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寝起きの頭

作者: 柿畑 紫慧

ふっと、目が覚めた。

外が明るい。カーテンの隙間から漏れた太陽の光が、フローリングに光の道を作っていた。

枕元の時計を見る。9時46分。オフの日の目覚めにしてはそこそこ早い方だな、と半分しか起きていない脳みそで考えた。


冷蔵庫を開けて、開封済みのアクエリアスを取り出す。2Lのペットボトルはなかなか空っぽにならない。コップに注いで流し込むと、乾いた喉がキュッと鳴った。


「一人暮らし」という言葉の理想と現実の差は大きい。人によるのかもしれないが「理想の一人暮らしの体現」というのはかなりハードルが高いのではないだろうか。「丁寧な暮らし」という言葉がある。まったくもって反吐が出るような言葉なんだが、つまるところそういうものに対して時間的,金銭的,労力的なコストをかけれるのもまた、「理想の一人暮らし」なんだろう。


洗面所で冷たい水を顔にかける。濡れたところの細胞がキュウっと縮んで、段々と覚醒していくのを肌で感じていた。鏡を見る。右側のもみあげがほんの少しだけ、外側にはねていた。

廊下をペタペタとほんのり汗ばんだ素足で歩く。玄関を見ると、黄色いゴミ袋が置いてあった。そういえば今日は確か、可燃ごみの日だったか。昨晩まとめて放り込んでおいたのをすっかり忘れていた。さっさと捨てにいってしまうか。スリッパを引っ掛け、玄関のドアを開ける。


むわり、とした熱気。このアパートの玄関が面している路地は狭く風通りが悪い。冬場は日が当たらないせいで一日中寒いし、夏場はこうして空気がこもってちょっとしたサウナになってしまう。


ガチャリ、と右側から音がした。見ると、お隣さんがちょうど家を出るところだったらしい。

「あ、おはようございます。」

「…どうも。」

軽く頭を下げる。俺はこの隣人がどうも苦手だ。こうして俺みたいな人間に対してきっちり挨拶をしてくるところとか。あとは。


「おはようございます。」彼女の後ろから出てきた男性もまた、俺に挨拶を投げてくる。今度は無言で、会釈を返す。そうですか、二人でどっか行くんですね。行ってらっしゃい。


初めのうちは男性の影はなかったのだけれども、いつの間にか二人になっていた。どうやって6畳一間で男女二人が同棲できるんだ?俺の中ではもはや七不思議の一つとなっている。ちなみに、この薄い壁にも関わらず夜の営みが一切聞こえないと言うのが七不思議の二つ目である。聞こえてくるようならば厳重に然るべきところに断固として抗議しに行くのだけれども、聞こえないというのもそれはそれで精神衛生上よろしくないとは思わなかった。全く。自分の矮小さにため息が出る。


女性が男性に日傘を手渡す。男性はその長い腕で二人の真ん中に傘を掲げると、並んで駅の方へと歩いていった。はいはい、幸せそうで、今日も平和ですね。


きっとああいう二人が『丁寧な暮らし』をしているんだろう。緑色のネットを持ち上げてゴミ袋を放り込みながら、そんなことを思った。でもきっと、彼女らは自分たちの生活を『丁寧な暮らし』なんて名前付けてはいないんだろうな、と。


結局そんなもの、どこにも転がっていないのだから。

ふわり、とあくびが出た。さてと、今日は何をしようか。

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