20回目 這い寄ってくる不気味でおぞましい奴ら
それは最初、小さいざわめきだった。
空気をふるわすような感覚。
しかし、音としてはっきりとは伝わってこない何か。
新人達が最初に感じたのはそれだった。
それは次第に大きくなっていく。
はっきりと聞こえるざわめきになる。
それと共に、彼らの目にも見えてくる。
迷宮の奥から迫る影が。
地下迷宮といっても、完全な暗闇ではない。
うっすらとした明かりが発生している。
天井から、壁から、床から。
そのおかげで10メートルから20メートル先までは見通せる。
はっきりとはしないが、輪郭をとらえる事が出来るくらいには。
そういった光と、ソウジロウ達が持ち込んだ照明。
それらが組み合わさって、かなり遠くまで見渡せるようになっている。
加えて、彼らは探索用に望遠鏡も持ち込んでいた。
倍率はそこまで高くは無い。
だが、100メートル先くらいまでは楽に見通せる。
それを使っていた監視役が声をあげる。
「見えた!
10メートル先!
一番最初の罠にさしかかるぞ」
その声に新人達が緊張していく。
彼らとて、迷宮での戦闘は初めてではない。
しかし、迫る化け物の数は今までの比ではない。
「数は……………多くて数えられない!」
全員、自分でも分かるほど顔から血の気が引くのを感じた。
「よーし、お前ら。
腹をくくっていけ。
あれを倒さないと死ぬぞ」
ここまで連れてきた張本人がそんな事を言う。
「それに、ここで逃げてもだ。
帰るまで化け物を避けていけるのか?
出来ると思うなら好きにしろ」
この時点で新人達は色々と覚悟を決めるしかなかった。
そうしてる間に敵の姿がはっきりとしていく。
この迷宮で最もよく見る連中。
三つに分かれた胴体、六つの足。
虫の特徴そのままの体に、そこだけ人間のように見える顔。
人面虫だ。
それが群れをなしてやってくる。
異様という言葉が似合う。
胸部と腹部の間に生えた足を動かして進む姿も。
やや長目の胸が上に反り上がり、クビのように見えるのも。
その姿が、生首が歩いてるように見えるのも。
頭が人間の、それも女のように見えるのも。
そのくせ、頭髪はなく、触覚が生え、口は虫の牙状になってるのも。
おおよそ自然には存在しないものだった。
少なくとも、ソウジロウが転生したこの世界では。
野生でこんなのがいるという話は、今のところ聞いた事がない。
それらがある程度まとまった数で襲ってくる。
そういう習性なのか、人面虫は5匹から10匹くらいで集まる。
だいたい、この塊が一つの単位になってるようだ。
それらが集まって、より大きな群れになる事もあるが。
今回の場合は、7匹くらいの群れのようだ。
まずは最初の一群といったところか。
頭の高さが、だいたい人間の腹のあたりくらい。
それが揃ってやってくるのは、ある意味壮観である。
グロテスクという方向で。
生理的なおぞましさを感じさせる外見だ。
それらが設置した罠を、侵入阻害用の杭を越えてくる。
間隔を空けて設置してる杭は、迫る人面虫を止める事は出来ない。
ただ、進行速度をいくらかゆるめてくれる。
杭の隙間を抜けて進もうとするので、それで時間をとってしまう。
また、わざと罠を設置してない場所を作ってもいる。
人面虫はそれを見つけると、そちらを経由して前に進もうとする。
無理して障害を抜けるのも手間なのだろう。
それがソウジロウの狙いだった。
罠で敵が倒れればいい。
そうなってくれれば楽が出来る。
だが、実際にはそれはほとんど期待出来ない。
目に見える罠などそうそう引っかかりはしない。
しかし、見て分かるから警戒する。
見て分かるから、迂回しようとする。
それが進行速度を遅らせる。
そして、見て分かるから罠の無い所を選ぼうとする。
そうなれば、進む場所をある程度選ぶ事になる。
そういった考えを利用して、相手の動きを制御する。
隠す事が出来ないなら、見せ方を工夫する。
そうする事で、相手を牽制する。
これが迷宮内での罠の使い方になっている。
罠というより障害物というべきだろうが。
その障害物が狙い通りの効果を発揮してる。
それを見てソウジロウも動き出す。
あえて罠・障害物を外した道を。
一直線になった人面虫がそこを進んでくる。
そんな人面虫に向かって、ソウジロウは手にした刀を振っていった。




