第97話 背後に潜むもの
第97話〜背後に潜むもの〜
確かにこの村は興奮剤の原料の密売で潤っており、普通の村では考えられないほどの財力があった。
そのおかげで装備などは通常よりもはるかに良質なものを揃えられることは間違いない上に、村人の訓練のために強力なハンターや傭兵を雇うこともできた。
さらにこの場所が村人たちのホームであり、敵にとってはアウェイであることを考えれば必然的に村人に対し環境は有利に働くはずだった。
「口にほどにもないとはこのことよね」
だが蓋を開けてみれば結果はその真逆。一切の躊躇無く切り掛かった村人たちだったが、その全てがシャーロットの発動した“氷縛”という氷の枷により一瞬で捕らえられてしまったのだ。
ハンターとなり強くなりたいと言っていたシャーロットだが、実際その実力はすでに一介の魔術師のレベルを大きく超えている。先のスタンピードでもそれは証明されており、いくら武装を整えたとはいえ村人は村人。シャーロットには到底敵うはずもなかった。
「ハインツさん。最後の警告だ。あんたの後ろに誰がいるのか教えてくれないか?」
「ひっ……!?」
「確かに興奮剤は裏で非常に高値で取引されているが、その恩恵に預かれるのはあくまで密売のルートを持っている者たちだけだ。そんな薬を一般で売ればすぐに捕まるのはあんたも知っての通り。だが少なくともあんたに裏の人間たちと取引できるだけの器量があるとは思えないからな。間違いなくあんたの後ろには誰か、いや、それなりに大きな組織がいるはずだ。今それを教えてくれるならこれ以上手荒なことはしない」
「し、知らない!?俺は何も知らないんだっ!!」
「今更そんな嘘が通用すると思ってるのかしら?」
「末端の俺たちは何も知らないんだよ!!それにもし何か喋ればそれだけで俺たちは殺されちまう!!」
絶叫しながら頭を抱えるハインツに、レインはやはり今回の事件の規模がそれなりに大きなことになりそうだとため息をはいた。
どんな事件でもそうなのだが、必ず事件解決後には事後処理というものが付き纏う。例えば魔物の討伐ひとつとっても、その魔物が本当に討伐されたのか、その場所は魔物がいなくなったことで安全になったのか。そう言った調査が必ず行われるのだ。
ハンターギルドの依頼であれば調査はギルドが行うし、領兵や衛兵が解決したなそれらが所属する部隊などが調査を行う。いずれにしてもただ事件を解決すればそれで終わりということはなく、必ず後始末が多かれ少なかれ付随してきてしまうのだ。
そして今回の事件はただの飛龍討伐が興奮剤の原料の栽培と密売という大捕物に発展してしまった。ハインツの言動から間違いなく裏に大きな密売組織が絡んでいることもわかった。
興奮剤の密売を禁止している聖王国にとって、そんな密売組織を放置しておくことなどできるはずがない。それゆえ今回の件が解決したと同時に必ず組織に対する対策チームが作られることになるだろう。
そうすれば必ず事情の聴取のためレイン達は呼ばれることになる。加えて今回は背後の組織が大きいと予想できる以上、それなりの役職の者が出てくることも予想がつく。
もしその者がレインの正体を知る者であった場合、非常に面倒なことになる未来しか見えないのだ。主にレインの精神的疲労という意味で。
「なら取引していたやつの情報だけでいい。それを話すならとりあえずの身の安全は保証……」
保証する。レインがそう言いかけたその時だった。
「シャーロット、伏せろ!!」
突如として破れる村長邸の窓ガラスと部屋の壁が破壊される音が響き渡る。さらにとっさに伏せた頭上では、何かが無数に飛び交う音も聞こえてくる。
「……っ、氷壁!!」
何者かによる襲撃。それにシャーロットも気づいたのだろう。未だに何をされているかはわからないが、それでも攻撃をされている方向さえわかれば防御は可能。そう考えたからこそ得意の氷魔術により防壁を展開したのだ。
氷の防壁により敵の攻撃は部屋の中に届くことはなくなるが、それでもこちらの不利な状況は変わらない。敵は正確にこちらを補足しているようだが、こっちは何とか攻撃の方向に防御を展開しただけなのだ。
「相手が悪かったな」
だがあくまでそれは敵の狙った者が普通だった場合の話だ。敵もシャーロットが作った防壁に気づいたのだろう。位置を変えるために動きを見せたのだが、その隙を逃すレインではない。
まさに一瞬。敵の攻撃が止んだ一瞬の間に部屋から飛び出したレインはあっという間に敵の眼前へと迫っていた。
「え……?」
「なるほど、魔銃師か。ガトリングを持ち出すあたりこちらを本気で殺しにきたらしいが無駄だったな」
今まで遠距離から狙っていた者が少し目を切ったら目の前にいた。それが襲撃者が理解できたわずかな事実だった。
次の瞬間には腹部に強烈な一撃を受けた襲撃者は、何をすることもできずにその場に昏倒することとなった。
「こいつが背後の組織の人間か?」
崩れ落ちた襲撃者とともに地面に落ちたのはひと抱えはあるガトリング銃だ。魔術師の戦闘スタイルの一つである魔銃師は、様々な銃を用い、自らの魔力を弾丸に変えて戦闘を行うスタイルだ。
魔闘祭の予選でも戦ったピットのように、遠距離からの狙撃や近距離での連射など、非常に応用の利くスタイルなのだが、今回の敵はその中でも特に連射に優れたガトリングを選択したようだ。
連射性能が高い反面、銃自体が大きくなりすぎて機動力に難を残すというデメリットはあるものの、それを補って余りある殲滅力を誇る銃である。
「生き残りは無しだろうな」
地面に崩れ落ちた襲撃者を打ち捨て、レインはそれまで自分がいた村長邸を見てそう呟いた。
今レインがいる場所に面した家の壁はほぼ全てに魔力の弾丸が撃ち込まれており、外から見てもわかるくらいに家の内部までをも破壊し尽くしている。
執務室にシャーロットがとっさに貼った氷壁があるおかげで、そこだけは原型を保ってはいるが、他の場所の様子からみて村長邸にいた人間はレインとシャーロット以外は全滅だろうとレインは予測したのだ。
「レイン!ハインツさんが!!」
そう予測したレインの思考に合わせるように執務室から顔を覗かせたシャーロット。レインは襲撃者を小脇に抱えると執務室に一足飛びに戻ったが、そこで目にしたのはやはりレインの予想どおりに魔力の弾丸に風穴を開けられ死んでいるハインツの姿だったのだ。
「口封じか。それとも別の理由か。どちらにせよ面倒なことになった」
「そいつが背後の組織の人間ってことでいいのかしら?」
「どの程度の位置にいるのかは知らないが、口封じにきた以上はハインツよりは情報を知っているだろう。目覚め次第、拷問してでも情報を……」
吐かせる。そう言いかけたレインだったが、腕の中で伸びているはずの襲撃者の様子が何かおかしいことに気づき、そちらを見たときにはすでに手遅れだった。
「自害か。どうやら本格的に背後の組織の規模がデカくなってきたようだ」
少々雑ではあったが、それでもしっかりと抱えていた襲撃者はすでに口から血を流し死んでいた。この短時間での自死した様子を見るに、何か口の中にでも毒を仕込んでいたのだろう。
「ちょっと、これってだいぶまずいんじゃないの?」
「少なくとも一ハンターでしかない俺たちの手には余る。一度情報を整理してハンターギルドに調査を願い出る方がいい」
「そうね。これはさすがに個人で何とかできる案件じゃないわ」
レインの言葉にシャーロットも同意を示す。レインはあくまで背後にいる組織の規模を推測し、その上で個人で追跡するには骨が折れると思ったゆえの意見なのだが、どうやらシャーロットの意見の根拠は違うらしい。
「興奮剤の原料の栽培に密売。加えてそれが組織だった犯行とすれば、この辺り一帯を納めている領主が動くわ。私もハンターである前に貴族だもの。他人の領地で動くとハンターとは言え角が立つのは間違いないわよ」
そう言ってレインとは違う意味で今回の事件に対して面倒だと考え始めたシャーロットだったが、この時はまだレインとシャーロットもこの事件に夏休み全てを使わなくてはならなくなるなどと思いもしなかったのだった。




