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daily life  作者: 深弦離羽
1/3

エピソード1〜絆〜

▼1



 あなたは『探偵』という職業をご存知だろうか。ドラマやアニメ、小説などでよく見かける職業、ということで見かけることが多いと思う。しかし、実際の探偵の職業なんて、そんな夢のような職業じゃない。

 殺人事件の謎を簡単に解いてしまうような、少年探偵。

 難解なトリックを意とも簡単に解いてしまう外国人。

 こんな人物達が実際にいたと考えてみると、日本や外国なんて殺人だらけになってしまう。ニュースだって、殺人事件で埋め尽くされてしまうだろう。

 浮気調査や、人探し。実際に殺人事件を操作するなんてありゃしない。しかも、小さな探偵事務所なんていったら、仕事さえ来るのもたまにあればいいほう。

 そんな小さな探偵事務所『法月華探偵事務所ほうげつかたんていじむしょ』。ここに持ち込まれた、問題――事件というほど大きな仕事なんて請けることもない――を捜査ファイルと大げさなものではないが、まとめようと思う。そうでもしないと、”所長”に怒られてしまうからな。



”絆”

 聞いたことがある人は多いだろうが、意味を答えられる人はいるだろうか。

――家族・友人などの結びつきを、離れがたくつなぎとめているもの。――

 言葉にすれば、こんな一文で終わってしまうような意味を持っている。こう考えれば言葉という物は、非常に便利なものなのだということが分かる。

 話が反れた。

 絆といっても、全てをまとめる事が出来ないのが”人”というもの。きっかけが簡単なものであっても、時間をかけて培ったものであってもだ。しかも、それが物を通じて繋がっていることもある。それがどんな物でも。

「盗まれた下着を……探して欲しいんです」

 それがこの台詞にある女性用の下着……だとしてもだ。

 だが、この一言でせっかく久々の仕事ではりきっていた所長殿も、目を点にしたのは言うまでもない。というか、誰がこの台詞を聞けば驚くを通り過ぎて、あっけに取られてしまうのではないだろうか。

「下着って、警察に届ければいいんじゃないんですか?」

 一応俺は、当たり前のことを切り出してみる。依頼人の女性は、少しうつむきながらどういっていいのかどうかを考えているようだった。

 探偵に頼むくらいなのだから、警察に届けられない理由というものがあるのだろうが、探偵が盗まれた下着を探すことになるなんて、聞いたことがない。

 下着泥棒はテレビを見ていると、たまにニュースで取り上げられている場合がある。あんなふうにテレビで自分の下着を晒すのは嫌なのだろうか。もし自分の――といっても俺は男なので、そんなことはありえないのだが――下着がテレビで出てきたらを思うと……。匿名なんだし、気にはならないな。

 というより、最初に話を戻そう。そうだな、依頼人が来る少し前に。



 この日もいつもの通り仕事はないだろうと踏んでいた俺は、事務所のソファーに座りながら、最近買った携帯ゲームで遊んでいた。現代の文明っていうのは、非常にすごいとしかいいようがない。昔のゲーム機なんて、ポリゴンにしたって、カクカクしてたし、人なんてもってのほかだ。しかも、3Dなんてものがなかった時代もあったもんだ。文明の進化というのは、しつこいようだが、すごい。

「暇よ。暇すぎるわ」

 所長席に座っている”自称所長兼電話番兼マスコット兼助手”の法月華湊ほうげつかみなとは学校が終わってすぐに事務所に来たため、制服のままだったりする。いまどきの女子高生というのはなんだ、いつでもどこでも制服ではないといけないのか。とか外を歩いているときやそこにいる所長殿を見て思ってしまうが、思うだけにしておこう。

「暇よ。暇すぎるわ」

 同じ事を2度言い出す。

これは何か言って欲しいときのサインだったりする。というか、分かりやすいサインだと、今更ながら思う。このまま放置しておくと、小さな身体の何処にそんな力があるのかと思うほどの力で、チョークスリーパーを食らいかねないので、なんとなくでいいので返すのが、所長殿との関係を面倒にしないコツである。

「探偵業が暇なのはいいことだろ」

「そうだけどね。でも、仕事がないと生計も立たないのも事実なのよ」

 そう言われてしまえば返す言葉がない。

 元々は湊の父親がやっていた探偵事務所だったのだが、とある事情で父親が失踪してしまったがために、収入がなくなり、生計も立てられなくなった。湊の母親は仕事をしているが、俺という居候がいるため、3人養っていることになる。非常に心苦しい。

 湊の父親が残したのは、自宅と一体になっている事務所だけ。そこに俺が湊から誘われたのだが、それはまた別の話になる。

しんが、来た仕事をきちんとこなしてくれるから、ある程度は収入もあるけど」

「先月は収入はいくらだったんだ」

「浮気調査が2件で、10万。管理費もろもろ引いたら、こっちの収入は5万くらいね」

 所長デスクに置いてある電卓をタカタカ押しながら答える所長殿。月に2件くればいいほうじゃないか。とはあえて突っ込まない。下手をすれば月に1件も仕事がこないのなんて、ざらにある。というか、1度の調査料が安いんじゃないか? というのはこの際言わないでおこう。

 せっかく綺麗にポニーテールしてある髪を、頭をわしゃわしゃとかくことによって多少乱れ始める。少しは女の子なんだから髪型とかを気にしようとは思わんのかね。

「今月なんて、まだ1件もきてないじゃない。今年度から考えても合計で4件よ? あ〜もう! どうすればいいのよ!」

「どうしようもなかろうに。こんな小さな探偵事務所なんだから」

「あんたが、少しは広めようとか思ってくれればいいのよ! なんでいつもあなたはそう……」

――ピンポーン――

 所長殿の女子高生とは思えない小言が始まると思った瞬間にインターホンが鳴る。正直助かった。たまに言い過ぎてしまう自分の癖をどうにかしたほうが良さそうだな。気をつけよう。

「は〜い、今出ま〜す!」

 どう聞いてもさっき、俺と話していた声色と違うじゃないか。まあ、今月初の仕事になるかもしれないのだから、仕方の無いことなのかもしれないが。

 湊と一緒に来たのは、20代前半に見える女性だった。セミロングのストレートの髪型に、柔らかそうな生地の長袖のシャツに、下はデニムか――白いブラウスっていうのか? あれは――。それに、プラスチックのスケルトンのケース。中には数冊の本とノートが入っている。

大学生か、それとも院生か。どっちにしても話を聞かなければ始まらない。

「どうぞ、おかけください」

「は、はい。ありがとうございます」

 女性は、俺の前にあるソファに座った。湊はお茶の用意をしにいったようで、すでにその場からいなくなっていた。何でこう気の回る人間であるのに……。

 相変わらずこういう場所にくる人というのは、さえない顔をしているものだ。悩みを抱えているのに明るくこられても、それはそれで嫌なものなのだが。

「さて……依頼でこの事務所にきたのですか?」

「そうです。近くにあるって聞いたものだから、小さいところならそこまでお金かからないかな……と」

 随分素直に金銭面のことを切り出すな。まあ、事実ここは調査料安いから言い返すこともないのだが。

「でも、安いってことは……」

「いえ、調査料が安いのは、所長の意向であって、手抜きをしたり、結果を出さないようにしない。というのはありませんので、ご安心を」

 その言葉を聞いて安心したのか、先ほどのこわばった顔が多少は和らいだようだ。

「紹介がまだでしたね。俺は皆代心みなしろしんです」

 形に拘る所長のせいで、名刺まできちんと作ってある。この職業を始めた翌日には出来てる言う手際の良さには驚いたが。ちなみに、名刺はシンプルに事務所の名前、住所、自分の役職、名前が入っている。ちなみのちなみだが、湊の役職はとんでもないことになっている――所長兼電話番兼マスコット兼助手が本当に書いてあるからだ――。

法月華探偵事務所ほうげつかたんていじむしょ……」

「弁護士の事務所のようですけどね、名前だけみると」

「ふふ、確かにそうですね」

 なんでこの掴みは毎度成功するのか。

「はい、お茶です」

「あ、すみません」

「心はこっち」

 俺の前に置かれたのは、透明に透き通った液体だった。科学記号で表せば、H2O。というか、水。酷くないか、扱いが。確かにコーヒーにしてくれと文句言った日から水だった気がする。

「妹さんですか?」

「いや……」

「あたしはこういうものです♪」

 俺の隣のソファにお茶を出してから座っていた、湊が猫なで声で名刺を渡すと、依頼人は驚いたような顔をしている。そらそうだ、『法月華』の名前を持っている所長自身が、お茶を出している女子高生なのだから。それに、その名刺の役職も驚く要因だろうな。

「仕事は俺がこなすので、安心してください。とりあえず、あなたのことを聞いてもいいですか?」

「えーと、有馬悠樹ありまゆうきです。大学4年です。一浪してて、それプラス留年してるので、年は24歳です」

「ありがとうございます。では、依頼内容をお願いします」

 そして……最初のあの台詞になるわけだ。さてさて、この依頼どうなるんだろうな。と言っても、うちの所長のことだから断るわけもないのは分かりきっているのだが。

 しかし、探してくれと言われた女性用の下着がとんでもないところで繋がっている、違うな。理由が隠されているなんて、俺にも湊にも分かるはずもなかった。いや、湊にはその依頼主の気持ちが分かるのかもしれない。……けして女性用の下着だからとかそういう理由ではないのだけは先に使えておこう。




▼2


 依頼者に、さっそく調査を始める旨を話し、俺は外に出てきた。湊は依頼者と一緒に、盗まれたという現場に向かっていた。現場と言っても、盗まれたのは依頼者宅の自室のベランダだと話していたから、何かが見つかることはないとは思うんだがな。

 それにしても、湊のあの格好はなんだったんだろうか。

そのまま制服で行っても良いとは思うんだが……何故かフリフリのレースがついた服を着てきて、髪をポニーテールからサイドに縛るツインテールにしていた。本人曰く、あのような少し年齢が低く見える服を着て、礼儀正しくすれば、その家の親には良い目で見られるようになる、らしい。そういう知恵はいったいどこで入れてくるのか……。まあ、湊自身が探偵の娘だし、そういう知恵も多少入っているのかもしれない。

 などと考えていると、目的地に到着する。依頼を受けると必ずといっていいほど、ここに来る。

『喫茶 ジョンボリー』。名前のセンスは気にしたら絶対に負けだと思う。しかし、ここのマスターとこの探偵業を始めたときに知り合った。それから、何か依頼を受けるたびに来るようになった。

 カランカランと、古めかしい鈴の音を鳴らしながら中へ入っていく。

「いらっしゃい。おや、1年振りだね」

「……1ヶ月振りくらいなんですが」

 カウンター席に座ると、1ヶ月前よりも髭が伸びたマスターが迎えてくれる。

「で、今回も依頼かい?」

「そうですね。あ、キリマンジャロで」

「はい、かしこまりました」

 相変わらず客が少ない。というか、俺しかいない。相変わらずどうやって生計を立てているのか分からない喫茶店だな。

「最近、下着ドロとかありましたかね?」

「新聞取ってないのかい?」

「いや、基本的に小さい事件……大きいも小さいもないでしょうけど、新聞には取り上げられてなかったりしますしね」

「そうだねぇ……確か、ここ最近下着ドロがあったという話しは聞いているよ。ちょっと待ってて、電話してみるから」

 そういうとマスターは電話を掛け始める。元々このマスターは、刑事をやっていたのだが、上層部といざこざを起こして辞めてしまったらしい。湊の父親とも知り合いだったらしく、警察と情報を交換しながらやっていた、と湊から聞いたこともある。

「今から来るってさ。しっかし、君も人使い荒いよね」

 マスターは笑いながらそういうが、基本的に呼び出してるのはあなたじゃないのか、という言葉はここで言わずに止めておく。

「それにしても、もう3年かい? 君と出会ってから」

 マスターはコーヒーを俺の前へ出しながら、昔話を始めるつもりらしい。

「そうですね……あの時は湊に無理矢理つれてこられましたけど」

「はっはっは、湊嬢は龍彦さん譲りの元気さだからね。君をつれてきたのも、今だったらなんとなく分かるよ」

「そうですか? 話を聞いていると、俺と湊の父親は似ているところが一切ない気がするんですけど」

「いや、似てるとか、似ていないとかじゃなくて、そうだね……湊嬢の言うことを否定できないところかな?」

 冗談なのか、本気なのか分からないが、マスターは笑いながら話している。否定できないんではない、否定はしているが了承してくれない。という方が正しい。

 タバコに俺が火をつけると、マスターはまた俺の表情を見て少し笑う。

「否定しないんだね。それとも……いや、やめておこう。君をいじめるのは」

「そうしてやってください」

 カランカランと、音が聞こえると、そのお客は俺の席の隣へと腰をかける。

「全くさ……先輩をいたわろうとかお前にはないのかね」

「ないですね」

 マスターの電話で現れたのは、マスターの刑事時代の部下兼俺の高校時代の先輩である、佐伯隆さえきたかしさんだ。先輩と言っても、俺が探偵業を始めたばかりのときにたまたま出会って、そこから関係があるだけであって、俺が高校時代にはすでに卒業していたりする。

「下着ドロだっけ? 確かにあったが、犯人は捕まってるぞ」

「その下着の中にこういう下着はありましたか?」

 俺は依頼者が書いてくれた、女性用の下着を見せる。

「いやぁ……流石にもう分からないな。押収はしたが、基本的にはそこまで凝視するようなものでもないしな。犯人が捕まれば、押収品はそこまで重要なものでもないし、流石に盗まれた本人に返すケースの方が少ないからな」

「なるほど。まあ、そりゃそうですよね」

「というか、普通の下着ドロのホシがこんな下着取るとも思えんのだがな……」

「そうかい? そういう性癖なら盗む可能性もあるんじゃないか?」

 そういう議論が出るのも分からなくもない。なんていっても、被害者が書いた盗まれた下着は、幼児がはくような下着だからだ。白くて尻の部分には、何故かイチゴ。こう小学生がスカートめくりをしたときに

「やーい! イチゴのパンツー!!」とか、あんな感じのリアクションが出そうな。

「とりあえず、もう少し調査してみます。佐伯さん、一応絵渡しますから調べてみてください」

「了解、分かったよ。探し終わったら一応お前さんに連絡する」

「はい、お願いします」

「どうだい、隆も何か飲むかい?」

「じゃあ、俺はアメリカンを……」

 時計を見ると、もう19時を差していた。17時に事務所を出たから、2時間経ったのか。さて、依頼者の家に向かった湊はどうなっていることやら。



 心と別れて依頼者の家に向かったあたしは、その道中依頼者の悠樹さんと話しながら向かうことにした。その中でも多少情報が取れればいいかな、なんて思ったからだ。

「悠樹さんは大学生なんですよね?」

「うん、そうだよ。知ってるかなぁ、聖大行ってるんだけど」

「え!?」

 ”聖大”といわれて驚いてしまった。あたしが行っている高校が”聖稜華女子学園せいりょうかじょしがくえん”で、そのまま卒業すると、エスカレーター式で行けるのが、聖大といわれる”聖稜華大学”なのだ。

「どうしたの?」

「いえ、もしかして、聖女の出身ですか?」

「あははっ、流石にお嬢様学校って言われる場所には言ってないよ。見た感じお嬢様って感じが私にはしないじゃない」

 女の子の私が見ても、可愛いって思ってしまう笑顔を見せながら、悠樹さんは笑っている。留年とか浪人してたって言ったけど、24歳には全然見えないほど可愛い。何か負けた気がしてならない。

「湊ちゃんは、聖女なの?」

「はい、一応そうです」

「一応って面白いね。聖女って聞いちゃうと、やっぱりお嬢様って感じがするけど……」

「いえ、あたしもそんな風じゃないですよ。どっちかというと家はお金ないほうですから」

「ふふっ、何か気が合いそう」

 あたしに気を許してくれているようだ。良かった、事務所に来たときは随分と深刻な顔をしていたから少し心配だったけど。でも、探して欲しいって言っている以上は、きちんと仕事をこなさないといけない。

「あ、ここだよ私の家」

 指を指された方向を見ると、家というよりかは少々大きい気がするような豪邸が建っていた。事務所兼自宅のうちも大きいけど……うちと同じくらい大きいってなると、お金持ちなんだろうか。

 悠樹さんが先に行きドアを開ける。ドアも何か高級感が溢れる分厚い感じがする。ここでもあたしは負けた……。

「ただいまー」

「おかえりなさい。あら、お友達?」

「あ、法月華湊って言います、悠樹先輩に誘われまして」

「あら、そうだったの。どうぞ上がってくださいな」

「はい、お邪魔します♪」

 疲れるわね、この営業テンション。と言っても、こっちの方が回りに受けやすいからしょうがないのだけれど。一応悠樹さんのお母さんには良い印象を与えることが出来たから、怪しまれることもなさそう。

 悠樹さんの部屋は、2階に上がって一番奥にあった。中に入ると、女の子の部屋というよりも女性な感じがする部屋。でも、ところどころに可愛い人形が置いてあって、そういうところは女の子っぽいかも。

「久々の休みみたいね、お母さん」

「そうなんですか?」

「お父さんがやってた仕事を引き継いだの。だからあまり家にいることがないのだけれど」

 父親がやっていたって、今悠樹さんのお父さんはどうしているのだろう。突っ込んで聞いていいものなのだろうか。

「やっていたというのは、お父さん死んじゃったんだ」

 聞く前に言ってくれた。でも、悠樹さんもお父さんがいないんだ。あたしの場合は死んでいるわけではないのだけれど。

「交通事故で死んじゃってさ……でも、いいの。お父さんからいっぱい大事なもの貰ったから」

 そういう悠樹さんだが、やっぱり顔がそこまで明るくならないのは、何故なんだろう。

「もしかして、探して欲しい物って……」

「そう……お父さんから唯一もらった”物”なの。だから探して欲しくって」

 小さい時にもらった下着でも、やっぱりお父さんの形見なんだ。だからこそ、大切なものであって、それを失くして不安になっているんだ。

「湊ちゃん大丈夫?」

「え?」

「ずっと、そのネックレス握っているから気になっちゃって」

「あ、すいません!」

 このネックレスは、あたしがお父さんからもらったもの。多分、悠樹さんの話を聞いていて無意識に握っていたんだろう。形見なんて思いたくはないけど、あたしに取っては大切なネックレスだ。子供がつけるような安物のネックレスでも。

「いいのいいの、大事なものっていうのは分かるから」

 悠樹さんが優しい顔を見せている。このネックレスがどういうものか悟られているかのようだ。

「は、はい。あ、じゃあ盗まれた状況聞いてもいいですか?」

「うん、良いよ。えっと、先週……かな」

 悠樹さんの話をまとめるとこうだ。

 先週、バッグに入れていてもやっぱり汚れてしまうので、毎週1度は洗濯をするので、乾かすために干していたんだそうだ。そして、起きると下着がなくなっていた。ということだ。その後、犯人が警察に捕まったと聞いたのだが、その犯人が盗んでいたのは基本的に20代の女性だけだったらしいので、その中にはないだろうと考えたとのことで、警察に届けることもせずに、あたしたちに依頼をしてきた。

「なるほど……」

 あたしは持っていたメモ帳にメモを取ってから悠樹さんの顔を改めて見る。やっぱり、明るい顔をしてはいるが、不安そうな面も見え隠れしている。きっと、どうにか冷静にしようとしているのだろうけれど、完全にはなりきれていないのだろう。

 こういう人がいるから助けなければならない。困っている人がいるから、探偵もいるのだから。……探し物をするのは基本的にあんまりないのだけれど。

「ありがとうございます。それじゃあ、戻ってあたしも調査に加わりますので」

「お願いね、もし聞きたいことがあれば大学にいると思うから」

「分かりました。それでは失礼します」

 そう言ってあたしは悠樹さんの部屋を後にした。玄関まで送るといわれたのだが、少しの間でも、人に気遣いをさせないようにと思ったからだ。話してて、気遣いが上手い人なのが分かったけど、こういうときにまでそうだと疲れてしまうのは分かっているから。

 悠樹さんのお母さんにも挨拶をして家からお暇した。そして、一応今から帰るということを心に話しておこうということで携帯を取り出す。

「はい、俺」

「今から帰るからね」

「分かった。何か分かったこととかあったか?」

「探し物が大切なものだったこと、経緯とかが聞けたかしら」

「そんなところか……了解。詳しい話は事務所に戻ってからだな」

 そういうと、あたしは

「事務所でね」と加えて電話を切った。

 もう暗い。あんまり女の子が歩いていいような時間ではないわね。と言っても、護身術は父さんから教わっていたから、多少ならなんとかなるのだけれど。やっぱり、それもどうかと思うわよね……。女の子としては。



 事務所に着いた俺は、湊と一緒に情報交換をすることにした。

「そうね、もしかしたら盗難されたものにあるかもしれないものね」

 隆さんに頼んだことを話すと、湊が答える。元々マスターと知り合いだったり、隆さんのことを知っていたりしたのは、実は湊だったりする。そう、そこで俺は隆さんが同じ高校に通っていたことを知るのだ。

「とりあえず、明日俺は犯人に関して調べてみることにする。と言っても、捕まっているから警察署に行くだけだとは思うが」

「うん、それでいいと思うわ。で、こっちだけれど」

 依頼者の有馬 悠樹さんと話をして分かったことを淡々と話す。その下着は父親からの形見だったこと。下着泥棒が盗んでいたのは基本的に20代の女性のものだったということ。

 それを話している湊の顔が少し、悲しげだったことはあえて触れないでおこう。触れたところで、どうせ所長殿は強がるに決まっているからだ。

「なるほどね……」

「確かにそんな状態じゃ見つからないかもって思うわよね」

「普通ならな。だからこそ、俺らに依頼を持ってきたんだろうよ」

「そうよね……」

 話し終わって、悲しい顔を見せなくなったと思ったら、また悲しそうな顔をする。何だかんだ言っても年頃の女の子なんだ。似てる状況で感情的にならない高校生のほうがおかしいだろう。

「夕飯できたわよぉ〜」

 下から聞こえてくるのは、湊の母親である法月華美奈ほうげつかみなさん。

綺麗で、スタイル抜群で、優しくて、おっとりしてて……と、いいところを上げれば上がり続けるであろう人間だ。

しかも家事料理も完璧。

仕事がない日はこうやって夕食をつくってくれるのだ。

しかし、見た目はどうみても20代後半にしか見えないのだが、高校2年生の湊がいるということは、16歳で産んでいたとしても30代になっている。絶対解けない謎の一つだろう。というか助手が美奈さんのほうがやる気が出るんじゃないか。普通は綺麗で妖艶な助手というのが探偵にはお決まりじゃないのか――ホームズはワトソンだから男だが。

「何よ、あたしの顔に何かついてる?」

 黙ってれば娘も可愛いほうなのだろうが……。口がこうじゃな。

「いいや、今の服も髪型も似合ってるって思ってただけだ」

「な!? な、なななな何言ってるのよ!?」

 不意にこういう台詞を投げかけると、湊は凄い動揺し始める。いやぁ、いいね、若いって。――全然関係ないとは思うが。

「ほれ、夕飯にいくぞ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよぉ!!」

 たまにはこうやって苛めてやらんと、いつもやられている俺だからな。たまにの仕返しならきっと大丈夫だろう。とは言っても本音を言ったら許してくれないだろうな。




▼3

「……くん。……きて、心くん」

 寝てるところに声が聞こえる。それに加えて甘ったるい匂い。匂いで判断するなんて変態のようだが、なんとなく誰か分かった。

「ん……」

 目を開けると、美奈さんが目の前にいた。若干顔の位置が近い気もしなくもないが。

 俺が寝室と使っているのは、元々は事務所で書斎となっていた部屋にベッドなどを持ち込み、そこへ俺の荷物を詰め込んだ形になっている。流石に居候の身であるから一応部屋きれいにはしてる。

「今何時ですか……」

 どうも頭が働かない。それでも仕事のときは必ず8時には起きるようにしているのだが、今日は目覚ましが鳴った気配がない。どうもいくつになっても朝はどうも弱い。学生時代何度遅刻したことか。

「えっと、今7時ねぇ。……ちょっとお願いしたいことがあるんだけれど……」

 何だ、かしこまって言うことなんだろうか。というより、起きたてなので、基本的に生返事しかしない俺。

「はい……何でもしますよ」

 今日は仕事なのだろう。いつもはウエーブのロングヘアーを束ねたりしていないのだが、後ろで縛っている。目を擦りながら、美奈さんの顔を見るとなんか紅潮しているようだ。そのせいか、色っぽい顔してる。これで落ちない男はいないだろう。

「出かける前に心くんの……入れてほしいのぉ……」

 健全なる男にその台詞はいかがなものか。しかし、ここへ来たばかりの俺だったら反応してただろうが、流石に今は理由がわかる。ただの意地悪だ。

「……何を入れたらいいんですか?」

「ぶぅ、つまらないわねぇ」

 いい年こいて、拗ねないでくれ。

「今日天気予報見てたら、雨が降るかもしれないって言ってたのよぉ。だから出かけるときに怪しそうだったら洗濯物を自分の部屋に持って来ておいてね」

「はい、了解です」

「うふふ。じゃあ、お願いね」

 何が

「うふふ」なんですか。と思ったが、聞き返してもはぐらかされるのは分かっているので聞かないことにする。それよりも、湊に頼んでもいいんじゃないかとは思ったが、自分の洗濯物くらい自分で入れるとしよう。


 洗濯物を言われた通り取り込み、着替えて今日もジョンボリーへと向かう。雨が降ると聞いていたが、傘を持つのが億劫なので持ってこなかった。

 段々上着がいらない時期になってきたな。雨が降り続く日が続くのは嫌いじゃないが、仕事となると、雨の中を尾行しなければならなかったりする。意外とそれが寒かったりするし、次の日に体調を崩すこともある。だからと言って仕事を中止出来ない、してはいけない。

 不意に携帯のバイブレーションに気付く。名前を確認すると【佐伯 隆】の文字が。何か分かったことがあったのだろうか。

「はい、もしもし」

『すまん、まだ押収品は用意できていない』

 開口一番がそれですか。しかし、刑事というのも忙しい職業だ。そこは文句を言ってはいけない。

「じゃあ、何かあったんですか?」

『一応ホシの経歴を話しておこうと思ってな』

 元々今日は犯人のことについて調べようと、佐伯さんから聞こうとしていたから調度よかった。にしても、俺に対していちいち隠語を交えて言わなくてもいいんじゃないかと思う。

『名前は、宮田輝彦みやたてるひこ。聖大の3年、21歳だ』

 随分若いな。若気の至りと言ったところだろうか。と言っても、俺と大して年の差はないのだけれど。

『捕まったときに否認もしなかったから、すぐに逮捕になった』

「聖大って、聖稜華大学のことですか?」

『そうだな。大学になると共学制になるから、男があそこの大学に行ってても問題はない』

「どういう人間なんです?」

『そうだな……一言で言えば、最近の若者だな。犯行理由が魔が差したとかバカらしい理由だ

った』

「なるほど」

 確かに少しおかしいな。20代女性の下着を盗んでいた人間の犯行理由が魔が差したということ。だったら、依頼人の探し物を盗む可能性というのも低く感じる。しかし、そこで考えを止めたら終わってしまう。可能性は全て洗い出していかないといけない。

「後でその、宮田に会うことはできますか?」

『留置所に今はいるからな。出来んこともないが……』

 その先に見える言葉は分かるが、手続きとかを頼むのに好都合な人はいない。

「よろしく頼みますよ」

『わぁったよ! ったく、仕方ねえなぁ……押収品と手続きが済んだらまた電話する』

 そういうと電話を切られてしまった。

 何処にあるかという問題もまだ解けていないが、誰がという問題も分かっていない。実際には、その犯人が盗んでいるかも分からないが、実際に起こっている下着泥棒もそれしかないのも事実だ。しかし、分かっていることも少なすぎる。とりあえず、今は聖大へ向かってみることにしよう。


 聖稜華大学。

ここ箕田伊原市では一番大きな建物と言ってもおかしくはない。

箕田伊原市は元々都心から離れているため緑も多く、静かな場所だ。

とは言っても、都心へ向かうには電車で1本で行ける為、聖稜華大学へ来るのも苦ではない。幼稚園から大学まではエスカレーター式で上がれるが、各学校は裕福な家庭には人気があるため、小学校、中学校、高校からと、入ってくる生徒も少なくはない。小学校から高校までは女学校であり、大学から共学になる。――湊も聖稜華女学園に通っているが、学校ではどういう感じになるのだろうか。

 大学には色々な人が集まるために、基本的に誰が入っていっても分からないというが本当のようだ。何食わぬ顔で入っていったが、警備員がいるわけでもないから特に入るだけなら問題はない。確かに重要な部屋には監視カメラなどがついているのだろうが、そこに今は用事はないからな。

 とりあえず、依頼人に会わないとどうしようもないな。俺は携帯を取り出し、教えられた連絡先へ電話をかける。

『はい、もしもし』

「探偵の皆代です」

『あ、どうしたんですか?』

「今聖大に来てるのですが、少し話が聞けないかなと思ったんですが……大丈夫ですか?」

『はい、大丈夫です。調度今昼食食べ終わったところだったんで。じゃあ……食堂分かりま

す?』

 ここまで来る途中に地図があったはずだな。地図を見れば迷うこともないだろう。

「地図があったようですし、大丈夫です」

『それじゃあ、そこで待ってますね』

 誰かと今いるのだろうか。心なしか、昨日話したときより声が高くなっている。誰にも悟られずにするためだろう。

 食堂は、入り口から真っ直ぐ進んだ俺がいた中庭のようなところから東の方へ行ったところへあった。少し講義棟より遠く、食事を取るには静かな場所に位置している。周りを見渡すと木々があり、郊外にある高級レストランのようだ。どうも金持ちの考えていることは分からない。

 中へ入ると、大きな食堂がある。左右を見渡すと自動販売機が3台あり、紙容器に入ったもの、缶のものがある。そんな種類があったところでどうしたいのか良くわからない。俺が行っていた高校には紙容器の飲み物が入っている自動販売機しかなかった記憶がある。

「あ、こっちです!」

 食堂から声が聞こえる。昼時を少しすぎた時間のためか、学生の数も疎らだ。そのせいか、有馬さんがひときわ目立って見える。いや、そういうオーラがあるからなのだろうか。流石に俺はそういうカウンセラーじゃないので分からないが。

「すみません、突然呼び出してしまって」

「いえ、私が依頼したことですからきちんと協力しないと。それで、聞きたいことって何ですか?」

「はい、宮田輝彦について調べています」

「宮田さんですか」

「ええ、ご存じないですか?」

「そうですね……」

 有馬さんは思い出しているのか、うーんと唸りながら上を向いている。心なしか疎らな学生からこちらを見られている気もしなくもないが、気のせいだろう。

「確か同じ学部には居たと思うんですけど、人が多いですし……」

「そうですよね。写真とかあればいいのですけど、事情が事情なんで持っていないんですよ」

「いえいえ、そんなに申し訳なさそうにしないでください!」

 何だろう、やっぱり見られてる。特に男子学生どもに。

「……すいません。何かやけに視線感じるんですけど、何なんですか?」

「えっと……多分私がミスコンで優勝したからかと思います」

 ミスコンっていうと、よくTVとかで見る、何々大学ミスコンの〜みたいな感じだろうか。

「この大学に在学している生徒であれば、そういうのに出れるんですか?」

「みたいですね……。本当は同じ学年の友達と2歳も離れているし出たくなかったんですけど、無理矢理出させられちゃって」

 有馬さんは苦笑しながら話す。前に話した感じだと、結構前に出てくるタイプなのかと思っていたが、意外と謙虚な部分もあるようだ。

「結構周りから話しかけられたりとかあるんですけど……準ミスコンだった三宅美里みやけみさとさんって人にに嫌われちゃったみたいで」

 申し訳なさそうな顔をする有馬さん。嫌われたというのは、どういうことなのだろうか。

「何で嫌われたんです?」

「同じ学部で、そこそこ話す仲だったんです。でも元々は、その人がミス聖大になるっていうのが本命だったようで……」

 なるほど、妬みか。自分がミス聖大になると思って自信を持っていたところで、突然出場した有馬さんがそこでミス聖大に選ばれてしまった。なんか、在り来たりな妬みだが、ありえない話ではない。結構こういう話というものはあるものだ。特に女性の間では。

「でも、探し物には関係ないだろうし……」

「そうですね」

 時間を確認すると、もうそろそろ14時を示そうとしている。

「そろそろ、俺は行こうと思います。ありがとうございました、色々聞けてよかったです」

「いえ、役に立てたなら嬉しいです」

「ええ、大丈夫ですよ。絶対見つけてみせます」

 就職していたときに覚えた営業スマイル。

結構依頼者を安心させるのに使えたりする。

有馬さんもそれみて笑い返してくれる。うん、大丈夫だな。結構不安すぎたりするとそれを嫌味に捉えてしまうような人もいるが、ここまで精神的に安定してきていれば何も問題はない。ちなみに、そういうことを教えてくれるのは、カウンセラーになった友人からだったりする。そいつの話はまた今度にしよう。

 有馬さんと別れ、中庭へ戻ると携帯の着信メロディーが鳴る。誰からだろうと、ディスプレイを見ると、佐伯さんのようだ。

「用意できました?」

『ああ。押収品と留置所での両方ともな』

「ありがとうございます。それじゃ今から向かいますんで」

『受付の姉ちゃんに……』

「分かってますよ。何か最近優しいですから、受付のお姉さん」

『ったく……人をそういう風に丸め込むのは得意なんだな』

「そりゃ……色々ありましたしね。それじゃ後で」

 電話を切ると早速、箕田伊原署へと向かうことにする。


 箕田伊原駅から徒歩で10分くらいの場所にある、箕田伊原署。――と言っても、俺の移動手段は原付自転車なんだが。

 入り口は警官が忙しく動いている。世間では何かしら事件が起こっているので、しょうがないことなのだろうが、こういうことが無くなるのが一番いいのかもしれない。

 警察署内に入ると、毎回いる受付の婦警さんに頭をたれる。婦警さんも俺のほうを見て、微笑んでくれる。軽く恐怖を覚えるな、お姉さんというのは。

 特に喋ることなく婦警さんは察してくれたのか、内線で佐伯さんを呼んでくれた。

「原付変なところに止めてないよな?」

「ちゃんと止めてますよ」

 佐伯さんが連れて行ってくれたところは、押収室という押収品をしまっておく部屋だった。準備しておいたのか、そこには女性用の下着が広げられている。

「何か、こうあると圧巻ですね」

「100枚以上あるみたいだかな。っと、これ返しておくぞ」

 佐伯さんに渡しておいた絵を返してもらい、自分の目で確認することを始める。しかし、そこにないのが分かっているのか、佐伯さんは暇そうに欠伸をしていた。しかし、自分の目で確認しないことにはどうしようもならない。伝えてもらったものが全てではないのだ。

「ないみたいですね」

「ああ、どうせ自分で見るだろうから言わなかったが……よくこうも躊躇無く触れるな」

 手袋はしているので、指紋はつくことはないだろう。一体何のことを言っているのか分からない。不思議そうな顔を俺がしていたのか、佐伯さんは言葉をつけたす。

「その……女性の下着にだ」

 何言ってんだ、この人。

「仕事でしょう? まったく何言ってるんですか。娘さんだってもうすぐ小学校なんですから、

自分で洗濯したときに将来困りますよ」

 佐伯さんには一人娘がいる。奥さんは何かしらの理由で亡くなってしまったらしく、娘さんと二人暮しだ。それはいいのだが、たまに娘さんを事務所に預けるのは勘弁して欲しい。

「家事全般は、祐美がやってくれるからなぁ……」

 もう放っておこう。娘さんのことになるとどうもダメになってしまう。出来る刑事ではなくて、ひとりの父親になってしまう。

「……で、留置場行きたいんですけど」

「あ、あぁ……連絡してあるから、俺の名前を出せば入れるはずだ」

 簡単に挨拶をすると、箕田伊原署を後にする。佐伯さんが一旦あのようになると、戻るまでにきっかけが必要だったりする。まったく……お願いだからもう少しきちんとした先輩を見て見たいもんだ。


 警察署の近くにある留置場。佐伯さんの名前を出すと簡単に中に入ることが出来た。

「10分間です」

「分かりました」

 10分で色々聞かないといけないわけか。少し短い気もするが、宮田から聞けることも少ないだろう。

 扉を開けると、よくドラマで見るようなガラスが間にある部屋。宮田はすでに座っている。その後ろには、それを見守る警察官がひとり。どうにも慣れないな、こういう空間には。

 宮田は最近の若者っぽく、明るめの服を着て、首にはチェーンのネックレスをしている。髪は茶色いメッシュが入っており、よくテレビで見るチャラいやつのように見えなくもない。

「誰ですか? あんた」

「探偵の皆代です」

 探偵が何の用なんだ、みたいな顔をされるが関係ない。というより、想定内なので、何も言わずに話を進めることにする。

「盗んだ下着にこのようなものはなかったですか?」

 有馬さんに書いてもらった絵を見せる。

「なんだ、あんたそういう趣味なのか?」

「……盗んだ下着にこのようなものはなかったですか?」

「……ねえな」

 いちいち口答えしてたらキリがないのは分かっている。意外と同じことを繰り返すと、相手側も察してくれる場合のほうが多かったりする。

「なるほど。分かりました」

 俺はそれだけ聞くと席を立とうとする。正直それだけ確認できればよかった。後は、宮田自身が身に着けている物。それを見れば大体事情が分かってくる。

「なんだ……それだけなのか?」

「ええ。ないって言うのは分かってました。それに、押収されていないのなら、あなたの部屋

にもなかったことになる」

「……」

「あなたがどんな人間か見たかったんですよ。意外と良心を持っているようで良かった」

 俺は彼が左手につけているものを見ながら答える。彼がこの話をしているときに、しきりに触っていたからだ。

「ありがとうございました。それでは失礼します」

 俺は部屋から出ると、そのまま止めた原付自転車に向かって歩き出す。流石に警察署に止めっぱなしなので、下手すると佐伯さんに何か言われるかもしれない。

 全ては繋がったな。いや、繋がったというよりも何処にそれがあるのかだけが分からない。後は取り戻すだけなのだが、いったいどうしたものか。とりあえず明日も有馬さんに話を聞いてみるしかないだろう。

 一応所長としているので、湊にも報告がてら連絡を入れることにする。

『もしもし、どったの?』

「どったの、じゃないだろ……。報告だ報告」

 今日行った調査を湊に報告をする。だが、探し物がどこにあるかが分かっていないため、そこまでは話さないでおくことにする。そこまで話すと湊が混乱する可能性があるからだ。

『なるほどね……。それで、明日はどうするの?』

「もう一回有馬さんと話しに行こうと思ってる」

『りょーかい。あ、ダメだって! ちょ、返しなさいよ!』

 何やってんだ、この所長殿は。

「んじゃ、今から帰るからな」

 そういって電話を切った。何か嫌な予感がしてならない。すでに暗くなった道を俺は原付自転車で飛ばすのだった。

 しかし、この時点での俺の考えは甘かったのだと、後々知ることになる。探し物がどこにあるのか、それが何故なくなったのか。実際はその”何故”が大切だというのに。まだまだ俺は青二才だということだ。


「あ、おかえりー」

「よう、心」

 何でこいつまでいるんだ、杉並優莉すぎなみゆうり

湊と一緒によくつるんでいる友人のひとりで、たまに事務所に来ては、俺が買ってきたゲームを勝手にやっているという暴挙を働く。

湊と同じ聖女に通う学生だと聞いているが、こいつもこいつでお嬢様だとは思えないような性格をしている。しかし、こいつの家は生粋のお嬢様育ちらしく、親もどこぞの社長をやっているらしい。湊より少し身長が小さく、赤みがかった髪を基本的にサイドでくくっているため、中学生として見えなくはないが、喋ると一人称が

「オレ」であり、男のような口調なので『喋らなければ可愛いだろう人間』の2号である――言わずもかな、1号はもちろん湊だ。

「お前、ADVはミステリーだけでギャルゲーのひとつも持ってないのかよ」

「持ってねえよ、そんなの……」

 ゲームソフトをしまっている棚を漁りながら優莉が言い放つ。頼むから整理してるものを汚くしないでくれ。

「ダメね、心。ギャルゲーというものも、結構探偵という仕事に役に立つものよ? 乙女ゲもしかりよ!」

 続いて所長殿が口ぞえをする。いったいこいつらは何がしたいんだ。それにそういうアドベンチャーゲームがどう仕事に役に立ってくれるのか俺が納得するように話してくれ。

 全くもってこの2人が揃ってしまうとどうしようもなくなってしまう。基本的にTVがあるのが事務所側なため、事務所を占拠されてしまうのだ。やれやれ、たまの平和はジョンボリーでのコーヒーくらいなのか、俺は。




▼4

 本日は日曜日。有馬さんに話を聞くために原付を飛ばしていた。今日は後ろに重石を乗せながら。

「あ、はい、分かりました。ではそちらに向かいます」

 有馬さんと話をするために、運転をしていない湊が連絡をしている。しかし、この依頼のときはそのフリフリの服じゃないといけないのだろうか。風でなびいて、運転している俺には非常に邪魔なんだが。

「今日大学のイベントで、それに出るって話よ」

「それじゃ、大学か」

 有馬さんの家までは、聖大までの道のりまで途中まで一緒なので助かるな。俺は大学へと原付を向けて走り出す。

 大学にはすでに多くの人で賑わっていた。

湊の話によると、大学のイベントとかになるとミス聖大としてゲスト出演したりするため、こういうイベントに呼ばれることは少なくは無いそうだ。いったい何のイベントなのかは分からないが、とりあえず有馬さんのところへ行った方が良さそうだ。俺の中での嫌な予感はまだ終わっていなかったからか、控え室となっている会議室へと急ぎ足になっていた。

 会議室へ入ると、そこには2人。依頼者である有馬さん、そしてもうひとり、少し派手目な服を着た女性がいた。

「どちらさまですか? ここは控え室なんですけど」

 きっつい女だな、初対面の人間に。

「あ、私の知り合いなの。ごめんね」

「じゃあ、早く済ませて。イベントまで時間ないんだから」

 もしかして、この人が三宅 美里。有馬さんがミスを取ってから態度が変わったという、その本人か。左手についているのは――。

「何よ、あの女。ムカつくわね」

 聞こえるだろ、そこまで広い部屋じゃないんだから。頼むから静かにしてて欲しいと俺は願う。願うだけだ、言っても聞かないだろうから。

「一応報告しておきます。探し物が見つかりそうです」

「え! 本当ですか!?」

 有馬さんが驚いたように大きな声をあげると、三宅 美里がきつい目で睨んでくる。それが分かったのか、有馬さんは申し訳なさそうな顔になり、声を少し小さくする。

「その……何処にあるんですか?」

「何処、というのは実際明確には分かってません。多分この大学にあると思います」

「どういうことよ? 聞いてないわよ、あたしは」

 あからさまに不機嫌な顔になる湊を他所に話を続ける。

「ここまでは分かっているのですけど……大変申し訳ありません。ありそうなところを今日は調べてみたいと思っています」

「あ、はい。多分もう30分後にはイベントに出ちゃうので……ちょっとお手伝いが出来なくなっちゃいますけど、すいません」

「いえ、それは仕方ありません。今日中には見つけだすので、安心してください」

「はい、お願いします」

 俺は言うことだけをいうと会議室を後にする。

 さて、これからどうしたものか。闇雲に探したところで見つかるはずもないのは分かっている。一番いいのは、探し物を持っている本人がそれを持っていること。だが、流石にその人物のロッカーを勝手にあけるのもできないし、協力も仰げないだろうな。

「大学にもなると、こういうイベントって随分大きなものになるのね」

 中庭を歩いているときに、集まっている人を見ながら湊が呟いている。手作りされたステージについている看板を見ると『大学一は誰だ! 聖大大食い大会!』と書いてある。大食い大会なのか、今日は。そのわりには随分と大げさな感じがする。

「知らないの? 聖大のイベントは、実際に日本中でやっているこういうイベントに引けを取らない規模で行われているのよ。しかも、学生内だけじゃなくて、一般でもこういうイベントであれば出場可能になっているわ。だから聖大生以外の学生とか、も集まってきてるのよ」

 なるほどね。随分と大学側も金を出しているもんだ。下手すりゃ箕田伊原市で一番のイベントになるのか。こういうことに興味がなかった俺には、なんだか新鮮な気持ちになる。

「悠樹さんも大変よね。こういうイベントって基本的にミス聖大への質問とかもあったりするのよ」

「なんだそりゃ。関係ないじゃないか、大食いに」

「そういうことも必要だってことよ、イベントには。例えばそうね……好きなタイプは? とか代表的じゃない?」

 くだらん質問するもんだな。でも、周りから視線を浴びているのを一度実感しているからな。男子学生からやっぱり人気があるのかもしれないな。彼氏がいるかどうかは、流石に仕事に関係ないから聞いてはいないが。

 ちょっと待てよ。聖大生以外でも集まり、人も多い。しかも、あの人間が持っている理由。やばいな、少し考えが甘かったみたいだ。

「でも、あたしはこういうの興味ないし……」

「不味いぞ、控え室に戻る」

「ちょ、待ちなさいよ! もうあれから20分経ってるのよ? 流石に控え室から出てる可能性があるわ!」

 湊の静止を無視し、俺は控え室へ走り出した。

 今の内に止めておかないと、非常に不味いことになる。というよりも、有馬さんにも持っている人物にもだ。

 もう少しで控え室だ。呼びに来たであろう係員をしている学生が見える。間に合ったみたいだ。

「ちょっと、待ってくれ!」

「え……皆代さん、どうしたんですか?」

 流石に驚いた顔をしている有馬さん。それもそうだろう、俺は探し物を捜索していると思っているのだから。

「あんたにも残ってもらいますよ、三宅さん」

「何よ、私が何だって言うの?」

「とりあえず、あんたがポケットに入れているものを出してくれ」

「な、何でよ? 何の権利があって言ってるのよ!」

 うざったいな、こういう女は逆上し始まると止まらない。こっちもまくし立てないとどうしようもない。

「あんたが持ってるんだろ、有馬さんの下着」

「え……」

「な、何言ってるの? そんなもの……」

「宮田が話してくれたよ」

 さて、どう出てくるか。カマかけて引っかかってくれるとも限らないが、今なら食いついてくる可能性がある。

「く……あいつは最後まで役立たずじゃない!」

「認めましたね」

「あ……」

「ど、どういうことですか皆代さん! 何で彼女が……」

「下着泥棒だった宮田の話はしましたよね。宮田と三宅は付き合っていたんですよ」

 周りの音が聞こえないほどに静かになる。三宅はうつむいたままだ。

 そう、宮田がしきりに触っていたのは、左手についた指輪だった。大体こういう若いカップルというのはペアリングとかをつけて喜んでたりするもんだ。だが、さっきまでつけていたリングは三宅の手にはついていない。三宅自身はどう思っているのか分からないが。

「付き合っていた宮田が下着泥棒だった、この事実を知ったときにでも思いついたんでしょう。……今でも多少は話すときはありますよね?」

「はい、同じ学部ですし……」

「そのときに常に持ち歩いている話はしました?」

「はい……そんな隠すことでもないので」

「その話と、彼氏が下着泥棒だったという事実で出来たことです。宮田に盗ませ、それをこういうイベントを使って有馬さんを辱めようと思っていたのでしょう」

「ど、どういうことですか?」

「妬んでたんですよ、あなたがミス聖大になったことをね。というか、周りからあからさまに分かっていたようですけど。本命だと言われていたのが、準ミスで終わってしまう。それが屈辱だったんでしょう」

 そう、有馬さん本人も気付いていただろう。しかし、それを表で話したくなかった。どうにかして元の関係を取り戻したかったから。有馬さん本人は、嫌われてしまったとしか言わなかったからな。

「盗んだのは宮田かもしれない。でも、宮田はあんたを庇って何もあんたのことを言わなかったよ。俺は宮田と話をしてきたとしか言ってなかったはずだ」

「う……」

 三宅は手で顔を覆い、そのまま座り込んでしまう。

「なんで……何であんなやつが……」

「あんたは現在どう思っていたかは知らない。でも宮田だけは、ミス聖大はあんただった。ってことだ」


 イベントは少し遅れつつはあったが、順調に終わった。三宅は共犯でもないので、罪に問われることはないだろう。しかし、有馬さんを陥れようとしていたこと。それは決して良いことではない。彼女自身がそれをどう考えていくか。それから先は俺がやることじゃない。探偵がやれるのはここまでだ。

「指輪と、下着か」

「ああ。結局はどっちも互いが互いに繋がっていたわけだ」

 物がどんなものであっても、相手がどう思っていても、それは結局何かに繋がってくるもの。自分自身が大切にしているのなら、さらにそれを強くするものだ。

 湊はうつむきながら、首についているネックレスを見つめている。

「親父さんに貰ったやつか、それ」

「え……そうだけど。だから何よ?」

「いいや、何でもないさ」

 俺は曖昧に笑って流そうとした。湊にとって大切なものは、それであって親父さんに繋がっているものなのか。俺にとって大切な物というのは何なんだろう。誰かに繋がるという大切な物。

「ちょっと待ってくださ〜い!」

 後ろから聞こえる声に反応をして、俺と湊と同時に振り向くと有馬さんが走ってくる。イベントの片付けも少し手伝ってから帰るといわれていたので、後の話は後日ということになっていた。

「どうしたんですか?」

「いえ、一応話しておこうって思いまして」

 依頼は解決したのに、話しておこうってどういうことなんだろうか。

「あの……実は私、違う探偵事務所に頼もうと思っていたんです。でも、どうしたらいいか分からなくて、父親の知り合いの人に最初相談したんです。そうしたら湊ちゃんのところがいいって推薦してくれて……」

 どういうことだ。法月華探偵事務所は正直そこまで、大きな探偵事務所ではない。有名ではないため、依頼も少ない。というのは必然的に起こるわけなんだが。それを知っていて、推薦するということは――。

「悠樹さん! それってどういう人ですか!?」

 湊が突然反応し始める。何となく俺も分かってきた。

「えっと、すらっとしているけど鍛えているような感じの体つきで……身長も少し大きくて、気さくな感じがするオジサンが近いかな。多分子供がいたら湊ちゃんくらいの子供がいるかもしれないけど……そういう話はしたことがないし」

「その人の連絡先分かりますか!?」

 もしかしたら、それが湊の行方不明の父親かもしれないってことか。だが、そんなに簡単に姿を現すものだとも思えないが。

 湊は有馬さんに連絡先を聞き、礼を言っている。これで、完全に終わったっぽいな。

「皆代さん」

「はい、なんでしょ?」

「ありがとうございました♪」

 随分晴れやかな笑顔を見せてくれるじゃないか。それがミス聖大に選ばれた最高の笑顔というやつなのだろうか。俺は一礼すると、原付が止めてある駐車場へと足を向けた。

「フラグが立ったじゃない」

「何の話をしてるんだ」

 もうすぐ太陽が真上にくる季節になる。

これから暑くなろうとしている季節をよそに原付で走っていると気持ちいい風が通り抜けていく。

それを他所に何かを考え込んでいる湊。

さっきの有馬さんから聞いた話だろうか。俺は湊の親父さんに会ったことがないから、それに何て言って良いのかが分からない。だが、会わせられるなら、会わせてあげられることが可能であるなら俺は出来るだけ手伝いをしようと思う。きっと、そのネックレスが湊の親父さんに繋がっているのなら不可能ではない。そう俺は思うからだ。

 絆なんて所詮は目に見えないものだ。

自分が気付かないところで繋がっていたり、自分から一方通行であったり、それはそれぞれなのかもしれない。でも、それが良いものであるか、悪いものであるかは、それはやっぱりその人次第だと俺は思う。俺もきっとどこかで繋がっている人がいるのかもしれない。それは誰になのかは分からないけどな。

 さあ、明日からまた所長のお小言に付き合うとするかな。

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