最悪のバレンタイン
アーサーとアリスが学園に来たのは、島に帰ってきて1週間後のことだ。
停学を終えた2人はいつも通りの日常に戻る·····はずだった。
「来たよアリス、風呂でジャックを襲った痴女、どうせ島に出た時もアーサーを襲ったのよ」
風呂場の件もあり、アリスは女子達からヒソヒソと言われていた。
それもアリスに聞こえるように。
「聞こえてるんだけど?言いたい事はハッキリ言ったら?」
予想通り、絡みに行くアリス。
「聞こえるように言ったのよ」
その女子達は教室のドアの前でアリスと睨み合いを始めた。
しかも、もう少しでホームルームが始まる時間だ。
「ジャック、アリスを止めに行くんだ!」
一方、久々に来たアーサーは、女子に囲まれて身動きが取れないようだ。
それに今日はバレンタインデー、女子達の手にはチョコレート。
アーサーはモテモテだ。
「ごめんアーサー、無理だって――」
「ジャックいつも優しくしてくれてありがとう」
「ジャック俺にチョコ作ってくれ!」
「「「ジャック!」」」」
この時代の俺は男女関係なく人脈があるらしい、だから俺も身動きが取れない。
「何が嫌かハッキリ言ったら?」
「言ったらそうしてくれるのかよ?」
「それは事による」
アリスはまだ言い争いをしている。
いや、人数だけで言えばいじめ見たいなものだ。
「まずその態度が――」
女子が声を張って言った瞬間、近くのドアからルーナが現れ、アリスや女子達を見下ろした。
「るっ、ルーナ!おはよう」
「······」
少し不気味で表情が読めないルーナに、女子達はビクビクしている。
「ドアの前で話さないでくれるか?」
「あ、ごめん」
「別にいい、それよりチャイム鳴るから席着いたら?」
「あ!ありがとう!時間忘れて立ち話しちゃった!」
女子達はルーナに言われ、作り笑いで席に戻った。
その時も女子の1人は、アリスを睨んでいた。
「争いは同レベルでしか行われないらしい」
ルーナはアリスに聞こえるように言い、席に足を運んだ。
「ナイスルーナ」
「だな」
一件落着と思ったが再び争いが始まった。
それは、俺がアーサーと昼ご飯を食べようとした時だ。
「食堂混んでたからパン買ってきたぞ、好きなの選べ」
「ありがとう」
教室でパンを食べ始めたその時、アリスは先程の女子3人と共に、嫌そうな顔で教室を出ていった。
「まさか·····」
「まさかだな」
「ちょっと見てくる!」
「待て!」
俺は席を立ったアーサーの手を引っ張る。
「何だよ?」
「アリスとあの女子の問題、それにアリスは1人で対応できる」
「でも·····」
「分かった、代わりに俺が様子を見る」
俺は手の平に浮かんだ魔法陣から、紋章が入った目隠しを取り出した。
「何それ?」
「魔道具、俺の部屋にあった」
目隠しを付け、何も見えないようにすると、髪の毛に居る小さな妖精のような生き物――ポムを手の平に配置した。
「どうする気だ?」
「今俺の視界はポムの視界になっている。ポムに偵察しに行かせる」
「なるほど」
「だが魔道士は俺やポムが見える······それゆえにポムには透明化の魔法をかける」
ポムの体はみるみる透明になり、アーサーからは見えなくなる。
「すげー」
「アリスを偵察しに行け」
ポムはアリスを追って飛んで行った。
しばらくして、ポムは学園の裏の人気のない場所に向かった。
視界にはアリスと女子3人が映り込む。
やはり揉めてるようだ。
「分からないようだからハッキリ行ってあげるわ!アリス!貴方最近調子乗り過ぎ·····男にベタベタして恥ずかしくないの?」
女子の1人が腕を組み、偉そうに言った。
「調子乗り過ぎってのを具体的に言ったら?それに男にベタベタしてるんじゃなくて友達と仲良くしてるだけ·····私と関わってる男子はアーサーとジャックとルーナだけよ」
「うわっ、きもっ。わざわざ名前出して自慢してきたよこの女。それに3人も、じゃない?しかもかっこいい男子、狙いがバレてるんだよ」
女子の口調はとても悪く、皮肉と嫌悪が伝わってくる。
「ジャックは可愛いでしょ······」
ボソリと目を逸らし、呟くアリス。
「うっせぇ!見た目の話じゃねぇよ!どうせ今日もバレンタインをいい事にベタベタする気だったんでしょ?」
「そんなに嫌なら貴方もアーサーやルーナに話しかけたら?関わりやすく都合のいいジャックを風呂場に連れ込まないで」
「自分が出来るからって調子に乗るな!」
とうとう女子はアリスを壁まで突き飛ばした。
「私だって最初から仲良かった訳じゃない、何事も最初の1歩でしょ?才能や人柄じゃない。やるかやらないか、私と貴方の違いよ」
「あぁぁぁ!まじできめぇ!!!」
女子はイライラしながら手を大きく振るい、炎を出した。
アリスは咄嗟に腕で顔を隠し、しゃがんだ。
「ちょっとやりすぎよ!魔法を使うなんて!」
流石に周りの2人が動揺し、キョロキョロと周りを見始めた。
「アーサーは女子嫌いなのよ!?分かってて関わるなんて最低!」
「私の事は嫌いじゃない、友達って呼んでくれたし·····なんなら好きなはずよ」
「うっぜェ······そうだ、ジャックを襲った事アーサーに言ってあげよ!」
「勝手に言えば?」
「はぁぁ、もういい、あんたがジャックにやったように私もアーサーを強引に取るわ······手段は関係ない、先にキスでも貰うわね」
女子がアリスを見下すようにそう言った途端、アリスは睨みを利かし火傷した腕で女子の服を掴み上げた。
「私の事は結構、けどアーサーは関係ない、彼が嫌がる事をするな······分かったな?」
――女は恐ろしい。
アリスの体から出てきた植物が女子を脅すようにまとわりつき、その場を凍らせた。
腰を抜かした女子3人は、炎で植物を燃やし、アリスから逃げるように去って行った。
「熱い·····顔もジンジン痛む」
直後、植物で自分の炎を叩き消し、焼けた皮膚を撫でるように触った。
頬が少しと右腕がほとんど火傷していた。
「落ち着け私······この傷はミハエル先生に治してもらえる·······昼休みは後15分」
ブツブツと独り言を言いながら、アリスは学園に戻って行った。
その一部始終を見ていた俺は、ポムを自身の手元に転送した。
「·······」
「大丈夫だったか?」
心配そうに言うアーサー。
「まぁ、大丈夫だった」
「良かった」
一応大丈夫だったが、すぐに大丈夫じゃない事が分かった。
それは放課後の事だ。
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ミハエル先生の再生魔法で皮膚を治し終えたアリスは頬に湿布、腕に包帯を身に付けバッグの中を確認するよう探っていた。
「ルーナ、いつもありがとう。バレンタインだからチョコあげる」
「······ありがとう、また明日」
さよならの前に、ルーナにチョコをあげるアリス。
続いて、
「いつもありがとうジャック、チョコあげる」
「わーい」
俺にチョコをあげる。
だがバッグの中を探っているアリスは焦っているように見える。
「嘘·····」
「ジャック帰ろうぜ」
焦るアリス、帰りを誘うアーサー、察する俺。
「アーサー先帰ってて」
「いや、待ってるよ」
「迷惑、早く行け」
「えぇ!?今日結構仲良くしてたのに······分かったよぉぉ、先に帰ってます」
アーサーは少しガックリしながら教室を出る。
俺はそれを確認し、
「どうしたアリス?」
「アーサーのチョコ、バリバリに潰されていた·····きっとあの3人よ」
――やはり、嫌がらせだ。
「俺のあげるか?俺我慢できる」
「アーサーのは特別だったの」
「それ俺に言っていいの?好きって言ってるようなものだよ?」
「本人以外には隠してない·····それにアーサーは違うものを見てて恋なんてしないわ」
――アリスの好きは分かりずらい。
「今から作る?手伝うよ」
「間に合わない、それにたかがチョコ······今年は諦める」
「けど·····」
「本当にいいの······ありがと」
アリスの表情は伏せていて見えない。
急ぐように潰れたチョコ箱を手に取り、荷物を持って教室を出て行くアリスは苦しそうだった。
「アリス、ジャックまだ教室に居た?」
アリスが走って玄関を通る時、鉢合わせたアーサーに声を掛けられた。
「さぁ」
「アリス?なんかあった――」
違和感を感じたアーサーはアリスの肩を軽く引っ張り、その表情を確認した。
アリスは悔しさと苦しみの涙を流していた。
「アリス·····」
アリスはアーサーの手を振り払い、学園を出て行った。
「何があったんだ?」
「諦める顔じゃなかったな······きっと諦めきれない奴なんだ······お前と同じだな」
困惑するアーサーに、どこからともなく現れたルーナがそう穏やかに言った。
「何か知ってるのか?」
「お前がアリスの事を何も知らない事、それだけ知ってる」
(最悪のバレンタインデー)
アリスがそう思うのは今この時までだ。




