フラガ・ストロングフィールドの真実
「ふぅ……」
名前を出したことで記憶が定着した、ということなのか。とりあえず一息ついて、サクラが淹れたお茶を飲みながら、歓談することにした。
「つまり、転生……てことか。あるんだなそういうことが」
にわかには信じがたいが本当にあるんだから仕方がない。
「私が言うのもなんですが……信じる、のですか?」
「そりゃ信じるともさ。お前つまらん嘘ついたりしないしさ」
もちろん、俺がただ自分を建国の英雄”黒獅子”フラガ・ストロングフィールドの生まれ変わりだと思い込んでいる可能性もなくはない。
だが、たとえそうだとしても俺は俺としての生き方を変えたりはしない。もしも俺の他にフラガ・ストロングフィールドの生まれ変わりを自称する奴が現れても、俺はそいつを超えていく。
その魂こそが、俺が俺であることの証明なのだ。
「…………ふらが……」
サクラは、微笑みながら涙を流していた。それにサクラが気づいてないのかもしれない。
「……まあそうだなー。しばらく見ないうちに大きくなりやがってからに」
俺は少し……少しだぞ。少し背伸びをして、サクラに手を伸ばして頭を撫でる。
「むぅ、なんなのです。大体ですね。妾はもうあなたを追い越して年上に……聞いているのですか?」
不満そうな口調、ツーンとした顔とは裏腹に、なすがままにむしろ差し出すように頭を撫でられたままを許している女王様。
「ああ、うんうん。聞いてるって」
そうだな。実際その通りだろう。俺がフラガ・ストロングフィールドとして生きた人生と、ライル・ライオンハートとして生きた人生を足し合わせても足りないくらいの人生を、こいつはおそらく一人で生き抜いてきたのだ。
俺がいなくなった後も。ストロングフィールド傭兵団の面々が誰一人としていなくなった後も。
俺がいまさら年上面して偉そうにする権利もないが、それでもこいつの孤独を少しでも癒せればと思うのだ。
「そういえばなのですが」
サクラは世間話を切り出した。
「ライル……いえ。フラガ・ストロングフィールドは、いったいなんのために戦っていたのか。教えてくれると約束しましたよね」
「…………あー…………」
そういえばそんな話もしてたな。
「いやー、どうだったかなー。俺も今一つ前世の記憶曖昧なとこあるからー」
「……何ですか。約束、破るつもりなんですか」
「泣くのはやめろすごい変な気持ちになる」
やれやれ仕方ない。まあ話すと約束したのは事実だし、あの時の気持ちにも嘘はない。
「…………実はな……」
俺も知っているのだ。
”黒獅子”フラガ・ストロングフィールド。この国では誰もが一度は憧れる英雄である。
数ある英雄たちを束ねた手腕だとか、カリスマ性だとか、身の丈ほどもある大剣を振るう勇ましい姿だとか。
しかしフラガ・ストロングフィールドが尊敬を集めた最大の理由は、その行いが無欲そのものであったからだという。富も、名声も、地位も安寧も。何を求めることもなく無辜の民のために、傭兵団の英雄たちのために戦い続けた。
そんな英雄は、それこそ夢物語の中でしかありえない。英雄といえども人であり、何かを求めて戦うのだ。その謎がまたフラガ・ストロングフィールドの魅力の一つであるというのだ。全くはた迷惑というか。
歴史家たちが色々と予想を立てたりもしているが、実はどれも不正解だ。
俺が戦い続けた理由は――
「女にモテたかったからだ」
「…………はい?」
「昔読んだおとぎ話でな。ほらあるだろ、『何かお礼を』『いいえあなたの笑顔こそが最高の報酬です』『きゅん……』みたいな。そういうのやろうとしてたんだがどーにも……何だろうなー結局顔かなー強面過ぎたのかなー」
「…………」
サクラが呆れ果てて言葉に困ってる。そりゃそうだろうなだから言いたくなかったんだ。
「アハハハハ!」
そして爆笑した。くそう。笑いたきゃ笑え。
「いえいえ。なんだか安心しました。ふらがは、私が思っていた通りのヒーローです」
「何だそりゃ」
よく分からんが、まあ納得したならそれでいい。
「さて……で、聞きたいんだがなサクラ」
「はい、何でしょうか」
そろそろ真面目に状況を確認しよう。俺が真剣な声色で問いかけるとサクラも女王として凛とした表情で応じた。
「俺が”黒獅子”フラガ・ストロングフィールドの生まれ変わりなのはいいとしても、弱すぎやしないか?」
「そもそもあなたはまだ子供といっていい年齢ですよ。そんな焦る必要もないとは思いますが」
「いや、俺の幼少期として考えても、って話だ。俺がこのくらいの年だった頃にはもうクマとレスリングしてたからな」
「……幼少から何をやっているのですかあなたは。いえあなたたちにその手のツッコミは野暮というのは分かっていますが」
ふむ、とサクラは少し考えこんで、じっと俺の身体を見回す。
「……確かにそうですね。今のあなたには、フラガ・ストロングフィールドに内在していた戦闘に関する才能が見受けられません」
「そうか……」
「あの、これは……」
「いや、いいさ。俺だって貴族としてここに来る前に色々聞いてるからさ。わかってるんだ」
女王、サクラ・ストロングフィールドの力はその者の魂の行く末を見る力。将来的に強くなるかそうでないのかもわかるっていうことだ。
「フラガ……いえ。ライル・ライオンハート。あなたは、これからどう生きるのですか」
サクラ・ストロングフィールド。ストロングフィールド傭兵団の国を守ってきた女王が問いかける。
「望むのであれば、あなたは前世の記憶を全て消して、全く違う人生を歩むことも出来るのです」
俺はもう、以前のように大剣を振り回して戦場を駆けた前世のようには生きられない。努力をすればそれはある程度叶うかもしれないが……それは結局我がままではないか、と思う。
このまま過去を忘れて、不自由なく生きることも出来る。
「……みんなに会いに行くよ」
だが、俺は忘れられやしないのだ。ストロングフィールド傭兵団。生まれ変わってなお脳裏に残る、いや、魂に刻まれた仲間たちのことを。
「会ってどうするというのですか? 戦う力ももうないあなたに」
「さあな。わからん。だが俺の人生に、あいつらがいないっていうのがどうにも勘弁ならんのだ。会って、非力な俺なんて必要ないって決別するならそれでいい。けどそれもわからんのに、あいつらを忘れて生きるなんてのは嘘だろう」
「……そうですか」
サクラは、目を閉じて少し微笑んだ。そして意を決したように目を見開いて、じっと見つめる。
「……あなたが今、再び生を受けたように、ストロングフィールド傭兵団の団員たちの魂もまた、再びこの世界で産声を上げています。あなたの身近にも」
「知ってたのか。そりゃそうだよな」
記憶が戻ったことで、身の回りの事柄について段々と理解が追い付いてきた。
あの二人と、まずは話をするのが俺のやるべきことなのだろう。
プロローグに登場していた団員は二人です
適当に予想を立てながらお待ちください