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前日譚:強者の戦場

 かつてこの地は魔族の支配に脅かされていた。

 魔族の侵攻とともに実り豊かであった田畑は燃やされ、街並みは破壊され、人々はただ逃げ惑うしかなかった。

 同盟と呼ばれた国々も魔族の侵攻に恐れおののき、見捨てた。

 しかし、そこに突如、救いの手が差し伸べられた。

 ストロングフィールド傭兵団。

 ストロングフィールド傭兵団はこの地に蔓延った魔族たちを駆逐し、そして進行を食い止めた。人々はまた田畑に種をまき、建物を作り、子供を産み育て、貧しいながらもつかの間の平和を得た。

 突如として現れた彼らの目的はわからない。この地の人々に彼らの働きに応えるだけの何かを差し出せるとは思えなかった。しかし彼らはそれも気にするなと笑った。

 ああそうだ。ただ、毎日毎夜、彼らが戦場から帰るたびに酒を要求した。彼らは自分たちが狩ってきた魔物の肉を肴に、宴を開いていた。それはとにもかくにも騒がしく、酒癖も悪かった。

 それは勇者と呼ぶにはあまりにも粗暴であり、そして自由であった。

 そんな彼らの物語は、かくしてしかし終わりを迎える。

「いいかお前ら。お前らに簡単な算数の話をしてやろう」

 傭兵団団長―フラガ・ストロングフィールド。

 その体躯はゆうに二メートルを超え、鍛え上げられた身体には無数の傷が走る歴戦の戦士。

 もはや鎧は砕け、右目には大きな傷跡が走り、左腕もなかった。

 長い戦いによって、少しずつ蓄積された疲労。傷。このまま防衛線を続けても勝機はない。そう思い至った傭兵団はついに大きな決断をすることとなる。

 防衛兵力を残した後、団長フラガを筆頭に傭兵団の精鋭たちが魔王城に乗り込み、奇襲をかける。

「敵の数は10万ってところだな。で、まあこっちの数は500か……」

 この地に来てから新たに志願する兵もいた。しかし、彼らにはこの戦いの向こうにある平和の世を作るために、家族を作ってほしい。そういって、別れた。

「つまりだ。一人頭たった二百あたり倒せばそれで済む計算だ。どうだ? 楽勝だろう?」

 この先。そう、傭兵団長フラガ・ストロングフィールドはこの戦いの向こうを常に見据えていたのだ。

「ヒャッハー! さすが団長だぜーガクがあるぜー」

「別に私一人で全員倒してしまってもよろしいのでしょう?」

「賭けをしないか? 一番首級を挙げたやつにその分だけ酒を奢るってのはどうだ」

 眼前にどのような絶望が待ち受けていようと、この仲間たちとともにあれば、この傭兵団長の元に集うことができれば、何一つとして恐れることはなかった。

「団長!」

 最後の戦場。その直前に自らを鼓舞していた戦士たちとは別に、傭兵団長フラガ・ストロングフィールドに声をかける存在があった。

「あん?」

 フラガは面倒そうに振り返る。そこにいたのは、ここにいるはずのない人物だ。

「……ジーン、お前らは後方に下がってろっつったろうが」

 眼鏡をかけた小柄な少年。戦場に似つかわしくない身綺麗なスーツを着込み、理知的な雰囲気を漂わせている。

 そしてまたその後方には、薄桃色の髪をした幼女がいた。その耳は長く尖り、あどけないながらも意思の強い輝きを瞳に秘めている。

 ストロングフィールド傭兵団軍師ジーン・アルバトロス。

 そして、紆余曲折を経て傭兵団の元に身を寄せたハイエルフのサクラ・ストロングフィールドだ。

「僕もついていく」

「バカか帰れ」

 何度も繰り広げたやり取りだ。お互いに、お互いの言いたいことはわかっている。

「……どう戦うつもりだ。傭兵団には、あんたには、僕の力が必要なはずだろう。じゃないと、あんたたちはまたバカなことしかしないじゃないか」

「ジーン。お前は確かに頭の切れるやつだ。だがな、今はもうそういうのはかえって邪魔なんだ。ひょっとしたらもっと楽な道があるかもしれない。そんなことが()ぎって剣先が一瞬でも鈍ればそれで死ぬ。傭兵ってのには、頭の固さもたまにゃあ必要なんだよ……」

「……意味が分からない」

「お前が分かってないはずはないだろ」

 天才軍師として数多の戦場から傭兵団を導いてきた軍師。その頭の回転の速さゆえに、時には傭兵団と衝突してきた生意気な少年軍師。

 その軍師は今、役に立たないと、だから置いていくのだと、そのプライドをへし折られていたのだ。目の前の大切は人たちを、見送るしかできないなど。そんな現実は、それでもなお受け入れがたい。

「だからお前はここ以外の戦場で戦ってくれ。しんどいだろうが、でもま、天才軍師様なら大丈夫だろうよ」

 そして頭を軽く叩いて、フラガはサクラに目を向ける。

「……ようちびっ子。背伸びたか? 伸びるわけねーか、ハッハッハッハ」

「むぅ! ちびじゃないですこれからのびるです! わたしのせいちょうきはこれからなのです」

 ぴょんぴょんと跳ね回るサクラの頭上に手を掲げるが、当然のように高さが足りずに届かない。

「ふん、ばかなのです。ふらがは。あとじゅうねんもしたらりっぱなれでぃーになったのに。そうしたらおむこさんにしてあげようとおもってたのに」

「それ十年位前に聞いたけどな」

 ハイエルフは成長が著しく遅い。というのは本人談であるが、これでもかなり長い付き合いだった。

 とはいえ、いつもこうして頭上から見下ろし見下ろされ。その関係はいつまでたても変わらなかったわけだが。

「……ふらが。さいごにきいていいですか」

「ん?」

「あなたは、いったいなんのためにたたかってきたのですか?」

 無垢な質問、というにはあまりにも核心を突いていて、その瞳はとても見た目からは想像できないほどに大人びていた。

 だから、答えられるものであれば正直に答えたいところであったのだが、歯切れが悪かった。

「あー……んー、うん。あれだ、また会えたら、話してやるよ」

「やくそくですよ?」

 ごねるかと思ったが素直に引き下がった。

「……ああ」

 また帰らなければならない理由が増えた、と同時に少しばかり気が重いが、まあそれくらいでなければと笑い飛ばす。

「それじゃあな」

 傭兵団長フラガ・ストロングフィールド。力なき者のために力を振るい、数々の伝説の英雄たちを束ね、守り、育んだ。

 英雄たちはそれぞれの目的でストロングフィールド傭兵団へと身を寄せたのであるが、しかし、傭兵団長フラガ・ストロングフィールドが戦う理由は、明かされることはなかった。

 かくして伝説は終わる。

 そして、二百年後、ストロングフィールド傭兵団の歴史は、再び幕を開ける。



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