肛門の拷問の果ての境地
今ではもっと楽な検査方法があると、存じております。
ワクチン接種の待ち時間、クリニックに置いてあったパンフレットを読んだ。
その中に、『大腸がんに注意』というものがあった。
そうだね、感染症も大変だけど、ガンになったら大変だよね。
だって私、なりましたから。
それはもう十年くらい前のこと。
たまたま受けた、「便潜血検査」でひっかかった。
痔だろうか。
まあ、知り合いの医者から、「大丈夫だと思っても、便潜血でひっかかったら、必ず内視鏡の検査は受けろ」と聞いていたので、受けてみた。
それはそれは、もう、筆舌に尽くしがたいほど。
絶大なる苦痛を伴う検査だった。
(注:今は、その時よりも苦痛の少ない検査になっている、はず)
検査を受けるに当たり、下剤を飲むのである。就寝前と検査当日に。
スポーツドリンクの劣化版みたいなものを、二リットルほど。
しかも短時間で。
飲みにくいのだ、これがまた。(最近、少しだけマシになった)
腸内をすっからかんにするために、延々とトイレに通う。
初めての検査の時は、知らなかったとはいえ、仕事しながらこれをやった。
勿論その日、仕事にならなかった。
検査は、肛門から内視鏡を挿入し、カメラは腸内を逆流していく。
「アーーーっ!」という感覚を味わったのだ。
BL書く時の参考にしよう、などと悠長なことも、頭に浮かばなかった。
私の腸は、腹膜炎を起こしかけたことがあるためか、通常より内視鏡の通りが悪いらしい。
カメラの先端が腸を曲がり切れなくて、腸壁にしばしばぶつかる。
特に、担当医師の手技が熟練されていない(有体に言えばヘタ)な場合。
激痛である。
平素、痛みには強いというか、鈍感な方だが、脂汗が額に滲み、「うぎゃっ!」みたいなヘンな声が上がる。
中世が舞台の拷問モノでも書く時の参考にしよう、などと思う余裕もなかった。
今は、麻酔下での検査も行われているので、痛みに弱い方はそちらでどうぞ。
結果、四センチほどの腫瘍が見つかり、細胞診の結果、悪性と言われた。検査の一か月後に内視鏡的切除となった。
切除の時も、その前の処置やら何やら大変ではあったが、割愛。
切除した腫瘍をわざわざ目の前まで持ってきて、見せてくれた看護師さんには、『有難迷惑』という日本語を献上したい。
腫瘍の色はザクロ。形は菊花漬けのカブみたい。
肛門繋がりだから、菊ですか、と質問する気力も出なかった。
結局ステージゼロだったし、担当医から「アメリカでは、これはガンとは言いません」とか、慰めにならないようなお言葉をいただいた。その後何年かに一度、大腸内視鏡検査を受けているが、今のところ再発のおそれはない。
ていうか、「あなたの大腸検査やるの大変だから、あんまり頻繁に受けなくていいわ」と言い切った女医さんに、『転ばぬ先の杖』ということわざを謹呈したい。
ところで現在、日本人のガン罹患数で最も多いのは大腸である(2019年)。
かなり進行するまで、本当に症状が出ない。
私もよく言われるような初期症状、すなわち、肛門からの出血や、下痢便秘を繰り返すといった症状はほとんどなかった。
せいぜい、血圧が異様に低く(この頃は80/50、気を許すと70/40くらい)、便潜血検査でひっかかる直前、体重がほんの少し減った程度である。
しかし、この頃は巨デブだったので、二、三キロ減ったくらいは、誤差範囲内だった。
その後、人生を真面目に考え直し、二年半かけて体重を減らし、今では厚生労働省推奨の「死ににくい」BMIになっている。
ちなみに、大腸ガンリスクは、肥満、酒、タバコ、肉の多食だという。私は大腸ガンになる前は、全部当てはまっていた。酒なんて、それこそ毎日浴びるように飲んでいて、致死量に達したらしい。今では正月のお屠蘇くらいしか飲まない。
特に五十代以上になると、大腸がんハイリスク年齢と言われるそうだ。該当される方、まずは便潜血検査を受けることをお勧めする。
ついでに言えば、社保で行う定期健康診断に、必ず便潜血検査を入れてくれや――と厚生労働省にお願いしたい。
さて、ワクチンも済んだし、そろそろ内視鏡の予約でも取ろう。
大腸内視鏡検査は、私にとっては、拷問を越えた修行なのである。
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