6 蟻と蝶々
次の日、あの子は真っ黒な男に連れて行かれた。
かわりに、『お金』というものがあの子の家族に渡されていた。
あの子が連れて行かれるのをとめようとした僕を、いつのまにか隣にいた森の精霊がとめた。
「あの男はお前の持ってくる食べ物が欲しいんだ。そのかわりとして、あの家にお金を置いていった。人間が人間の中で暮らしていくにはお金が必要だ。あれだけあれば、あの家は使い方を間違えなければ貧しさから抜け出せる。だからやめておきなさい」
お金。
あの子の家にはお金がない。
お金がある家とない家があるのはなんでなんだろう。
「人間はね、よくお聞き。人間は、自分とその仲間のために懸命になるものだ。その仲間として見る相手が1人1人違うのだよ。ある者は、ある者を仲間として大切に考えていても、その相手がそうとは限らない。あの娘は家族や近所に住む者、あの男でさえ一緒の村に住む仲間だと思っているが、あの男は自分と自分の家族以外は仲間だと考えていない。だから、あの男はあの娘とその家族の貧しさを、自分が何をしてもいいものとして扱うのだ」
僕がうなずくと、森の精霊は続けた。
「あの娘とその家族はお前の贈り物をみんなで分けあった。おそらくお金でさえあの子たちはそうするだろう。そのせいで、あの家族にはお金がない。だがあの男のように身内だけで分け合う者は、誰とでも何かを分けあったりはしない。そうやってお金を貯めていくのだ」
じゃああの男がいなくればいいのに。
僕がそう考えた時、森の精霊は首を振った。
「アカゲ、お前は蝶が好きだな」
僕はうなずく。
「あの娘は蝶のようなものだ。花々を飛び回り、花粉をつけて受粉を促す。与えられる蜜に満足する。対してあの男は蟻のようなものだ。何か良いものはないかと常に探し回り、仲間のために見つけたものを蓄える。それはどちらがいいとか悪いとかではない。ただそうあるだけ、というだけのことだ」
僕の友達には蟻が好きなやつもいる。
僕は俯いて、けれど小さくうなずいた。
「蝶でも蟻でも、蜘蛛でも蛇でも、石でさえ、天から見れば全てが同じ。その生き方にいいも悪いも、聖も邪もないのだ」
妖精は精霊となり、精霊はいつかその先へと進む。森の精霊はいつもそう言う。多くを学びなさい、と。
僕はその先、という意味がなんとなく分かったような気がした。
多くを学びなさい、という意味が。
僕の中の光が強くなって、ふくらみ始める。
「おめでとう、アカゲ」
森の精霊の言葉が遠くで聞こえた。