超絶ブラックなギルドの新人職員、実は月を欠けさせるほどの力を持つ伝説の賢者でした
ルガール青年は、世界的ギルド組織である『ペンタホワイト』の職員見習いとして採用され、とある街にあるギルドで働くこととなった。
『ペンタホワイト』は名前と施設こそ白を基調としているが、内部はとてつもないブラック。
ルガールは初日からその洗礼を浴びていた。
朝礼でギルド職員たちが集まるなか、新人の挨拶もさせてもらえずにその中に放り込まれ、番号点呼をさせられる。
ギルド長は椅子でふんぞり返ったままそれを聞き、点呼の声が少しでも小さかったり、またタイミングが少しでもずれたりすると最初からやり直させていた。
「おい、12番! 声は元気だったしタイミングも悪くなかったが、なんか気に入らねぇなぁ!
10回目だからって、いい加減にしろとか思ってんだろぉ!? 最初からやり直しだ!」
周囲の職員たちが、12番の職員に批難の目を向ける。
20番目だったルガールは、挙手をして尋ねた。
「あの、ギルド長。この点呼には、業務上のどういった意味があるのですか?」
ルガールは穏やかな微笑みだったが、ギルド長は目をひん剥いていた。
他の職員たちはとばっちりを受けたくないのか、サッと目をそらす。
「意味だとぉ!? テメェは説明されなきゃそんなこともわからねぇのか!
ははぁーん、さてはテメェ相当なバカだな!
採用担当のヤツめ、ホームラン級のバカをよこしやがって!
よぉし、お前たしか『ルガール』とかいう名前だったよな!?
だったら、お前は今日から『バカール』だ!
おいみんな、コイツのことは『バカール』って呼べよ、いいな!」
「はいっ!」と直立不動になる職員たち。
屈辱的なアダ名を付けられても、ルガールは苦笑すらも浮かべなかった。
その態度が気に入らなかったのか、ギルド長はさっそく新人イジメを開始する。
ギルド長の忠臣ともいえる下っ端職員、ボーズに『ステータスオープン』の装置を1台壊すように命じた。
そしてギルドの『入会受付』カウンターが混雑してきたタイミングで、ルガールを怒鳴りつける。
「おいバカール! 入会受付カウンターが込んでるだろうが! さっさとお前も受付しろ!
ボサボサしてたらその眼鏡を叩き割って、女みてぇな髪を引きちぎってやるぞっ!」
ルガールはボーズが対応している隣のカウンターに着くと、『CLOSE』の札を取り払いながら呼びかけた。
「こちらでも受付させていただきます。お先にお待ちの方から、こちらへどうぞ」
ギルドの入会受付というのは、おもにふたつの手続きから成り立っている。
必要書類の記入と、ステータスオープンである。
後者は専用の『魔導装置』があり、それを使うことにより、受付をする冒険者の能力などを調べることができる。
だがルガールの受付カウンターにある装置は壊されているので、ウンともスンともいわない。
その様子を見ていたギルド長は、ひとりほくそ笑む。
「……あのバカめ、まんまと引っかかりおったわ……!
ステータスオープンができずにヤツが手間取れば、冒険者たちから苦情が殺到する……。
あの鼻持ちならない笑い顔が泣き顔になって、この俺に助けを求めてくるだろう……。
そしたらみんなが見ている前で、土下座させてやる……!
さらに修理代もヤツにふっかけてやられば、当分はタダ働きって寸法よ……!」
しかしルガールは魔導装置の中を開けて、ちょちょいといじっただけで元通りにしてしまった。
何の問題もなく動き出した魔導装置に、目玉をギョロリとさせるギルド長。
「……なっ!? 直した、だと……!?
バカな!? 『魔導装置』が素人なんかに直せるわけがない!
専門の業者を呼ばなくちゃならんほど、複雑なシロモノなんだぞ……!?」
否、彼は素人ではない。
というか、ステータスオープンの魔導装置を世界で初めて作ったのが、他ならぬ彼である。
もちろんギルド長は、そんなことは知る由もなかった。
しかもルガールの受付は、今日入ったばかりの新人職員とは思えないほどに淀みがない。
顧客である冒険者がステータスオープンをしている最中、必要書類に記入。
あとは本人のサインだけでいいようにしてあったので、実にスムーズであった。
「いやぁ、俺は今までいろんなギルドに入ってきたが、こんなに受付が早く終わったのは初めてだよ!
こりゃ、かなりいいギルドのようだな! 贔屓にさせてもらうぜ!」
冒険者たちはギルドの会員証を受け取り、大満足で帰っていく。
隣にいたボーズはルガールに負けまいと急くあまり、ミスを連発。
とうとう新規受付の冒険者たちは、みなルガールの列に並ぶようになってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ギルドには、『エース』と呼ばれる冒険者がいる。
エースは所属している冒険者の中でトップクラスの成績を誇り、ギルドの看板ともいえる人材だ。
彼らが困難なクエストをこなしてくれるおかげでギルドは潤い、また名声が広まって、さらなる入会希望者がやって来るのだ。
そのため、エースにはギルド長でも頭が上がらない。
ルガールが所属しているギルドのエースは、上級魔術師学校を飛び級で、しかも首席で卒業したという、若き魔術師フォープ。
フォープがギルドを訪れると、ギルド長が揉み手をしながら飛んでいった。
「いやあ、フォープ様、ご機嫌うるわしゅう! いちばんいいお席へどうぞ用意してあります!
ささ、コーヒーをどうぞ! 杖のお手入れもさせていただきます!
そしてこちらが、フォープ様のために厳選したクエストのメニューです!」
フォープには平身低頭、至れり尽くせりで世話をするギルド長。
そしてフォープは、自分が移籍されることを知っていたので、あれやこれやと無理難題を押しつけていた。
「今日はコーヒーの気分じゃないから、紅茶にしてよ。
あと、赤竜亭のサンドイッチが食べたくなったなぁ。
店がまだ開いてない? そんなこと知らないよ、30分で買ってきてくれる?」
このワガママのおかげで、ギルド長からサンドイッチの調達を申しつけられたボーズ。
彼は赤竜亭の厨房の扉を叩いて土下座して頼み込み、数倍の料金を払ってなんとかサンドイッチを調達していた。
そんな日が続くなか、ふとギルド長は思いつく。
「フォープ様、今日からこの者を専属としてお付けいたします」
「はじめまして、ルガールといいます」
「フォープ様、我々はこの者をバカールと呼んでおります。
御用の際は、このバカになんなりとお申し付けください」
ギルド長は、ルガールにフォープの世話をさせれば、そのワガママっぷりに1日も持たずに逃げ出すだろうと思っていた。
フォープは「あ、そう」とさっそく注文を付ける。
「歌姫亭のパンケーキが食べたいんだけど、いつ行っても行列でさぁ、30分で買ってきてくれる?」
歌姫亭のパンケーキといえば、この街ではいまいちばん人気のスイーツである。
閉店まで行列が絶えず、いつ並んでも数時間待ちは覚悟しなくてはならないのに、それを30分での入手せよというのは不可能といっていい。
しかしルガールは「わかりました」と事もなげに頷くと、ギルドのスタッフルームへと引っ込んでいった。
そして30分もかかならないうちに、トレイを抱えて戻ってくる。
そこにあったのはなんと、幻のパンケーキ……!
「「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」
これにはギルド長だけでなく、言いつけたフォープまでビックリしていた。
年相応にパンケーキにパクつきながら、「すげぇ!」を連発するフォープ。
「これ、マジで歌姫亭のパンケーキじゃん! 前にクラスのみんなで徹夜して並んで、ひと口だけ食べたことがあるけど、やっぱりマジでうまい!
それを1個丸々食べられるだなんて、最高っ! 明日、学校で自慢できるよ!」
大満足のフォープに、ぐぎぎぎぎ……! と歯ぎしりをするギルド長。
実はこのパンケーキ、歌姫亭でデリバリーしたものではない。
ギルドの食堂の厨房を借りて、ルガールが手作りしたものだ。
そう、彼は料理も堪能だったのだ……!
微笑み合うフォープとルガールを見て、嫉妬のあまりぐしゃぐしゃと頭を掻きむしるギルド長。
しかしその頭上に、黒い電球がピコーンと灯った。
「ふぉ……フォープ様! そういえばフォープ様は、伝説の大賢者『欠月のルー・ガルー』様の大ファンでしたよね!?
このバカールならきっと、著作の初版本を調達できますよ!」
「えっ、マジ!? ルー・ガルー様の著作の初版本は、どれも王室博物館にあるようなものだよ!?
それが手に入るんだったら僕、一生このギルドにいるって約束するよ!
なんたって僕はルー・ガルー様みたいになりたくて、魔術師になったんだから!」
ルー・ガルーと聞いた途端、サンタに出会った子供のようにキラキラと目を輝かせるフォープ。
かなりの好リアクションに、ギルド長は内心ほくそ笑む。
――ここまで期待させておいて、ルガールが「できない」と言えば、フォープ様はきっとガッカリするはず……!
しかしその期待は、またしても裏切られてしまう。
「わかりました」と、変わらぬ微笑みを絶やさぬ、ルガールによって……!
「やったぁ!」と立ち上がって喜ぶフォープと、思わず「できっこない!」と叫んでしまうギルド長。
ルガールはまたしても小一時間ほど出て行ったあと、5冊ほどの本を抱えて戻ってきた。
ドサドサとテーブルに置かれたそれらは、どれもルー・ガルーの著作本。
それだけなら街の本屋でも手に入るので珍しいものではないのだが……。
本を手に取り、奥付を確認したフォープは絶叫していた。
「まっ……まじぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?
マジ初版本じゃん!?
しっ、しかも……!?
じっ……直筆サイン入りぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
卒倒せんばかりの衝撃を受ける、若き魔術師。
その隣で覗き込んでいたギルド長は、泡を吹きながらバターンと倒れていた。
「これ、どうやって手に入れたの!?」と尋ねるフォープに、「家にありました」と答えるルガール。
「ルー・ガルー様の初版本が5冊もある家なんて聞いたことないよ!?
キミってもしかして、すごいお金持ちのなの!?」
「いえ、普通の家ですよ。
ただわたくしも魔術に興味があって、魔術関係の本がたくさんあるんですよ」
「じゃあルガールさんも僕と同じ魔術マニアってわけだ!
ル・ガルー様の初版本まで持ってるだなんてすげぇや、尊敬しちゃうなぁ!」
そう、彼の家は町の外れにある、なんの変哲もない一軒家である。
しかし家の中は、ルー・ガルーのファンであれば失禁モノのグッズで溢れていた。
そう……!
彼こそがこの本を書いた伝説の大賢者、『欠月のルー・ガルー』その人だったのだ……!
フォープがル・ガルーの正体に気づかないのは、ルガールとして変装しているからです。
またこのお話が連載化するようなことがあれば、こちらでも告知したいと思います。
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それらが今後のお話作りの参考に、また執筆の励みにもなりますので、どうかよろしくお願いいたします!