1 異世界に行きたいなんて誰が言った
初投稿です。
いろいろと拙いかと思いますが、生暖かい目で最後まで見守っていただけると幸いです。
しばらくは毎日投稿していきます。
現在時刻は午後7時。海部美波は今日も事務の仕事を片付けて帰路についた。一人暮らしのアパートの3階で、鞄から鍵を取り出し施錠を解除して玄関に入る。
「ただい……ま!?」
自宅であるはずの部屋に入ると、そこは外国の宮殿か映画のセットのような真っ白な柱が立ち並び、壁に備えつけられたランプが室内を照らす。美波の正面上方には天使の描かれた大きな絵画が飾られ、数人の男女が美波を囲んでいた。そしていつの間にか自分の背後にあったはずの玄関扉も消失している。
「ようこそアラミサル王国へ」
正面に立っていた70代くらいの白髪で茶色い瞳の上品な男性が美波に声をかけた。男性はサイモン・タッドと名乗り、立場は教皇であるらしい。
「アラミサル王国……?」
聞き覚えのない国名、周りの人達の服装は男性はシャツ・ベスト・スラックスのかっちりした装いで、女性はジャケット風の上着に裾の広がったスカートのドレス姿。いずれも映画か何かに出てきそうな、時代がかったファッションだ。
「ここはアラミサル王国の王都にある王城です。そしてあなたは神により喚ばれた国王陛下です」
30代後半とみられる、神経質そうな顔立ちにメガネをかけた、スカイグレーの髪にコバルトブルーの瞳の男性が言った。
その男性が持つ色彩は、明らかにここが地球ではないことを物語っていた。
「人違いです。私は海部美波。あっ美波が名前です。日本の東京都在住の28歳会社員です」
理解できない出来事にテンパって、捲し立てるように喋った。
一体自分の身に何が起こっているのか。美波の脳内に『異世界召喚』という、物語で読んだキーワードがよぎる。
(いやいや、あり得ないって。疲れすぎて夢でも見てるんでしょ)
美波はいつの間に寝てしまったのか、それとも急死でもしてしまったのかと真剣に考え始めた。
美波のパニックをよそに、サイモンは説明を続ける。
「いえ、あなたは確かにこの国の神に喚ばれいらっしゃった次期国王陛下です。私が今日も礼拝堂にて祈りを捧げておりましたら、召喚が行われてると神託が下されたのです。それで急いで宰相にご報告し宰相秘書や侍女長たちとともに礼拝堂に集まり、あなたがあらせられるのをお待ち申し上げておりました」
サイモンが言い終わると彼らは一斉に目上の人に対する最上級の礼をした。
「えぇっと……とりあえず色々説明してもらっていいですか?」
どうやらこの夢はすぐには覚めそうにない。それならこの夢の世界を楽しんでやろうと思っていた。
◇
今までいたのは礼拝堂だったらしい。そこからサイモンに導かれ王宮内を移動する。壁は白を基調とし、所々に金色の装飾があり、廊下には赤い絨毯が敷かれ、窓はガラスがはめ込まれ曇り一つなく美しく磨かれている。
(ガラスがあって、この人たちの服装から察するに18世紀か19世紀くらいの世界? 王宮の内装を見ても豊かそうな国……)
美波は知識を総動員しながら分析する。
礼拝堂からいくつかの扉を通り過ぎ、彼はひときわ豪華な扉の前で止まった。
美波の隣を歩いていた神経質そうなメガネ男性は、歩きながらジョナサン・シャーウッドと名乗った。役職は宰相だという。その宰相が扉の前で口を開く。
「ここが国王陛下のお部屋、ミナミ様の私室となります」
宰相は扉を押し開け、美波たちを部屋に招き入れた。教皇は『陛下への説明は宰相閣下にお任せします』と言って、部屋の前で一礼し去っていった。
部屋は高級ホテルのスイートルームのような広さで部屋も3つほどあるようだった。
宰相は美波をソファに座らせて、部屋にある大きな本棚から地図を取り出しローテーブルに広げた。
地図は中央に菱形を左右に伸ばしたような大陸が描かれており、そこには不規則に境界線が引かれ、大小さまざまな国を構成していた。そしてその大陸にあるどの国よりも大きな国にアラミサル王国と書かれている。
ここから宰相の怒涛の講義が始まった。
「つまり、この国は神様(一神教なので名前はないらしい)が国王を選んで召喚している。大体は国内から選ばれるけど、たまに異世界から召喚されることもある。私は国王として記念すべき20人目で、5人目の異世界人国王なわけね。分かった、ここが異世界だっていうこともなんとなく受け入れつつあるし、国王だって言うんなら国王なんでしょう。ちなみに国王辞めて元の世界に帰るなんてことは……」
「帰られた方は過去にいらっしゃいません」
宰相が無慈悲に言い切った。美波の後ろに控えていた侍女長らは痛ましそうに顔を伏せる。
それに、と宰相は言葉を続ける。
「国王を辞任された方もいらっしゃいません。どの方も亡くなられるまで在位していらっしゃいました。まぁ、なんの前触れもなく突如亡くなられた方も数人いらっしゃいましたが、その方々は重税を課したり、公務を行わず色欲に溺れたり、他国に戦争を仕掛けた挙げ句大勢の民の命を犠牲にしたりと悪政を敷いておりました。ですので神のご意志に沿わない行いをすると命をもって償うことになる、と言われております」
国民の命を背負っているからこそ国王は間違えられない。そして間違いの代償は自らの命によって支払われるようだ。
(異世界怖っ!!!重税も戦争もダメだけど、こちらの都合まるっと無視して勝手に国王にした挙句、期待した成果が出せなかったら殺すってそれ神様じゃなくて悪魔か何かなのでは!?)
批判の言葉が喉元まで出かかったが無理矢理押し戻した。
美波は突如として、この拉致とも言える出来事に巻き込まれた。そしてこの国で国王の地位を得た代わりに、元の世界の家族や友人、大学まで通って得た学歴や知識、贅沢はできないが衣食住には困らない程度の賃金を得られた仕事……。28年の間に得たかけがえのないもの、一つ一つ積み重ねてきたもの全てを失った。
(ここで気を失ったりしたら、目が覚めて見慣れた自宅に戻ってたりしない? もう気絶でもなんでもしちゃいたい。だって仕事から帰ってきたと思ったらまさかの異世界トリップ。疲れてない訳がない。さっきからヘンな汗も止まらないし化粧だってヨレヨレだよ、きっと)
美波は改めて自分の対面に座る眼鏡男性を見たら、涼しげな造形のイケメンであることに気づいた。そして髪の色が地球ではあり得ない色をしていることも。よもやウィッグという訳でもないだろう。
それは、ここが異世界なんだと現実を突きつけている。美波はふいに気になって後ろを振り返って見れば、3人の人物が壁際に立っていた。左側の男性は茶色の髪と瞳。ちょっと安心感を覚える。
「私は宰相閣下の秘書をしております、オリヴァー・ディケンズと申します。どうぞよろしくお願いしますね」
美波に目線を向けられた茶髪の男性がにこやかに笑い、腰を折った。宰相と同年代と思われる優しげな容貌の、またもやイケメンである。
「わたくしは侍女長をしておりますソフィー・マグワイアと申します。隣はこのたび陛下付きの侍女筆頭となりますケリーと申します。誠心誠意お仕えいたしますわ」
2人は揃って美しい礼をみせた。
オリヴァーの隣に立っている侍女長は若い頃は絶世の美女だっただろうことを思わせる、グレーヘアにグリーンの瞳のおばあさまで、ケリーと呼ばれた女性は、美波よりいくつか年下だろう。赤毛にヘーゼルの瞳のそばかすが親しみやすさを覚える容貌だ。
「過去に異世界人の国王がいたってことは、私以外にも異世界人がいるんでしょうか?」
疲れた頭を必死に回転させて状況を理解していく。
「いえ、異世界の方は国王としていらっしゃった5人の方以外は記録にございません」
宰相は表情を崩さず淡々と答える。
どうやら美波は三毛猫のオスよりレアらしい。
「神様が国王を選ぶって魔法か何かみたい……」
「神のなさることは超常のもので魔法ではありません。魔法はこのように火を起こしたり__」
宰相が指先から小さい火を出し、テーブルの上にあったロウソクに火をつけた。
「こうして火を消したりするのが魔法です」
手をかざし風を起こして火を消した。
(まじか。魔法だ。手品じゃないよね、魔法だよね。エクスペクトをパトローナムしちゃう感じ?)
「私も魔法使えるんですかね? っていうか私がここの言葉が分かって喋れているのも魔法ですか?」
「魔法の適性があるかは騎士団で見てもらいましょう。そして言葉が分かるのは国王陛下が神から贈られる特殊能力によるものだと思われます。異世界からきた過去の国王陛下は皆、『理解者』という特殊能力を持っていて、どんな国の言葉でも聞き、話し、書くことが出来たそうです」
言葉に困らないのは助かるが、なんとも実務に寄っている感が否めない。神様の馬車馬のように働かせようという意図を感じるのは穿ちすぎだろうか。
「ちなみに前国王様の特殊能力は?」
「『善友』どんな動物からも好かれる方でした」
前言撤回。ブッダか。大丈夫か前国王。
美波は魔法がある世界の変な国に来てしまったらしいと漠然と理解した。
そして悲しいかな、やっぱり目が覚める気配もなければ気絶する気配もない。5年も社会人経験をしていればどんな状況になっても、ショックで気絶なんてことは出来ないものである。
最初は一人称で書いていたのですが、1万5千文字を超えたあたりで「これ一人称はムリだな」と気づいて書き直しました。