愛の奴隷
ユグドラ学園高等部。
誰も居ないはずの夜の教室、そこに1人寂しい顔をしたアーサーが窓を眺めていた。
怖いぐらい静かだ。
「何してるの?」
ドアの方から綺麗な声が聞こえた。
足音が聞こえない程、考え込んでたらしい。
「そこはルーナの席よ」
声の持ち主はアリスだった。
窓を眺めたままのアーサーには、アリスの表情が見えない。
それはアリスも同様だ。
「俺、ルーナがラストを殺した時何も思わなかった····いや、それどころか死んで当然と思っちまったんだ」
質問に答える代わりに自分の話をし始める。
「けどルーナがプライドだって知った時、俺は心底虚しくなった。俺はアリスみたいに清く生きれないし、ジャックみたいに変わる事もできない······どうやら俺は正しく生きようとする事に向いてないらしい」
やっとアリスの方を見た。
その目からは涙が流れており、表情からは悲しみが伝わってくる。
「プライドは敵だが、ルーナは友達だよ······アイツが俺の事どう思ってても」
「ルーナは私達を殺す気なんて無かったわ······ただ、私達に本当の姿を見せたかっただけよ」
「·······本当に、そうかな?」
「そうよ」
アリスは心に寄り添うようにアーサーの前に立った。
薄暗くて表情がハッキリ見えないが、アーサーと同じ表情だった。
そしてアリスは無言のまま座ってるアーサーを抱き締めた。
全てが溢れ出したかのようにアーサーの涙は止まらなくなる。
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僕はそんな2人を遠くのビルから眺めていた。
後ろではルーナがニヤニヤしている。
「何が面白い?」
「さぁな」
ルーナと言う神は心底ムカつく奴だ。
「友達を悲しませたかったの?これも計画の内?」
「神と人間が友達?お前も冗談言うようになったな」
ルーナの言葉には苛立ちを覚える。
「友達じゃない、それは嘘だよね?」
「いや、本当だよ」
僕はゆっくりと横目でルーナを見た。
真理の義眼で見た心には嘘は無い。
「もう言葉は要らないね」
「そうだな」
僕は振り向いて、ニヤついたルーナの顔を殴った。
冷静に考えて、考え抜いた結果の行動だ。
そのはずだが、拳には少しの躊躇いと後悔が残る。
「いい顔付きだ、その顔、アマノが死んでからは初めて見たな·····また昔に戻るか?正しく生きるのは疲れたか?ジャック」
コイツのニヤついた顔は殴っても殴っても消えないらしい。
「勘違いするな·····僕は正しく生きようとしてる訳じゃない·····ただ後悔したくないだけだ」
「嘘つき·····本当は少し後悔したんじゃないか?俺を殴った事」
まるで真理の義眼を使われてるみたいに言葉を放つルーナが少し怖かった。
それと同時に怒りは増していき、許せないと思えた。
「僕の友達を弄ばれたままよりはマシだ·····君の言う通り僕の本性は人間だ、神の力も真理の義眼も関係ない、人間のジャックだ、アマノが愛したのはそんな人間の僕だ」
「そうだな、お前は自分が変われたと勘違いしてしまい、自分が愛されてると勘違いしてしまった人間、昔と何ら変わらないただの子供······アマノの為だと言って理由を付けないと行動が出来ない愛の奴隷だ」
不思議なものだ、怒りを抑えると涙まで出てくるらしい。
顔をクシャクシャにしながらも2発目の拳を抑えた。
今ルーナを殴るとコイツの思い通りだからだ。
僕だけならまだしも、アマノの事を侮辱したルーナは殴るだけじゃ許せない。
悔しい事だ·····こんなに怒りが湧くのはルーナが言ってる事全てがその通りだからだろう。
「愛の奴隷、その通りだ、人間は皆愛の奴隷に成りたがる····お前もそうしてやる·····クルーニャ」
「今はルーナ、いや·····プライドだよ。まぁ、お互い全てを終わらせたら·····ゲームに招待してやるよ······ジャック」
ルーナはニヤリと笑い、闇に消えた。
こんなに感情が高ぶったのは久しぶりだった。
だからこそ、ルーナが言う『ゲーム』に絶対に勝ちたい。
勝たなきゃ気が収まらない。
久々に執念が湧いた気がする······そう思う夜だった。
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翌日、学園生活がいつも通り始まった。
ただ、ルーナが行方不明になったと先生や協会の者が慌てふためいた。
この島の厳重なセキュリティを破り、誰にも知られず姿を消す。
そんな事は有り得ない話だ。
少なくとも人間じゃ不可能だろう。
「おはようジャック」
「おはようアリス」
大人達はルーナの件で大変だって言うのに、日常は当たり前のように戻る。
いつも変わりない様子でアリスが挨拶をしてくれた。
「ジャック泣いたの?」
「え?どうして?」
確かに昨日は悔し涙を流した。
だけど神である僕は泣いても目が腫れたりしないはず·····。
「ただの感よ、もしかして当たってた?」
「·····そのもしかしてだよ」
アリスは口元を手で隠して、驚いた表情を見せる。
「ルーナがプライドだったんだもの····そりゃ悲しいわ」
「うん、けど悲しくて泣いた訳じゃないよ」
その日はいつも通り始まり、いつも通り終わった。
アーサーが口数の少ない日でもあったが、元気がないわけではない様だ。
アリスだっていつも通りだった。
それでも島全体が泣いてるように寂しい気がした。
きっと僕の心に言葉に出来ないようなモヤモヤがあるからだろう。
「俺はルーナを倒せない·····次元が違うから。だから俺の復讐はラースただ1人にするよ·····どっちにせよラース1人倒せばいいと思ってたし」
僕の部屋に訪れたアーサーがそう言った。
少し残念そうな表情だが、ホッとしてる様にも見える。
「勿論、殺さないよね?」
「あぁ、誓うよ、神様にじゃなく、ジャックに誓う」
その一言は僕に軽い安心をくれた。
「良かった」
「·····ジャックはどうするんだ?ルーナを放っておくのか?」
「捕まえる······それも条件を果たしてから」
「条件?」
「うん。昨日誓った、必ず果たす」
僕とアーサーはお互いの敵と目的を明白にした。
そしてお互いに幸運を祈り、今日も眠りにつく。
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アメリカ合衆国。
ラースは静かなで広い城を1人占領していた。
顔や体の至る所に湿布や包帯を付けている。
部屋はどこもかしこも荒れており、破損した部分すらある。
1階のホールでは立派な椅子に座ったラースが居る。
疲れた様子で『神殺しの方法』と言う題名の本を読んでいる。
「大丈夫か?体に栄養足りてないんじゃないか?」
隣に悪魔バアルが幻のように現れる。
心から心配している顔だ。
「足りてない、心にな」
「奴は逃げたんじゃないか?」
「奴は来る」
本を見たまま、ラースは目線を合わせようとしない。
「3つ目の願い考えたか?」
「俺を諦めたらどうだ?もう5年以上も俺に付き纏ってる······他の奴に付いた方が早いだろ」
「それじゃあ2つも願いを叶えた俺が馬鹿みたいだ。それにお前を見てるのは楽しい·····他の人間の何倍もな」
「·····そう」
ラースは何ともやる気のない感じだ。
無気力状態に近い。
「来た·····奴が」
何かを感じ取ったらしい。
ラースは入口付近から目を離さない。
死んだ目が一瞬にして輝き出す。
ガタッと音を立てたドアがゆっくりと開く。
「頑張るんだな、相棒」
同時にバアルが煙になって消えた。
ドアからは人影が現れる。
「·····な、何だと······?」
ラースは目の前の光景に驚愕する。
現れたのは白い布を纏った愛瑠、後ろには死んだはずのウリ、ラファ、ガブリ。
皆死人のような表情で、健康そうには見えない。
「愛瑠、なぜ分かった?それにお前の仲間は俺が確実に·······殺った」
「ラララララ·····ラース、僕は天から戻った······君を成敗しに来た·····よ」
愛瑠の声は電子音の様だった。
奇妙に笑う愛瑠、ラースはその表情を見て背筋が凍った。
「正常では無い声、足の動き、やはりな。俺の考えではお前は身体的負傷があるはず······どこか正常じゃないだろ?あるいは脳に損傷があるだろ?仲間の女はどぉした?天から戻ったと言うなら天に返してやる」
ラースは愛瑠に指を指した。
すると愛瑠とその一行は、天上から落ちて来たナイフが頭に刺さった。
「仕掛けていた磁力トラップだ」
愛瑠一行は皆バタリと床に倒れる。
だがすぐに起き上がり、ニコッと笑う。
思わずラースの表情が固まってしまう。
「略奪した魔法か?全員に魔法をかけていたのか?」
「僕は天使、君は悪魔、僕は君を殺す·····死ですら償えない罪を、地獄で償ってこい」
疑問から始まる戦い。
ラースは疑問と天敵を前にして、目を細めた苛立ちの表情を見せる。




