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愛を知らない神様  作者: ビター
ラース編
104/113

人間は悪魔になる

 

  天界から戻った次の日。

  僕は美叶のお見舞いをしに、病院まで足を運んだ。


  「誰か居る······」


  美叶の病棟には、黒スーツの男が何人か居た。

  どうやら魔導師協会の者らしい······慌てた様子の男達が美叶に次々と質問している。

  美叶は質問された事に次々答えていくが、表情が無く、たそがれたような雰囲気だった。


  「そうですか·····ご協力ありがとうございます。また来ますので、お大事に」


  タイミングが良かった······ちょうど男達が病棟を出ていく。

  僕と目が合った男の1人が、僕を見て軽く頭を下げた。

  僕もお辞儀で返す。


  「彼女、意外と健康そうでしたね」

  「あぁ、会話もできる·····むしろ前よりまともだ」

  「愛瑠の死体はどうしたんですかね?」

  「あぁ、それなら皆の墓を作ってくれと自ら言って死体を渡してきたぞ」

  「逆に気味が悪いっすね」


  男達のそんな会話が聞こえた。

  会話を聞き覚えると、病棟のドアをゆっくり開ける。

  患者服姿の美叶は、ベッドに座ったまま、外を眺めている。

  右腕には点滴を刺し、テーブルにはイヤホン付きのスマートフォン。

  病棟は少し涼しい。


  「プライドはまだ失踪中?」

 

  最初に口を開いたのは美叶だった。

  景色を眺めたままだが、僕に気付いたらしい。


  「うん」

  「神や悪魔を信じる?私は信じる······見てしまったの」

  「何を?」


  美叶の一人称には違和感があった。

  だが、あえてそこには触れなかった。


  「神が悪魔を裁く光景·····明らかに違ったんだ。人間が人間を裁くのとは訳が違う······そう思わされた」

  「それはつまり·····」

  「家族を失い、心の支えと仲間を失い、自分を失い、目的を失い········失っただけならまだしも、人を大勢殺めた。いつの間にか自分が憎んでいた悪魔に、自分自身がなっていた。私にとっての悪魔がラースなら、私は······私が殺した人の身内の悪魔だ。被害者は加害者になる······私は汚れてしまったよ」


  そう言った美叶は、静かに泣いていた。

  そんな事ないよ、今からでも強く生きて!そんな言葉は無責任に掛けられない。

  本心には本心を、自分の事を話してくれたなら、僕も同じように向き合うべきだろう。


  「充分後悔した、充分悔やんだ、充分考えた······それで充分。美叶、これからどうするの?」

  「·······まだ、分からない」

 

  少しの沈黙。

 

  「美叶、後3年で忘れられる僕を知って欲しい」

 

  僕は美叶の弱々しい手を取った。

 

  「な·····何?この流れ込んでくる物は······何かの記憶?」

  「僕の記憶······僕は神様だけど、神様は何もしてくれない······もう神とか悪魔とか人間とかどうでもいいでしょ?美叶らしく生きて欲しい」


  美叶は僕の手を強く握り、大粒の涙を流す。

  少し笑っているようにも見える表情は、結局は悲しい表情だ。


  「もう何が何だか······ありがとうジャック·······けどね、貴方にそっくりそのまま返す。ジャックらしく生きて」

 

  かつて人を殺し、神、天使、悪魔を殺し、アマノの為なら手段を選ばなかった僕は、黒の悪魔と呼ばれた。

  あの頃は悪魔のような考えを持って生きていた。

  その記憶を見た美叶だから言える言葉だろう。

  僕らしく生きる······意識するだけで胸が揺らぐ。


  「お大事に」


  最後にほんのわずか微笑む美叶は小さく手を振った。

  何故だが、アマノが死んだ時に見せた表情に似ていて、僕はとても苦しくなった。


  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  時間で言えば、昨日の事になる。

  ちょうど、僕が天界に行っていた頃、魔導師協会本部の地下に、ラースの死体が運ばれていた。


  「何で地下何ですか?」

  「記憶を読める魔導師が居るらしい。死体から記憶を読めるかは分からないが、その魔導師が来週来る予定だ」

  「なるほど、だから地下に保管を」


  男が3人、移動用車輪付き簡易ベッド(ストレッチャー)でラースを運んでいた。

 

  「あれ?指輪?右手に指輪が付いたままです」

 

  男の1人が、ラースの指に付いた指輪を取った。

 

  「バカ!勝手に取るな!」

  「けど誰の物でもありませんよ、彼は死んでますし」

  「そういう問題じゃない!」


  そう言って、もう1人の男が指輪を取り上げる。


  「ずるいっす!俺が取った指輪ですよ?返して下さい!」

  「上の者に引き渡す」

  「そう言って貰う気ですよね?心配なんで俺に持たせて下さい」

  「ダメだ」

 

  2人の男は軽く揉めながら、指輪の引っ張り合いを始めた。


  「ラースの死体が消えた······死体が消えた······目を離していなかったのに」


  だが、3人目の男が妙な事を言った為、2人の男は手を止めた。

 

  「何言ってんすか?あるじゃないですか」

  「······お前なんのつもりだ!?な、嫌がらせならマジで····や、止めろ」

  「は?いやいや、こっちのセリフです。2人で見えないフリをしてるんでしょ?僕には見えてます······スキあり!」


  男の1人はそう言い、どさくさに紛れ指輪を取り返す。

  だが、もう2人の男は本気でラースが見えていない様子だった。

  奇妙な事だ。

  1人の男にはストレッチャーに横たわるラースが見え、他の2人には全く見えていない。


  「あれ?けど妙ですね。なんかラースの様子がさっきと違う······何か角みたいなのが生えているような······それに布から黒い何かはみ出ている」

  「何妙な事言ってんだよ!!早くラースの死体を戻せ!!指輪ならお前にやるから冗談は止めろおぉぉ!」


  瞬間、ストレッチャーが独りでに動いた。

  まるで何者かがストレッチャーに触れたかのように。


  「今、誰も触っていないよな?か、風とか有り得ねえからな?ここは地下、エアコンや暖房はついていないぞ」

  「え?」


  ラースが見えていた男の1人には全てが見えていた。

  死んだはずのラースが、ムクリと起き上がる光景が見えていた。


  「餓死寸前に水とパンを食した気分だ······フフっ、水を得た魚のように、生き返ったぞ」


  自分の手や足を、細かく動かしたラースは心地良さそうな笑いを見せる。


  「3つ目の願い、死んだ後に悪魔として生き返る·····まさかバアルが何の代償も無しに叶えてくれるとは······土壇場は悪魔すら気持ちが揺らぐらしいな」


  ラースの姿は人間では無い。

  黒くて短い角、野獣のような牙、血のような赤い目、鋭く長い爪、そして背中に縮こまった黒い羽根。

  悪魔と呼ばれた人間は、身も心も魂も悪魔になった。


  「ん?冠が無い······どれ、1つ試すか」


  ラースの手から、王冠が現れる。

  バアルが死ぬ前にラースに渡した王冠だ。


  「よしよし·····ん?お前俺が見えてるのか?」

  「あ······あ、は、はい」


  ラースの事が見える男は、悪魔になったラースを見て、震えていた。


  「そうか」

 

  ラースは、ストレッチャーから降りようとする。

  だが、足を滑らせ頭から床に落ちてしまう。


  「痛くない······」

 

  立ち上がったその時、ラースは初めて背中の羽根を広げた。


  「俺が見えるって事は霊媒師か魔導師だな·····指輪、返して」

  「あ······すみません」

 

  男はラースに指輪を渡す。


  「魔法、悪魔の体、ソロモンの指輪、この力があれば霊媒師も魔導師も俺1人で絶滅させれる······この世界に居るのは人間だけで良い」


  ラースは目の前の男の胸を突き刺した。


  「ひぃぃ!!やっぱり何か居る!逃げろ!」

 

  他の男2人は、恐怖のあまり逃げ出した。


  「この世界で俺を脅かす者は2つ、白髪とプライド······流石に指輪の悪魔達はまだ完治してないだろう。ならば奴らの目を盗んで霊媒師と魔導師を葬るのみ······白髪とプライドが殺りあった時、2人をまとめて殺せば良い」


  ラースは1人微かに微笑む。

  だが、心の中では怒りと悔しさを秘めていた。


  「ラトニー達を裏切った事は絶対に許さん······プライド、お前は俺の怒りを買った······必ず報いを受けさせる······裁くのはいつも神だとは限らない·······悪魔こっちが裁く事もあるんだ」


  憎しみの連載は人間で収まらず、神や悪魔も巻き込む。

  憎しみが爆発すると、人間は悪魔になる。

  1歩間違えれば、悪魔になった者は1人で済まなかっただろう。

 

  「神よ、おお神よ、私に殺されて下さい······出来たら泣きわめいて死んで下さい」


  ラースは怒りを胸にしまい込み、誰にも知られず島を出て行った。

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