと踏み入れた。
長大な城壁に囲まれたセレゥ城は、ゴシック様式で造られた西洋にある城に似た石造りの堅牢な城だった。
庭を通りすぎ領主の居城へと至る。エントランスから廊下を通り領主の部屋の前まで案内された。
「エドワード様、騎士様をお連れしました」
衛兵がドアをノックし声をかける。
「騎士だと……? 入れ」
衛兵は扉を開け美波を通し、領主と美波に一礼して去っていった。
「騎士がワシに何用だ」
堅牢な城にふさわしい、領主エドワード・ハワードと対面した。
「騎士のミナミ・カイベと申します。宰相閣下からの文書を預かってまいりました」
美波が領主へ手紙を渡す。一世一代の大博打が始まった
領主が手紙に目を通す。すると手紙を持つ手がワナワナと震えだした。
「なんだこの手紙は!! これは偽物だろう!? どういうつもりだ!!」
領主は手紙をグシャリと握りしめ怒鳴る。
「どこが偽物だと言うのです? これは私が宰相閣下から直にくれぐれもと言われ託されたものです」
美波が平然とした顔で言う。
しかしこの手紙は事実偽物である。美波は家出同然で城を出てきており手紙を託されているはずはなく、そもそも宰相はセレゥでの疫病を知っていたかも定かではない。この手紙は美波が昼間、宿で書いたものである。
美波は今、盛大にハッタリをかまし、嘘を真実にしようとしている。
領主は美波を睨みつけた。
「ワシが宰相閣下へ向けて使者を遣わせてまだ2日! 行かせた人間と代わっているのは交代人員を遣わしてもらったと考えてまだわかる。だが2日では絶対に来るはずがない。誰だ、貴様」
「宰相閣下は1週間ほど前から王都で噂されていた『セレゥで疫病が流行っている』という話をご存知でした。そこで密かに王立病院に確認を取り、対応を決め私を派遣したというわけです。そちらの使者とは入れ違いです」
美波は表情を動かさず話をでっちあげる。
「流感のことは領主であるワシが3日前に初めて知ったことだ。宰相閣下が知るわけ__」
「何らかの疫病が流行っているという噂は一部の商人や冒険者は知っていました。その噂を宰相が得て事実確認をした。どこもおかしくはないでしょう?」
「しかし! この手紙だって封蝋に紋章もなく、そもそも宰相閣下の筆跡ではない!!」
領主が握りしめていた手紙を床に叩きつけた。
宰相の筆跡も知らない美波が、昼間に宿で適当に書いた手紙の真偽も見抜けないようでは領主などやっていられない。領主としては有能であるようだった。
「偽物だとしても、ここに書いてある通り外出禁止命令と港湾・領門の閉鎖を実行すればいい。あとで中央で問題になっても『時の気』の対応で混乱していたとか、なんとでも言い訳はできるはずです」
美波は領主を睨めつけた。
「こんな偽物だと分かっている文書になど従えるか! 外出制限はともかく港湾と領門の閉鎖など、国内物流、他国への影響も大きすぎる。ワシの一存で決められるものではない!!」
「それでは! このまま領民の命を危険に晒し、ひいては王国民全体を見殺しにするのか!!」
美波が叫んだ。その気迫に飲まれ領主が押し黙る。
「領主はあなたです。あなたが領民に対し責任を持ってください」
領主が見た美波の瞳には祈りや願いが篭っていた。彼は目を閉じ、深く呼吸する。
本来この領主はセレゥという4大都市を任させるに足る人物である。本当は彼もどう動くことが最も良いのかは分かっていた。しかし長年の慣習と国王の決定に従えば間違いはないという安心感はどうにも捨てがたかった。しかし、今までのやり方では領民を守れないと改めて突きつけられ腹を括った。
「…………わかった。王立病院の提言通り、外出禁止と港湾・領門を閉鎖する」
領主は補佐官を呼び、外出禁止命令を出したことを新聞各社に伝えるよう指示し、またセレゥ領兵隊長を連れてこさせ、領門を閉じ食料を運ぶ荷馬車のみ通すよう命令した。
そして領主は『これから港へ行き、出入国管理所に直接指示をする』と言って部屋を出ていった。
美波は1人部屋に残され、はぁぁぁと息を吐く。一気に全身の力が抜けその場に頽れた。
(私ってこんなことが出来る人間だったっけ)
家族との永遠の別れ、常識の違う世界に来てゼロから順応していく過程、従軍経験……それらが『そこらへんにいる普通の女性』だった美波に変化を強制した。
(神様。どうして私を選んだのかは分からないけど、ご期待に沿えました?)
誰に見られることもなくひっそり笑んだ。
セレゥ城へと行くために借りた馬を返し、倒れるギリギリで宿へと戻ってきた美波は、翌朝起きてすぐ窓の外を確認した。
(人通りがない……!)
ルークに帰宿を伝え、連れ立って朝食を取るために宿の1階へと下りる。
他の宿泊客たちも食堂へと集まっていたが、朝食後は外に出ることはなく部屋へと引き返していった。
「昨晩から今朝にかけて新聞の号外が全戸配布されて、外出禁止命令が出たことが周知された」
ルークが目玉焼きにナイフを入れながら美波を横目で見た。
「そうですか。それは良かった。これで『時の気』が収まるといいのですが」
美波はしれっとした顔でパンを口に放り込む。
「そーかい」
何も言う気はねぇってことか、とルークは呟いた。
◇
その後『時の気』が収まるまでの約1カ月、外出制限は続いた。むしろたった1カ月で終息したと言ってもいい。それは絶対的な国王がいることによる国民の国に対する信頼と、それによる政府の強権的な疫病対策が功を奏した結果でもあった。
美波たちも外出禁止命令に従い、セレゥの宿に留まり続けていた。働かずの連泊は懐に大打撃ではあったが、結果的にBランクになった護衛依頼で稼いだ金と連泊割引でなんとか支払うことができた。
「んーーー! 久しぶりの外だー!!」
美波が宿を出て伸びをする。外出規制が終わり領民たちも晴れやかな顔で街へ繰り出している。
今回の『時の気』はセレゥ領内での感染に留まり、国内に広がることはなかった。その結果、医療体制は持ち堪え、患者・死者ともに最小限に食い止められた。国内への影響は一部商品が高騰したりといったことはあったものの、規制が1カ月で終わったことから致命的なものには至らなかった。
『時の気』はこの後もたびたび発生したものの、この時の経験が活かされることとなる。
そして、この出来事は後に「セレゥの奇跡」と呼ばれた。
美波たちはセレゥの街を一通り楽しんでから、この街に来た時と同様に護衛依頼を受け、次は西部都市のワゼンに旅立った。
南部都市セレゥは経済規模の大きい港湾都市。
そこで流行り病が発生。
美波が領主に掛けあって外出禁止と、領門・港湾の封鎖を命じさせる。
美波「国王信奉にも問題があるな。けど国の強い強制力が奏功することもあるよね」




