42回目 その頃、彼らは 9
それは小さな出来事だった。
前線を突破した化け物が、後方に襲いかかる。
そう大した事ではない。
一匹、せいぜい二匹が後方までやってきたというだけである。
だが、小さな影響というだけで済ます事も出来なくなる。
化け物を攪乱する為に、ヒロキが駆け巡ってる。
それと同じ事がヨシフサ達にも起こっていく。
それは本当に小さな事だ。
しかし、与える影響は大きい。
小石が素面に波紋を描いていくように。
たった一匹。
それが突破した事で後衛は一気に危機に陥る。
それを撃退する為に、後方からの攻撃が少しだけそちらに向かう。
ほんの少しである。
だが、前線に押し寄せる敵への攻撃が、その分だけ減る。
その一発で倒せた敵が前線に及んでしまう。
たった一匹分だが、前線にかかる圧力が増す。
その分、対応の手間が増える。
増えた分だけ、他の化け物への攻撃が緩くなる。
それを補うために、ほんの少し後退する。
後退した分だけ、後方の安全は脅かされる。
それは気にするほど大きくは無い。
小さな小さな影響だ。
しかし、全くないわけではに。
そうして圧力に押し込まれた分だけ、戦線は崩壊しやすくなる。
一匹が二匹に、二匹が三匹に。
そうして突破した敵が増える分だけ、後方からの援護が減る。
減った分だけ前線の負担が増える。
この繰り返しが崩壊へと至る。
幸いな事に、事はそこまで大きくはならなかった。
後方で休んでいた者が迫る敵を撃退した事で。
そのまま休んでいた者は前線へと出向いていく。
そこで漏れてきそうになる化け物を切り捨てる。
そうして前線の穴を塞ぎ、後方に居る者達の攻撃を前線に集中させる。
化け物はそれによって再び押し戻された。
その後、前線はなんとか持ち直す。
押し寄せる化け物も次々に倒れ、最後の一匹が切り捨てられた。
危ない瞬間もあったが、何はともあれこれで一息つける。
警戒は続けながらも、後処理が始まる。
霊気玉の回収。
その護衛。
更には、通路の先を見回り、状況を確認。
それと同時に、戦闘に入っていたものは休憩をとっていく。
「おつかれ」
「おつかれさん」
長時間ぶっ続けだったせいで、誰もが疲れている。
ただ、悲壮感はない。
少し危うい瞬間もあったが、いつもとさほど変わりはない。
なので、いつもと変わらない行動を誰もが取っている。
ただ、一部はそうではない。
「すまねえ、突破されちまった」
今回初参加の重装甲戦士がヨシフサ達に頭を下げていく。
そんな彼に、
「気にするな。
こういう事もある」
特に問責する事もなくなだめる。
「今までだってこういう事はあった。
初めてじゃない。
でも、どうにか立て直してきた。
今度もそういう事だ」
「そうそう。
気にしてもしょうがない。
気をつけなくちゃいけないけど」
「こんな事を一々問いただしはしない。
誰だってやってるんだ」
ヒロキ、トシタカも同じ事を口にする。
実際、前線突破なんて珍しくも無い。
撤退して立て直しなんて事もあった。
そうやって今までやってきたのだ。
多少文句はあったとしても、それを理由に責めるわけもない。
「それよりもだ。
この先こういう事が無いようにしていこう」
「そうそう。
今日の事だって、いい参考資料になる」
「まだ重装甲戦士との連携は手探り状態だし」
「……そう言ってもらえると助かる」
新入りも、そんな声に安心していく。
そういった言葉に嘘はない。
守りは今までソウジロウが担っていた。
なので、重装甲の戦士の動き方の手法が確立されてない。
協会で公開されてる情報には目を通したが。
実際にやってみたのは今回がほぼ初めてだ。
全く経験がないわけではない。
何人かそういった者も在籍している。
しかし、ソウジロウを組み込んでの運用体制になっていた。
その為、実質的に今回が初めての実戦運用となる。
分からないこと、未知数な部分というのは出てくる。
一人抜けただけである。
だが、その一人の違いが影響を与える事もある。
それが大きなものか小さなものかは分からない。
それすらもまだ模索状態なのだ。
だからこそ、良いところも悪いところも洗い出さねばならない。
そして改善と改修をかさねて、よりよい動きを見つけ出していく。
だからこそ今回の失敗は、貴重な参考資料になる。
良い結果とは言えないが、悪いだけという事もない。
何より、こういった事を考慮して、少しは楽な地域で行動してるのだ。
収入もその分落ちるが、それも覚悟の上である。
全ては、より確実な戦闘方法を探るため。
やり方を構築して次に進むため。
それをヨシフサ達は6年間の活動で行ってきた。
そして二週間ほどやり方を考え、練り上げて。
彼らは新体制での迷宮探索を本格的に行っていく。
あらためて迷宮の奥を目指し、本来の活動場所へと向かう。
ソウジロウが抜けた後の、新たな活動が本格的に始まる。
そんな彼らは全く意識してない。
そういったやり方、可能な限り危険を避け、確実なやり方を見つけ出していく。
それこそがソウジロウがしてきた事であるのを。




