神様の入浴
「Sランク魔道士ミハエル、及びその付き人美叶、ただいま戻りました」
ミハエル先生は、美叶を連れて魔道士協会会長の部屋に訪れていた。
「良く戻った!さすがミハエル!」
会長はしわしわの笑顔で立ち上がり、2人に紅茶を入れた。
「話は座って聞こう。お主らも腰を掛けなさい」
「はい·····」
美叶は愛瑠と共にソファーに腰を掛け、紅茶を飲む。
だが美叶と違って、ミハエル先生は浮かない顔をしている。
「とても申しにくい話なのですが·······恐れながら申し上げます」
「な、なんじゃ?」
気難しそうにするミハエル先生を見て、会長も少し不安そうに眉を細めた。
「単刀直入に言います······生徒が2人、船に乗っていました·······つまり、島を出ていました」
「なんじゃと!?」
目を見開き、驚く会長は目が泳いでいる。
「結果的には無事帰還しましたが、私の失態として責任を取らせて頂きます」
「無事だったのか!良かった良かった!寿命が縮んだわい。でもなぜ発信機が反応しなかったのだ?不思議だ」
「それは、美叶が生徒の手助けをしたからです。私のも船を確認するべきでした·····本当にすみません」
ミハエル先生は深く、そして長く頭を下げる。
だが隣に居る美叶は何ともない顔で紅茶を飲んでいる。
それに横目で気付いたミハエル先生は、
「お前もだぁぁぁ!関係ない顔するなッ!」
美叶の頭を強く押さえ付け、無理矢理頭を下げさせる。
「かッ·····僕に触るな!紅茶が零れてしまっただろ!?」
「そんなに嫌なら自分で謝れぇ·····」
「まぁまぁ!生徒は無事だったんだし、大丈夫じゃよ」
軽く揉める2人を会長が落ち着かせる。
「·······」
「で?その生徒は?」
「私のクラスの、アーサーとアリスです」
「そうか······エンヴィーの方はどうじゃった?」
「はい、それに関しては長くなりそうなのですが·····」
「構わないよ。一から話してくれ」
その日、ミハエル先生は会長に細々と話をした。
アーサーとアリスがエンヴィーと交戦した事、エンヴィーがプライドによって仕留められた事、全てを話した。
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ユグドラシル学園の寮には生徒専用の温泉が付いている。
アリスはクタクタに疲れた体と心を引きずって温泉に訪れていた。
「体の至る所が痛む······早く湯に浸かりたい」
脱衣場で服を脱ぎ、タオルを持って浴室に向かう。
時間帯的に多くの生徒が湯に浸かる時間······人がそれなりに居る。
アリスはシャワーを浴び、そのまま体を洗い始めた。
「········え?」
2度見した。
アリスは隣に座っている少女を2度見した。
「な、何してるの······ジャック······だよね?」
「なんだい?僕に体でも洗って欲しいのかな?お嬢さん――アリス!?帰ってたのか!?」
隣の女子――俺はアリスを2度見して困った表情を出してしまった。
「なんで女子風呂に!?·······あっ」
アリスは俺を足元から頭まで見て、一瞬の間を開け体をタオルで隠した。
「落ち着こう、全部話すから」
「·······分かった、分かったから目を瞑って」
「はい」
俺は落ち着いたアリスを確認して、目を瞑り再び体を洗う。
「一から話して」
「まず、俺は恥ずかしい事に······男と風呂に入れない。それどころか1人で入る事も出来ない······必然的に女の人とじゃないとダメなんだ」
「それは前のジャックに聞いた。過去のトラウマが原因だとか······けどこの島に来てから1人で入ってた······克服していた」
「今の俺には無理······ごめんなさい」
お互いに話をしているのを悟られないよう、体を洗いながら小声で話をする。
俺は少し後ろめたい気持ちになりながらもアリスの表情を確認した。
ほんの少しだが疲れた表情だ。
「だから女子風呂に?お嬢さん呼びしていたのは何か関係あるの?」
「クラスの女子を全員魅了した。少し疲れるが優しい王子を演じてる······まったく、アーサーを尊敬するよ。後、事情を説明したら同情してくれた」
「あのジャックがそんな事するなんて······年が違うだけで凄い変わりよう」
アリスは頭を抱える。
「記憶が元通りになるまではそうさせてもらう」
「ねぇ聞かせて、何でお風呂に入れなくなったの?何が原因?」
先程より優しい口調で聞いてきたアリス。
俺は少し躊躇いながらも、過去を思い出していた。
思い出したくない······だが親切なアリスには話してもいいと思った。
「俺がアマノと会う前、まだ人間だった頃、俺は病を患った母さんと、母さんの夫のような男と暮らしていた。とても貧しく、地獄だった」
「その男の人はジャックのお父さんじゃないの?」
「違う。血の繋がりのない·····そいつを親父と呼んでいたが、違う。親父は俺にも母さんにも暴力を振るう······つまりDV男だ」
「――その男が原因?」
一瞬黙り込んだアリスはまだ不思議そうにしている。
「うん、俺と母さんが風呂に入ってるとパチンコ帰りの親父が不機嫌そうにして········俺を·······ハンガーで叩く······何度も、何度も。それが原因で俺は風呂に入れない」
「――ありがとう、勇気を出して教えてくれて」
「うん」
――目を瞑ったままだからアリスの表情が分からない。
そして俺の体は無意識に震えている。
アリスはそれに気付き、
(記憶は10歳······いくら神様でも子供)
俺の頭からシャワーを流し、髪をクシャクシャに触った。
「わぁ!いきなり流すなよ!」
「ごめん、けど手が止まっていたから」
アリスはそのまま俺の体を丁寧に洗い流す。
「もういいよ」
「······体も10歳みたい。それに女の子と大して変わらない······生殖器も無いし」
「ひゃぁ!」
背筋をなぞるように触ってきたアリス。
声のトーンで不思議そうにしている事は分かった。
「骨格も私と大して変わらない、なんで?神様だから!?なんで?」
「ちょっ!?わぁぁ!」
俺は水で滑ってしまい床に背中を打った。
ゆっくりと目を開けると無防備なアリスが俺に跨る形で目を見開いていた。
「ジャックってやっぱり――」
「アリス、全部見えてる·····早く避けて欲しい」
「·····あっ、ごめん。けど······なっ、なんで目を開けてるの?」
アリスは恥ずかしそうにタオルに手を伸ばし、体を隠した。
密着しているのこの状況、俺は問題ないがアリスには恥だろう。
それに、
「ごめん、早く避けて······早く避けないと――」
「皆大変!アリスがジャックを襲ってる!!」
近くに居た女子が俺とアリスを見て、大声で言った。
――めんどくさい状況になった。
「アリス!あんた3日も休んどいて姿を見せたかと思えばそれ!?取り敢えずジャックから離れなさいよ!!」
周りの女子が何を思っているかまだアリスは分かっていない。
「さっき言ったろ、皆僕に好意がある。アリスは今この場に居る者を全員敵に回したんだ」
「後で部屋来て、説教してあげるから」
アリスは小声で言う俺に大して、更に小声で返した。
下がった口角、見下ろす目、力んだ体、完全に怒っている。
それでもその場で怒らず、静かに立ち上がった。
「ジャック大丈夫?怖かったね」
先程の女子が俺の手を引っ張りアリスから距離を取った。
既に周りはアリスの敵でいっぱいだ。
「で?どうゆう訳?」
「こっちのセリフ、聞くとこじゃ女子風呂にジャックが入る許可を出したらしいけど······ジャックは男よ?先生に内緒で何勝手にやってるの?」
俺の方をギロリと見るアリスの目に、いつもの優しさはない。
「ジャックには男風呂に入れない理由があるの!悲しい理由よ?それにジャックを襲っといて良くそんな事が言えるわね!?アーサーの次はジャック?ふざけないで!ジャックまで貴方に取られたくないわ!」
「理由があるのは知ってる、ジャックを襲ったのは誤解、それにアーサーは関係ないでしょ?それとジャックを取るって何?」
アリスはアーサーの名前が出た途端、嫌そうにした。
時間と共に体に付着した水が流れ落ち、空気が重くなる。
――早く湯に浸かりたい。
「理由を知ってるにしては冷たいわね·······じゃあ、まず、何が誤解だったか教えてくれますか?」
女子の態度は少し皮肉気味だ。
「すっ、滑ってあの体勢になっただけ·····本当にそれだけ」
アリスはそう言いながらも、
(ジャックの体に少し好奇心を抱いたのもあるけど·····)
と後ろめたい気持ちに少しなる。
「それにしては随分楽しそうだったわね?」
「·······」
「それは別として、アーサーにジャック、2人にアタックしといて自覚が無いのはタチが悪いと思いまーす。それにルーナとも距離が近いんじゃない?何か答えてくれます?」
「くっ·····建前ばかり使うな!悔しいなら悔しいと言え!それに唯一の友達と一緒に居る私は何にも悪くない!」
アリスはとうとう嫌気をさして、怒鳴った。
それも周りの女子を1歩引かせる程強い圧で。
「とうとう本性が出たな!この痴女!」
――まずい、タダでさえ疲れが溜まっているアリスに、これ以上はストレスだ。
「まぁまぁ!お嬢さん方、怒った姿も良いが笑った君たちの方が良いよ?今日はお互い引いて、冷静になった後日話をしたらどおかな?」
俺は柄にも合わないキャラを演じ、この場を収める。
「ジャックがそう言うなら」
「······私痴女じゃないもん」
女子達は引き、アリスは顔を伏せて風呂場を出た。
その表情は今にも泣きそうだった。
正直、罪悪感がある。
「僕も上がる」
俺は少し焦り、風呂を出た。
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魔道士専門刑務所。
ここには島で捉えた反魔道士や島外から来た反魔道士が収容されている。
ちなみに、看守にとっても囚人にとっても設備はかなりいい。
「僕達だけだね、地下に居るの」
「大物だから、じゃないですか?」
その地下にはスロウスとグリードが居る。
スロウスは4日前収容されたばかりだ。
「何か面白いニュースないのかな?」
「······面白くありませんが、ニュースならありますよ」
「何?」
2人は鉄格子の部屋を挟んで話をしている。
スロウスと違ってグリードは少し元気が無い。
「エンヴィーが死にました」
「――グリードが言うなら、真実か」
「あの······言いずらいんですけど·····実は、エンヴィーは貴方の――」
「僕の?何?」
「貴方のおじ――エンヴィーは貴方の事、愛してました」
グリードは言葉を言い直した。
それに勘づいたように見えたスロウスだが、
「そんなの知ってる······エンヴィーの死は悲しい」
「生き残りは、3人ですか」
「生き残るのはイカれた奴だけらしい、まともな僕達とは別の次元だから·······あの3人は」
「ええ、彼らは人間から限りなく遠い人間です」
スロウスも、グリードも、お互いに見えない部屋の中で微かに、悲しみを混じえた笑みを浮かべた。
そして、スロウスがエンヴィーと血の繋がった家族だと知ることは無かった。
少し長めになりました。
ご了承ください。




