人間は悪魔になる
天界から戻った次の日。
僕は美叶のお見舞いをしに、病院まで足を運んだ。
「誰か居る······」
美叶の病棟には、黒スーツの男が何人か居た。
どうやら魔導師協会の者らしい······慌てた様子の男達が美叶に次々と質問している。
美叶は質問された事に次々答えていくが、表情が無く、たそがれたような雰囲気だった。
「そうですか·····ご協力ありがとうございます。また来ますので、お大事に」
タイミングが良かった······ちょうど男達が病棟を出ていく。
僕と目が合った男の1人が、僕を見て軽く頭を下げた。
僕もお辞儀で返す。
「彼女、意外と健康そうでしたね」
「あぁ、会話もできる·····むしろ前よりまともだ」
「愛瑠の死体はどうしたんですかね?」
「あぁ、それなら皆の墓を作ってくれと自ら言って死体を渡してきたぞ」
「逆に気味が悪いっすね」
男達のそんな会話が聞こえた。
会話を聞き覚えると、病棟のドアをゆっくり開ける。
患者服姿の美叶は、ベッドに座ったまま、外を眺めている。
右腕には点滴を刺し、テーブルにはイヤホン付きのスマートフォン。
病棟は少し涼しい。
「プライドはまだ失踪中?」
最初に口を開いたのは美叶だった。
景色を眺めたままだが、僕に気付いたらしい。
「うん」
「神や悪魔を信じる?私は信じる······見てしまったの」
「何を?」
美叶の一人称には違和感があった。
だが、あえてそこには触れなかった。
「神が悪魔を裁く光景·····明らかに違ったんだ。人間が人間を裁くのとは訳が違う······そう思わされた」
「それはつまり·····」
「家族を失い、心の支えと仲間を失い、自分を失い、目的を失い········失っただけならまだしも、人を大勢殺めた。いつの間にか自分が憎んでいた悪魔に、自分自身がなっていた。私にとっての悪魔がラースなら、私は······私が殺した人の身内の悪魔だ。被害者は加害者になる······私は汚れてしまったよ」
そう言った美叶は、静かに泣いていた。
そんな事ないよ、今からでも強く生きて!そんな言葉は無責任に掛けられない。
本心には本心を、自分の事を話してくれたなら、僕も同じように向き合うべきだろう。
「充分後悔した、充分悔やんだ、充分考えた······それで充分。美叶、これからどうするの?」
「·······まだ、分からない」
少しの沈黙。
「美叶、後3年で忘れられる僕を知って欲しい」
僕は美叶の弱々しい手を取った。
「な·····何?この流れ込んでくる物は······何かの記憶?」
「僕の記憶······僕は神様だけど、神様は何もしてくれない······もう神とか悪魔とか人間とかどうでもいいでしょ?美叶らしく生きて欲しい」
美叶は僕の手を強く握り、大粒の涙を流す。
少し笑っているようにも見える表情は、結局は悲しい表情だ。
「もう何が何だか······ありがとうジャック·······けどね、貴方にそっくりそのまま返す。ジャックらしく生きて」
かつて人を殺し、神、天使、悪魔を殺し、アマノの為なら手段を選ばなかった僕は、黒の悪魔と呼ばれた。
あの頃は悪魔のような考えを持って生きていた。
その記憶を見た美叶だから言える言葉だろう。
僕らしく生きる······意識するだけで胸が揺らぐ。
「お大事に」
最後にほんのわずか微笑む美叶は小さく手を振った。
何故だが、アマノが死んだ時に見せた表情に似ていて、僕はとても苦しくなった。
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時間で言えば、昨日の事になる。
ちょうど、僕が天界に行っていた頃、魔導師協会本部の地下に、ラースの死体が運ばれていた。
「何で地下何ですか?」
「記憶を読める魔導師が居るらしい。死体から記憶を読めるかは分からないが、その魔導師が来週来る予定だ」
「なるほど、だから地下に保管を」
男が3人、移動用車輪付き簡易ベッド(ストレッチャー)でラースを運んでいた。
「あれ?指輪?右手に指輪が付いたままです」
男の1人が、ラースの指に付いた指輪を取った。
「バカ!勝手に取るな!」
「けど誰の物でもありませんよ、彼は死んでますし」
「そういう問題じゃない!」
そう言って、もう1人の男が指輪を取り上げる。
「ずるいっす!俺が取った指輪ですよ?返して下さい!」
「上の者に引き渡す」
「そう言って貰う気ですよね?心配なんで俺に持たせて下さい」
「ダメだ」
2人の男は軽く揉めながら、指輪の引っ張り合いを始めた。
「ラースの死体が消えた······死体が消えた······目を離していなかったのに」
だが、3人目の男が妙な事を言った為、2人の男は手を止めた。
「何言ってんすか?あるじゃないですか」
「······お前なんのつもりだ!?な、嫌がらせならマジで····や、止めろ」
「は?いやいや、こっちのセリフです。2人で見えないフリをしてるんでしょ?僕には見えてます······スキあり!」
男の1人はそう言い、どさくさに紛れ指輪を取り返す。
だが、もう2人の男は本気でラースが見えていない様子だった。
奇妙な事だ。
1人の男にはストレッチャーに横たわるラースが見え、他の2人には全く見えていない。
「あれ?けど妙ですね。なんかラースの様子がさっきと違う······何か角みたいなのが生えているような······それに布から黒い何かはみ出ている」
「何妙な事言ってんだよ!!早くラースの死体を戻せ!!指輪ならお前にやるから冗談は止めろおぉぉ!」
瞬間、ストレッチャーが独りでに動いた。
まるで何者かがストレッチャーに触れたかのように。
「今、誰も触っていないよな?か、風とか有り得ねえからな?ここは地下、エアコンや暖房はついていないぞ」
「え?」
ラースが見えていた男の1人には全てが見えていた。
死んだはずのラースが、ムクリと起き上がる光景が見えていた。
「餓死寸前に水とパンを食した気分だ······フフっ、水を得た魚のように、生き返ったぞ」
自分の手や足を、細かく動かしたラースは心地良さそうな笑いを見せる。
「3つ目の願い、死んだ後に悪魔として生き返る·····まさかバアルが何の代償も無しに叶えてくれるとは······土壇場は悪魔すら気持ちが揺らぐらしいな」
ラースの姿は人間では無い。
黒くて短い角、野獣のような牙、血のような赤い目、鋭く長い爪、そして背中に縮こまった黒い羽根。
悪魔と呼ばれた人間は、身も心も魂も悪魔になった。
「ん?冠が無い······どれ、1つ試すか」
ラースの手から、王冠が現れる。
バアルが死ぬ前にラースに渡した王冠だ。
「よしよし·····ん?お前俺が見えてるのか?」
「あ······あ、は、はい」
ラースの事が見える男は、悪魔になったラースを見て、震えていた。
「そうか」
ラースは、ストレッチャーから降りようとする。
だが、足を滑らせ頭から床に落ちてしまう。
「痛くない······」
立ち上がったその時、ラースは初めて背中の羽根を広げた。
「俺が見えるって事は霊媒師か魔導師だな·····指輪、返して」
「あ······すみません」
男はラースに指輪を渡す。
「魔法、悪魔の体、ソロモンの指輪、この力があれば霊媒師も魔導師も俺1人で絶滅させれる······この世界に居るのは人間だけで良い」
ラースは目の前の男の胸を突き刺した。
「ひぃぃ!!やっぱり何か居る!逃げろ!」
他の男2人は、恐怖のあまり逃げ出した。
「この世界で俺を脅かす者は2つ、白髪とプライド······流石に指輪の悪魔達はまだ完治してないだろう。ならば奴らの目を盗んで霊媒師と魔導師を葬るのみ······白髪とプライドが殺りあった時、2人をまとめて殺せば良い」
ラースは1人微かに微笑む。
だが、心の中では怒りと悔しさを秘めていた。
「ラトニー達を裏切った事は絶対に許さん······プライド、お前は俺の怒りを買った······必ず報いを受けさせる······裁くのはいつも神だとは限らない·······悪魔が裁く事もあるんだ」
憎しみの連載は人間で収まらず、神や悪魔も巻き込む。
憎しみが爆発すると、人間は悪魔になる。
1歩間違えれば、悪魔になった者は1人で済まなかっただろう。
「神よ、おお神よ、私に殺されて下さい······出来たら泣きわめいて死んで下さい」
ラースは怒りを胸にしまい込み、誰にも知られず島を出て行った。




