第98話 残された少女
第98話〜残された少女〜
村の惨状は言葉にするにあまりあるものだった。
「まさかここまで徹底的にやるとは思ってなかったわ」
農作業をしていたのだろう。手に鍬を持った状態で倒れている農夫の姿を見てシャーロットはそう言った。
襲撃者である魔銃師が自死した後、情報源であるハインツも殺されてしまったためせめて他の者に話を聞こうとしたレインたちだったのだが、村で生活していたであろう村民全員が殺されてしまっていたのだ。
「傷が全員首を切り裂かれているところ見ると、魔銃師以外にも誰かこの村にいたのよね?」
「だろうな。殺し方を見るに、背後から一撃だろう。傷が首の前から後ろにかけて付いている。多分殺された方は何をされたかわからないうちに死んだはずだ。魔銃師の殺し方とはかけ離れすぎている。だが今はそんな気配はまるで感じない。俺が単に気づいていないということも考えられるが、これでも索敵には自信があるんだ。もしこの状況下で潜んでいるとしたら相当の手練れであることに間違いはないな」
そう言ったレインにシャーロットは緩みかけていた警戒を引き締め直した。
レインの索敵とは、これまでのレインの経験に基づいた謂わば野生の勘に近いところがある。身体強化以外の魔術が使えない以上仕方がないのだが、やはり魔術を使った索敵でない以上は根拠に欠けるところがあるのだ。
それでも並の魔術師よりも圧倒的に確実性のある索敵のできるレインだが、それでもそれを掻い潜る者がいるかもしれない以上は警戒を怠るわけにはいかない。
しかもこれをやったものは人を殺すことにまるで躊躇いが見られないのだ。それは殺されている村人が女子どもに限らず、例外なく全員が首を斬られているところからもそれは明らかだった。
「どうするのレイン?生き残りはいなさそうだけど」
「そうだな」
一体どうするか。レインはしば考える。
この光景に毅然としているシャーロットだが、やはりどこか顔色が悪いところを見ると無理はしているのだろう。先日の戦いで人の死を見ることを経験したとは言え、今とあの時では状況が違う。
防衛線では人の死など考える余裕がないほどに魔物が攻め立ててきており、考える前に相手を倒さなくてはならないほどに余裕がなかった。
だが今はここで死んでいる人たちのことを考えるくらいには余裕がある。興奮剤の原料や襲撃者のことなど、油断はできないものの間髪入れずにというわけではない為思考をするゆとりがあるのだ。
となれば死んでいる人の死をより重く受け止めることになるが、慣れないうちはこれが存外精神的に効いてくるのだ。
レインは流石に戦争を経験しているだけありそこのあたりに耐性はできているが、シャーロットにこの量の人の死を受け入れるにはまだ早い。
「とりあえずフォーサイトに戻る。ギルドに事の経緯を伝え、後の処理はギルドに任せる形に……」
もはやここでできることはあまり多くはない。気配からしてこれを成したものはすでにこの村にはいないのであろう。おそらく一人がレイン達を殺し、もう一人が村人の口を封じる。どちらがしくじっても情報を漏れないようにするための作戦であることが推測できる以上、いつまでも村に残っているとは考えにくい。
情報源は村人の家にもあるかもしれないが、そこまでするには人手が足りないし、何より精神的に参っているシャーロットにそこまでさせるのは酷でしかない。
だからこそレインは撤退を提案しようとしたのだが、そのとき村の中で何かが動く気配がした。
「ひっ……!?」
建物の陰からこちらを覗く影が一つ。それを認めたレインは即座にその者の自由を奪うべく動いたのだが、目にも止まらぬ速さで動き拳を叩き込もうとした直前に、その人影が見覚えのある者であることに気づく。
「あなたリンダじゃない!!無事だったのね!?」
レインが突然の行動をしたことに遅れること数秒。同じく人影に気づいたシャーロットが思わず叫んだ通り、レイン達を覗いていた人影はこの村にきて初めて出会った少女であるリンダだったのだ。
「や、止めて……、助けて……」
「ちょっとレイン!怖がってるじゃないのよ!!」
それまで遠くで話していたはずの二人のうち一人が突然目の前に現れた。加えてこの村の惨状の中の生き残りであるリンダはひどく怯えていた。しかもレインが明確な敵対する意思を持って前に立ったため、尚更その怯えは強くなる。
それを見たシャーロットがすかさずレインとリンダの間に割って入り、レインにそう言ったのだ。
「良かった!生きてたのね!!」
「は、はい……。突然知らない男の人が来て、村の人たちを次々殺して行ったんです……。私怖くて物陰に隠れてて……」
「そうだったのね。怖かったわよね。よく生き残ってくれたわ」
酷く怯えているリンダを抱き寄せるシャーロット。それに安堵したのか、リンダはゆっくりと体から力を抜き、そして意識を手放してしまった。
「レイン!まずは何処かでリンダを休ませるわよ!フォーサイトに帰るのはそれからでいいでしょ?」
「まぁ、そうだな。そうするか」
レインの答えを最後まで聞かずにリンダを抱えて歩いて行ってしまうシャーロットの背中に、レインは軽くため息を吐いてその後を追う。
「ファフニール。周囲の状況はどうだ?」
『上空からできる範囲を見たが、何も見つけられなかった。もちろん私の目を掻い潜るほどの実力の持ち主だと言う可能性もあるが、状況から見て主の予想の可能性が高いであろう』
「俺はそこまで察してくれとは言ってないぞ?」
『むしろそれを予測できなくてどうする?これだけの情報があって確率の高い選択肢を考慮に入れないのはあり得ないであろう?』
「そうなんだがな。とりあえずはシャーロットにはそれは言うなよ。多分納得しないだろうからな」
ファフニールとそう小声で会話をしていたレインだが、先の襲撃者のことがあった直後、レインはファフニールに上空から村の周りを確認してもらっていたのだ。
はっきり言って、何人敵が来ようがレインであれば問題ないのだが、こちらにはシャーロットもいるし、その時は村人への被害も考慮していたからこそ、敵の戦力を知るためにファフニールに動いてもらっていたのだ。
ファフニールに頼んだのは上空からの敵の索敵。空から地上を俯瞰するという行為は、数ある索敵の中でも一番効率のいい方法だ。
もちろん遮蔽物の多い場所などでのデメリットも存在するが、それを置いても空という高い地点から地上を俯瞰することによる索敵は他のどの方法よりも確実と言っていいだろう。
何せ人間というのは地上を行動する生き物だ。同じ地上からの動きは警戒することが可能だが、どうしても本来のフィールドではない空からの索敵には意識を割けないことが多い。
それに単純に高いところからは人の動きがよく見えるのだ。それは物見櫓と言ったものがあることからも分かる通り、とにかく遠くの様子や人の動きを見定めるには空からが一番ということなのだ。
故にファフニールには空からレイン達を襲撃したもの以外の敵を探してもらっていた。だがそのファフニールは襲撃者以外に敵を見つけることはできなかったというのだ。
もちろんファフニール自身が言った通りに、敵がファフニールの目を掻い潜った可能性はあるが、それよりももう一つの可能性の方がはるかに高い。
「警戒を怠るなよ」
『無論だ』
短いやりとりだけをしたレインとファフニールは、リンダを被害の少ない家屋の中にベッドに寝かせるために肩を貸しながら歩くシャーロットの後ろをついていく。
誰の家なのかは知らないが、すでにリンダ以外の住人は全員が死んでいるのだから不法侵入も何もない。だからこそこうして手近な家に無断で入り込んでも誰も文句をいうことはない。
家の外で事切れている住人であったであろう女性の亡骸を見ながら、レインはこの事件の裏に潜む組織の大きさを考え、今日何度目になるかわからない深いため息をつくのだった。
 




