14回目 相手にあわせた態度をとる、それが公平で公正というもの
この時点で四人に容赦するつもりは一切無くなっていた。
それぞれの姿勢にそれがあらわれている。
いずれも自分の身に付けた戦闘技術の構えをとっている。
特に中心になってる者は、手にした刀を上段に構えてる。
それが見る者にすら戦きを抱かせる。
飛刃流。
その構えを主とする流派だ。
様々な流派の中でも、最も高い攻撃力をもつといわれている。
その特徴は、上段の構えのまま突進し、相手に向かって振り下ろすこと。
単純明快な攻撃手段である。
飛刃流でも基本として最初に学ぶ技だ。
だが、突進の威力と、躊躇わずに振り下ろす刀の早さ。
その二つが合わさった威力ははかりしれない。
極めた達人は岩すら切るといわれる。
初歩で基本にして奥義とも評される。
これが戦場を縦横無尽に駆け巡りながら繰り出されるのだ。
広範囲に敵を殲滅する事で、勇名をほしいままにしている。
もちろんこれ以外にも技はある。
一撃だけの流派ではない。
しかし、たいていの場合、二撃目を必要とせずにすべてが終わる。
それゆえに、上段振りかぶりのこの技だけが勇名になってしまっている。
対するソウジロウ、全く何の気構えもない。
相手への対処とか、そういったものが見えない。
ともすれば、棒立ちのまま突っ立ってるようにすら見えた。
武器を構えることもせず。
刀は鞘におさまったままだ。
(おい、どうすんだよ)
見ていた者達は誰もがそう思った。
確かに登録証の能力値は見た。
新人達を圧倒的に突き放してる。
それだけ見れば、ソウジロウが圧倒してる。
しかし、それでも何の構えもとらないのはどうかと思った。
構えとは、動きやすい体勢だ。
瞬時に動くために必要な姿勢のはずである。
それを取らずにどうするのかと。
幾ら新人とはいえ、早さと威力に長ける飛刃流である。
そう簡単に避けられるとは思えない。
誰もがそう思っていた。
しかし。
新人達が動き出す。
ソウジロウを囲んだ者達が。
それも、真正面にいた飛刃流の使い手がである。
囲んだとはいえ、彼らもそこは意地や自負があるのだろう。
後ろから切りつけるような真似はしたくはないようだった。
それはそれで、正々堂々といえるかもしれない。
「うおおおおおおおおおおおお!」
雄たけびを上げながら突進する新人探索者。
それをソウジロウは正面から受け────、
一瞬にして新人が空中で前転をした。
そして、地面に落ちる。
本当に一瞬。
何が起こったのか分かった者はいない。
ただ、そうなる直前、新人の刃がソウジロウに振り下ろされるのだけを見た。
噂にたがわぬ早さだった。
飛刃流の剛剣、まさにかすんで見える太刀筋だった。
しかし、結果はこうなった。
正面からそれを受けてしまったように見えたソウジロウは無事で。
ソウジロウを基点にして新人が一回転した。
そして、地面に倒れている。
そして、ソウジロウの手には刀が握られていた。
ソウジロウのものではない。
新人が握っていたものだ。
いつの間に奪い取ったのか、新人からソウジロウに渡っている。
その出来事を、周りにいた者達は唖然として見ていた。
どよめきも、ざわめきも無い。
あまりの事に声も無かった。
理解が追いつかない。
頭が働かない。
ただ、原因と結果だけがあり、その過程がすっ飛ばされている。
このとき、この場に居た全員の気持ちを言うならばこうなるだろう。
(何が起こった?)
それ以外に何もなかった。
ソウジロウを囲んでいた三人もそれは同じだった。
刀を抜いて構えてはいる。
しかし、そこから動けなかった。
倒れてる彼らの中心人物と。
立ったままのソウジロウを。
それをただ呆然と見てるしかなかった。
結論を言えば。
振り下ろした腕をとり、支点を作って投げたのだ。
相手の動きや勢いを殺さずに。
それをすれ違いざまのほんの一瞬で行った。
ついでに言えば、その時に刀も握っておいた。
転がり飛ばされる新人は、その刀を握っていることが出来ずに飛ばされた。
ソウジロウの手に刀が残る形で。
「どうした」
ソウジロウがそんな三人に声をかける。
言われてようやく少しだけ気を取り戻した。
「まだ終わってないぞ」
その言葉で。
新人の刀を無造作に投げ捨てる音で再び動いていく。
あらためて構えの姿勢から動き出す三人。
見たところ、全員飛刃流のようだ。
それが三方向からソウジロウに飛び掛る。
逃げる場はない。
ソウジロウも逃げるそぶりは見せない。
そして。
結果は似たようなものになった。
まず最初の一人。
腕を振り下ろしたまでは良かった。
しかし、ソウジロウがすれ違うように動いた直後に刀を落とす。
「う……がっ……」
そのまま膝をつく。
腕を震わせながら。
すれ違いざまにソウジロウが当身を入れたのだ。
神伝流の格闘術、柔術にある当身だ。
それが取り巻きの腕に打ち込まれた。
刀を落としたのはその衝撃のためである。
二人目の取り巻きは、振り下ろした刀をそこから振り上げる。
滅多に見れない飛刃流の二の太刀だ。
振り下ろした刀をもう一度上げるのではなく、そこから切り上げる。
それにより空白を作らずに攻撃を仕掛ける。
そんな二人目にソウジロウは接近していく。
しかし振り上げようとした腕に当身を入れるべく。
そして二人目も一人目と同様に刀を取り落とす。
柄を握っていられないほどの衝撃に悶絶しながら。
これらの動きを、誰も目に留めることは出来なかった。
それだけ早く、一瞬で片付いてしまっていた。
それは樫山探索者協会の者達だけではない。
何事かと様子を見に来た者達全員がだ。
三人目は、さすがにいくらか警戒をしている。
不用意に近づかないように気をつけていた。
今までの三人は、仕掛けて反撃を食らったように見えた。
ならば、下手に近づかずに様子を見ようとした。
そこにソウジロウが向かっていく。
迎え撃つ形になった三人目は、一気に不利になる。
自ら飛び込む飛刃流だ。
迫ってくる敵にはやや弱い。
それでも、振りかざした刀で切り落とせば迎撃は容易い。
それを狙って三人目はソウジロウを待つ。
しかし。
(ここだ!)
そう思って刀を振り下ろす。
しかし、その三人目の目からソウジロウが消える。
(え?!)
何で、と思う間も無かった。
次の瞬間、腕に衝撃を受ける。
三人目に起こった事も、基本的に今までと変わらない。
振り下ろした刀に対応して、ソウジロウが腕を打った。
ただそれだけである。
今までは、向かってきた相手に合わせて。
今回は、待ち構える相手に狙いを付けて。
その違いがあるだけだ。
そこで結果ははっきりと出た。
新人四人は痛みに膝をついてうめいている。
当身を打ち込まれた痛みがまだ引かないのだ。
そんな三人に、そして成り行きを見ていた樫山探索者境界の者達も。
いつの間にか集まっていた野次馬も。
「これがおんぶに抱っこの実力だ」
うずくまる四人にソウジロウが言葉をかける。
「そして、神伝流だ」
その声を聞いて、誰もが理解した。
理解させられていく、目の前の現実をもって。
ソウジロウの実力を。
彼が身に付けた武術流派の力を。
もうそれを否定する事は出来なかった。
どれだけ疑問を抱いていても。
そして。
そんなソウジロウを侮った四人だが。
報いを受けて動けずにいる。
やむをえない先入観によるものではある。
だが、不用意な言葉と行動が原因でもある。
その代償は決して小さくはなかった。
何より、本当の代償はこれからである。
この程度で許してやるほど、ソウジロウは優しくも甘くもない。