10 盗賊撃退
装備を整えて(とは言っても必要なのは携帯食料くらいだったが。無一文だったのでルークに奢ってもらった)
美波とルークが商隊の泊まっている宿へ向かうと、商隊長と名乗った50台後半と思われる小柄で溌溂とした男は飛び上がって喜び、すぐ準備して出発すると言って、宿に待機していた仲間を呼び、それぞれ荷馬車に猛スピードで商品を詰め込み、出発の準備を整えた。
「いつでも出られるように準備していたのです。さあ行きましょう!」
こうして美波たちは王都を出発した。
お嬢さんを荷台に押し込めるなんてできませんよ!と商人たちに言われ、美波は荷馬車の御者台に、商人とともに腰掛ける。ルークは見張りがしやすいと言って荷馬車の屋根の上だ。美波も訓練で魔物や人の気配の探り方は学んでおり、のんびり座って隣の商人と喋っているように見えて、実は警戒を怠っていない。
商隊が王都を出て森に入りしばらくすると魔物が寄ってくるようになった。
「四つ足型の魔物が5体、接近しています」
美波がルークを振り返って言う。
「これ以上接近してくるようなら馬車止めて応戦すんぞ」
「いえ、そんなに強そうな魔物じゃないので走りながらで大丈夫です。目視できる距離まで来たら火球でやっちゃうので」
美波がへらっと笑って言う。
「馬を走らせながら、んなことフツーできねぇよ。マジでバケモンかよ」
「普通の人間ですよ」
異世界人ですけど、とは言わない。
魔物が目視できる距離まで接近してくる。凶悪な角を持つバファローだ。
「お嬢さん、本当に荷馬車を止めなくていいのか?」
隣の商人が不安そうに見ている。
「バファローは直線的な動きしかしないし、的が大きいから魔法が当てやすくていいですね。カトブレパスより食用の牛に近い見た目だけど、食べられたり……」
「あれは食えねぇ」
「了解です。じゃあ埋める手間も省くために高火力でやっちゃいますね。……炎よ!」
温度を上げるために魔力を高密度で手に集め、青い火球を5つ作り迫る魔物にぶつけていく。
「対象5体、殲滅完了です。ほら大丈夫だったでしょう?」
美波は隣に座る商人のほうを向いて笑う。
「やっぱバケモンじゃねぇか」
ルークが呟いた。
日没が近づき、商隊は森の中の拓けた場所で荷馬車を停め野営の準備を始めた。商人たちは近くの川で馬に水を飲ませたり、焚き火の用意をする。
「それじゃあ私は何か捕ってきますね」
美波がおもむろに森に向かって歩き出した。
「はっ? いや捕ってくるってなんだよ!? おい、俺の話聞いてんのか!? おーーい」
ルークの話を聞かず美波はスタスタと森の方へ向かっていく。
30分ほど後に戻ってきた美波は両手に何かを持っていた。
「ウサギ2羽とタヌキ1匹で足りますかね?」
焚き火を囲んでいた商人とルークに獲物をぶら下げて美波が戻ってきた。
「おっ、お嬢さん、すごいな」
商人のおじさんたちはちょっと引いた。
みんなで捌いて火にかけ美味しくいただく。
「いやー、旅の間に新鮮な肉が食えるとは思わなかったなー! お嬢さんのおかげだ。ありがとな」
「いえいえ、食糧の現地調達は野営の基本ですから」
美波は照れたように笑う。
どこの世界の基本だよ、とはもう誰も突っ込まなかった。この世界に来てすぐ騎士団にぶち込まれた美波は、間違った常識を叩き込まれてしまっていた。
夕飯を取り終え片付けをし、川が近くにあるため寝る前に水浴びをして体の汚れを落とす予定になっていた。
「お嬢さん、先に行っておいで」
商隊長の好意をありがたく受け取り、川へ向かった。
騎士団支給のシャツとズボン、下着も全部脱いで川縁に置く。用意している着替えも今日着ていたものと同じだ。
(着替えてないと思われたらやだなー)
なんとなく体面を気にしつつ、石鹸を持って川へ入る。
6月のアラミサルは初夏にあたり、川に入っても冷たくはない。しかし現代日本人としては、川で水浴びをしたところで入浴した気にはならない。そこで美波は魔法を使ってお湯を出せないか思案する。
(山中行軍ではそもそも水浴びも出来なかったから、お風呂問題どうこうってレベルじゃなかったなぁ)
魔法のウォーターフォールで頭上から水を降らせることはできるが、それをお湯にするには火の魔法も加えなければならない。
(ウォーターフォールの出口にずっと火球を浮かべる? いやそれじゃあ水の勢いに火球が消えるだけ……。ドラム缶みたいなのに火球を入れる方法ならお湯にできそうなんだけど……むむっ、ドラム缶なければ作ればいいじゃない)
美波は水が膝の高さまでくる場所まで進み、周りを土魔法で地面を隆起させ、水面から出るくらいの高さの囲いを作る。そして囲いの中の水に火球を少しずつ投入していく。
(ミスったら熱湯になるから気をつけないと。……いい感じじゃない?)
川の中に即席露天風呂が完成した。
「湯加減も最高!!」
美波は鼻歌を歌いながらゆっくり入浴を楽しんだ。
ホカホカの美波が野営地に戻り、入浴が終わったことを商人らに伝える。
「あと、小さいですけど川にお風呂作ったので、冷めないうちによかったらどうぞ」
あとで例の風呂を見たルークは『土魔法に火の魔法はどんだけ使ったんだ……。魔力が無限にあんのかあいつは』と驚きを通り越し考えるのをやめた。
夜の見張りは美波とルーク、それに商人の1人が買って出た。
「俺は2番目でいい」
「じゃあ私が最初でルークが2番、おじさんが朝方でいいですか?」
美波が3人の了解を取る。
「じゃあ2時間後に起こせ。あと何かちょっとでも異変があったらすぐ起こせ」
短く指示を残してルークはさっさと寝袋に入った。
焚き火の前で座って空を見上げる。森の中に広がる満天の星、流れ星が一つまた一つと流れてゆく。こんな夜空は日本では見られないだろう。
この世界も太陽が1つ、月も1つ。この星座も地球と同じなのかどうか、美波は覚えようとしたことがなかったせいで分からない。
(夜空を見上げて歌うのはやっぱりあの昭和の名曲かな)
そして呟くように歌った。
夜のワンオペ見張りを始めて1時間が過ぎた頃。美波が張り巡らせていた索敵魔法に引っかかる反応があった。
「ルーク、起きて」
美波が小声で声をかけ、ルークの寝袋に手をかける。
「起きた。何人いる」
彼は素早く装備を整える。
「15人だと思います」
「商人のおっさんたちを1カ所に集めろ。守りやすくする」
「了解」
美波が指示通り商人らを起こし焚き火のそばに集める。
「何者?」
「盗賊だろ。こんな夜中、しかも付近に民家もない山の中で、連れ立って移動するやつなんかそれくらいだ」
ルークが暗闇を鋭い視線で睨みながら答える。
「盗賊……この国ってそんな治安悪いの?」
「滅多に出ねぇよ。けど、たまに周辺国から流れてくる無法者がいんだ」
「なるほど。15人、殺さずに制圧できそうですか?」
「余裕があればな。お前もまずは自分とおっさんらの安全を最優先にしろ」
「はい」
法律ではやむを得ない場合の殺人は罪に問われない。もちろん正当防衛であったかどうかの調査は騎士団か憲兵隊が厳密に行う。
次第に盗賊らしき集団の持つランプの灯りが見えてきた。
「お前ら何者だ」
ルークが誰何する。
「ア〜俺たちゃ、ちょ〜っとキミたちの荷物に用があってね〜? ダイジョ〜ブ、おとなしく金目のもの渡してくれたら命は助けてアゲルよー?」
間延びした声の、盗賊の頭と思しきヒョロ長い不気味な顔の男が不気味に笑う。
「お前らじゃ、俺らの相手にはならない。そっちこそ、おとなしく降伏しろ」
「なぁ〜に言っちゃってるワケ? 2人で何ができるってのさ! ハハハハッ!! お前ら、行け」
ルークの忠告も聞かず、不気味な男が顎をしゃくり部下をけしかけた。
ルークは剣を抜き走り出す。美波も魔力を練り上げる。
水の塊を発射する水銃では、動きの素早い盗賊には避けられそうだ。風魔法のカマイタチや竜巻はルークまで巻き込んでしまう。美波は使う魔法を選び、発動させた。
「火矢!」
美波は魔法で矢を作り、盗賊の腕や足に向けて次々と放っていく。矢は急所を外して貫通し、盗賊たちを戦闘不能にする。炎で作られた矢は身体を貫通するとき傷口を焼くため出血を抑えられ、失血死のリスクも避けられる。
デメリットとしては、矢の形にするため魔力操作が難しく、数を作れないところだ。しかし、美波は情報過多な現代日本で培われた処理能力、映画やゲームで培った想像力があるため、『火球よりは難しい』くらいにしか思っていない。
火球を作る時のように手に魔力を集めながら、燃焼の化学式を思い浮かべ、それを矢の形に生成する。
ルークは脚と腕に魔力を纏わせ素早く近づき、殺さぬよう素手や剣の側面で盗賊を殴る。1人は剣で昏倒させ、また1人は脚を蹴り立てなくさせ、さらに1人は回し蹴りで吹っ飛ばし、どんどん屍の山(死んでない)を積み上げていく。
怪我人をそのままにしておくのも気が引けたため、美波は盗賊らに治癒魔法を施してから、捕らえた15人を縄で縛っていく。それから見張りをルークに任せ、美波は睡眠を取った。
朝になり簡単に朝食を取って、盗賊たちを歩かせるため荷馬車に繋ぎ出発する。商隊は最短ルートを外れて途中で街に寄り、盗賊を憲兵に引き渡した。荷馬車を徒歩に合わせて走らせたため旅程が1日延びたが、王都から1週間ほどで無事に南部都市セレゥに到着した。
盗賊の頭がきしょすぎた