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プロローグ:ストロングフィールド・ライオンハート

 物語はこの地の貴族の家に一人の少年が生を受けたことにより再び始まる。

 さらさらとして少し跳ねっけのある金色の短く切りそろえられた髪。仕立てのいいスーツに着られているといった様相だ。まだまだ幼い印象が強く、つぶらな金色の瞳に可愛らしいといった言葉が似合う少年である。

 生まれつき目つきは優しいのではあるが、今、強い意志を持ってその眉をきりりと締めて、貴族の邸宅の壁をよじ登っている。無論、彼の家ではない。誰の許しも得ていない不法侵入である……と思っている。

「ふぅ……」

 パンパン、と誇らしげに埃を叩き落とし、二階の窓を見上げる。そしてその近くにある木肌の感触を確かめ、よじ登り始める。

「ミーティア! いるかー!」

 そしてこんこん、と枝伝いに二階の部屋の窓を叩く。するとカーテンが開かれ、儚げな印象の白い髪の少女が顔を覗かせる。

「うわっ!」

 ミーティアと呼んだ少女の顔を見つけて、にやりと頬を緩ませてついでに緊張も緩めた少年は、掴まっていた枝木から手を放してしまう。

「危ない!」

 その瞬間、ふわりと風が舞った。少年の身体は重力に逆らって浮遊する。そして、同時にミーティアは窓から飛び出す。そこに何か透明な床でもあるようにミーティアは歩き、少年の身体を抱え上げる。

 お姫様抱っこ。とはいえ、概ね世間でイメージされるそれとは性別が逆ではあるが世間でのイメージと差異はさほどない構図である。

「もう、ダメだよライル。危ないことしちゃ」

「こら放せ! 放せこら!」

 ライルと呼ばれた少年はミーティアの腕に抱きかかえられながら暴れるが、そのまま部屋に連れ込まれる。

 そして部屋に導かれた後も放さない。

「んー? ライル? 分かったかな? 分かったかなって私は聞いてるんだよ?」

「うー……」

 説教めいた言葉ではあるが、笑顔である。否、内情はこれ以上ないほどに怒っているのだ。

 にこにこと笑顔のまま追いつめている。その実、このライルには効果的だ。

 守られている。仮にも男が。女に。その事実に、打ちのめされている現実が、ライル、ライル・ライオンハートという少年にとってはこの上ないダメージなのである。

 ついでに言うと、最近とみに女性らしさを増したミーティアの女体に内心どきどきしていたりする。特に胸はライルの顔に押し付ければ幸せに窒息してしまいそうになるほどで、それを分かっているのか押し付けてくる。

「……悪かったよ」

 屈服。謝罪の言葉を聞き届けて、ミーティアは腕を離して、ライルを下す。そして一つチリンと鈴を鳴らしてメイドを呼び出してお茶の準備をさせた。

「まったく、隠れてないで正面から来ればいいのに。このいたずらっ子は」

 ミーティア。ミーティア・アストロノーツも貴族の一員である。その邸宅にここまで侵入者を許すなど本来あり得ない。それはつまり、ただそれをスルーされているだけなのだ。

「……そりゃそうだけどさー。でも色々めんどくさいじゃん。手紙書いたりとかさー、姉さんもうるさいし」

「まあそうだね。その気持ちもわからないわけでもないけど、そろそろそのあたりのしきたりと言うか、そういうのを覚えてもいい時期だと思うけどね」

「頭撫でんなー!」

 聞き分けのない子供にミーティアは頭を撫でて言い含める。

 実を言うと、ミーティア自身も悪い気はしていないのだ。ミーティアはライルより数歳年上であり、今でこそこうして手玉に取るような関係であるが実は二人は最初からそうであったわけではない。

 ミーティア・アストロノーツは生まれつき病弱であり、ライルと出会う前はベッドで寝たきりの生活を送っていた。そんな時、今日のように窓を叩いてやってきたのだ。ライル・ライオンハートは。

 何でそんなことをしたのか、そもそもミーティア・アストロノーツのことを知りもしなかったというのに……それはライルにももはやわからない。

 それから、ライルとこうして話をして、交流を続けるうちにミーティアは元気を取り戻していった。だからまあ、こうしたあまりにも貴族らしからぬ立ち居振る舞いを咎めるというのも、実はミーティアとしては本意ではない。

 だから咎めこそしないが、貴族としてのしきたりの教育を施すことをミーティアは請け負っていた。



――この地はかつて魔族に支配されていた。

 魔族の侵攻とともに実り豊かであった田畑は燃やされ、街並みは破壊され、人々はただ逃げ惑うしかなかった。

 しかし、この地を、ここに住まう人々に救いを差し伸べる者たちがいた。

 ストロングフィールド傭兵団。

 彼らの奮闘により、この地は奪い返され、そして彼らの死後(とは言ってもそれを確認した者はいないのだが)再び魔族が侵攻してくることはなかった。ストロングフィールド傭兵団によって魔族という種族が滅したのか、あるいは……彼らのような人間を恐れたのか、それは定かではない。

 "剣闘士"スーリア"死神"リスト・サーティンス"魔導科学者"シエン・ジークムンド"悪路王"アクロム・フォールナムなどそうそうたる顔ぶれが並び、そしてそれらを束ねた"黒獅子"フラガ・ストロングフィールドはこの地に住まう人間すべてが憧れるといってもよい大英雄としてその名を残していた。

 そして、ストロングフィールド傭兵団の生き残りジーン・アルバトロスと忘れ形見であるハイエルフ、サクラ・ストロングフィールドの助力の元、この地は復興を果たした。

 長命のエルフの中でもさらに長い寿命と膨大な魔力を持つハイエルフの美しき女王サクラ・ストロングフィールドを中心とした王国---


 それがこの国の歴史である。

「うぅ~」

 そもそも勉強自体が苦手な部類であるが、ライルは歴史に関しては特に苦い顔をする。

 英雄たちによる建国史は数々の逸話に彩られ、特に年ごろの男子は一度は憧れるものなのだが。

「何だろうな。"黒獅子"だったっけ? そこまで大した英雄じゃあねえと思うんだ俺は」

「全くなんてことを言うのやら。世が世なら晒し首だよ。まあもっとも、"黒獅子"なら君のこともきっと許してくれるのだろうけれどね」

 ストロングフィールド傭兵団を率いて、この国の礎を築いたフラガ・ストロングフィールドはこの国で最も尊敬を集める英雄だ。しかしライルは彼の名を耳にするとなぜか気恥ずかしいというか、持ち上げがたい不可解な感情を抱くのである。

「とはいっても、英雄の名前は覚えてるんだぜ。”剣闘士”スーリアだろ”死神”リスト・サーティンス、”魔導科学者”シエン・ジークムンド、”悪路王”アクロム・フォールナム、それに……”神降ろし”フレイ・フレイヤとかな」

「”神降ろし”? 妙だね……誰かと間違えてないかな? 少なくとも私が教えた範囲にはいない名前だけれど」

「……そうだったか? いや、でも間違ってないだろ」

「…………そう、だね。ふむ?」

 ライルは”黒獅子”フラガ・ストロングフィールドについてはあまり好ましく思っていないがストロングフィールド傭兵団についての知識は時折教師役をも舌を巻くほどだ。

 まるで、最初から知っているかのように。

「そういえばそろそろだね。サクラ様の元に謁見するのは」

 この国の貴族の子供は十歳を迎えたころにこの国の女王であるサクラ・ストロングフィールドに顔見世をするしきたりがある。

 なんでも、その際にその者の持つ才能を見定めると言われている。ミーティアも謁見の際、精霊使いの才能を認められたという話だ。

「見てろよ。俺に隠された超絶スペシャルな才能が開花しちまうんだからな。そうなったらミーティアのこと守ってやるから安心しろよ」

「ふふ、そうだね。楽しみにしてるよ」

 おかげで随分と水をあけられているようで、ライルとしては面白くない。

 実を言うと、ミーティアがその時期を迎えた時期に前後して、雰囲気が変わったというか、何かを隠しているような違和感をライルは覚えていた。何があったかを尋ねても適当にはぐらかされる。

 だから、それを確かめたい。ライルはいざとなればこの国の女王、サクラ・ストロングフィールドにも噛みつくつもりで、謁見の日を待ちわびていた。


 わんぱくな遊び盛りの男子ならば黙って家を飛び出して、腹が減ったら帰るくらいでいい。

 というのはライル流の幼心に刻んだ哲学であるがそれは普遍の真理とは言い難かった。なので隠れて家を出て隠れて家に戻りしれっと最初から家を出ていないように装おうとする。

 まあもっとも、それが成功したためしがないのだが。

「坊ちゃまお帰りなさいませ」

「わひゃあ!?」

 壁伝いに様子を窺っていたライルに突如背後から掛けられた声。

 ライルの専属メイド、クララ・メイフィールドである。金髪碧眼のロングヘアーにヘッドリボンを付け、白と黒のシックなメイド服に身を包んでいる。身長は女性としてはいささか高めで均整の取れたスタイルだが、その胸元は大いに盛り上がっている。

「お召し物が汚れております。湯浴みの準備はできております」

「はなせー! はなせー!」

 クララは無表情ともいえるクールな様相でライルを脇に抱えて移動する。

「ライル。ライルどこ……ライル! ライルいた!」

「まあまあ、ライル。またミーティアのところに行っていたの?」

 屋敷に入るとライルと揃いの金色の髪と金色の瞳をした美女二人が待ち構えていた。

 乱れた髪を振り回し、ライルの元に駆ける美女。ライオンハート家次女、エレノア・ライオンハート。

 あらあらうふふと頬に手を添えてのんびりと待ち構えているが実はその瞳の奥は笑っていない美女。ライオンハート家長女、リーリエ・ライオンハート。

 どちらもライルの姉である。

「ライル……ライル……無事でよか……っ! きゃあああああああ!」

「ぅあ? どうしたんだエレノア姉さん」

「お姉ちゃんと呼んで。そんなことよりライル……頬に……頬に傷が!」

「あん?」

 ライルは言われて頬に手を当てる。すると確かにうっすらと傷がある。血が滲みすらしない傷で、今まで気づかなかった程度のものだが。

 木登りをしているときに引っ掛けたのか、などとのんきに考えていた。

「お姉さま、早く医者を」

「落ち着くのよエレノア。そんなことで医者を呼んだらそれこそライルが心労で倒れてしまうわ」

 過保護な姉たちである。ライルとて注がれた愛情を疑ったり疎ましく思ったりはしないがかといってこの状況に甘んじるというのは思うところがあるのだ。

「ライル様。失礼します」

 慌てふためく二人の姉を尻目に、メイドのクララは何を考えているのか分からない表情のまま、頬の傷口に口づけた。

「ん、れろ……」

 そのまま、舌を這わせ、唾液を傷口に沁みこませる。

「……な、何をするかお前は!」

「嫌ならばケガをしないで帰ってきてくださいませ」

「ぐぬぬ」

 暗に悪いのはお前だと、不肖な主人にまるで悪びれない。

「さあそれでは湯浴みに参りましょう」

「待ちなさいクララ! それは姉である私たちの役目よ!」

「僭越ながらライル様とて一人の男子です。特に最近は成長著しくお嬢様たちでは押さえつけるに無傷というわけにもいかないでしょう」

「ぐぬぬ」

 メイドのクララの言は一理ある。感情少なく淡々と述べる口調は、ただ主に理を説いて説得を試みているように見える。

 しかしそうではないことを姉妹は知っている。そも、このメイドは自分たちに一定の敬意こそあれ主という認識はなく、クララが主と仰ぐのはライル・ライオンハートただ一人であることを知っている。その忠誠心をこそ買い、ライルの専属メイドとして身の回りの世話を任せているのはまた別の話。

 今ライルの頭上越しに繰り広げられているのは、要は女の戦いなのである。

「だから俺一人で入れるって言ってるだろ! 放っておいてくれ!」

 ライルの言葉に三人は一瞬顔を見合わせる。

「ないわ!」

「ないわね~」

「ありません」

「……ですよねー……」

 いつものようにクララに首根っこを引っ掴まれながら、風呂場へと向かうのだった。


「目に沁みませんかライル様」

「大丈夫だっての。というか俺がスケベ心で頭洗ってる最中に鏡見てると思ってないか?」

「見ても楽しいものなどないと思うのですが」

「……」

 ここは主の疲れを癒す場であると弁えており、扇情的な格好をしたりはしないと水着を着用している(ちなみに姉たちはこういう時は絶対に全裸になるしさせる)。

 そこまではいい。ただこのメイド、たまに自分の美貌というか魅力に無自覚なのだ。引き締まったボディラインながらも突き出る大きな胸。鍛え上げられて余計な肉などついていないすらりとした下半身。そして露出はないもののその身体のラインにぴっちり張り付くような水着……白スク姿で奉仕をしているのである。

 挑発しているのか? といえば全くそんなことはない。だからこそ面倒なのだ。

「ライル様。今日は一体何をしてらっしゃったのですか」

 問い詰めるような口調ではない。労うように。どこか遠く幸せそうに。

「まあ別にいつもと変わらない。ミーティアのところに行って、勉強教わって、そんなところだ」

「そうですか」

 何ということもない日常。それをこそ、クララは望んでいる。

 分からないが、多分そういうことなのだろうとライルは何となく理解していた。


 そして夜もまだ深まらない内。クララはライルの部屋を訪れる。

「ライル様。そろそろご就寝の時間です」

 そろそろ来るか、と身構えていたライルはベッドに向かう……前に寝間着に着替える。着替えるというか着替えさせられる。

 そしてそのまま当然のようにベッドのうちに入るクララ。

「……ライル様」

 ライルが静かに寝息を立てているのを確認してから、静かに恐る恐る、まるで壊れ物に触れるようにその頭を撫でる。

 そしてその後、後ろから縋るように抱きしめる。いつもそうだった。

 ライル自身が気づかずに寝入っているときもあるが、気付いているときもある。平時でそのように扱われれば、子ども扱いをするなとまた叫ぶのであるが、しかしそれは出来なかった。

 クララは何かに怯えているようで、けれどそれを指摘してしまえばこの関係は壊れてしまう。そうなってしまえば、誰にも寄りかかれる人間がいなくなる。

 ただ願うことはある。もっと自分が強ければ、頼りになる存在であれば、クララもすべてを打ち明けてくれるのではないかと。

 ライル・ライオンハートの胸には、生まれたときから宿っていた。強くなりたいという衝動が。





 サクラ・ストロングフィールドに謁見する日がやってきた。

 荘厳な雰囲気の漂う白亜の王宮。その奥の玉座に一人、サクラ・ストロングフィールドは佇んでいた。

 白いカーテンに阻まれて姿は見えない。ただ、その向こうには豊かなボディラインに形づけられた母性が伝わる。

「よくぞ参りました。若き獅子よ。さあ、顔を見せてください」

 声が響き、カーテンから白い手肌が覗く。そこから薄桃色の髪の毛がはらりと揺れ、花の香りのような芳香が漂う。

 まるでそれに誘われるかのようにライルは一歩、また一歩と近づいていく。

 辿り着くと同時に、(かしず)いた。しきたりとしてこの国で幾度と繰り返されてきた儀礼、それが摂理であるように。

「そう、いい子」

 花開くような笑顔。間近で笑うサクラ・ストロングフィールド女王はまさしくこの国の象徴でありまごうことなき絶世の美女だった。

 ライルは、それにしばし見とれると同時に、どこか妙な心地だった。何かをしなければならないような焦燥と同時に、なぜか先ほどまで感じていたような緊張が飛んだような気さえする。

「さああなたの………………!?」

 サクラ・ストロングフィールド女王がライルの頬に触れたとき、わずかに電流が走ったような感覚を覚え、女王は先ほどまでの相好を崩し、驚いたような表情を見せる。

「……女王様?」

「い…………いえ。何でもありません。ええ、何でもないですよ。なんでもないのれす」

 目がぐるぐると回っているような面白い表情をしていたが、やがてきりりと顔を整えて、向き合う。

 自分の、自分すら知らない全てを見透かすような瞳に、ライルはたじろぐ。

――さあ、目覚めなさい――

 ドクン。

――死は終焉にあらず生とは無限の連なり――

 自分の知らない記憶が流れ込む。

――もしもまだ――

 血の匂い。土埃。暗い空。そうだ、そこは戦場だった。

 身体の感覚はすでになく、魂のみで戦っているかのようなその最期。苦しい。痛い。吐き出しそうだった。

――あなたが諦めていないのなら――

 それは束の間の悪夢そのものだった。他人がそれを垣間見れば、地獄以外の何物でもないと答えるだろう。

――今度は放さないで――

 けれど、違う。そんなものであってたまるか。俺は、俺は……俺には……俺達には……!

「仲間がいる……!」

 そうだ。思い出せ。消えてしまいそうな、いや、消えてしまった繋がりが辛うじて繋がっている僥倖。

「……思い出しましたか、自分が何者であるか」

 自分が、何者であるかを、思い出せ……!

「俺は……ストロングフィールド傭兵団、団長……フラガ・ストロングフィールド……だ!」


今日はここまでです

次回から本筋というわけでライルの一人称から物語が進行していきます

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